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2018年9月

2018年9月30日 (日)

ファーストラヴ

著  者:島本理生
出版社:文藝春秋
出版日:2018年5月30日 第1刷 7月25日 第5刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 2018上半期の直木賞受賞作。

 主人公は臨床心理士の真壁由紀。30代半ば。結婚して10年。夫と小学生の息子と3人で暮らしている。コメンテーターとしてテレビにも出演している。知名度が高いこともあって、出版社から本の執筆を依頼される。それは、世間の耳目を集めている、女子大生が父親を刺殺した事件の容疑者を取材して、その半生を臨床心理士の視点からをまとめる、というものだ。

 その容疑者の名前は聖山環菜。22歳。女子アナウンサー志望の環菜は、キー局の面接で具合が悪くなり途中で辞退。数時間後に、父親が講師を務める美術学校で、父親を包丁で刺した。自宅へ戻り、母親と言い争った後、自宅を飛び出す。多摩川沿いを顔や手に血を付けたまま歩いていたところを目撃され、警察に通報される。

 物語は、環菜との面会を通じて、由紀が事件の真相を解き明かす様子を軸に描かれる。「真相」と言っても、「事実」にはあまり争うことはなく、もっぱ「動機」についてだ。環菜は取り調べで「動機は自分でも分からないから見つけて欲しいくらいです」と答えた。本人にも分からない「動機」。臨床心理士の由紀になら明らかにすることができるのか?

 冒頭からずっと不穏な緊張感が漂っている。最初はその緊張感を、軸となる「環菜の物語」と並行して明かされる、過去の「由紀の物語」が放っている。環菜の事件の担当弁護士が由紀の義弟で、二人の間に何かがあったことが仄めかされる。そちらが少しずつ明らかになるに従って、今度は環菜の生い立ちや環境が、何か禁忌に触れそうになって、心を騒めかせる。そして2つの物語が響き合い..。

 登場人物の多くが心に傷を負っている。帯に「「家族」という名の迷宮を描く」とある。外からは分からない関係性がある、さらにそれぞれの心の奥は、家族同士にもうかがい知れない。そういう意味で「家族」は「迷宮」だ。本来、疲れた体と心を癒すはずの「家族」が、そのような場所ではない(かもしれない)ことを問う。本書は「問題作」だと思う。

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2018年9月26日 (水)

最果てアーケード

著  者:小川洋子
出版社:講談社
出版日:2012年6月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品を時々読みたくなる。本書は2012年の発行。その前の2011年に「BE・LOVE」というコミック誌の連載マンガの原作として書き下ろされた。表紙の装画は酒井駒子さん。

 舞台は世界で一番小さなアーケード。路面電車が走る大通りからひっそりした入り口を入って、十数メートルで行き止まってしまう。使い古しのレース、使用済みの絵葉書、持ち主が手放した勲章やメダル、様々な動物(のはく製)や人形用の義眼、ドアノブ..「一体こんなもの、誰が買うの?」という品を扱う店が集まっている。入口にあるドーナツ屋は例外。

 主人公は、このアーケードの大家の娘。彼女が16歳の時、町の半分が焼ける大火事があって、その時に父親(つまりこのアーケードの大家)は亡くなってしまった。物語は、時間軸を移動して大火事の前後を行ったり来たりする、全部で10編の物語で構成されている。

 私が好きな物語は「紙店シスター」。レターセットやカード類などを扱うお店の話。そこの店主が「たくさん買ってくれるのは、善いお客さんだ」と言う。儲けのことを言っているのではなく、たくさんの便りを書く人は、それだけ大勢の友人や知人、親族を持っている、という意味だ。

 それからこの店は、使用済の絵葉書を置いている。誰かが誰かのために出した絵葉書。ここにあるからには用済みになったものだけれど、店主はその一枚一枚にも、本当に求める人がいるはずだと思っている。そしてその絵葉書からの主人公の回想に、私は心打たれた。その内容は敢えて書かない。

 「あぁそうだった。小川洋子さんはこういう物語を描く人だった」と思った。「ミーナの行進」のレビューにも同じようなことを書いて「静かな音楽を聴いているような心地よさ」と表現したけれど、それとは違う。読み進めるほどに「何かが少しだけおかしい」という思いが募るのだ。小川さんの作品を時々読みたくなるのは、こういう物語が私は好きなんだろう。

 最後に。「何かが少しだけおかしい」という感覚は、読み終えても残る。気になった私はコミックを読んでみた。こちらにはこの「おかしい」にはっきりした輪郭が与えられていた。

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2018年9月22日 (土)

カフーを待ちわびて

著  者:原田マハ
出版社:宝島社
出版日:2008年5月26日 第1刷 2018年3月8日 第8刷 発行
評  価:☆☆☆☆☆(説明)

 原田マハさんのデビュー作。エッセイ「フーテンのマハ」で、このデビュー作に至るエピソードを紹介していて、がぜん興味が湧いて読むことにした。

 主人公は友寄明青(あきお)。35歳。沖縄県与那喜島で食料品も雑貨も文房具も扱う「よろずや」を営んでいる。午前9時半に店を開けて午後1時に昼食、2時から4時までは昼寝、6時には閉店。のんびりしたものだ。

 その明青の元に手紙が届く。「あの絵馬に書いてあったあなたの言葉が本当ならば、私をあなたのお嫁さんにしてくださいますか」。「あの絵馬」とは、数カ月前に明青が北陸の孤島の神社に納めた絵馬のことらしい。そこに明青は「嫁に来ないか。幸せにします」と書いた。

 その手紙の主を待って数週間。待ち続けることを恐れ、区切りをつけようと手紙を燃やした翌日、明青の元に本当に幸が現れた。白い花のような小さな顔、潤んだ大きな目、すっと通った鼻とふっくりとした唇。「でーじ、美らさんだ」

 物語は、明青と明青の家に住み込むことになった幸の暮らしぶりを描く。そこに、「裏のおばあ」や、明青の幼馴染、そのうちの一人が持ち込んできた、島のリゾート開発の話が、巧みに織り交ぜられる。

 ぐぅっと引き込まれる物語だった。背景に沖縄の島の青い海と空が見える。デビュー作にしてこの完成度。「日本ラブストーリー大賞」を受賞した作品だけれど、明青と幸の二人の関係は遅々として(というか全く)進まない。それでいて、気持ちが痛いほど伝わってくる。

 「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」「サロメ」「たゆたえども沈まず」など、「アートミステリー」作品が、キュレーターでもある著者の真骨頂。ところが、「フーテンのマハ」によると、小説家になるにあたって当初は「アート」を封印していたそうだ。そうして書いたのがこの作品。すごい。

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2018年9月 8日 (土)

「南京事件」を調査せよ

著  者:清水潔
出版社:文藝春秋
出版日:2017年12月10日 第1刷 2018年4月20日 第4刷
評  価:☆☆☆☆☆(説明)

 本書は、2015年に放送されたテレビ番組、NNNドキュメント「南京事件 兵士たちの遺言」の基になった調査内容を中心にまとめたもの。この番組は2016年のギャラクシー賞優秀賞、放送人グランプリ 準グランプリなどを受賞。著者は雑誌記者からテレビ局の報道記者に転身した人で、その調査報道によって数多くの賞を受賞している。

 「なかった」と主張する人も含めて「南京事件」や「南京大虐殺」と呼ばれる出来事について、「まったく知らない」という人はいないと思うけれど、一応説明する。それは1937年に日本軍が南京を占領した際に起こした(とされる)虐殺事件のこと。被害者の数は、中国の主張では30万人。

 この「南京事件」に、報道記者である著者は、調査報道の手法で取り組む。つまり、関係者に会って話を聞き、資料や記録を探し出して調べ、それで分かったことの真偽を確認するために、別の方法で「裏取り」する。気が遠くなるような作業だ。

 例えば。日本軍の兵士の日記を活字化した本が見つかる。その日記には「捕虜を5千人、揚子江の沿岸で機関銃で射殺した。その後、銃剣で思う存分に突き刺した。年寄りも子どもも居る。一人残らず殺す。」といったことが書いてあった。

 著者はこの本の発見後、日記を活字化した編者に会って日記の現物を確認する。続いて、日記を書いた当人が本当に存在すること、日記で当人が乗船したとする輸送船がその記載通りに運航されていたこと、などを丹念に調べる。日記にインクが使われていたので、戦場で万年筆が使われていたことまで確認している。

 帯に「これが「調査報道だ!」と書いてあるが、まさにそのとおり。日記は1人分だけではない。実に31人分もの日記が発見されている。多くの記述が合致している。相反する記述はない。戦後になって撮られた証言インタビューも残っている。誰がどう取り繕おうと「なかった」ことになどできない。

 しかし「できない」はずなのに「南京事件」は不毛な議論に陥りやすい。著者はその理由に行き着き、こう述べる。「私は「南京事件」という舞台で衝突していたのは「肯定派」と「否定派」だと思っていた。しかしその真の対立構図は「利害」と「真実」だったらしい。」

 否定する人は「あっては困る」から否定している。そんな人に証拠を示しても何にもならない。むしろ「さらに困る」ので、もっと強硬になるだけだ。

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