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2017年3月

2017年3月29日 (水)

恋のゴンドラ

著  者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
出版日:2016年11月5日 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「疾風ロンド」「雪煙チェイス」のスキー場シリーズで舞台となった、「里沢温泉スキー場」で巻き起こるラブコメディ。「ゴンドラ」「リフト」「プロポーズ大作戦」「ゲレコン」「スキー一家」「プロポーズ大作戦 リベンジ」「ゴンドラ リプレイ」の7編からなる連作短編。

 各短編ごとに主人公が変わる。最初の「ゴンドラ」と次の「リフト」で8人の男女が登場する。全員、都内のリフォーム会社やデパートやホテルで働く社会人。この8人の誰かが、その後の短編で入れ替わりで主人公となる。誰々は誰々が好きだとか、くっつけようだとか、浮気したとか許さないとか、ダメだと思ってたけど見直したとか...そういう物語だ。

 最初の「ゴンドラ」だけあらすじを。主人公の広太は33歳。合コンで知り合った桃実とスノーボード旅行に来ていた。彼女との初めての旅行に悦びを噛みしめていた。ところが二人が乗った12人乗りゴンドラに、同棲相手の美雪が乗って来た!あろうことか広太は美雪と結婚の約束までしていた..。

 面白かった。広太の絶体絶命のピンチだけれど、まったく同情の余地がない。どんなヒドイ目に会おうと知ったこっちゃない。そうなると他人の不幸も、傍目から見てこんな楽しい見世物はないってことになる。まぁ、美雪さんはかわいそうだけれど。

 他の作品も、当人たちにはけっこうキツイ出来事かもしれないけれど、傍観者としては面白可笑しいとか、ちょっといい話とかの、エンタテイメントに仕上がっている。だいたい男がダメダメな感じなんだけれど、物語の中でちょっとだけ成長する。...広太を除いては(笑)。

 「疾風ロンド」「雪煙チェイス」の「あの人」もちょっとだけ登場する。

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2017年3月26日 (日)

一汁一菜でよいという提案

著  者:土井善晴
出版社:グラフィック社
出版日:2016年10月25日 初版第1刷 2017年2月25日 第9刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の土井善晴さんは料理研究家。テレビ朝日「おかずのクッキング」や、NHK「きょうの料理」で料理の先生をしてらっしゃる。恥ずかしながら私は知らなかった。料理学校を開かれたお父さまの土井勝さんの名前はよく知っていたけれど。

 本書は著者が少し前から唱えている「一汁一菜」という料理のあり方の提案を論じたものだ。「一汁一菜でよい~」と「~でよい」が入っているのは「一汁三菜」に代表される、「きちんとした食事はおかずが何品以上」という固定観念へのアンチテーゼだからだ。

 必要ない人も多いと思うが「一汁○菜」について一応説明。食事の献立の話で、「汁」は汁物「菜」はおかずを表す。「一汁三菜」なら、「ご飯」と「みそ汁などの汁物」と「おかずが三品」。ということになる。著者が提案する「一汁一菜」ならおかずは一品だ。

 さらに言うと「一菜」は漬物でいいと著者は言う。さらにさらに言うと「具だくさんのみそ汁」は「一菜」を兼ねてもいい。その「具だくさんのみそ汁」には、何でも入れていい。ピーマンやトマトを入れてもいい。ベーコンやハム、鶏の唐揚げでもいい。(2017.4.1追記 著者のtwitterには「目玉焼き」を入れたみそ汁の写真がアップされている)

 とても共感した。著者のこの提案の根っこには、家庭で料理を作る人への暖かい眼差しがある。毎日の献立を考えるのが大変、仕事をしていると食事の支度が負担になる、簡単に済ませれば済ませたで後ろめたい。そういう人たちに「ご飯と具だくさんのみそ汁でいいんですよ」と言っているのだ。具体的なレシピもある。

 実際に夕食を「ご飯と具だくさんのみそ汁」にしてみると、確かに気が楽になった。もう一品か二品を簡単なものを作ってしまうぐらい、気持ちに余裕ができた。結果として「一汁三菜」になったけれど、気楽さはそのままだ。「何でも入れていい」は半信半疑だったけれど、実際にトマトやピーマンを入れたみそ汁を作ってみたが、これが美味しかった。

 最後に。本書は「一汁一菜の提案」から話を掘り下げかつ広げて、和食や日本の文化についても論じられている。散見される「日本人だけが..」という部分には違和感も感じたけれど、総じて興味深い考察だと思う。そういうところも楽しめる。

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2017年3月22日 (水)

蜜蜂と遠雷

著  者:恩田陸
出版社:幻冬舎
出版日:2016年9月20日 第1刷 2017年1月25日 第10刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 2016年下半期の直木賞受賞作。本屋大賞ノミネート作品。

 本書の舞台は「芳ケ江国際ピアノコンクール」。3年ごとに開催され、「ここを制した物は、世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスがある「登竜門」的なコンクール。本書は、その出場者や関係者たちを主人公とする群像劇だ。

 主人公たちをざっと紹介する。審査員の嵯峨三枝子、出場者でかつてピアノの天才少女と言われた栄伝亜夜、28歳でコンクールの最年長出場者の高島明石、最有力出場者のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。この他にも、審査員をしている三枝子の前夫、亜夜に付き添う先輩、明石を取材する高校時代の同級生の女性等々、多くの人が描き込まれている。

 そしてもう一人、出場者の風間塵。トリックスター的な役割で物語を途中まで牽引する。このコンクール出場までの経歴がほとんど分からない。分かっているのは、養蜂家の父について転々と移動しながら、有名な音楽家の指導を受けたらしいことだけ。彼の演奏は、それまでの常識を破るものだった。それを聞いたある者は感動に震え、ある者は「こんなものは音楽への冒涜だ」と怒りに震えた。

 つまり役者が揃っている。それぞれのドラマを描けば、よい読み物になることは、著者の筆力を考えれば約束されたようなものだ。ただ、それだけではなかった。

 物語は、コンクールのオーディション、一次予選、二次予選、三次予選、本選、を順に描く。主人公たちの演奏は欠かさず描き、その他の出場者のものも少なくない。数えてはいないけれど、20以上の演奏シーンを言葉だけで表現していることになる。飽きないの?...まったく飽きない。

 以前に私は、中山七里さんの「さよならドビュッシー」のレビューで「文章の力」として、「本書からは「音楽」が聞こえて来る」と書いた。そのレビューの中で、本書の著者の恩田陸さんの「チョコレートコスモス」は「女優の演技が目の前に立ち現れた」とも書いた。

 本書は、その文章の力で「音楽」と「映像」の両方の感覚を呼び覚ます。帯に「著者渾身」と書かれているのは誇張ではないのだろう。

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2017年3月19日 (日)

i(アイ)

著  者:西加奈子
出版社:ポプラ社
出版日:2016年11月29日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。以前に読んだ直木賞受賞作の「サラバ!」がとてもよかった。私はその年の本屋大賞の予想で「サラバ!」を大賞にしていた。実際の結果は2位だったけれど、それでも多くの支持を集めたことには違いない。

 本書の主人公はアイ。フルネームは「ワイルド曽田アイ」。アメリカ人の父と日本人の母を持っている。物語の初めには高校1年生だった。本書冒頭の一文は「この世界にアイは存在しません。」これは数学教師が虚数のiを説明した言葉だけれど、この一文は意味合いを変えて度々登場することになる。

 アイは両親と血がつながっていない。シリアで生まれたアイは、まだハイハイを始める前に養子として両親の元にやって来た。小学校まではニューヨークで暮らし、中学入学に合わせて日本に来た。両親は愛情を込めてアイを育てた。

 その愛情にアイは苦しんだ。自分が「不当な幸せ」を手にしているという気持ちが心から離れない。素直に感謝できないなんて許されない、という気持ちが、二重にアイを苦しめた。それほど繊細な子どもだった。

 本書には「サラバ!」との共通点がある。主人公が中東の生まれであること、あまり積極的に物事に関わらないこと。その主人公の半生を描いた物語であること。もちろん違う点もある。「サラバ!」では騒動は主人公の周辺で起きたけれど、本書ではアイの内面で起きる。もどかしくなるほど内省的な主人公なのだ。

 物語には、9.11から始まって、天災やテロなどの現実に起きたたくさんの事件についての記述がある。遠く離れた場所の不幸さえ、アイは抱え込んで、内へ内へと閉じこもってしまう。ただ、たった一人の親友が外の世界への窓となる。一人でもそういう人がいれば救われる。そんな物語。

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「i(アイ)」 固定URL | 2.小説 | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月16日 (木)

罪の声

著  者:塩田武士
出版社:講談社
出版日:2016年8月2日 第1刷 12月1日 第8刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。昨年の山田風太郎賞受賞作でもある。

 本書は、1984~85年に起きた「グリコ・森永事件」を題材にした作品。30年あまり前の事件だけれど、40代以上の世代の人なら覚えているだろう。お菓子や食品のメーカーを標的とした企業脅迫事件。「毒入り」のお菓子がスーパーにバラ撒かれた凶悪な事件。未解決のまま2000年に時効が成立した。

 主人公は二人の男性。一人は曽根俊也。「テーラー曽根」という洋服の仕立て屋の二代目。もう一人は阿久津英士。大日新聞社文化部の記者。ともに36歳。物語は、俊也が自宅でカセットテープを見つけるところから始まる。そのカセットテープには、30年前の事件で使われた男児の声が録音されていた。

 30年前の事件というのは、日本を代表するお菓子メーカーの「ギンガ」と「萬堂」などの食品メーカーを標的にした脅迫事件。当時は「ギン萬事件」と呼ばれていた。大日新聞では「昭和・平成の未解決事件」の特集を企画していて、英士はその応援として文化部から社会部に駆り出され、「ギン萬事件」を追うことになった。

 登場するメーカー名も新聞社名も架空のものだし、わざわざ断るまでもなく、これはもちろんフィクションだ。でも積み重ねられるエピソードの多くが、「グリコ・森永」で起きたとおりに使われている。だから展開には迫真性があるし、それは本書で提示した「真相」を、本当に「こうだったかもしれない」と思わせるのに成功している。

 ありゆる「真相」を提示したことで、本書が評価されたのは要因のひとつだけれど、私はもうひとつあると思う。それは「事件の後」に焦点を当てて丁寧に描いたことだ。「事件」というドラマの後にも人々の暮らしは続く。角田光代さんの「八日目の蝉」は、その暮らしを描いたものだった。そこにもドラマはある。本書にもそれはある。

 最後に。「グリコ・森永事件」の時には、私は京都に住む大学生だった。関西の様々な場所が「事件の現場」になったけれど、私がよく使っていたコピー屋もそのひとつだった。それ以上のことは特にないけれど。

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2017年3月12日 (日)

イノセント・ゲリラの祝祭

著  者:海堂尊
出版社:宝島社
出版日:2008年11月21日 第1刷 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「チーム・バチスタの栄光」から始まる「田口・白鳥シリーズ(著者は「東城大学シリーズ」としているそうだ)」の第4作。今回はこれまでと違って医療の現場は出てこない。舞台は主に「会議室」だ。

 主人公はこれまでと同じ。東城大学医学部付属病院の講師田口公平。田口は旧知の厚生労働省のはみ出し技官、白鳥からの病院宛の依頼によって「医療関連死モデル事業モデル特別分科会」という会議に出席する。それは法律家の正論と大学病院の教授の愚痴に終始する退屈な会議だった。

 ただ退屈な会議は、その後に続くドラマの前哨戦で、白鳥が田口をこの会議に呼んだのもそのドラマへの布石だった。そのドラマというのは「死因究明」にあたっての、医療と司法のあり方に関する、守旧派、革新派などの様々な立場のせめぎ合い、といえる。本書ではそれを、会議という場での発言として描いている。

 本書はフィクションだけれど、俎上に載せられるテーマも統計的な数値も事実に即したものだ。やたらと「濃いキャラクター」が多く登場するので、コメディっぽく感じてしまうけれど、これまでのシリーズを通して、問いかけてきたものは、意外なほどずっしりと重いものだった、ということだ。

 前作「ジェネラル・ルージュの凱旋」のレビューで「シリーズの主題がよく見えてきたように思う」と書いたけれど、それは本書でより鮮明になった。ただし、これからどこに向かうのかは分からない。

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2017年3月 8日 (水)

ツバキ文具店

著  者:小川糸
出版社:幻冬舎
出版日:2016年4月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。この著者の作品は「食堂かたつむり」に続いて2冊目。

 主人公は雨宮鳩子、親しい人からは「ポッポちゃん」と呼ばれている。20代。鎌倉にある「ツバキ文具店」を、祖母から継いで営んでいる。ツバキ文具店には、文具屋以外にもう一つの仕事がある。代書屋。他人に代わって書や手紙を書く。雨宮家は由緒ある代筆を家業とする家系で、ポッポちゃんはその11代目だ。

 だいたいのことはメールで済ますことができるご時世でも、手紙の代書の依頼がけっこう来る。ただ「きれいな字で」という清書ではなく、手紙の文面を含めてという依頼。それも「お悔やみ」とか「離婚の報告」とか「断り状」とか「絶縁状」とか、かなり難易度の高いものばかりだ。

 来るお客たちは、もつれた事情をそれぞれに抱えている。だからこそ「手紙の代書」などという回りくどいことを頼んでくるのだ。そしてポッポちゃんの手紙は、そのもつれた事情をやさしくほぐす。文面はもちろん、文字の形、使う紙、筆記具、切手までに、心を行き届かせた手紙を作る。

 「食堂かたつむり」の料理が、お客の心を解きほぐすのと似ている。そして主人公自身も、もつれた事情を抱えていて、誰かに解きほぐしてもらうことを待っているのも同じ。読んでいる私の心もほぐれてくる感覚(元々大した事情を抱えているわけではないけれど)。

 それから本書はよくできた鎌倉ガイドになっている。主人公が訪れる神社仏閣はもちろん、食事に行くお店も一部を除いて実在する。映画化されれば「聖地」になるんじゃないの?と思っていたら、4月からNHK ドラマ10で、テレビドラマ化されるらしい。

参考:多部未華子さん主演「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」制作開始!

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2017年3月 5日 (日)

騎士団長殺し 第1部 第2部

著  者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2017年2月25日
評  価:☆☆(説明)

 著者7年ぶりの本格長編(「本格」にどのような意味があるのかは知らない。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は「本格」じゃないのだろうか?)

 主人公は「私」。36歳の男性で職業は肖像画家。妻に離婚を言い渡され、6年間の結婚生活にピリオドを打った。物語はその後の「私」の約9カ月のことを描く。

 傷心旅行なのか「私」は東北から北海道にかけて、車に乗っての1人旅に出る。旅行から戻って、友人の父(高名な日本画家)が使っていた、小田原の山荘に住むことになる。本人は社交的な性格ではないのだけれど、そこに色々な人が訪ねて来る。谷を挟んだ向かいに住む白髪の「免色」という名の男性とか、「騎士団長」とか...。

 私は村上春樹さんの作品のファンだ。そして村上作品には「作品に込められた隠れた意味(メタファー:暗喩)を読み解く」という楽しみ方、言い換えれば「深読み」をする人が多いことを知っている。それが結構楽しいことも。例えば私も「深読み「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という記事を書いた。

 本書もそういう「深読み」の楽しみ方ができる。「穴(井戸)」「壁」は村上作品では繰り返し登場するモチーフだし、著者自身もインタビューなどでよく言及している。「免色さん」と「色彩を持たない多崎つくる」と、「対岸の家を覗く」のは「グレート・ギャツビー」と、関係があるのかもしれない。等々。

 ただ今回は、私の方のコンディションが悪かったのか、「深読み」に気持ちが乗れなかった。「らしい」展開や人物や小物が続いて、あまりに「らし過ぎる」。「村上春樹AIが書いたんじゃないの?」なんて思ってしまった。もしくは、著者自身による「パロディ」とか?村上作品の論評に頻繁に使われる「メタファー」が擬人化して登場するし、そのメタファーに「もしおまえがメタファーなら、何かひとつ即興で暗喩を言ってみろ」とか主人公に言わせるし。

 それで「深読み」を除いてしまうと、面白みを感じられなかった。ちゃんと不思議なことが起きるので、退屈せずには読める。でも何かこう薄っぺらい感じがぬぐえなかった。☆2つは、私が楽しめなかったから付けた評価。作品の価値を表すものではないので悪しからず。

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2017年3月 1日 (水)

「つくる生活」がおもしろい

著  者:牧野篤
出版社:さくら舎
出版日:2017年1月15日 第1刷 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 サブタイトルは「小さなことから始める地域おこし、まちづくり」

 著者は今の社会を「不機嫌な社会」という。駅とか電車の車内とかの人の集まる場所の多くで、暴言や暴力や言い争いが絶えない。このイライラの原因の一つが「これまで社会の主流であった人々、とくに中年サラリーマン」の自信喪失、プライドの損傷にあるとする。

 競争しても努力しても上に上がれない。それでも比較優位を得ようとすると、誰かをつぶす(落とす)しかない。..あぁ何とも暗い気持ちになる。

 ただし本書の主題は、こうした何とも暗い話ではない。この状況の一方で「新しい動き」があって、そこでは人々は上機嫌だということだ。その主役は「これまで非主流であった、子ども、女性、高齢者、障害者」だという。そうした人たちが、何かを消費するのではなく、何かを作り出し作り出すことそのものを楽しんでいる、という。

 「やっぱりそうだよね」と思った。私は、品物やサービスを消費するのは楽しいけれど、自分で何かを作る方がさらに楽しい、と思っている。仕事で子どもたちに関わることが多く、その時に「作る側の人になる」という話をすることもある。その方が将来を考える時に役立つと思う気持ちもある。

 本書に話を戻す。紹介される事例は、住民が自分たちで道路の補修工事をする長野県下條村、現役を退いた男性たちが中心となった千葉県柏市のコミュニティ・カフェ、高校生がまちづくりに取り組む、島根県海士町や長野県飯田市など。最初は「やらされている感」があったものが、自らの意思で動くようになる。どうもそこに鍵があるらしい。

 また、タイトルの「つくる生活」というのは、目に見えるモノをつくるだけではなく、むしろ目に見えない、新しい関係や文化やそのための活動をつくる、ということ。私自身は、目に見えるモノをつくることを念頭に、「作る側の人になる」という話を、子どもたちにしていたけれど、確かに目に見えないことでも、つくることの楽しさは変わらないかもしれない。

 最後に。実は「新しい動き」の事例が紹介されるのは、本書が半分以上も進んだ第3章に入ってからだ。それまでには、高齢化社会の議論とそこから抜け落ちた問題点、「言葉」についての観念的な考察など、様々な論点が提示される。正直に言って、本書の主題との関連性がよくわからない。

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