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2014年12月 4日 (木)

誰がタブーをつくるのか?

著  者:永江朗
出版社:河出書房新社
出版日:2014年8月30日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 日本では憲法で「言論の自由」が保障されている(憲法21条)。しかし出版、新聞、テレビ、ラジオなど、いわゆるマスメディアには、報じてはいけない「規制(制限)」がある。本書では、法律などの根拠がある制限を「規制」、そんな制限はないことになっているものを「タブー」と呼んでいる。気を付けないといけないのは、本書は「マスメディアにおける」規制とタブーを論じていて、私たちの普段の暮らしの中のタブーではないことだ。

 「規制」の例として、わいせつな文書や図画、他人の名誉を棄損する内容などは「刑法」で制限されている。法律はないけれど、誘拐事件の報道を規制する「報道協定」は、報道機関自身がその存在を認めているので「規制」の代表的な例。

 「タブー」の例は、「皇室」について、「差別」について、「原発」について、それぞれに「言ってはいけない」ことがある、という。理由のあるものもあるが、多くは「言うと面倒なことになる」という動機による自主規制だ。

 マスメディアにおけるタブーにも、私たちの暮らしに影響するものがある。例えば「原発」。福島の事故の前には原発についてのネガティブな情報はタブーだったそうだ。だから「危険」だという情報が流れず「安全神話」を形成してしまった。その理由に唖然とする。「電力会社」が巨大なスポンサーだったからだ。

 一旦は「そんな理由なのか」と唖然としたけれど、考えて見れば当たり前だ。報道機関だって民間企業なら収入が大事だ。さらに言えば「お客」も大事。出版社にとってのお客は?読者?それもあるけれど、取次、書店、コンビニ・キオスクなどの流通業者がお客となる。かつての原発と同様に、それらのネガティブな情報は流れにくいと思った方がいい、というわけだ。。「何を報じなかったか」を知るのは難しい。しかし、それを考える必要もあるかもしれない。

 本書だってそのタブーの渦中にあるわけで、その意味ではよくぞ書いたし、よくぞ出版したと思う。これには拍手する。ただ最後の、タブーについての想いが書かれている部分は、それまでの明快な論理の構成とは違って、言いたいことが行ったり来たりして読みづらくなってしまっている。「タブーはいろいろあってもいいじゃないか」と「できるだけないないほうがいい」の両方を、自分の考えとして紹介していて混乱を感じる。著者の想いも複雑なのだろう。

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