2H.池井戸潤

2016年9月18日 (日)

陸王

著  者:池井戸潤
出版社:小学館
出版日:2016年7月10日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「下町ロケット」「下町ロケット2」「ルーズヴェルト・ゲーム」など、中小中堅企業の製造業の底力を描いた「経済小説」に定評のある(もちろん「半沢直樹」でも有名な)著者の最新刊。

 今回の舞台も製造業。ただし今回は、ロケットやエレクトロニクスといった「硬い」素材ではなくて、柔らかい素材を使う企業。付け加えれば「柔らかくて強い」素材を使う。今回の舞台は「足袋」の製造メーカーの「こはぜ屋」。

 「こはぜ屋」は1913年創業、100年を超える老舗だ。洋装が主流になって久しいが、綿々と足袋を作り続けてきた。幸いなことにここまではやって来られたが、売上の減少が止まらない以上、いずれは限界が訪れるのは明らかだ。

 そんな「こはぜ屋」の社長の宮沢紘一が、新規事業として考えたのが「ランニングシューズ」業界への進出だ。健康のために走るアマチュアランナーからトップアスリートまで、競技人口は多い。足袋とシューズだから、全く関係がないわけではない。現に「こはぜ屋」にはかつて「マラソン足袋」という商品があった。

 物語は「こはぜ屋」がランニングシューズ業界に挑む一進一退が描かれる。「全く関係がないわけではない」ぐらいの関係で、何とかなるほど、ビジネスは甘くない。陸上競技はすでに巨大資本が研究開発にしのぎを削る状態だからなおさらだ。

 それでも「一退」してもそこから「一進」する。著者のこれまでの作品と同じく、事業にかける「熱量」と「技術」が重要な要素となって、「こはぜ屋」は前に進む。もうひとう忘れてはならないのは「誠実さ」か。

 著者のこのジャンルの作品の面白さには安定感がある。「マンネリ」ではなく「安定」だ。

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2016年1月23日 (土)

下町ロケット2 ガウディ計画

著  者:池井戸潤
出版社:小学館
出版日:2015年11月10日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 2011年上半期の直木賞受賞作品の「下町ロケット」の続編。昨年TBS系列で放映されたテレビドラマの後半は、本書が原作となっているらしい。(私は先に本を読みたかったので観なかった)

 舞台は前作と同じく佃製作所という中小企業(かなり大きい方だけれど)。前作で佃製作所のバルブシステムを採用した、国産ロケットの打ち上げが成功してから約4年後。日本クラインという大企業から、バルブの試作品製造の依頼が舞い込むところから物語は始まる。

 この依頼が何とも怪しい。価格が技術的対価としては安すぎる。その後の量産を前提としなければとても受けられない。そして何よりも、何の部品であるかを教えてもらえない。黙って図面の通り作れ、というわけだ。そんな「舐めた話」でも、受ける(受けざるを得ない)のが中小企業の心意気と哀しさだ。

 ここを端緒に物語は、「技術力のある中小企業」対「横暴な大企業」の図式に、「やり手のベンチャー企業」と「白い巨塔の権力争い」が絡んで、スリリングな展開となっている。

 ただし、正直に言うと前作ほどはハラハラしなかった。途中で「悪者」が判明する。現実世界では「悪者」が勝ってしまうことだってあり得る。しかし小説でそれはないだろう?という前提に、どうしたって立ってしまって、安心して読めるからだ。

 とは言え、面白かった。スッキリ感もちゃんと味わえる。「ガウディ計画」の名前の由来がちょっと笑ってしまった。

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2015年6月14日 (日)

民王

著  者:池井戸潤
出版社:文藝春秋
出版日:2013年6月10日 第1刷 20015年6月1日 第20刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者は「下町ロケット」で直木賞を受賞。その他に「ルーズヴェルト・ゲーム」「七つの会議」、そして大きな話題になったテレビドラマ「半沢直樹」の原作シリーズと、「経済小説」のジャンルでヒットを飛ばし続けている。本書もテレビドラマ化され、テレビ朝日系列で7月から放映される。

 主人公は武藤泰山と、その息子の翔の2人。泰山は「民政党」に所属する政治家で、何と我が国の内閣総理大臣。翔は六本木のクラブに入り浸る大学生。つまり絵に描いたようなダメ息子だ。

 この泰山と翔が、何のはずみか入れ替わってしまう。泰山の身体に翔の意識が、翔の身体には泰山の意識が宿る。何だか強烈な既視感を感じる設定。「転校生」?「パパとムスメの7日間」というのもあった。

 設定は使い回されたものではあるけれど、描かれた物語はなかなか奥が深くて考えさせられ、かつ楽しめるものだった。翔は総理大臣として国会で野党の追及に対処し、泰山は就職活動の面接を受けるはめになる。「漢字が読めない総理大臣」なんていうネタを挟みながら、コミカルに物語は展開する。

 「演じる」が本書のテーマだと思った。泰山は与党の政治家を演じ、翔は就活中の学生を演じる(ダメ息子だと思っていたら、真面目に就職活動をしていたのだ)ことを求められている。例えば翔は、本音とは別に「御社を第一志望に..」と話さないといけない。

 入れ替わりによって、就活中の学生を演じている翔を、その父親である泰山が演じる、というヤヤこしい二重構造になる。そうすると不思議なことに(無責任とも言えるが)、本当に言いたいことが言えてしまう。ソリの合わない父子なのにすごく似ていて、泰山の「空気を読まない発言」はたぶん翔の本音で、その逆もまた然り。

 著者としては異色の作品だと思う。ここまでコミカルなものも、「入れ替わり」のようなちょっと現実離れした設定も、著者の作品では初めてだからだ。でも、これまでの作品と同じかそれ以上に、とても面白かった。

テレビ朝日 金曜ナイトドラマ「民王」公式サイト

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2013年5月12日 (日)

七つの会議

著  者:池井戸潤
出版社:日本経済新聞社
出版日:2012年11月1日 第1刷 11月26日 第3刷
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは、直木賞受賞作の「下町ロケット」、「ルーズヴェルト・ゲーム」に続いて3冊目。前の2冊と同じく、中小中堅企業の製造業を舞台とした「経済小説」。ただし前2冊が、小さいながらも技術力をもった企業が、逆境の中を困難を乗り越えていく、「上向きのスパイラル」を描くのに対して、本書は秘匿された真実と結末に向かって、キリキリとネジを締め付けるような「下向きのスパイラル」を描く。

 舞台は、売上高1千億円の製造業、東京建電。大手総合電機メーカーのソニックの子会社で、折りたたみ椅子から、白モノ家電、住宅設備、半導体と、幅広い製品ラインアップを持つ。特定の主人公はなく、営業課の事務職から副社長まで、様々な役職の社員が章ごとに主役となって、物語を推し進めて行く。

 物語の発端は「パワハラ」。営業課の万年係長が、上司で営業のエースと目される営業課長を、社内のパワハラ委員会に訴えたのだ。実はこの会社は「営業ノルマが最優先」という体質で、上司が部下を激しく叱責する姿は日常茶飯事。この訴えも、テキトーに処理されて落着、と思われていたのだけれど、予想以上に重い処分が下された。

 このウラには、重大な秘密が隠されていた。というわけで、物語はこの秘密の周辺で起きる人間ドラマを描きながら、徐々に核心に迫っていく。まぁこの人間ドラマの殆どが、男性社員たちの確執や嫉妬を原因としたもので、彼らは揃って家庭でもギクシャクしている。その卑小さが少々類型的すぎて呆れてしまう。「またひとつ女の方が偉く思えてきた」と、古い歌の歌詞も浮かんできた。

 「下向きのスパイラル」で確執や嫉妬のドラマでは、ちょっと滅入ってしまいそうだが、それはあまり心配ない。スジを通す人もちゃんといるし、読後感は以前に読んだ2冊に劣らずスッキリとしている。心配があるとすれば、「自分だったらどうするだろうか?」と考えてしまった場合だ。不正を追及された登場人物が「この会社を守り、オレたちの生活を守るためだ」と言う。これを完全に否定する自信は、今の私にはない。 

(2013.5.15 追記)
NHKでテレビドラマ化されるそうです。東山紀之さん主演、7月13日スタート。
Yahoo!ニュース「東山紀之、NHK連ドラ主演 中間管理職のサラリーマン役

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2012年3月25日 (日)

ルーズヴェルト・ゲーム

著  者:池井戸潤
出版社:講談社
出版日:2012年2月2日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 熊本日日新聞他に順次掲載された新聞小説に加筆修正し、単行本にしたもの。昨年上半期の直木賞受賞作で、ついでに言うと私の「2011年の「今年読んだ本ランキング」」1位の「下町ロケット」の著者の、受賞後の単行本第一作。

 舞台は、年商500億円の中堅電子部品メーカーの青島製作所と、その野球部。5年前に外部のコンサル会社から営業部長として入った細川が、創業者である現会長の青島から社長を引き継いで2年。細川の営業部長としての手腕で業績を伸ばしてきた同社も、金融危機を契機とした不景気のあおりを受けて、青息吐息の状況。

 主要取引先からは取引量の減少や値下げを言い渡され、ライバル会社はなりふり構わぬ営業攻勢をかけてくるし、銀行は運転資金の融資の条件としてリストラを迫る。当然、野球部にもその影響はおよび、役員会で廃部さえ言及される。何と言っても、野球部には年間3億円かかっている。おまけに前監督がライバルチームに移籍する際に、エースと4番打者を引き抜き、成績は芳しくない。

 物語は、青島製作所の経営と、野球部のチーム運営のそれぞれを、時に交錯させながら描く。それぞれには、さらに厳しい試練が待ち構えていて、存亡の危機に立たされる。野球の試合のように、起死回生の逆転劇はあるのか?(そいういう英語の言い回しがあるのかどうか不明だけれど、帯に「奇跡の大逆転劇」に「ルーヴェルト・ゲーム」とルビが振ってある)

 物語の趣向は「下町ロケット」と同じ。危機に瀕した中堅企業が、身の内に葛藤を抱えつつ、その技術力とチームワークで危機に立ち向かう。これですべてが解決したわけではなく、(「下町ロケット」よりも、さらにストレートな感じでもあり)現実はもっと厳しいはず、という指摘もあるだろう。でも、ところどころに仕込まれている「いい話」に、「あぁ、仲間っていいなぁ」とホロッとする。(私と同じように)そういうのが好きな人におススメ。

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2011年10月15日 (土)

下町ロケット

著  者:池井戸潤
出版社:小学館
出版日:2010年11月29日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆☆☆(説明)

 2011年上半期の直木賞受賞作品。今年の8月に早速WOWOWで三上博史さん主演でドラマになっている。

 主人公は佃航平、43歳。7年前に父親の死に伴って、家業の精密部品の工場「佃製作所」を継いだ。それ以前には、佃は宇宙科学開発機構で、ロケットエンジン開発の研究者をしていた。本書の冒頭は、佃が開発したエンジンを積んだロケットの打ち上げシーンだ。

 佃が社長を継いでから佃製作所は大きく成長した。売上百億円に少し欠けると言うから、並みの中小企業ではない。しかし、部品製造業の経営は取引先に大きく左右される。佃製作所も主要な納入先の方針変更によって、「わかってくれよ、佃ちゃん」と言われて、十億円を超える取引を停止されてしまう。
 その後も佃の受難は続く、銀行の融資を打ち切られたり、ライバル社から特許侵害で訴えられたり。足元の社員や家族も盤石とは言えない。一つ乗り越えたら次の問題が持ち上がる。それでも佃には寄って立つものがあった。それは「技術」と「夢」だ。

 「並みの中小企業ではない」のは、百億円近い売上だけではない。佃が寄って立つものの一つである「技術」がある。佃製作所は、水素エンジンのバルブシステムの特許を持っている。帝国重工という巨大企業が、巨額を投じて開発したシステムに先んじる最先端技術で、この技術がなければ帝国重工のロケットは飛ばない。起死回生の願ってもない話のようにも聞こえるが...ビジネスの世界は怖い。

 佃が寄って立つもののもう一つの「夢」は、彼を支えるが、同時に彼を苦しめ、彼に決断を迫る。面白かった。ちょっと甘めだけれど☆5つ。

 このあとは書評ではなく、ちょっと思ったことを書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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