4.エッセイ

2018年8月 8日 (水)

ウドウロク

著  者:有働由美子
出版社:新潮社
出版日:2018年5月1日 発行 7月15日 第7刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 今年の3月にNHKを退職した有働由美子さんのエッセイ集。エッセイの本編は平成26年10月に単行本で出版されたもので、キャスターを務める番組「あさイチ」が好調で、有働さん自身も紅白歌合戦の司会を3年連続で務めていたころ。私が読んだのは文庫版で今年5月の発行。文庫版の「はじめに」と「あとがき」では、退社のことに少し触れている。

 「いろんな人から、いろんなことを言われました」「一生懸命生きてきました ええ、仕事に」「酒がなかったら、この人がいなかったら」「黒ウドウ」「白ウドウ」の5章に分けて、全部で31編、これにプラスして、文庫のための書下ろし1編のエッセイを収録。

 有働さんと言えば「老若男女に愛される飾らないキャラクター」とされる。このエッセイ集もそのままだ。これに加えて、どういうことが人を引き付けるかが分かっている。「あぁそうだったんた」「そんなこともあったの」という話題がしっかり入っている。「飾らない」けれど「天然」ではない。

 例えば「わき汗」。一時話題になった例の件。本書の編集者からの唯一の要求が「わき汗についてはぜひ」だったそうで、編集者は多少あざといけれど、これを最初の一編に持ってくる有働さんは、かなりしたたかだ。一連の出来事から「その後」まで、多方面に配慮しながらユーモアたっぷりに描く。締めの一文が「ワタクシも、転んでもただでは起きないのである」。

 有働さんにそういう意図があったのかどうか分からないけれど、この「転んでもただでは起きない」は、本書を通して感じることだ。言い換えれば、NHK入局後の有働さんの人生そのものがそうだ。さらに言い足せば、そのぐらいよく転んでいる。

 付き合う男は「だめんず」ばかり、最初に配属になった大阪放送局では「もっと上手で綺麗な、相応しいアナウンサーが沢山いるのに、どうして君が」と言われ、ニューヨークに赴任して500円玉大の円形脱毛症になり、心身ともに無理を続け、思ったより体を痛めてしまった。そして「傷ついた心を別の色に塗り替えて傷ついていないことにしてしまう」

 なんて悲しいことだろう。こういう話を正面から受け止めると、読んでいてつらくなってしまう。面白く書いている「結婚できない独身中年」ネタも、本当は心で泣いているのかもしれない。でも、こんな反応は有働さんの本意ではないと思う。自分を少しさらけ出して、いっしょに笑う。大阪育ちの有働さんならそうして欲しいはず。

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2018年7月18日 (水)

最後はなぜかうまくいくイタリア人

著  者:宮嶋勲
出版社:日本経済新聞出版社
出版日:2018年1月5日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者はイタリアと日本で「ワインと食」について執筆するジャーナリスト。イタリアではワインガイドの試飲スタッフ、日本ではワインセミナーの講師なども務めている。イタリアと関わるようになって35年。そんな著者が「イタリア人ってこんな人たちなんだよ」を語る。イタリアとイタリア人、そして日本への愛を感じるエッセイ集。

 「はじめに」で紹介するエピソードに本書のエッセンスが詰まっている。30年ほど前、著者はCMの撮影で日伊混合の撮影隊の通訳として参加。現地のイタリアで準備するはずの機材が届いていない。急いで手配するイタリア側、憤って何度も「どうなってるんだ」と催促する日本側。

 そこでイタリアのプロデューサーが著者に話した言葉が、多くを教えてくれる。「機材の手配も済んだし、あと2時間で到着する。時間は遅れるが、この撮影は必ずやり終える(中略)イライラしないで、機材が着いたときにいい絵を撮れるように、リラックスするように日本側に言ってくれ

 著者によるとイタリア人は、「時間にルーズ」で「段取りが苦手」で「嫌なことは後回し」で「規則を破っ」て「コネに頼る」。日本的な「美徳」とは正反対なことばかり、これじゃぁダメダメ人間だ。冒頭の撮影隊のようにイライラさせられることは必至だろう。特にビジネスで付き合うとなればなおさらだ。

 とはいえ、本書はイタリア人をこき下ろす本ではない。多少の問題はあるにしても、イタリアはEUの中核を担う経済大国。ファッション、車、食品などの分野で世界をリードする製品も生み出す。決して単なる「怠け者大国」ではない。日本的に見ればダメダメでも、それを補う何かがあるはず。

 本書を読めばその「何か」が少し分かる。例えば「不測の事態への対応力」はその一つ。上に書いたような人々の国だから「予定通りに行かない」ことの方が普通。それへの対処を繰り返しているうちに「なんとかする力」が身につくらしい。冒頭のプロデューサーが「この撮影は必ずやり終える」と言ったのは、その場しのぎでも強がりでもなく、そういう自信があったからなのだ。

 日本的な美徳は素晴らしいし、その価値を誇ってもいいのだけれど、それは「最上」でも、ましてや「唯一」でもない。そんなことが分かった。

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2018年6月20日 (水)

子どもはみんな問題児。

著  者:中川李枝子
出版社:新潮社
出版日:2015年3月30日 発行 8月10日 10刷
評  価:☆☆☆(説明)

 著者は中川李枝子さん。名前を聞いてすぐに分かった、という人も多いだろう。「ぐりとぐら」という絵本のことは知っている人はさらに多いだろう。中川李枝子さんは「ぐりとぐら」シリーズの作者。(ちなみに絵は妹さんの山脇(大村)百合子さんが描いている)

 本書は、その中川李枝子さんが20代から30代の17年間、無認可の保育園の保母として勤めた経験を、エッセイとしてまとめたもの。第1章が「お母さんが知らない、保育園での子どもたち」で、最終章が「いいお母さんって、どんなお母さん?」なので、本書は「お母さん」に贈る言葉だと思っていいだろう。

 その他の章は「りえこ先生が子どもに教わったこと」「子育ては「抱いて」「降ろして」「ほといて」」「本は子どもと一緒に読むもの」。著者が保母だったのは50年前後も前のことだから、今の時代に合わない考え方があっても当然かもしれない。例えば「お母さん」を強調するのは「子育てを女性の役割と決めつけている」というお叱りを受けそうだ。

 でも、少なくとも私は読んでいて「あぁそうそう」と思うことが多くて、「お母さん」のことも含めて、不快な感じも古臭い感じもしなかった。それは、著者が子どもたちと真剣に向き合って得た「確かなもの」を感じたからだ。があることと、もしかしたら今の子育ての問題は、50年前の保育園にすでにその萌芽があったんではないか?と思う。

 著者が「ぐりとぐら」を書いたきっかけが明かされている。もう一つの代表作である「いやいやえん」に関するエピソードも紹介されている。「くじらとり」は子どもたちとの合作らしい。我が家の子どもたちも大人になってしまって、長らく誰も開いていない「いやいやえん」を、また読んでみようと思った。

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2018年6月10日 (日)

フーテンのマハ

著  者:原田マハ
出版社:集英社
出版日:2018年5月25日 第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」「サロメ」「たゆたえども沈まず」。史実を巧みに取り入れた「アートミステリー」作品で異彩を放つ著者の、紀行文&エッセイ。

 タイトルの「フーテンのマハ」は著者の自称。「人生で失くした途方に暮れるものは何か?」と訊かれたら迷わず「旅」と答えるほど、旅が好きで、移動が好きだそうだ。小学校二年生の時に「男はつらいよ」を観て、それ以来、寅さんが憧れ。それで「フーテンのマハ」。

 行先を決める以外は事前に準備をしない、旅先では忙しく観光やショッピングをしたりしない、そういう旅が著者はお好みらしい。キュレーターなので「(特定の)絵を見に行く」旅もあるけれど、本書を読む限りは「おいしいものを食べる」が、旅の目的になることが多いようだ。

 著者の行き先と食べたものを並べてみると、「青森で「奇跡のリンゴ」のスープ」「金沢で蟹炒飯」「能登半島の穴水でカキ(を食べまくり)」「高松でうどん」「大阪の北新地で餃子」「高知でも餃子(桂浜も坂本龍馬の生家も行かずに)」「中国の西安でも餃子(餃子の発祥の地らしい)」。著者は殊のほか餃子が好きらしい。

 すごく楽しめた。語り口がユーモアたっぷり、いやいや語られるエピソードがそもそもユーモアたっぷりだ。冒頭から間もないところで紹介される「やってしまったヘンな買い物目録」なんて、最高に面白い。ニューヨークで買った乾電池とか、ケニアで買った太鼓とか、岐阜で買った「須恵器」とか。

 その他に「たゆたえども沈まず」を描くためのゴッホの取材の話や、デビュー作「カフーを待ちわびて」につながる出会いの話などもあって、著者の作品の読者なら間違いなく興味をそそられる。そんなエッセイを多数収録。おススメ。

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2018年5月23日 (水)

ネオカル日和

著  者:辻村深月
出版社:講談社
出版日:2015年10月15日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 辻村深月さんのエッセイ集+掌・短編4本。エッセイは毎日新聞に2010年から2011年にかけて連載した「日本新カルチャーを歩く」を中心に42本。

 私は辻村深月さんの作品が好きだ。このブログで年に数個しかない☆5つを、「ハケンアニメ」「東京會舘とわたし」「かがみの孤城」と、3年連続で付けた。好きな作家さんができると、作品の向こう側にいる作家さん自身に興味が湧いてくる。どんな人なんだろう?それでこの「初のエッセイ集」を手に取った。

 本書には、著者の「好きなもの」が凝縮されている。毎日新聞の企画が「興味の赴くまま好きなところに取材に行ってよい」というものだったらしいので当然そうなる。どんな人なんだろう?という私の興味にも、直接答えてくれた。

 それで、著者の「好きなもの」とは。まずは、藤子・F・不二雄さん、ドラえもん、パーマン、のび太。ガンダム、ポケットモンスター、フジロック、アメトーーク。本や映画、演劇では「モモ」「オペラ座の怪人」、クリスティの「アクロイド殺し」、ポーの「黒猫」。好きな戦国武将は武田信玄(著者は山梨県民だ)。

 ここに挙げたのはほんの一例で、私が分かるものから選んだ。著者の「好きなもの」は、とても広い範囲に及んでいて、その好奇心の強さを、とても好ましく感じた。作品だけでなく、人としても好きになった。

 最後に。私は長野県民なので、戸隠のそばとか杉並木とか、「みすゞ飴」とかが出てくると親近感が急上昇する。

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2018年5月17日 (木)

日本史の内幕

著  者:磯田道史
出版社:中央公論新社
出版日:2017年10月25日 初版 2018年2月15日 8版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「歴史の愉しみ方」を読んで、他の本も読みたいと思った。たくさんある著書の中で新しいものをと思って、本書を手に取った。最新刊は「素顔の西郷隆盛」だけれど、西郷隆盛にはそんなに興味ないので、一つ前の近刊である本書にした。

 「古文書」という一次情報から知識を仕入れている、という自負・自信からか、著者の意気込みが激しい。「まえがき」に「古文書が読めない書き手が書いた歴史叙述は、結局、情報を、どこからかコピーして借りてこないといけないから、面白みがなくなってしまう」と容赦ない。「コピペとフィクションの歴史叙述が巷にあふれている」と、大方の歴史小説を「コピペ」扱いする。

 その意気込みは空回りせず、文章に現れている。読売新聞の連載等を収録した64編ものエッセイのほぼすべてに、その根拠となる古文書が示されている。著者自身が発掘したものもたくさんある。第1章「古文書発掘・遺跡も発掘」には、古文書との出会いが多く記されている。

 例えば「「世界遺産に」皇后くぎ付け」というエッセイではこんな具合。「「従五位下大膳亮幸宣」そう書かれた古文書が地べたの青いシートの上で売られている。びっくりした。最後の郡上藩主・青山幸宣に朝廷が官位を授けた証書、口宣案の現物ではないか。

 正直に言って、これがどれほどスゴイことなのか、私には分からないけれど、著者の興奮は十分に伝わってくる。そのことで、読んでいる私までちょっとワクワクする。

 一番心に残ったエッセイは「我々は「本が作った国」に生きている」。江戸時代の出版文化を俯瞰して、その充実ぶりを「世界を見渡しても類例がない」と評する。「養生訓」などがベストセラーになり、実学が庶民にまで広がった。日本人の高い基礎教養は、長い時間をかけて「本」が作り上げた、著者はそう言う。

 最後に。「歴史の愉しみ方」にも「震災の歴史に学ぶ」という章があったけれど、本書の最後も「災害から立ち上がる日本人」という、災害をテーマにした章だ。私たちは災害の多い国に生きている。それは歴史を紐解けば明らかだ。備えなければいけない。

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2018年4月29日 (日)

一〇五歳、死ねないのも困るのよ

著  者:篠田桃紅
出版社:幻冬舎
出版日:2017年10月8日 第1刷 12月15日 第2刷 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 1913年(大正2年)生まれ、御年105歳で現役の美術家である、篠田桃紅さんのエッセイ。「水墨抽象画」という独特なスタイルの作品。その展覧会を見に行って「105歳でこの作品を描く人は、どんな人なんだろう?」と思って、ミュージアムショップで本書を購入した。

 4つの章に分けて全部で40本のエッセイを収録。第1章「歳と折れ合って生きる」、第2章「幸福な一生になりえる」、第3章は「やれるだけのことはやる」、第4章は「心の持ち方を見直す」。自分の道をひたすらに求めた105歳の口から出た言葉は、すべてが「人生訓」に聞こえる。

 心に留まった言葉をいくつか紹介する。第1章の2本目「楽観的に生きる」。「普段は、歳のことなど気にしていないのですが、なにかの拍子に、これはもうとんでもないことで、不思議な現象が起きている」。普段は歳のことを気にしてないのだ。そしてご自分でも「とんでもないこと」と思っていらっしゃる。

 第2章の1本目「生きていく力は授かっている」。「どこかで自分を肯定しているものがあるから、生きていかれるのだろうと思います。私はこういうことが、ほかの人よりうまくできる」「幸せになりえる人は、ないものねだりをしないのだと思います」。「今」を肯定することが上手にできるようになろう、と思う。

 第3章の6本目「この世に縁のない人はいる」。「いくら自分の考えを伝えても、理解してくれない人は必ずいます」。これはお釈迦様の教えにある「縁なき衆生は度し難し」について書いたもの。「どうして理解してくれないのだろう」と思い悩むことはないのだ。

 同じエッセイの中にこういう言葉も。「私の展覧会では、大抵の人はすーっと通って帰ります」。私は、すーっと通って帰ってしまう人の気持ちも分かる。桃紅さんの描いた絵は、寡黙で何も説明してくれない。とっかかりがない。それでもしばらく前に立って眺めて「あぁこれ何かいいな」とか、見ているこちらが思って初めて微笑を返してくる。そんな作品なのだ。

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2017年11月18日 (土)

歴史の愉しみ方 忍者・合戦・幕末史に学ぶ

著  者:磯田道史
出版社:中央公論新社
出版日:2012年10月25日 初版 2015年9月30日 8版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 2012年初版と、少し前の本だけれども、知り合いが読んで「これはすごい」と言っていたので、購入して読んでみた。

 著者は歴史学者で、現在は国際日本文化研究センター准教授。本書を出されたころは静岡文化芸術大学におられた。NHK「英雄たちの選択」をはじめ、歴史番組でよくお顔を拝見する。

 本書には、その著者のエッセイが52編収められている。主には読売新聞に連載したものを中心にして、様々な本に掲載したものを加筆修正した。52編は「忍者の実像を探る」「歴史と出会う」「先人に驚く」「震災の歴史に学ぶ」「戦国の声を聞く」の5つの章に分けてまとめられている。

 本書を読んで「歴史学者」という存在についての認識が変わった。「歴史学者」全体がそうなのか、著者が特別なのか分からないけれど、一言でいうと「行動的」なのだ。特に大学の先生ともなれば、研究室に籠って歴史の本でもひもといているのかと思っていた。ところが著者の研究は、フィールドワークが主体なのだ。

 例えば「忍者がどこにどのように住んでいたのか」を知りたいと思った著者は「滋賀県の甲賀まで行って、甲賀忍者の子孫を訪ね歩き、根こそぎ古文書を見ていく」ことにした。そしてとうとう江戸の甲賀組屋敷の絵図を発見するのだ。さらには東京に取って返して、他の地図などと照らし合わせて、正確な位置まで割り出している。

 考えてみれば「行動的」なのは、当然なのかもしれない。物理学者は新しい物理法則を、数学者は新しい公式を、人類学者は人類の進化や歴史を、まだ知られていない事実を発見あるいは証明するのが、その存在価値だ。歴史学者にとっては、まだ知られていない歴史を発見すること。それは研究室の中でだけではできない。

 「存在価値」について深掘りする。歴史学自体の存在価値は何か?平たく言うと「何の役に立つのか?」。この問いに多くの人が納得するように答えるのは難しい。しかし本書の「震災の歴史に学ぶ」の章には、その答えが出ていると思う。それは私たちの未来に関わることだ。

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2017年10月25日 (水)

逆襲される文明 日本人へIV

著  者:塩野七生
出版社:文藝春秋
出版日:2017年9月20日 第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 著者のエッセイ集「日本人へ」シリーズの「リーダー篇」「国家と歴史篇」「危機からの脱出篇」に続く第4弾。雑誌「文藝春秋」の2013年11月〜2017年9月号までに掲載された、本書と同名のエッセイ47本を収録したもの。

 「逆襲される文明」というタイトルは、主に欧州諸国が抱える難民問題のことを指している。欧州という「文明」は人権尊重の理念を発達させてきた。それは難民にも国民にも同じ人権を保証する。ところが、例えば地中海に突き出たイタリアには、1日に千人もの難民が上陸するそうで、そんなことを言っていられなくなった。それを「逆襲」と表現しているわけだ。

 もともとが雑誌の月イチ連載のエッセイなので、様々な話題が取り上げられているが、本書に収録されたものは、これまでになく欧州の話題が多い。著者が住むイタリアのこと、EUのこと、EUのリーダー格であるドイツのこと、離脱を国民投票で決めたイギリスのこと。それだけ欧州が揺れているのだろう。

 気が付いたことが2つある。一つは、天邪鬼とは思うが、著者が書いたことではなく「書かなかったこと」。実は今回、著者としては奇妙なほど日本の政治について書いていない。この時期に「特定秘密保護法」「安保法制」「組織犯罪処罰法」が、成立しているのにも関わらず、その言及が一切ない。

 著者は安倍政権との親和性が高い。以前には、2010年の参院選の自民党の大勝を「良かった、と心の底から思った」と言っているし、本書でも最初の方で「自信を持って仕事している」と安倍首相のことを持ち上げている。だから安保法制などには賛辞を送るかと思えば、そうしない。そうしない理由を勘ぐってしまう。

 もうひとつ。著者は「軍事力」と「外交」を表裏のものとして捉え、核武装も辞さない。考え方が極めてマッチョだ。それに、カエサルに心酔していて「強い男がグイグイ引っ張っていく」式のことをよく言う。「時代錯誤なおっさんみたいだな」と以前から思っていたが、今回はそれが露骨に表れてしまった。

 例えば、待機児童問題に関して「幼稚園以前の子供を預かるのだから、保育士の資格などは不可欠ではない」「子供好きの女子学生でも、充分にできる」などと言う。福島からの避難児童へのいじめについては、その責任は「加害者児童の両親、それもとくに母親、にある」とも。

 私は、著者が描く歴史作品をほぼ全て読んでいる。そして大好きだ。その気持ちは変わらない。でも、御年80歳。年齢は理由にならないかもしれないけれど、著者の考えは時代からズレてしまっていると思う。

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2017年10月 8日 (日)

居ごこちのよい旅

著  者:松浦弥太郎
出版社:筑摩書房
出版日:2016年4月10日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 古書販売の「バリューブックス」さんのクラウドファンディングの返礼としていただきました。感謝。返礼品は5冊の本で、いくつかある中からテーマを選べました。私が選んだテーマは「旅」。

 著者は「暮らしの手帖」の元編集長。クックパッドを経て、今は「くらしのきほん」というウェブメディアの主宰者。本書は、2005年からおよそ2年間、「暮らしの手帖」編集長の就任前後に雑誌「COYOTE」に連載した紀行エッセイをまとめたもの。副題が「地図は自分で歩いて作る」だったそうだ。

 「旅の情報をほとんど持たずにその街を訪れ、一時間も歩けばひと回りできるような狭いエリアを何日もかけて歩き」、見たこと感じたことなどを、地図に描き文章に残す。本書で著者が訪れた街は12か所。サンフランシスコ、ニューヨーク、パリ、ロンドン、バンクーバー、ハワイ島、台北、中目黒などなど。それぞれの場所の紹介が、10ページ余りの文章と著者の手書きの地図と写真でされている。

 大きな都市の名前が多いけれど、著者が訪れたのはその中の限られたエリアだ。例えばパリでは「オベルカンフ」という通りの周囲の数百メートル四方の範囲。1か所だけある日本の地名が「東京」でも「目黒区」でもなく「中目黒」。これで距離や広さの感覚を掴むとちょうどいいと思う。

 旅に出ると発見がある。自分の暮らしにはないもの。著者はニューヨークで「ハドソン川に浮かべた船からスーツ姿で出勤する人」に出会う。大きな邸宅がそのまま船になって浮かんでいたりする。初めての旅先でも、居心地のよい場所が見つかることもある。著者のように街を丹念に歩けば、たいていの場所には気持ちが落ち着くカフェが見つかるらしい。

 「世界ふれあい街歩き」という番組があった。旅先での出会いや発見に焦点を当てた構成が、私は好きだった。本書と共通する部分があると思う。もっとも、あの番組は偶然を演出しているけれど、周到な準備がされているそうだ。その準備はきっと本書のような「街歩き」によってなされていたのだろうな、と想像した。

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