« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月28日 (日)

明日は、いずこの空の下

著  者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2014年9月1日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「国際アンデルセン賞」受賞記念出版。

 「物語ること、生きること」に続いて、「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、自分のことを語ったエッセイ集。17歳の時に高校の研修旅行で行った英国から始まって、フィールドワークで出かけた沖縄やオーストラリア、お母さまとの旅行先の国々、色々な空の下の旅の思い出を綴る。「小説現代」に連載された20編と書下ろし1編を収録。

 高校の研修旅行は、大好きだった小説の舞台となった作者が住む家を見られるかも?と思って参加したそうだ。その想いを手紙にして作者に送ったら、まさかの「ぜひいらっしゃい」という返事。ご本人の出来事が物語的だ。

 さらに「車がびゅんびゅん走る道路を颯爽と横切る修道女のおばあさん」とか、「カンガルーの尻尾が大好きなアボリジニの子どもたち」とか、旅先で出会う魅力的人々がたくさん登場する。「物語ること、生きること」で「物語は、私そのものですから」と言っていた著者が綴ると、エッセイも「物語」となる。

 「変化は苦手、お布団にもぐりこんで、好きな本を読んでいられたら幸せ」という著者と、異文化の中に単身で飛び込んでいく姿が、これまではどうにも重ならなかった。でも、本書を読んでそのわけが少し分かった。

 そういったところは、ご本人も認めていらっしゃるのだけれど、お母さまに似たのだろう。周りが「えっ」と思う行動をしてしまう。オーストラリアで突然カンガルーのマネをするお母さまと、ウェールズで騎士の鎧を付けてポーズをとる著者は、やってることがそっくりだ。

 その他にも、作品とのつながりを感じることができる部分も随所にあって、著者の作品のファンならきっとワクワクしながら読めるだろう。

 コンプリート継続中!(単行本として出版された小説)
 「上橋菜穂子」カテゴリー

 人気ブログランキング投票:「一番好きな上橋菜穂子さんの作品は?」
 (あなたの好きな上橋作品の投票をお待ちしています。)
 にほんブログ村「ファンタジー」ブログコミュニティへ
 (ファンタジー小説についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「明日は、いずこの空の下」 固定URL | 16.上橋菜穂子 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月25日 (木)

奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき

著  者:ジル・ボルト・テイラー
出版社:新潮社
出版日:2009年2月25日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本書を読むきっかけは、TED Talkのプレゼンテーション。脳卒中によって脳の機能がひとつずつ停止していく、という恐ろしい体験を、実に興味深くそして実にユーモアたっぷりに伝えていた。そのプレゼンターの著書があると聞いて読んでみた。

 著者の職業は「脳解剖学者」。脳卒中に襲われた当時は、ハーバード医学校で、若い研究者たちに人間の脳について教えていた。このことが、本書(とTED Talkのプレゼン)を、特別に興味深いものしている。なぜならこれが、脳の専門家が脳卒中を「内側から観察した」(おそらく世界で初めての)記録だからだ。

 さらに言えば、著者が脳の専門家であることは、ユーモアの源泉にもなっている。著者が、自分が脳卒中になったことを悟った時に心に閃いた言葉が「あぁ、なんてスゴイことなの!」で、小躍りしたくなるような気持ちになった、というのだから。

 内容は、「脳卒中になる前」「症状の進行とそれに伴う混乱」「そこからの回復」「新たな発見」と、大きく4つに分かれる。特に、症状の進行と回復の部分は、本当に興味深かった。外からの観察では到底得られない知見だと思う。例えば、著者は左脳の機能だけを失い、右脳と左脳の役割を、自らのこととして体験する。もちろん右脳左脳については、すでに様々な研究がされているが「体験」した人は少ない。

 心に残った例をひとつ。著者によると私たちの感情は、まず遭遇した状況に右脳が反応する。いやな目に会えば「恐れ」や「怒り」などを感じる。しかしその反応は90秒しか持たない。それ以上継続させるのは左脳の働きなのだ。

 
 つまり「恐れ」「怒り」「憎しみ」などの負の感情も(正の感情も)、90秒を超えて持つ場合には、左脳が「これは継続する」と選択したものなのだ。脳だって自分の身体なのだから、このことを意識さえすれば、選択をコントールできる。著者はそう主張する。

 下に紹介するTED Talkだけでも見てほしい。興味が湧いたら本書の一読をおススメする。
 TED Talk Jill Bolte Taylor: My stroke of insight

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

続きを読む "奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき"

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき」 固定URL | 9.その他 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月21日 (日)

心星ひとつ みをつくし料理帖

著  者:高田郁
出版社:角川春樹事務所
出版日:2011年8月18日 第1刷発行 2014年5月18日 第13刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「みをつくし料理帖」シリーズの第6作。「しくじり生麩」「賄い三方よし」「お手軽割籠」「あたり苧環」の4編を収録した連作短編。

 主人公の澪は、江戸の元飯田町にある「つる家」という料理屋の板前。彼女には、かつて修業した「天満一兆庵」の再興と、今は吉原にいる幼馴染の野江と昔のように共に暮らす、といった2つの望みがある。

 今回は、この2つの望みに関する大きな出来事が起きる。特に「天満一兆庵」の再興については、吉原に店を出す援助をすると、澪に申し出る人が現れた。店の名前を「天満一兆庵」とすれば良いと。この申し出を受ければ、形としては店の再興が成る。

 そして澪には、秘めた望みがもう一つある。「つる家」にふらりと現れる客の小松原のことだ。「秘めた」と言っても周囲もはっきりと分かるほどなのだけれど、身分違いゆえに叶わぬ恋心として決して口には出さない。今回はそれも急展開を見せる。

 シリーズに「料理帖」とついているように、澪の手になる美味しそうな料理が、シリーズの魅力の一つだけれど、そちらは今回は今一つ。しかし、物語の方はこれまでになくドラマチックで、次回以降への期待を残して終わる。

 シリーズは8月に第10作が刊行されて完結したそうだ。あと4作を心して楽しみたい。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「心星ひとつ みをつくし料理帖」 固定URL | 2.小説, 2D.高田郁 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月17日 (水)

泣いた赤おに

著  者:浜田廣介 絵:梶山俊夫
出版社:偕成社
出版日:1993年1月 1刷 2011年5月 28刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 ちょっと周辺で話題になったので読み直してみた。童話作家の浜田廣介さんの代表作。以前から学校の教科書にも採用されていたはずだから、ご存知の方も多いと思う。ちょっと調べてみたところ、今も小学校2年生の国語の教科書(教育出版社)に収録されているようだ。

 主人公は赤おに。人間とも仲良く暮らしていきたい、と思って自分の家の前に立札を立てる「ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。ドナタデモ オイデ クダサイ。オイシイ オカシガ ゴザイマス。オチャモ ワカシテ ゴザイマス。」

 人間たちは「まじめな気もちで書いたらしい」とは思ったものの、結局は「だまして、とってくうつもりじゃないかな」と言って、逃げて行ってしまう。その出来事に赤おにが自暴自棄なっているところに、友だちの青おにがやってきて、一計を案じる....。

 ご存知の方も多いだろうから、この先は省略。ご存知ない方は是非一読を。どうしても今すぐ知りたい方は、Wikipediaで紹介されているので参照いただきたい(文学作品をネットで結末まで紹介してしまうのはどうかと思うが)。

 「めでたしめでたし」では終わらない。どうしてこんなことになったのか?どうすれば良かったのか?大人になるとどうしても「正解」を求めてしまいがちだ。「童話」だから、何かしら分かりやすい「意味」があるはず、と思うのかもしれない。

 でも、本書には少なくとも分かりやすい意味や正解はない。絵本にしては量の多い文章は、細かい情景だけではなく、赤おにと青おにの心情を要所で描いている。著者は思いのほか、この物語を周到に創ったようだ。サッと読んで簡単に見つけた「正解」は、再読すると「そうじゃなかった」と思うことになる。

 よければやはりWikipediaではなく一読を。簡単には見つからない「正解」を探してみるのも悪くない。その際は、たくさんの版が出ている中で「原作全文を載せている」ものがおススメ。上に紹介した偕成社版は、巻末に「絵本化のための一部省略・再話等はしておりません」と書いてあった。

 この後は、書評ではなく「泣いた赤おに」についてのヨモヤマ話です。お付き合いいただける方はどうぞ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

続きを読む "泣いた赤おに"

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「泣いた赤おに」 固定URL | 9.その他 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月14日 (日)

2045年問題 コンピュータが人類を超える日

著  者:松田卓也
出版社:廣済堂出版
出版日:2013年1月1日 第1版第1刷 8月5日 第3刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 友達のFacebookの投稿で「2045年問題」を知って、とても興味があったので読んでみた。

 「2045年問題」とは何か?コンピュータが人類全体の能力を超え、それ以降の歴史が予測できなくなる「技術的特異点(シンギュラリティ)」を、2045年に迎えるという予測があり、そのことがもたらすであろう問題を「2045年問題」と呼んでいる。欧米では研究が進んでいるが、日本ではこの問題について述べる研究者は、宇宙物理学者の著者を除けばほぼ皆無らしい。

 本書は、コンピュータの黎明期から書き起こして、スーパーコンピュータの技術を解説し、インターフェイスや人工知能の開発の最前線を伝えた後、「技術的特異点」の前後を展望する。私たちがすべき対応の話もあるが、それは必ずしも明るい未来を約束しない。

 世界初のコンピュータとされるのは、1946年の「エニアック(ENIAC)」。それから約70年で到達した一つのシンボルが、2011年に世界で第1位となった、スーパーコンピュータの「京」。「京」は、1秒間に1京回の計算ができる。それは著者が20年前に使っていたスーパーコンピュータの1000万倍の性能。問題の2045年までは30年ある。

 それでも計算能力の向上だけであれば、問題はないのかもしれない。しかし同時並行的に「人工知能」の開発が進むと話が違う。人間の知的活動をコンピュータが代替し、自らのプログラムの更新まで行うようになれば、コンピュータは独自の進化を遂げるようになる。それも人間が更新する何倍も速く正確に。それは人類にとって吉か凶か?それが予測できない。いや吉と考えられる理由は何もない。その不穏な予感が「2045年問題」の核心だと思う。

 詳しくは本書を読んでもらいたいが、未来学者たちが2045年以降に起きるかも?とするのは、かなりショッキングな出来事だ。しかしそれは2045年に突然起きることではなく、徐々に進行する。私はむしろこの徐々に起きる変化の方が気がかりだ。上に「人間の知的活動をコンピュータが代替し」と、さらりと書いたが、つまりは人間の仕事のほとんどをコンピュータが代替する、もっと端的に言えば「奪われる」ことになる。

 そもそも、コンピュータ技術は「人間を楽にする」ためのもので、人間の仕事を代替するのはその目的に適っている。それにも関わらず「奪われる」などとネガティブな表現をするのは、今の社会が「仕事がなければお金がもらえない」「お金がなければ生活できない」構造になっているからだ。

 未来が、人間が仕事から解放された「ユートピア」に向かうのか、生きる糧を奪われた「ディストピア」となるのか。それは社会の「仕事」と「お金」と「生活」のあり方によって決まる。今のままでは見通しは暗いと言わざるを得ない。

 興味をお持ちの方は、こちらの記事も参考になります。
 WIREDスペシャルページ「2045年、人類はトランセンデンスする?」

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「2045年問題 コンピュータが人類を超える日」 固定URL | 9.その他 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月11日 (木)

裁きの鐘は(上)(下)

著  者:ジェフリー・アーチャー 訳:戸田裕之
出版社:新潮社
出版日:2014年4月1日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「時のみぞ知る」「死もまた我等なり」に続く、超長編サーガ「クリフトン年代記」の第3部。巻末の「解説」によると7部で完結の予定だそうだ。つまりまだ中盤に差し掛かったところ、ということだ。

 前作のラストは、バリントン家の莫大な資産の継承を巡っての、貴族院の審議の途中で終わっている。嫡子のジャイルズと、庶子(であるかもしれない)のハリー・クリフトンのどちらが正当な継承者か?投票の結果は273票対273票。結論は大法官の判断に委ねられた。

 それを受けて、本作は大法官の逡巡と結論から始まる。まぁ、前作から引っ張ったものの結論は早々に出て、物語は新しいステージへ滑り出す。ハリーは新作のプロモーションのために米国へ渡り、ハリーの妻のエマは父の遺児を探すことに着手する。

 その後、上巻では、ジャイルズの母の遺産相続や、庶民院議員選挙が、下巻では、ハリーの息子のセバスティアンを巡る騒動が描かれる。前2作と同様、いやこれまで以上に起伏が激しくテンポのいいストーリー展開で、著者の作品の魅力が良く出ている。
 ところで、このシリーズでは、数人の登場人物の物語が、章ごとに入れ替わるが、「クリフトン年代記」と銘打っていることもあって、これまではあくまでも「主人公はハリー・クリフトン」だった。

 しかし、本作ではハリーは脇役に引くことが多く、特に下巻はもうセバスティアンの物語と言っても過言ではない。もしかすると、ハリー以外の「クリフトン」も主人公となることで、長大な一族の物語になっていくのだろうか?

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「裁きの鐘は(上)(下)」 固定URL | 3.ミステリー, 3B.ジェフリー・アーチャー | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 7日 (日)

マスカレード・イブ

著  者:東野圭吾
出版社:集英社
出版日:2014年8月25日 第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「マスカレード・ホテル」のシリーズ第2弾にして、前日譚。「マスカレード・ホテル」の主人公である、警視庁の刑事の新田浩介と、ホテル「コルテシア東京」のフロントクラークの山岸尚美が出会う前の物語。

 50~60ページの短編が3本(山岸尚美が主人公のものが2本、新田浩介が主人公のものが1本)と、表題作で150ページほどの中編を1本収録。短編は限られたページ数の中で、謎解きが2回転がる少し手の込んだミステリーになっていて楽しめる。

 表題作には、新田浩介と山岸尚美の両方が登場する。しかし、新田浩介は東京で起きた殺人事件の捜査をしていて、山岸尚美は開業時のサポートに派遣された「コルテシア大阪」に勤務、2人は会わない。ただし、同じ1つの事件を巡って2人は、かなり接近する。シリーズ第2弾の意味はここにある。

 「マスカレード」は「仮面舞踏会」。超一流のホテルに来る客は様々な事情で「仮面」を被っている。多かれ少なかれ日常とは違う自分を演じているだろうし、偽名で他人になりすましている者だっている。

 その「仮面」を、ホテルクラークは「守る」ことが仕事では必要で、刑事は「暴く」ことが事件の解明につながる。その正反対の要素の出いの妙が、「マスカレード」に込められている。このことが、本書では前作より明確になっている。

 ミステリーなのであまりストーリーには触れないけれど、「楽しめた」とだけは言っておく。謎解きとちょっとした人情話。著者の作品の特長がほどよく配合されている。

 最後に。どうやら本書全体が「マスカレード・ホテル」の「伏線」という位置づけになるらしい。もう1回「マスカレード・ホテル」を読んでみる必要がある。

 にほんブログ村「東野圭吾」ブログコミュニティへ
 (東野圭吾さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「マスカレード・イブ」 固定URL | 3.ミステリー, 32.東野圭吾 | コメント (0) | トラックバック (2)

2014年9月 4日 (木)

他人を攻撃せずにはいられない人

著  者:片田珠美
出版社:PHP研究所
出版日:2013年12月2日 第1版第1刷 2014年8月25日 第1版第21刷
評  価:☆☆☆(説明)

 4年前に読んだ「一億総ガキ社会「成熟拒否」という病」の著者の近刊。話題になっているようなので(帯には「15万部突破 反響続々!」とあるし、奥付によると発行後9か月で21刷になっている)、読んでみた。

 著者は精神科医で、その元を訪れる患者さんの話を聞いて「他人を攻撃せずにはいられない人が世の中には随分いるんだなあ」と思ったそうだ。そして「他人を攻撃せずにはいられない人」=「攻撃欲の強い人」として、それは「どんな人」で「どんなことを」「どうして」するのか。そして「どんな人が影響を受けやすいのか」「どう対応」したらいいのか、といったことを事例を挙げて、本書では説明する。

 「攻撃欲の強い人」は、自身がそう意識していない場合も含めて、他の誰かがうまく行っているのが許せない。怒りや敵意に突き動かされて、他人の幸福や成功を壊そうとする。おまけにそれで何か得をするわけでもない、というケースも多く厄介だ。

 例えば、大きな契約が取れたと喜んで報告する部下に対して、一切の労いもほめ言葉もなく「経費をたくさん使っていたら会社の利益にならないんだぞ!」と叱責する上司。研究が認められて留学の話が持ち上がったことを喜ぶ息子を、「そんなことで喜んでいるようではまだまだ甘い。おれが若いころは...」と一喝する父親。「攻撃欲の強い人」は職場にも家庭にも現れる。

 幸いなことに私の近しい人たちには、こういう人はいない。しかし、少し範囲を広げれば何人か思い当たる。その中に一人として「悪人」はいない。職務に忠実であったり、相手のためを思った忠告であったりと、本人は「自分は正しい」と思ってやっているのだろうと、傍目に見ても分かる。だから誰にもそれを正すことなんてできない。そんな人たちだ。

 「処方箋」と題した最終章に、様々な対処法が述べられている。ただ「根性曲りにつける薬はない」という項目があるように、相手を変えることはできない。それでも「うまい処し方」というのはあるもので、もし現在悩んでいる人がいれば、参考にはなると思う。

 最後に。本書ではあくまでも面と向かった関係での事例に限って論じているが、ネット上には「他人を攻撃せずにはいられない人」が、もっともっとたくさん見つかる。このことについての著者の見解も聞いてみたい。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「他人を攻撃せずにはいられない人」 固定URL | 7.オピニオン | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »