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2014年11月

2014年11月30日 (日)

夏天の虹 みをつくし料理帖

著  者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2012年3月18日 第1刷発行 2014年5月18日 第12刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「みをつくし料理帖」シリーズの第7作。「滋味重湯」「牡蠣の宝船」「鯛の福探し」「哀し柚べし」の4編を収録した連作短編。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋の板前。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」の再興と、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らす、といった2つの望みがある。

 しかし今回は、この2つの望みにはあまり触れられないままに物語が進む。前作「心星ひとつ」で叶いかけた、娘らしい「もうひとつの望み」が破れ(正確には澪が「違う道を選んだ」のだけれど)、その痛手からの立ち直りに時間を要した、というところか。

 この物語には、悪人があまり登場しない。あくどい店や心無い人々はいるけれど、「つる家」の主人や奉公人、澪が住む長屋の住人、世話になっている医師、口うるさい店のお客まで含めて、いい人だ。彼らに助けられて澪の今がある。

 ところが本書で、澪は大事な人を失ってしまう。この後どうなるのか。高名な易者の占いによると、澪の運命は「雲外蒼天(うんがいそうてん)」苦労の多い人生だが、その苦労に耐えて精進すれば、必ず青空が拝める、という。澪の行く末にまた暗雲が立ち込める。その先に青空はあるのだろうか。

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2014年11月27日 (木)

エンジェル エンジェル エンジェル

著  者:梨木香歩
出版社:出版工房 原生林
出版日:1996年4月20日 初版第1刷発行 2002年10月10日 第3刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」 の著者である梨木香歩さんの、今から20年近く前の作品。私は単行本で読んだのだけれど、B6版より少し小さい版型の160ページ、紙面に余裕のある文字数の「小品」。

 高校生の「コウコ」の物語と、女学校に通う「さわこ」の物語が交互に綴られる。「女学校」という言葉の響きからも想像できるように、「さわこ」の物語は時代が何十年か前のことのようだ。

 コウコは情緒不安定。意味もなくいらいらしたり、泣きたくなったり、じっとしていると焦燥感で手に汗がにじんだり。そんなコウコが、精神の安定を得るために熱帯魚を飼うことを思いつき、母親に認めてもらった。寝たきりになっている祖母の世話を、一部引き受けることと引き換えに。

 その祖母の世話というのは、夜中のトイレへの付き添い。もともと学校から帰ったら寝てしまって夜中に起きだす、という生活をしていたからそう無理はない。そんな夜中の二人きりの時間に、おばあちゃんが覚醒する。いたずらっぽい力のある目をして、若い女の子のような声で話しかけてくる。

 おばあちゃんに何が起きたのか?ちょっとドキドキする展開。もちろん「さわこ」の物語ともつながっている。二人の会話に控えめなユーモアも感じられて、穏やかな気持ちで読んでいた。ところが突然、心を深くえぐるような展開になるので、ご用心を。

 終盤のおばあちゃんのセリフが心に残った「神様もそうつぶやくことがおありだろうか」

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2014年11月24日 (月)

スティーブ・ジョブズ -アップルをつくった天才

著  者:筑摩書房編集部
出版社:筑摩書房
出版日:2014年8月25日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 図書館の書棚で見かけて手に取ってみた。スティーブ・ジョブズ氏の伝記なら、単行本にペーパーバックに漫画版まである、講談社から出版された公式伝記 があるけれど、発売当時に書店があの本で溢れかえっているのを見て、却って興ざめしてしまって読まずにいて、そのままになっていた。

 たまたま手に取ったのだけれど、本書のレーベル「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ> 」がちょっと特徴的だった。このシリーズは中高生に向けた伝記シリーズ。「進路や生き方を考える上で「伝記」は格好の参考書だけれど、小学生向きか専門的なものが多く、中高生に薦められるものがなかなかない。「立派な人の紹介」の伝記ではなく、欠点も含んだ人物評伝を..」という声に応えたものだそうだ。

 本書の内容もとても特徴的だ。もちろん「伝記」であるから、スティーブ・ジョブズその人の軌跡が描かれている。超の付く有名な人物だから、その人生もかなりの部分は公になっていて、そのストーリーに特徴を出す余地はあまりない。特徴的なのはその「書きっぷり」にある。

 例えばこんな具合。ジョブズ氏が12歳の時にHP社の社長に電話をかけた部分。「それが彼にとってどれくらい大変だったか。あくまでも想像するしかないけれど、少なくとも生まれて初めて飛び込み台からプールや海に飛び込むくらいには、難しかったのではないだろうか。」

 さらに、このすぐ後には「断崖絶壁から飛び込むくらい」と、比喩がさらにスケールアップしている。万事がこんな調子なのだけれど、「伝記」にこんな風に書き手の意識(もっと端的に言えば興奮)が表れることは珍しいと思う。「想像するしかないけれど..」と言って、その想像が膨らんでいくことなんてちょっとないだろう。

 私は、これが筆者がMacユーザーで(自分がMacBook Airで原稿を書いていることまで、本文中で明かされている)ジョブズ氏への思い入れの強さの表れなのかと思っていた。しかし、もしかしたらこの「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」の特徴なのかもしれない。シリーズの他の本を読めば分かるはずだ。

 「欠点も含んだ人物評伝を..」という声に応えただけあって、ネガティブなエピソードもある。穏やかでウケのよさそうなものを一つ。

 ヒッピーとなって大学を中退したジョブズ氏は、「サンダル履き、肩までの長髪、何日も風呂に入っていない」という姿で、アタリ社に現れ「雇ってくれるまで帰らない」と言い張って、アタリ社で働くことになった。周囲の評判は最低。妙な臭いはするし、態度はでかい、言うことはきかない。

そして、それから半年も経たないうちに退社を申し出る。導師を探しにインドに行きたい、という理由。以下、ジョブズ氏と上司の会話。
 ジ:「導師を探しに行ってきます」
 上:「ほぉー、それはすごいな。手紙、くれよな」
 ジ:「旅費を援助してほしい」
 上:「ばか野郎」

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「スティーブ・ジョブズ -アップルをつくった天才」 固定URL | 9.その他 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月20日 (木)

戦略の教室

著  者:鈴木博毅
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2014年8月28日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の鈴木博毅さまから献本いただきました。感謝。

 本書は、孫子からマッキンゼーやボストン・コンサルティング・グループまで、古今東西の「戦略」を紹介したもの。「リーダーシップ戦略」「軍事戦略」「効率化戦略」「実行力戦略」「目標達成戦略」「競争戦略」「フレームワーク戦略」「マネジメント戦略」「イノベーション戦略」「21世紀の戦略」の10分類に分けて、全部で30の戦略論が取り上げられている。

 登場する人物を年代の古い方から上げるとまず、孫武、アレクサンダー大王、ずっと下ってマキアヴェリ、さらに下ってナポレオン。その次は、テイラー、ランチェスター、シュンペーターと、前世紀初めに活躍した経済学者。

 さらには、ドラッカー、コトラー、ポーターと、現代のマネジメントとマーケティングの巨匠たち。日本人では野中郁次郎や大前研一らの名前が挙がっている。30年前にマーケティング専攻の学生だった私としては、テイラー以降はその著作を教科書として読んだ人々で、なんとも懐かしかった。

 本書に書かれていることは、それぞれの戦略論の10ページ前後の要約。何かを要約すると何か大事なことが抜け落ちてしまい、あまり深く理解するには至らないものだ。ただし著者は現代の事例を挙げて、その戦略論を理解しやくする工夫をしている。シュンペーターのイノベーションを表すのに「うまい棒」の事例を持ってくる、といった具合に。こうした工夫がけっこう効果的だった。

 「なるほど」と思ったことがあった。それは「暗黙知」と「形式知」に関する考察。1980年代までの日本企業の強さは、「暗黙知」を基にした知識創造によって成り立っていた。90年代以降にそれらが研究され「形式知」に変換されたことで、海外企業が容易に活用することができるようになり、結果として日本企業が遅れをとることになった、というものだ。

 さらには本書のテーマである「戦略論」も、もともとどこかの企業や業界で(「暗黙知」として)行われていることを、他でも活用できる形(「形式知」)に整えたものだと言える。少し視野が晴れたような感じがした。 

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「戦略の教室」 固定URL | 6.経済・実用書 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月16日 (日)

いっちばん

著  者:畠中恵
出版社:新潮社
出版日:2010年12月1日 発行 2013年4月20日 7刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「しゃばけ」シリーズの第7作。表題作「いっちばん」を含む5つの短編を収録した短編集。文庫版には、著者と漫画家の高橋留美子さんの対談が巻末に付いている。

 江戸の大店の跡取り息子で、極端に病弱な一太郎の周りで起きる騒動を描く、ということは5編に共通なのだけれど、少しずつ趣向が違う。一太郎が、馴染の妖たちの力を借りて小さな事件を解決する、というシリーズの主流を占める形のものは、最初に収録された表題作と5つ目の「ひなのちよがみ」ぐらいだ。

 2つ目の「いっぷく」は、小さな謎はあるものの事件は起きない。その代りに前作「ちんぷんかん」の中の一編とつながっている。3つ目の「天狗の使い魔」は、騒動を起こすのがなんと信濃の深山に住む大天狗。天狗と言えども妙に人間臭い。4つ目の「餡子は甘いか」は、主人公が一太郎の親友で菓子職人の栄吉。この物語で一皮むけたか。

 5つ目の「ひなのちよがみ」が面白かった。今回は一太郎が大店の跡取り息子として「商いための鍛錬」に挑む。紅白粉問屋のお雛ちゃんと許嫁の正三郎の仲違いを収めようというのだ。大店の主になれば、問題が起きれば対処を考えねばならないから、というわけなのだ。始終寝込んでいる一太郎に、男女の仲違いを収める機微など備わっているわけがない、と思うのだけれど、意外と的を射たアイデアが出てくる。しかし...。

 巻末の対談もいい。二人ともそれぞれ相手の作品が好きで、聞きたいことがあったようだ。それぞれの創作の内幕も分かって読者にとっても興味深い。高橋留美子さんは「うる星やつら」と「めぞん一刻」を同時に連載していたそうだ。そのバイタリティに脱帽。

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「いっちばん」 固定URL | 1.ファンタジー, 1B.畠中恵 | コメント (0) | トラックバック (1)

2014年11月13日 (木)

時をかける少女

著  者:筒井康隆
出版社:KADOKAWA
出版日:1976年2月28日 初版発行 2006年5月25日 改版初版発行 2014年5月10日 改版34版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 1年ほど前に細田守監督のアニメ映画「時をかける少女 」を観た。映画はこの原作とは別の物語なのだけれど、主人公の少女の叔母の部屋に、原作と繋がる写真があるのを発見してニヤリとした。そして先日、書店で本書を見つけた。新装版の本書の表紙には、叔母さんの部屋にあった写真と同じ絵が使われている。そこで再びニヤリ。

 本書は、表題作「時をかける少女」と「悪夢の真相」「果てしなき多元宇宙」という3編の中編が収録されている。分量的にも表題作が一番大きいのだけれど、それでも100ページあまり。何度も繰り返し映像化されたことを思えば意外なほどコンパクトサイズだ。(巻末に映像化作品が紹介されている)

 あまりに有名な物語なので、その必要はないかもしれないけれど作品紹介を。主人公は高校3年生の芳山和子。放課後の理科実験室で謎の人物と遭遇するが、ついたての向こうに逃げたその人物がその場から消えてしまう。その時にラベンダーの香りをかいだ和子は、時間を遡る能力を身につけたらしい..。

 あらすじを追うだけならば簡単に終わってしまう。しかし、他人とは違う能力を得てしまった和子の煩悶(このあたりはアニメ映画の主人公とはだいぶ違う)とか、同級生への恋心や思いやりとか、短い中に普遍的なテーマが収まっている。映像化が繰り返されるのはこのためだろう。

 表題作だけを紹介したけれど、他の2編もけっこう面白かった。「悪夢の真相」は、中学生の主人公とその弟の「恐いもの」の深層(真相)を描く。ちょっとサスペンス調の物語。「果てしなき多元宇宙」の方は、タイトルどおりパラレルワールドを描いたもので、SFとしてはお馴染の展開。これは短い映像作品になりそう。

 最後に。和子が「まぁ!どうしたのかしら?」「甘いにおいですわ」とか、芝居のセリフっぽい話し方をするので、苦笑してしまう。50年近く前の作品だから、そのころの女子学生はこんなしゃべり方をしていたのかもしれない。もちろん、そうでないかもしれない。

 劇場版アニメーション「時をかける少女」公式サイトへ

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「時をかける少女」 固定URL | 2.小説 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月 9日 (日)

鹿の王(上)(下)

著  者:上橋菜穂子
出版社:角川書店
出版日:2014年9月25日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで知られる著者は、作家デビュー25周年を迎え、今年3月には「国際アンデルセン賞 作家賞」を受賞。本書は受賞後の第一作。書下ろし長編。

 主人公はヴァン。年齢は40を過ぎたあたりか。強大な敵を相手に徹底抗戦を挑んだ戦士団「独角」の頭だった男。「独角」が全滅した戦いでだた一人生き残った。そして物語冒頭で起きた、彼が奴隷として働く岩塩鉱の人々を全滅させた疫病禍も生き抜いて逃走する。

 ヴァンと並んでもう一人重要な人物がいる。ホッサルという名の医術士で、物語の初めは若干26歳。医術、土木技術、工芸に優れ、数千年もの長きに亘って栄えた「古オタワル王国」始祖の血をひく。岩塩鉱での疫病の治療法を探る。

 物語は、前半はヴァンとホッサルのそれぞれのその後を描く。ヴァンは自分の居場所を見つけ、平穏に暮らしを始めた。しかし疫病を生き残った彼には、いくつもの追手が迫っていた。ホッサルも複雑な政治に巻き込まれ、やがて二人の運命が交わる。

 登場人物の一人が、問い詰めるヴァンに対して「複雑な事情があるのです」と答える場面があるが、まったくその通りで、この物語は複雑だ。いくつもの勢力が表と裏を使い分けながら駆け引きをして、いくつもの要素が絡み合って、複雑な模様の織物のような物語を織り上げている。

 国家、民族、宗教、生命、医療、倫理、親子、正義...ちょっと思いつくだけでもこうした要素が織り込まれている。だから様々な面があって、「こういう物語です」と言うことが難しい。でも敢えて一面だけ切り出すと、死ぬことだけを望んだ孤独なヴァンが、彼のことを慕い本当に心配する「身内」を得る、そんな物語だ。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された小説)
 「上橋菜穂子」カテゴリー

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「鹿の王(上)(下)」 固定URL | 1.ファンタジー, 16.上橋菜穂子 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月 5日 (水)

春になったら苺を摘みに

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2006年3月1日 発行 2013年2月20日 第18刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」の著者である梨木香歩さんの初エッセイ。2002年2月、今から12年前の作品。30~40ページぐらいのエッセイが10編、すべて書下ろし。最後の「五年後に」は文庫版のみに収録。

 本書は、著者が20代の頃に英国に留学した時の下宿の女主人「ウェスト夫人」と彼女の周囲の人々や、著者が旅先などで出会った人々との交流をつづったもの。20代の頃から「今」(さらに文庫版では5年後)と、時代を自在に行き来しながら、エピソードが重ねられる。

 ウェスト夫人は徹底した無私の人。宗教も人種も経歴さえも(殺人の前科があっても)問わず、その下宿の部屋を提供する。部屋が空いていない場合を自分のベッドを明け渡してしまう。彼女を筆頭に実に多彩で個性豊かな人々が登場する。ウェスト夫人が引き寄せるのか、ウェスト夫人ごと著者が引き寄せているのか?

 私が一番印象に残ったのは「子ども部屋]という作品。著者が湖水地方のホテルに滞在した時のことを書いているのだけれど、どのようなきっかけがあるのか、そこから様々な時代に遡って、さらにそこからもう一段飛んでと、縦横無尽にエピソードと想いを綴っている。

 ウェスト夫人とその子どもたちのこと。その子どもたちが出て行って、空いた子ども部屋に著者が滞在していたころのこと。ウェスト夫人の元夫の家の家政婦のこと。20年前に通っていた学校のこと。騎士道のこと。そして「日常を深く生き抜く、ということは、そもそもどこまで可能なのか」というような思索的な言葉がふいに発せられ、自らの「精神的原風景」に言及する。

 そもそも著者は個人的な情報があまり公になっていない。本書の著者紹介だって作品名以外には「1959年(昭和34年)生まれ」としか書いていない。だからエッセイとは言え、経歴はもちろん、これだけ内面を記した文章に、私はとても引きつけられた。これは読んでよかった。

 上橋菜穂子さんが高校生の時に訪ねたという、英国の児童文学作家のルーシー・M・ボストンさんを、著者も訪ねたことがあるそうだ。何てことのない発見だけれど、気が付いた時はうれしかった。

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「春になったら苺を摘みに」 固定URL | 25.梨木香歩, 4.エッセイ | コメント (0) | トラックバック (0)

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