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2016年7月

2016年7月31日 (日)

コンセプトのつくり方

著  者:山田壮夫
出版社:朝日新聞出版
出版日:2016年3月30日 第1刷発行 5月30日 第2刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者は電通のクリエーティブ・ディレクター。広告キャンペーンのほか、テレビ番組や店舗の開発から経営戦略の策定まで手掛ける。その著者がイノベーションを起こす「コンセプト」のつくり方、方法論を説く。

 「はじめに」の冒頭がいい。

 「でさぁ..それってデータで証明されているの?」誰かが現状を打破するために頑張っている時、こんな正論ばかり振りかざす「批評家」ってホント腹が立ちますよね。過去の情報をどれだけ客観的にいじくりまわしたって「その手があったか!」という突破口なんて見つかるわけもないのに、なぜかきょうも彼らは大威張りです。

 何か議論をするとき、企画を考えるときに、「データ」をベースにすることの重要性は否定しない。ただ、最近はそれが行き過ぎているように思う。データが揃っていない主張を「感情的」と言って切り捨ててしまう。上に書いた「はじめに」は、そんな風潮に対するアンチテーゼになっている。

 データをベースにした「客観的・論理的思考」は、「正解」が用意されている課題の解決にはとても有効だろう。しかし、世の中の課題にそんな「正解」があることは稀だ。そうなると、論理的にどれだけ考えても「正解」に辿り着かない。

 そこで、著者が重視するのは、主観的な経験や直感までも駆使する、いわば「身体的思考」。本書にはその方法論が書かれている。例えば「感じる」「散らかす」「発見!」「磨く」の順番を繰り返す「ぐるぐる思考」

 もちろんこれで「身体的思考」が、一朝一夕にできるようにはならない。しかし、この方法論はトレーニング法でもあって、繰り返し使っていると「身体的思考」が身につく、そんな確信めいたものを感じる。

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2016年7月28日 (木)

烏に単は似合わない

著  者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2014年6月10日 第1刷 2016年6月5日 第14刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本書は著者のデビュー作にして、2012年の松本清張賞受賞作。その後、年に1作のペースで続編が出て、先日、5作目となる「玉依姫」が出版された。今や「八咫烏シリーズ」という、出版界やファンタジー、ミステリーファンが注目するシリーズとなっている。

 シリーズの世界観はこんな感じ。八咫烏の一族が支配する世界。一族は族長である「金烏(きんう)」を擁する「宗家」と、東西南北に分かれた貴族の四家に分かれている。その四家は覇権を争い、宗家との結びつきを強めることによって、勢力の拡大を狙う。

 本書の舞台は、平安京に似た宮廷。皇太子の若宮の后選びが行われることになり、貴族の四家それぞれの娘が、后候補として宮廷に登殿してくる。自らの家の将来を背にした「姫たちの女の戦い」を、煌びやかに描く。

 「烏」と「煌びやか」がアンマッチな感じがするけれど、彼らは普段は「人形(ひとがた)」という人間の姿をしていて、事があれば「鳥形」となって飛翔することができる。そして姫たちは美女揃いだ(皇太子の后候補になるぐらいだから、まぁ当然だけれど)。しかも、姉御肌、妖艶、清楚、無邪気と、キャラ設定が各種取り揃えてある。

 主人公は四家の一つの「東家」の二の姫の「あせび」。疱瘡を患った姉の代わりとして宮廷に登殿してきた。代役であるため、后候補としての教育をほとんど受けていない「世間知らずの姫」。読者は彼女の目を通して物語を見ることになり、その「世間知らず」加減が読者の目線と合っていて、ちょうどいい塩梅になっている。

 源氏物語の昔から最近の韓国ドラマまで、「宮廷」は「女の戦い」にうってつけの舞台。本書もすべり出しは、四家に宗家も加わって女ばかりの諍いやら友情やらが描かれる(彼女たちが住まう「桜花宮」は男子禁制)。ただし、それだけでは終わらない。

 本書は「松本清張賞受賞作」。表紙イラストはライトノベル・ファンタジー風で、実際そのように始まるのだけれど、その実はミステリーだ。出来事の裏側には秘められた真実があり、後半にそれが明らかになる様は、探偵小説のようだった。

 「解説」に次作のことが少しだけ紹介されていた。本書だけでもなかなか面白いのだけれど、次作のことを知って俄然期待が膨らんだ。これは金鉱脈のようなシリーズを掘り当てたかもしれない。

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2016年7月24日 (日)

太陽のパスタ、豆のスープ

著  者:宮下奈都
出版社:集英社
出版日:2013年1月25日 第1刷 2016年6月6日 第9刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「羊と鋼の森」で今年の本屋大賞を受賞した著者の2010年の作品。

 主人公はあすわ(「明日羽」と書く)。ベビー服の会社に勤める30歳手前の女性。婚約者と洋食屋で食事をしている途中で、婚約解消を言い渡された。聞けば、もっと前から、新居を捜したり一緒に家具を見に行ったりしている時には、そう思っていたらしい。

 そんな失意の底にいるあすわを見て、何ごとかを察した叔母のロッカ(「六花」と書く)は、「やりたいことリスト」を作るように言う。それを、ひとつづつ自分で実現していくのだ。

 それでできたリストは「一、食べたいものを好きなだけ食べる。二、髪を切る。三、ひっこし。四、おみこし。五、たまのこし。」まぁ、投げやりでヤル気があまり感じられない。でも、このリストからあすわの回復と成長が始まる。

 冒頭の「婚約解消」を除いては劇的なことは起きない。リストに沿って、引っ越しをして髪を切って。これまでとは少しだけ違うことをした。そうしたら、家族の、友人の、同僚の、これまで知らなかった面が見えて来た。そのことが、あすわを少しだけ変えていく。そういうお話。あすわの言葉「私が選ぶもので私はつくられる」がキーワード。

 ロッカさんをはじめとして、あすわの周囲の人がいい。けっこう普段はぶっきらぼうだったり、身勝手だったりする。でも、優しさを感じさせる言葉を、さらっとあすわにかけてくれる(あまり上手に言えないお父さんはアイスをたくさん買ってくる)。

 最後に。あすわの元婚約者について。そう重要でもないだけれど、印象に残ったシーンがあるので。婚約を解消した食事からの帰りに、あすわが、どうして謝らないのかと聞く。彼は「え、謝ったじゃない」と答える。重ねて問うても「謝ったよ」と繰り返す。それも2回も。

 彼はこの前に「ほんとうに悪いとは思ってるんだ」と言っている。だから「謝った」と思っている。「謝ってるじゃん」と彼に同意する人もいると思うけれど、あすわはそう捉えなかったのだ。私はあすわに同意する。そしてこれは「よくあるスレ違い」だと思う。

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2016年7月20日 (水)

朝日ジャーナル(週刊朝日臨時増刊)

出版社:朝日新聞出版
出版日:2016年7月7日発行(増刊)
評  価:☆☆☆(説明)

 朝日ジャーナルの緊急復刊号。先の参院選を前に「もう一度、みんなでこの社会の在り方を考えよう」ということで6月27日に発売された。つまり参院選に危機感を抱いてそれに間に合わせるために「緊急」に復刊したということだ。

 インタビューや対談に登場するのは錚々たる面々。池上彰さん、田原総一朗さん、久米宏さん、翁長雄志さん。国連特別報告者のデービッド・ケイさんの名前も見える。桜井よしこさん、花田紀凱といった右派の論客もいらっしゃる。他にも、雑誌の巻頭インタビューを飾ってもおかしくない方々もいる。

 内容は復刊の目的の通り、参院選をにらんで「三分の二」「改憲」「安倍内閣」「ジャーナリズム」への、危機感を訴えるものが多い。ただどれも穏便なトーンで、拳を振り上げるような激しさはない。桜井さんたちのインタビューは、明け透けに言うと、両論併記のために見える。

 本誌を多くの人に読んで欲しい。主張をキチンと伝えるには、このぐらいの分量の文章が必要だと思うからだ。もちろん、それは右派の主張でも同じだ。ネット上のものもテレビで伝えられるものも、一部だけ切り取られていたり、歪められていたりする。

 それと同時に、本誌によって右派の思想を持つ読者が、意見を改めるなんてことは起きないだろうとも思った。そもそも「朝日」を冠する雑誌の臨時号なんて買わないだろう。(「自分の考えに近いものしか目にしない」という状況が、分断を生んでいる、ということにはここでは深入りしない)

 林真理子さんの言葉に、目が開く思いがした。「定年退職したオジサンが右傾化する」理由として、「アプリで無料の産経を読むからだ」とおっしゃっていた。定年退職したオジサンがそうなら、「ニュースはほとんどネットで」という若者だって同じではないか。

 私にも思い当たることはあった。新聞記事を引用しよう検索すると、とにかく「産経ニュース」がたくさんリストアップされる。産経は無料で全文読めるけれど、他の新聞は会員登録が必要だ。コレってけっこう大変なことじゃないのかな?

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「朝日ジャーナル(週刊朝日臨時増刊)」 固定URL | 8.雑誌 | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月16日 (土)

こころの処方箋

著  者:河合隼雄
出版社:新潮社
出版日:1998年6月1日 第1刷 2016年5月25日 45刷
評  価:☆☆☆(説明)

 本書は出版取次のトーハンが発行する「新刊ニュース」という月刊情報誌に、1988年から1991年まで連載したエッセイをまとめたもの。10章ほどを書き加えて1992年に刊行された。

 著者は臨床心理学を専門とする心理学者。著者本人は、本書の中では「心理療法家」と自分の職業を言っておられる。このエッセイを書いたころは、心に病を抱えた患者さんを実際に診ていた。まさに「こころの処方箋」を書いていたわけだ。

 全部で55編のエッセイを収録。目次を見ると「人の心などわかるはずがない」「マジメも休み休み言え」「ものごとは努力によって解決しない」等々、あれっ?と思わせるタイトルが散りばめられている。

 読みながら「なるほど」と思ったり共感したりしたところに、付せんを貼っていると、10カ所余りになった。どれも軽妙ながら含蓄を感じる。どこかで披露したいと思うが、ここですべて紹介すると長くなるので1つだけ。

 「二つの目で見ると奥行きがわかる」人間は目が二つあることで遠近の判断がしやすくなっている。物事を見るときもその「奥行き」を知るためには、二つの異なる視点を持つことが必要だ、という話。

 近頃は他人の意見をバッサリ切って捨てるような言論が蔓延している。「私は正しい、相手は間違っている」という、1つの視点からしか見ないから、そういうことができる。やっている方が気持ちいいかもしれないけれど、それでは議論にならない。

 これは、前に読んだ「本を読む人だけが手にするもの」という本に書いてあった「複眼思考」の話と同じ。同じと言えば、先日読んだ「夜中の電話」での井上ひさしさんと同じく、河合先生も人生をその人の「作品」と表現されていた。胸に落ちるものがあって、少しよく考えてみようと思っている。

 最後に。読んでいて30数年前の文章だと言うことを時々忘れる。それほど今にも通じる言葉の数々だった。そして、これは随分昔の本なのだと思い出す度に、「(2007年に亡くなっているので)あぁ河合先生は、もういらっしゃらないのだ」と寂しい気持ちにもなった。

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2016年7月13日 (水)

オール・ユー・ニード・イズ・ラブ

著  者:小路幸也
出版社:集英社
出版日:2014年4月30日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「東京バンドワゴン」シリーズの第9弾。

 舞台は、東京の下町にある古本屋&カフェの「東京バンドワゴン」。前作の「フロム・ミー・トゥ・ユー」が、脇役も含めた登場人物たち11人それぞれの物語の短編集、といったスピンアウト的だった。本書は、本編に戻って前々作「レディ・マドンナ」の続編になる。

 毎回、大小のミステリーと人情話が散りばめられている。今回のミステリーは、小学校2年生の女の子が一人で絵本を売りに来たのはなぜ?その女の子を見てお客の女性が涙を流したのは?「東京バンドワゴン」とそれを営む堀田家の、過去の秘密を探るノンフィクションライター...等々。

 人情話の方は、家族の問題に関するものが多い。両親が離婚調停中の家、認知症を患ったらしい母と息子夫婦、離婚して別々に暮らす娘の想いと父の想い、それぞれの道を歩む父と息子の葛藤。暗くなりそうな話題を、さらりと暖かい解決に導いてくれる。

 もう一つ。子どもたちの成長が楽しみになってきた。巻を重ねたシリーズならではのことだ。小学生だった研人くんが中学3年生、早くも「将来」について決断することに。生まれたばかりだと思っていた、かんなちゃんと鈴花ちゃんがもう一人前の活躍。まだまだこれから楽しみだ。

 語りを務める「大ばあちゃん」ことサチさんの言葉が、胸に残ったので..

 「人は人、自分は自分と認めあう。親子だろうと家族だろうと、他人だろうとそれは同じですよね。人の生き方を認めるところから、自分の生き方というものを人間は見つけるのではないでしょうかね。自分のためだけに生きるも、誰かのためを考えて生きるも、その人の人生ですから。」

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2016年7月 9日 (土)

はかぼんさん 空蝉風土記

著  者:さだまさし
出版社:新潮社
出版日:2015年4月1日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本書は、歌手のさだまさしさんが「小説新潮」に6回にわたって連載した作品に、「まえがき」と「あとがき」を付けて単行本化したものの文庫版。主人公が同じ6つの短編を収めた連作短編集。さださんのファンの友人がプレゼントしてくれた。

 主人公は「まっさん」とか「雅やン」と呼ばれているノンフィクション系の作家。皆からは「先生」と呼ばれ、「一流どころの旅館に泊まることを世間に許して貰ってから二十数年」というから、その世界の大御所といったところか。

 その主人公が、京都、能登、信州、津軽、四国、長崎、へと旅をして、その先々で遭遇した不可思議な出来事をつづる奇譚集。作家である主人公がつづった体裁の物語を、その主人公と同じく「まっさん」と呼ばれる、さだまさしさんが描く。二重構造の創作になっていて幻惑される。ところがこれが妙に「事実」っぽい。

 6編のどれもいいのだけれど3つだけ。

 「夜神、または阿神吽神」は、能登の西海岸の小さな漁村が舞台。数百年も続く村の神事で、海から流れ着く漂着物を「神」として畏れ敬う。その神事に、一人の50代の男性の人生が絡む。神様は色々な姿で私たちの前に現れるのだなぁ、としみじみ思った。

 「同行三人」は、四国八十八カ所巡礼が舞台。主人公は行者姿の老人に「そこ、動いたらあかん」と、叱りつけるような声をかけられる。そこは、神様たちが住まう世界との境界がある場所、そういう物語。私は行ったことはないのだけれど、四国の山は懐が深そうだと思っていた。その思いにピタリとはまった。

 信州の「鬼の宿」は、安曇野が舞台。こちらは「神代の昔」に起源があるという、節分の豆まき「追儺式」の夜の出来事。豆まきで追われた鬼が泊まりに来るという家の話。都会の街中では感じない「気配」を、田舎では感じることがある。時には触れられそうに濃厚な気配を。

 「いやはや、お見それしました」。これは大森望さんによる「解説」の冒頭の言葉だけれど、私もそう思った。冒頭に「歌手のさだまさしさん」と書いたけれど、そういう紹介の仕方でいいのかしらん?と思うほど、小説としてよくできた作品だった。いや、そんなエラそうな言い方はいけない。「楽しませていただいました」と言い直しておく。

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2016年7月 6日 (水)

スーツケースの半分は

著  者:近藤史恵
出版社:祥伝社
出版日:2015年10月20日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

  祥伝社の月刊小説誌「小説NON」に連載された8つの短編に書き下ろし1編を加えた連作短編集。1つのスーツケース、それは「目の覚めるような青」色の革のスーツケース、がすべての短編をつなぐ。

 主人公は短編ごとに入れ替わる。1編が男性で他の8編は女性。最初の4編は、今は29歳になっている大学時代の友達の4人の女性が、順番に主人公になって物語がすべり出す。卒業後はそれぞれの道を歩む4人の「群像劇」のように物語の幕が開く。

 作品順に主人公の4人を紹介する。真美は4人で唯一結婚している。夫は優しい人なのだけれど、気持ちのすれ違いもある。ニューヨークへ行きたいと思っている。花恵はオフィスクリーニングの会社のマネージャー。同居する両親との間にすき間を感じる。毎年のように香港に行くが、少し後ろめたいことがある。

 ゆり香は派遣社員。お金がたまるとたっぷりと休みを取って海外へ旅行にいく。今はいいが、20年後30年後を考えると胸がちりちりする。悠子はフリーライター。大学生の時に来て「一度で恋に落ちた」パリに取材に来た。仕事の不安定さが気持ちにも影響している。4人に共通するのは「これでいいのか?」「このままでいいのか?」という気持ち。

 友達4人全部のストーリーが終わって、次はどうなるのか?と思ったら、わずかなつながりから、新たな人のストーリーが次々と継がれていく。友達4人の群像劇かと思った物語は、もっと広い世代を巻き込んだ大きな群像を描きだした。偉そうに言って恐縮だけれど、実にうまい。

 主人公全員の手元に、あの革のスーツケースがある。友達4人の間では「幸運のスーツケース」と呼んでいる。みんなあのスーツケースを持って旅に出て、いいことがあったのだ。ただ、その「幸運」は与えられたものではなく、つかみ取ったものだ。そういうことが、短編を順に読んでいくと分かる仕掛けになっている。やっぱり、実にうまい。

 最後に。主人公以外も含めて女性がカッコいい。男もしっかりしたいものだ。

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2016年7月 3日 (日)

言ってはいけない 残酷すぎる真実

編  者:橘玲
出版社:新潮社
出版日:2016年4月20日 発行 6月5日 7刷
評  価:☆☆(説明)

 本書に書いてあることは、とても不愉快だ。だから「言ってはいけない」のだ。「アルコール中毒も、精神病も、犯罪さえも遺伝する」「「見た目」だけで人生は決まる」「子育ては子どもの人格形成にほとんど影響を与えない」。もっと不愉快なことも書いてある。

 つまり「私たちは「努力」や「環境」によって、何者にでもなれる」という、社会の大前提を否定している。だから不愉快に感じる。「遺伝」や「見た目」という、自分でどうにかできないことで人生が決まるのなら、誰が努力するだろう。「犯罪者の子どもは犯罪者」などと言い出したら、人権もなにもあったものじゃない。

 ただし、著者の主張に一理あることは認める。「顔がお母さんにそっくりだね」「お父さんに似てスポーツが得意だね」という話に違和感はない。形質や運動能力が遺伝するのに、性質だけは遺伝しないと言い張るのは確かに不合理だ。また、本書には裏付けとなる「調査」が「エビデンス(証拠)」として大量に提示されている。著者は実に念入りなのだ。

 それでも私は蟷螂の斧を振りたい。「子育ては子どもの人格形成にほとんど影響を与えない」について。実感とあまりにもかけ離れている。そういうことを鵜呑みにすることはできない。著者の主張にどこか問題があるはずだ。そしてそれが分かった(と思う)。

 もともとこの主張は、「一卵性双生児」を対象とした調査の計量分析の結果で「(家庭などの)共有環境の影響がゼロ」と出たことによっている。同じ親に育てられた双子と、養子などで違う親に育てられた双子は、同じぐらい性格が似ていて(違っていて)、有意な差がないらしい。

 しかし、この調査で分かったのは「同じ親が育てても、同じ性格に育つわけではない」ということだけじゃないのか?こんなことは、2人以上子どもがいる親なら誰でも知っている。なぜなら、著者自身も言うように「子どもは親の思いどおりにはぜんぜん育たない」からだ。どう育つかは子どもによって変わってくる。

 「思いどおりに育たない」からと言って「影響を与えていない」わけじゃない。2つのことは別のことだ。つまり、著者の主張の問題は、調査結果の「有意な差がない」を「影響を与えない」と読んだ「解釈」にある。世間の逆を言えば話題になるので、敢えて読み違えたのかもしれない。そうでないなら、その解釈で現実を説明できるか検証してみた方がいいと思う。

 そういうわけで、「思いどおりに育たない」ことに悩みながらも、これからも子育てに精を出そう。

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