25.梨木香歩

2016年11月 3日 (木)

不思議な羅針盤

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2015年10月1日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 梨木香歩さんのエッセイ集。「あとがき」によると、2007年から2009年に雑誌「ミセス」に連載されたもの。それを2010年に単行本としてまとめ、さらに2015年に文庫化した。全部で28編を収録。

 日々の暮らしの中で目にしたこと、旅先で出会った物事、十年以上前の出来事、さらに遡って子どものころの話等々、テーマを特に設定せずに様々なことが、落ち着いた筆致で綴られる。テーマはない中で一つ全体の特長を挙げると、著者の作品の読者なら馴染みのことだけれど、動植物、特に植物の話題がとても多くて、とても細やかだということだ。

 例えばこんな感じ。「貝母という花には複雑な思いがある。一本であるときは真っ直ぐに誰にも何にも依りかからず生きているのだが、これが数本まとめて花瓶に挿そうものなら、みるみるうちにその巻きひげのような葉っぱがお互いに絡み合ってまつわり合って簡単には離せなくなる。

 貝母は別名をアミガサユリといい、取り立てて珍しい花ではないようだけれど、私はその名前を知らなかった。著者は、露地に咲くその花を見つけて、両手のひらで包むようにして「ようこそようこそ、永らえて、まあ」と話しかけた。こういう感性の持ち主なのだ。身の回りの小さなことを、ちゃんと受け取ることができる。

 さらに「絡み合って依存し合うのは莢が重いから」という説を引いて、「自分で何とかまかなえるだけの暮らしをすればいい話ではないか」と言う。これが「サスティナビリティ(持続可能性)」の話につながっていく。本書の特長をもう一つ挙げると、1つのエッセイの中に、こんな風にいくつかの話題があって、それが繋がって最初の話題に戻って円を成していることだ。読んでいてとても気持ちがいい。

 最後に。本書には著者の憂いも感じる。例えばこんな一文に。「たとえば国のリーダーが、どう考えてもばかばかしい政策を掲げたときにはどうしよう。従うのか、意見するのか、見限るのか。(中略)もっと他に何かあるだろうか」。念のため言うと、これは今のことを言っているのではない。このエッセイが始まったのは2007年で10年近くも前だ。..今と同じ人が首相だったけれど。

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2015年10月28日 (水)

海うそ

著  者:梨木香歩
出版社:岩波書店
出版日:2014年4月9日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 梨木香歩さんの書き下ろしの近著。一昨年に創業百年を迎えた岩波書店の「創業百年記念文芸」として出版。大自然の中で魂に触れそうな物語。

 舞台は南九州の「遅島」。時代は昭和の初め。主人公は20代半ばの人文地理学の研究者の秋野。秋野は亡くなった主任教授が残した未完了の報告書を見て、遅島に心惹かれてやってきた。遅島は古代に修験道のために開かれた島で、明治初年までは大寺院が存在していた。

 「存在していた」と過去形なのは、明治初期の廃仏毀釈の嵐によって、寺院が徹底的に破壊されたからだ。後に明らかになるけれど、今は礎石などの痕跡が残されているだけだ。この島は「喪失」を抱えている。

 物語は、フィールドワークとして、秋野がかつてあった寺院群を訪ねる山行を描く。実は、秋野も心の内に「喪失」を抱えている。一昨年に許嫁を亡くし、昨年には相次いで両親を亡くしていた。秋野が抱える「喪失」に島の自然が共鳴する。そんな物語だ。

 本書は、この物語に50年後の後日談が続いている。50年の歳月は、物語の雰囲気をガラッと変えてしまう。しかし、そこにさらなる「喪失」を描き、「再生」と「発見」を描くことで、物語世界が大きく広がっている。

 「遅島」は架空の島。冒頭に地図が載っているけれど、その姿は、鹿児島県薩摩川内市の中甑島に似ている。

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2015年4月22日 (水)

僕は、そして僕たちはどう生きるか

著  者:梨木香歩
出版社:理論社
出版日:2011年4月 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」など、私が大好きな作品の著者である梨木香歩さんの近著。

 主人公は14歳の少年のコペル。両親とは離れて一人で暮らしている。コペルというのはもちろんあだ名で、叔父のノボちゃん(これももちろんあだ名)が命名した。ノボちゃんは染色家、草木染作家をしている。

 物語は5月の連休の初日の1日を描く。その日コペルは市内を少しはずれたところにある雑木林に出かける。土壌採取して棲んでいる虫の種類を調査するためだ。そしてそこで、熱心にイタドリを刈り取るノボちゃんに会う。

 ノボちゃんがイタドリを刈り取っているのは、染色の材料に使うためだ。ではコペルの「調査」は?中学生の休日の過ごし方としては変わっていると思う。まぁ理由は後で明かされるし、彼の周囲の人々が明らかになるにつれ、その中では「そんなに変わっていない」ことも分かる。

 この後、コペルとノボちゃんは、コペルの友達のユージン(これもあだ名)の家に行く。ユージンの家は代々裕福な農家で、広い敷地はちょっとした森のようになっている。

 梨木さんの作品は植物の描写が丁寧なものが多いけれど、本書もそのひとつ。ユージンの家の森の木々や草花がひとつひとつ丁寧に紹介される。それはそれは瑞々しく描かれる。

 こんな感じで、中学生が自然の中で過ごす爽やかな休日、と思っていたら、思いのほかズッシリと重いものを受け取る。そこで読者は「僕は、そして僕たちはどう生きるか」というタイトルを思い出すことになる。

 この国が「右傾化している」と言われる今、本書が投げかけるテーマは重大な意味があると思う。少し長くなるけれど、2カ所引用する。

 「大勢が声を揃えて一つのことを言っているようなとき、少しでも違和感があったら、自分は何に引っ掛かっているのか、意識のライトを当てて明らかにする。自分が足がかりにすべきはそこだ。自分基準で「自分」をつくっていくんだ。他人の「普通」は、そこには関係ない。

 「国が本気でこうしたいと思ったら、もう、あれよあれよという間の出来事なんだ。

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2015年1月 7日 (水)

丹生都比売

著  者:梨木香歩
出版社:出版工房 原生林
出版日:1995年11月20日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 本書は、著者のデビュー作「西の魔女が死んだ」に続く第2作。日本古代史最大の内乱と言われる「壬申の乱」を題材にしたとてもナイーブな物語。

 「内乱」と「ナイーブ」という2つの言葉は、お互いに似つかわしくない。本書は壬申の乱そのものを描いた「戦記もの」ではない。その前後を生きた一人の皇子を主人公とした、彼の身の回りの物語。

 主人公の名は草壁皇子。壬申の乱の一方の当事者である大海人皇子(のちの天武天皇)の第2皇子。彼は体が弱く、すぐに熱を出して寝込んでしまう。幼い子のためにあつらえた弓矢でも、それ引くこともできない。周囲の期待を集めるタイプではない。聡明で利発で文武に秀でた弟の大津皇子とは対照的に。

 時代としては、父の大海人皇子が、皇位継承の争いを避けて、出家して吉野に下っている期間を中心に描く。つまり壬申の乱の直前。タイトルの「丹生都比売(におつひめ)」とは、吉野の水銀と水を統べる神霊で、大海人皇子を加護する姫神の名前だ。

 大海人皇子が、皇位継承から身を引いたとはいっても、近江宮の大友皇子にとっては、自分を脅かす政敵に違いなく、吉野の宮にも常にきな臭さが漂う。そんな中で草壁皇子は、父母の期待に応えられない自分を不甲斐なく思い、悪夢にうなされる日々を過ごしている。そしてある日、キサという名の言葉を話せない少女と出会う。

 物語は、草壁皇子とキサの子どもらしい邂逅を描いていくうちに、周囲はきな臭さの度合いを増す。やがて大乱となることもその結果も分かっているのだけれど、息が詰まる。丹生都比売の加護はあるのか?

 父の想い、母の想い、子どもの想い。古代の内乱の渦の中心に、こんな濃やかな物語を綴ることができるとは。著者に敬服。

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2014年11月27日 (木)

エンジェル エンジェル エンジェル

著  者:梨木香歩
出版社:出版工房 原生林
出版日:1996年4月20日 初版第1刷発行 2002年10月10日 第3刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」 の著者である梨木香歩さんの、今から20年近く前の作品。私は単行本で読んだのだけれど、B6版より少し小さい版型の160ページ、紙面に余裕のある文字数の「小品」。

 高校生の「コウコ」の物語と、女学校に通う「さわこ」の物語が交互に綴られる。「女学校」という言葉の響きからも想像できるように、「さわこ」の物語は時代が何十年か前のことのようだ。

 コウコは情緒不安定。意味もなくいらいらしたり、泣きたくなったり、じっとしていると焦燥感で手に汗がにじんだり。そんなコウコが、精神の安定を得るために熱帯魚を飼うことを思いつき、母親に認めてもらった。寝たきりになっている祖母の世話を、一部引き受けることと引き換えに。

 その祖母の世話というのは、夜中のトイレへの付き添い。もともと学校から帰ったら寝てしまって夜中に起きだす、という生活をしていたからそう無理はない。そんな夜中の二人きりの時間に、おばあちゃんが覚醒する。いたずらっぽい力のある目をして、若い女の子のような声で話しかけてくる。

 おばあちゃんに何が起きたのか?ちょっとドキドキする展開。もちろん「さわこ」の物語ともつながっている。二人の会話に控えめなユーモアも感じられて、穏やかな気持ちで読んでいた。ところが突然、心を深くえぐるような展開になるので、ご用心を。

 終盤のおばあちゃんのセリフが心に残った「神様もそうつぶやくことがおありだろうか」

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2014年11月 5日 (水)

春になったら苺を摘みに

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2006年3月1日 発行 2013年2月20日 第18刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」の著者である梨木香歩さんの初エッセイ。2002年2月、今から12年前の作品。30~40ページぐらいのエッセイが10編、すべて書下ろし。最後の「五年後に」は文庫版のみに収録。

 本書は、著者が20代の頃に英国に留学した時の下宿の女主人「ウェスト夫人」と彼女の周囲の人々や、著者が旅先などで出会った人々との交流をつづったもの。20代の頃から「今」(さらに文庫版では5年後)と、時代を自在に行き来しながら、エピソードが重ねられる。

 ウェスト夫人は徹底した無私の人。宗教も人種も経歴さえも(殺人の前科があっても)問わず、その下宿の部屋を提供する。部屋が空いていない場合を自分のベッドを明け渡してしまう。彼女を筆頭に実に多彩で個性豊かな人々が登場する。ウェスト夫人が引き寄せるのか、ウェスト夫人ごと著者が引き寄せているのか?

 私が一番印象に残ったのは「子ども部屋]という作品。著者が湖水地方のホテルに滞在した時のことを書いているのだけれど、どのようなきっかけがあるのか、そこから様々な時代に遡って、さらにそこからもう一段飛んでと、縦横無尽にエピソードと想いを綴っている。

 ウェスト夫人とその子どもたちのこと。その子どもたちが出て行って、空いた子ども部屋に著者が滞在していたころのこと。ウェスト夫人の元夫の家の家政婦のこと。20年前に通っていた学校のこと。騎士道のこと。そして「日常を深く生き抜く、ということは、そもそもどこまで可能なのか」というような思索的な言葉がふいに発せられ、自らの「精神的原風景」に言及する。

 そもそも著者は個人的な情報があまり公になっていない。本書の著者紹介だって作品名以外には「1959年(昭和34年)生まれ」としか書いていない。だからエッセイとは言え、経歴はもちろん、これだけ内面を記した文章に、私はとても引きつけられた。これは読んでよかった。

 上橋菜穂子さんが高校生の時に訪ねたという、英国の児童文学作家のルーシー・M・ボストンさんを、著者も訪ねたことがあるそうだ。何てことのない発見だけれど、気が付いた時はうれしかった。

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2013年12月26日 (木)

冬虫夏草

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2013年10月30日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 名著「家守綺譚」の続編。著者の作品では「西の魔女が死んだ」が映画化もされ、読書感想文の課題図書として取り上げられることも多くて有名。しかし、私にとっては人に薦められて読んだ「家守綺譚」が、著者の作品との最初の出会いで最高の一冊。その続編が読めるのが嬉しかった。

 時は明治の中ごろ、場所は京都。主人公の綿貫征四郎は、亡き友の家を守って文筆業で生計を立てている。綿貫がそいうったものを引き寄せるのか、河童やら狸やらの人外の者と多く出会う。いや、ほんの100年前の日本は、そういったものの近くに人々の暮らしがあったのかもしれない。

 綿貫の家に居ついている犬のゴローが、ふた月も姿を見せない。ゴローは犬であるがその「人望」は厚く、人間・動物・その他の生き物の様々な事柄に関わっていて、留守にすることは珍しくない。しかし、今回はそれが気になって仕方ない。というわけで、綿貫はゴロー探索の旅に出る。

 わずかな手がかりからゴローの消息を知り。琵琶湖のほとりから鈴鹿の山中へと向かう。本書は主にその道中を39編の短編を重ねて描く。人と(もちろん人外の者とも)出会い、その人を置いて道を先へ進む。ロードムービーの趣だ。その内の何人かは後に再び出会い、何人かは真の姿が明らかになり、綿貫の道中に重要な意味を持つ。こうした仕掛けが本当に上手い。

 「紫草」「椿」「河原撫子」「蒟蒻」「サカキ」...すべての短編に植物の名前が付いている。そうした植物や風景の観察が細やかで、心が穏やかになる。一節を紹介する「...見れば、カエデの二寸程のものは、私の小指の爪先程の大きさ程しかあらぬ葉であるのに、すでに紅葉を始めている。変化はまことに斯くの如く、小さきものから始まるのだ、と感嘆する」...小さなカエデの葉に目を留める感性に瑞々しさを感じる。

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2012年6月16日 (土)

りかさん

著  者:梨木香歩
出版社:偕成社
出版日:1999年12月 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 以前に読んだ「からくりからくさ」の蓉子が、小学生の「ようこ」だったころの物語。本書はジャンルとしては児童文学だけれど、「からくりからくさ」を読んだ時に、それと対になる作品だと知って読みたいと思っていた。さらに、薦めてくださる方も多かったのに、あれから3年余り経ってしまったけれど、ようやく読むことができた。

 タイトルの「りかさん」は、ようこがお雛祭りのお祝いに、おばあちゃんからもらった市松人形の名前。りかさんは実は人間と話すことができる。いや正確に言えば、ようこやおばあちゃんのような「人形と話せる人間」と話すことができる。

 ようこは、りかさんと話したことがきっかけで、他の人形たちの声も聞こえるようになった。また、りかさんは人形たちの記憶を、映し出してようこに見せることができる。そうして、ようこは自分の家のお雛様や、友だちの登美子ちゃんの家の人形たちの想いを知ることになる。

 「もし人形に心があったら」という前提が、すんなりと受け入れられる。ようこの家のお雛様たちがもめている、男雛がもの思いに沈んでいるのはどうしてか?は、ちょっと面白い。登美子ちゃんの家の人形たちからは、小学生のようこには手に余る想いが伝わってくる。
 人形の記憶というのは、持ち主などのその人形に関わる人間の記憶でもある。例えその人が亡くなっても、その想いは人形の中で留められて残る。児童文学とは言っても、籠められた想いはずっしりと重く深い。

 「うわ、りかちゃん、しゃべれたのかあ。」と言った時のようこが、とても微笑ましい。成長して「からくりからくさ」の蓉子になった時には、染色の道に進んでいるのだけれど、そのきっかけも描かれている。別々の出版社から同じ年に出版されたこの2冊の本は、確かに一組の物語になっている。読んで良かった。

 私の家にもお雛様があるのだけれど、毎年飾るように心がけている。箱から出して段に置いた時に、人形の表情が明るくなるように感じるのは、気のせいばかりではないと思う。

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2011年7月25日 (月)

ピスタチオ

著  者:梨木香歩
出版社:筑摩書房
出版日:2010年10月10日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の最新刊。著者の作品に多くに共通するのは、「異界」の存在を感じさせること。「家守綺譚」や「f植物園の巣穴」のこの世ならぬ者たち、「裏庭」の鏡の向こうの世界、「村田エフェンディ滞土録」の神々、「沼地のある森を抜けて」の故郷の島。そして、今回はアフリカの呪術医と精霊だ。

 主人公は山本翠。40歳手前。「棚」というペンネームでライターの仕事をしている。仕事関係の人からだけでなく、恋人からも近所の喫茶店の女主人からも「棚」と呼ばれている。彼女は、かつて勤めていた出版社を辞め、衝動的にケニアに渡り数か月を過ごしたことがある。

 棚は、亡父が建てた武蔵野の公園の前のマンションの2階に犬のマースと暮らしている。公園の木々や池にいる水鳥たちの描写が詳しい。「カモ」と一言で片づけてしまわずに、「オナガガモ」「キンクロハジロ」「ホシハジロ」「ハシビロガモ」「カルガモ」と名前を挙げていく。
 それは棚がそうしたことに興味があるということを表している。また棚は、気圧の変化が自分の体調で正確に分かる。前線が通過するとひどく頭痛がする一方で、異様に意識が覚醒する。だから、棚にとって気象情報は何にもまして関心のあるニュースなのだ。

 物語の前半は、公園でのマースを連れた散歩の様子などの描写が瑞々しい。しかし棚の暮らしはマースの病気に振り回されることになる。そして後半になって、著者の作品に共通する「異界」の存在を強く感じる物語に展開していく。

 正直に言って、読んでいて今ひとつ乗れないままになってしまった。前半と後半のつながりが、無いようで有る。細い糸でつながっている感じ。

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2011年6月19日 (日)

村田エフェンディ滞土録

著  者:梨木香歩
出版社:角川書店
出版日:2004年4月30日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 タイトルの意味を後ろから追うと、「滞土録」の「土」は「土耳古(トルコ)」の頭文字、エフェンディ」はトルコで昔使われていた、学者に対する尊称、「村田」は主人公の名前。つまり「村田エフェンディ滞土録」は、「村田先生のトルコ滞在記」の意味。

 時は1899年、舞台はイスタンブール。主人公の村田は、トルコ皇帝からの招聘を受けて、かの国の歴史文化の研究のために来ている。1890年に起きたトルコの軍艦「エルトゥールル号」の和歌山沖での遭難事件での、地元民の献身的な救難活動への返礼としての留学なのだ。しかし彼はまだ青年で、大学の史学科の講師。「エフェンディ」と呼ばれるのは、自分でもしっくりこないらしい。
 そして、村田が下宿する屋敷には、ドイツ人の考古学者、ギリシア人の発掘家、下働きのトルコ人、屋敷の主人兼家政婦のイギリス人と、村田を入れて5人が住んでいる。物語は、この5人の会話を中心に、現地で出会った人々との交流を描く。

 いろいろと不思議なことが起きる。下宿の壁がユラユラと揺らぐように光る。天井から大きなものが走り回っているような音がする。敷石に人の影が浮き上がる...。と言ってもホラー感はない。100年以上前だからなのか、遠く中東の国だからなのか、イギリス人の主人が言うように「そういうこともあるでしょう」という感じなのだ。
 いや、年代のせいでも国のせいでもない。著者の描く世界が、そんな不思議を許容するゆったりした空間だからなのだ。そう、私が初めて読んだ著者の作品である「家守綺譚」のように。実は本書は「家守綺譚」と同じ時代の物語で、かの物語の主人公の綿貫と高堂は、村田の友人なのだ。共にに2004年に出版されたこの2つの作品は対になっている。だから、両方読んでみることをおススメする。

 最後に。村田の下宿にはまだ住人がいる。下働きのトルコ人が拾ってきたオウムだ。主人が作る料理のにおいがしてくると必ず「失敗だ」と言い、食べ物を取りに行ったトルコ人に「友よ!」と呼びかけ、夜明け前に鶏の鳴きまねをし、「何時だと思っているのだ」とドイツ人に叱られると、「楽しむことを学べ」とラテン語で返す。実にいい味を出している。

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