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2010年6月

2010年6月30日 (水)

東京島

著  者:桐野夏生
出版社:新潮社
出版日:2010年5月1日 発行 6月5日 2刷
評  価:☆☆☆(説明)

 書店に行って目当ての本を持ってレジに向かう途中、目の端に本棚からこちらを見つめる目が見えたので、見返してみると浅く日焼けした木村多江さんだった。そう、本書は木村多江さん主演で映画化され、今年の8月28日公開予定だ。著者は様々な賞を受賞されていて、本書も2008年に谷崎潤一郎賞を受賞。実力派の作家さんだが、私は木村多江さんが取り持つ縁で初めて読んだ。

 主人公は46歳の主婦の清子。夫と二人でクルーザーで世界一周の旅に出るが嵐に遭い、無人島に漂着する。最初は二人だけのサバイバル生活であったが、その後も漂着する者が続く。そして、物語はこうした出来事の後、清子と夫の漂着から5年が過ぎたある日から始まる。
 最初の1文は「夫を決める籤引きは、コウキョで行われることになっていた」だ。冒頭から常識を揺さぶられる展開。この時「トウキョウ」と名付けられたこの無人島の人口は32人。清子を除く全員が男だ。外界から遮断された閉じ込められた空間に男31人と女1人。良識ある大人はなるべく考えないようにするもののどうしても考えてしまう、アッチ方面の出来事がすでに起きている(すみません。回りくどくて)。

 この本には参った。清子は様々な出来事に遭遇し、その度に選択というか決断を迫られるのだが、それがことごとく剥き出しの本性を感じさせ、私を不安定な気持ちにさせる。「道徳的」という言葉からは最も遠い位置にある行い。しかし、不思議に責める気持ちにはならない。生きるために助かるために、というギリギリの場面では、これが「人間らしい」ということなのかもしれない。そして、その行いの結果が知りたくなって、ページをめくることになる。

 読んでいて、木村多江さんが清子を演じるのはどうかと思った。ご本人が冗談まじりに認める「薄幸」が似合う女優さん。とびっきりの美人ではないが(失礼!)、清楚な雰囲気が好きなファンも多いだろう(私もその1人。帯の小さな写真を見て本を買ってしまうほど)。
 だから似合わないし、やって欲しくないと思ったのだ。ただ、映画の公式サイトには「極限状態の人間のダークな欲望を描いた原作を、生への希望に満ちたサバイバル・エンタテインメント作品に昇華させた」と書いてあった。なるほど、そういうことか。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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2010年6月29日 (火)

ブクログ(Booklog)に本棚を作りました

 ブクログ(Booklog)は、自分が読んだ本や読みたい本、積読本などを登録して、本棚に表紙イメージを使って管理できるサービスです。本をISBNコードやAmazonのASINコードを使って登録すると、本棚に一度に25冊の本の表紙が表示されます。友達んちに行って本棚を見ているみたいな感じで楽しいです。

 登録は、コードを改行区切りで並べたテキストデータを作れれば一括登録もできます。私は記事に埋めてあるAmazonのリンクコードから何とかASINコードを抜き出せたので、428冊を一括登録できました。でも、それを並べ替えたり、評価やタグを付けたりするのは大変でした。レビューもこのブログの記事へのリンクを載せるのが精いっぱい。と言うか、まだ作業途中です(笑)。

 並べ替えは、最初の25冊はこれまでに読んだ好きな作家さんの本や良かった本を並べました。その次からは、作家さんやジャンル別に一応並べてあります。興味がある方がいらっしゃったら、右サイドバーのブログパーツかここから、ちょっと覗いてみてください。

 
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2010年6月26日 (土)

大きく考えることの魔術

著  者:ダビッド・J・シュワルツ 訳:桑名一央
出版社:実務教育出版
出版日:1970年7月25日 初版第1刷発行 2004年9月25日 新訂初版第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書の内容は、著者によるまえがきでうまく説明されている。大きく考えれば「幸福の点で」「成功の点で」「収入の点で」「友人の点で」「人に尊敬される点で」大きく生きられる。もう少し具体的に言うと、何かをする時に、「○○だから難しい(できない)」とは考えずに、また「まぁせいぜいこのくらいだろう」とは考えずに、ムリめでも強い信念を持って目標を立てれば、(魔術のように)それが達成できるということ。

 つまり「心の持ちよう」が、考えだけでなく行動や態度にも影響して結果につながる。また、外見や態度を整えれば(自分のだけでなく周囲のも)気持ちも変化する。内面と外面は相互に作用するので、良いスパイラルに乗れば、ドンドン向上していくというわけだ。
 しょぼくれていては負のスパイラルに陥いる。だから、自信がある人のように「集まりでは前に座り」「相手の目を見る習慣を付け」「歩くときは顔を上げて25%速く歩き(!)」「会議では進んで話し」「大きくほほえみ」なさい、という。さて「それならできそう」と思うか、「それができたら苦労しない」と思うか。「できそう」と思う人は、すでに第1段階クリアだ。

 本書のような「自己啓発本」に何を求めるかは人それぞれだろう。一気に成功者になる秘訣?今の自分を変えるためのヒント?人生の指針?私は「ちょっと役に立つことの1つでもあれば..」ぐらいの気持ちで読んでいる。今回見つけた「ちょっと役に立つこと」は、「一流の人とつき合いなさい」という部分だ。
 「良い刺激を受ける」というメリットももちろんあるが、それ以上に「支援者」としての位置づけは大きい。人それぞれに「してあげられること」が違う。同じぐらいの好意によるものでも、一流の人の支援が受けられれば、グンと目的に近づける。とまぁ、こんな他人まかせなことを言っているようでは、大きく生きるのは難しいのかもしれない。

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2010年6月23日 (水)

これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学

著  者:マイケル・サンデル 訳:鬼澤忍
出版社:早川書房
出版日:2010年5月25日 初版発行 2010年6月10日 5版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 NHK教育で先日最終回が放送された「ハーバード白熱教室」という番組の内容をベースにした政治哲学の本。番組の方は、1000人を超える履修者がいるハーバード大学での人気の講義を収録したもので、「面白い!」という良い評判を方々で聞く。日曜日の午後6時という多くの家庭では「くつろぎの時間」と思われる時間帯の教育テレビで、政治哲学という固いテーマの番組がウケる、という珍しい現象であるとは言える。
 著者は、この番組で(というよりハーバード大学で)政治哲学の講義を受け持つ教授自身。コミュニタリアニズム(共同体主義)の論客であるらしい。そして本書の構成は番組(講義)に沿ったものになっている。だから、今回は番組の話を引きながら本書の紹介をしたい。その方がより本書の特徴が明確になると思う。

 議論の種として提示される命題や事例も、番組と本書でほぼ同じだ。例えば「暴走する路面電車のジレンマ」。ブレーキがきかなくなった路面電車、そのまま行けば5人の作業員が命を落とす。待避線に入れば死ぬのは1人だけ。さて、どうする?5人の命を救うために1人を犠牲にするのは正しい行為なのか?といったもの。
 テレビの番組のウケがいいのは、こうして教授が立てた命題が具体的で、誰にとっても判断に悩むものであって、それを優秀なハーバードの学生が真剣に議論しているからだ。若者たちは何と言うだろうか?その意見に対する反論は的を射ているだろうか?などなど、オブザーバーの立場で見ればこんなに知的刺激を受けることはそうそうない。

 ただ、番組の魅力を担っていた、真剣な眼差しで語る学生たちは本書には登場しない。教授が提示する命題に答えられるのは、読んでいる自分しかいないのだ。これは正直言ってかなりきつい。自分の意見など考えずに読み進むこともできるが、それではこの本は、よくある哲学の教科書とあまり変わらなくなってしまう。
 ベンサムの「功利主義」から始まって、リバタリアニズム(自由至上主義)、社会契約論、カントとアリストテレスの思想などが順に要領よく紹介さる。それはそれで勉強にはなるのだけれど、それだけでは(少なくとも私は)大して面白くはない。だから、テレビの番組を面白いと思っても、本書もそうかどうかは分からない、読む人の態度次第だ。

 私は、政治哲学の特定の思想の論客が、学生に政治哲学を教えていいのか?という素朴な疑問を抱いたが、「個人は意志や選択によらず、所属する共同体に連帯や責務を負うことがある」という、コミュニタリアンとしての著者の主張は至極抑制的に語られている。
 それより本書から読み取れるもう1つの主張の方が興味深い。どのようにすれば公正な社会が実現するのか?著者の考えは、中立であろうとしたり不一致を避けたりするのではなく、より積極的な関与と公の討議がその基盤だとする。「議論」それが正義の実現への道。おそらく著者は、計24回の講義でこのことを学生たちに実体験として伝えたのだろう。

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2010年6月19日 (土)

卑弥呼の正体 虚構の楼閣に立つ「邪馬台」国

著  者:山形明郷
出版社:三五館
出版日:2010年6月2日 初版発行 6月8日2刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 出版社の三五館さまから献本いただきました。感謝。

 著者は、古代北東アジア史を専門とする比較文献史家。詳しい経歴は分からないのだが、大学や研究施設には属さず、在野で研究を続けたようだ。その研究が半端ではない。中国の史記、漢書、後漢書などの「正史」24史を含む総数289冊3668巻の文献を原書、原典に当たって調査したそうだ。生涯をこれに賭けたと言っても過言ではないだろう。
 本書のサブタイトルにある「虚構の楼閣」とは、「倭・倭国」=「日本」、「魏志倭人伝」=「古代日本伝」という定説のことを指している。著者の主張はこうだ。この定説を疑い検証したところ虚構であることが明らかになった。「魏志倭人伝」は「古代日本伝」ではない。故に「魏志倭人伝」に根拠を置く、九州説と畿内説で揺れる「邪馬台国」論争などナンセンスだ、というのだ。

 「魏志倭人伝」は、今は小学校6年生か中学校1年生の社会科で習う。だから中学生以上1の日本人ならほぼ全員がその名前を知っている。しかしそれが、中国の正史の1つである「三国志」の「魏書」の末尾にある、わずか2千字ほどの記録であることを知る人は少ないだろう。さらにそれを原文にしろ日本語訳にしろ読んだ人はもっと少数のはずだ。
 まぁそれで何の不都合もない。しかし研究者はそれでは困る。私は、本書の主張とは別に「自ら確かめろ」という著者のメッセージを感じた。研究者は定説を鵜呑みにせず、自分の目で見て自分の頭で考えるべきだ、と。研究というものは「先人が積んだブロックの上に、新しいブロックを少し積み上げる」という作業に似ている。しかし、そのブロックが土台のところでいい加減な積み方をしていたら?という感覚は必要なのだ。そしてその「自ら確かめろ」を著者自身が実践した結果が289冊3668巻の読破となったのだろう。
 そして本書で披露された考察は、読む者を圧倒する。著者はまず「魏志倭人伝」と同じ巻にある「馬韓と弁韓の南は倭と接する」あるいは「界を接する」という記述に注目。続いて古代朝鮮の位置を特定し、さらにその南に接する朝鮮半島内に倭国を位置付けて結論としている。その緻密な論理の運びには隙がない。おそらくこれが真実であろうと思わせるに十分な考察だった。

 ただ、「魏志倭人伝」として本書で引用、解説しているのは「倭人在帯方東南大海之中」で始まる冒頭の60文字余りだけだ。「自ら確かめろ」というメッセージを(勝手に)受け取った私は、俄か研究者となって続きを読んだところ、その後に続く言葉は「始度一海千餘里至對馬國」。「始(初)めて海を渡って千余里行くと對馬國に至る」、「對馬」は「対馬」と読んで差し支えないだろう。しかしそれでは、そこからさらに海を渡ったところにある「邪馬台国」を朝鮮半島内に位置付けるのは無理がある。
 著者が「對馬國」のくだりの直前で引用を止めたのは意図的だろうか?対馬が出てきては都合が悪かったのだろうか?可能であれば、著者に疑問を投げかけてみたい。万一、今現在ここの部分が未解決だったとしても、著者にあと10年の時間があれば、反論の余地のない回答を得たかもしれない。しかし、そのどちらも叶わぬ夢となってしまった。著者は2009年4月20日に亡くなっている。合掌。

 この後は本書とは関係なく、「自ら確かめろ」について書いています。お付き合いいただける方はどうぞ

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2010年6月17日 (木)

カクレカラクリ

著  者:森博嗣
出版社:メディアファクトリー
出版日:2006年8月28日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは、昨年の夏に「スカイ・クロラ」シリーズの謎解きのために精読して以来9か月ぶり。面白そうな作品がたくさんあるのだけれど、「謎解き」に疲れてしまった後遺症のような感じで何となく敬遠してしまっていた。リハビリではないけれど、できれば楽しくて軽い読み物がいいなと思って手に取ったのが本書。

 主人公は、工学部の大学生の郡司朋成、栗城洋輔、真知花梨と、花梨の妹の高校生の玲奈の4人。郡司と栗城は、夏休みに花梨に故郷の鈴鳴村に誘われる。村には「120年後に動き出す」と伝わる絡繰り(カラクリ)の伝説があり、今年がその120年後に当たる。村人の多くは、単なる伝説だとあまり本気にしていないのだけれど、4人はそのカラクリの秘密を探り始める。
 主人公4人が揃いも揃ってメカ好きで、歯車に萌えるタイプだし、花梨と玲奈の恩師でもある高校教師の磯貝は、蒸気で動く「自動薪割り機」なんかを自宅の庭で製作している。工作好きの著者のそれぞれの年代を映したかのような登場人物たちだ。(ちなみに私も歯車は大好きだ)

 主人公たちが20歳前後の若い世代なのと、鈴鳴村の夏の長閑な風景や青い空が目に浮かぶのとで、ひたすら爽やかだ。淡い恋心や将来への漠とした不安なども抜け目なく語られ、村の名家の確執や秘密や、暗号めいた図形が読者の興味を引く。実に巧みで実に読みやすい。期待通りの作品、つまり楽しくて軽い読み物だった。

 ※玲奈がいつも首からコーラを下げているけれど、最後まで読むとその訳が分かる仕組みなっています。なるほど...。

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2010年6月14日 (月)

「グーグルに、自分のブログを、すすめられ」

Googleリーダーの画面

 タイトルは、意味もなく五七五にまとめてみました(笑)。

 私は、ブログの更新情報を得るのに、RSSリーダーとしてGoogleリーダーを使っています。お友達のブログ、本読みブログのお仲間、新刊情報や出版関係のニュースなど50サイトぐらいを登録しています。
 先日も新着記事を順に読んでいたら、目の端をこのブログの名前の「本読みな暮らし」という字が掠めました。「あれ、自分で登録したかな?」と、最近自分の記憶にいまいち自身が持てない私は思いました。でもよく見ると、場所が他のとちょっと違う、上の方の「おすすめのソース」という所にありました。

 今まで知りませんでしたが、Googleリーダーには、登録内容に応じておススメのブログを表示するレコメンド機能があるんです。それで、本の感想や書評のブログをたくさん登録している私に、「本読みな暮らし」もどうですか?ってわけらしいです。
 カッコ付けずに正直に言いますが、Googleに認めてもらった気がして「うれしかった」です。でも、自分の登録が解析されていることを思うと微妙な気持ちでもあります。どうして「痛いニュース(ノ∀`) 」をすすめられているのかも疑問ですし。

 
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2010年6月13日 (日)

王国の鍵4 戦場の木曜日

著  者:ガース・ニクス 訳:原田勝
出版社:主婦の友社
出版日:2010年4月30日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 月曜日から始まって日曜日に終わる7冊シリーズの4冊目の木曜日。ちょうど折り返し地点になる。サーズデーは「大迷路」の管財人。そして彼は、世界の中心に位置すると言われている「ハウス」の軍隊を指揮する司令官でもある。大迷路は「無の虚空」と山脈を挟んで接していて、無から生まれる化け物である「ニスリング」の侵攻をくい止めていた。今回アーサーは、大迷路でのニスリング軍との戦争に巻き込まれる。

 それだけではない、前号のエンディングで仄めかされていた通り、アーサーが元いた世界つまり地球には、アーサーの偽者が送り込まれていて、神経を侵す菌をバラ撒いて地球を破滅させようとしている。今回はこれまでとは違って、ハウス内のアーサーの活躍と、地球に戻ったリーフの奮闘の2つのストーリーが並行して進む、より緊迫感が増した展開だ。

 「これまでとは違う」という意味では、今回は新たな敵がアーサーに立ちふさがる。もちろん、サーズデーとも相対する必要があるのだが、真の敵は別にいるようだ、ということが判明する。これまでは、マンデーから始まって、徐々に強くなっていくボスキャラと順に戦い、サンデーがラスボス、という図式が見えていたが、そうではなかった。この記事の冒頭で、「中間地点」という意味で「折り返し地点」と書いたが、物語の展開上も今回はまさに「ターニングポイント」になっている。

 「訳者あとがき」にて重要な情報が公開されていた。7人の管財人は「怠惰」「強欲」「暴食」「憤怒」「色欲」「嫉妬」「傲慢」の、キリスト教の七つの大罪をモチーフにしていると考えられることだ。今回のサーズデーが体現する罪は「憤怒」、次号のレディ・フライデーは「色欲」だ。

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2010年6月 9日 (水)

マークスの山

著  者:高村薫
出版社:早川書房
出版日:1993年3月31日 初版発行 1995年5月24日 65版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の代表作とも出世作とも言われる作品、1993年上半期の直木賞受賞作。本書は文庫化にあたって大幅に改稿したそうだが、私は単行本の65版(!)で読んだ。さまざまな文学賞や「このミステリーがすごい」などで名前を見るし、読書ブログで取り上げる方も多い。「Mille fleurs ~千の花」のはりゅうみぃさんの記事を見て、いつか読もうと思っていた(半年以上経ってしまったけれど)。

 「警察小説」というジャンルの作品。本書の主人公は合田雄一郎という刑事。警視庁捜査一課七係の警部補で33才。上を見れば何階級もあるし、横を見れば同じ課の中でも、いや係の中でもライバルとしのぎを削る。まぁ大筋では協力する方向で一致しているのだけれど、外に漏れたら捜査の支障になる情報は、警察内部でも公にはできないこともある(らしい)。
 さらに検察という組織は、警察とは利害が一致するとは限らず、これも本書の背景になっている。こうした警察内部や検察との軋轢や駆け引きの中で合田刑事を動かし、さまざまな人との関係を描くことで、人間としての合田雄一郎が浮かび上がる。本書の魅力の1つはここにある。ちなみに彼はこの後の著者の作品の中で度々登場するそうだ。

 ミステリーとしての謎の深さも上々だ。物語は昭和51年の雪山と57年の病院での殺人事件、平成元年の強盗傷害事件、そして合田刑事が追う平成4年の連続殺人事件のつながりを求めて手探りを続ける。4つの事件をつなぐカギは、チラチラと見え隠れするもうひとつの恐るべき事件。よくまぁ、こんな入り組んだ事件を考え付いたものだ。
 終盤の合田と同僚の刑事のコンビと弁護士との対決は読み応えがあった。ただ、その後の事件解決までの成り行きと真実の発見と、明かされた真実の内容には少し不満が残る。北岳山頂からの爽快な眺めが、本書が現した様々な人間のエゴと対照的で一服の清涼剤のようだ。

(2010.8.26 追記)
「マークスの山」文庫版も読みました。レビューはこちらです。

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2010年6月 5日 (土)

床下の小人たち(「借りぐらしのアリエッティ」原作)

著  者:メアリー・ノートン 訳:林容吉
出版社:岩波書店
出版日:1993年8月6日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 英国ファンタジーの名作ながら、「指輪物語」や「ナルニア国物語」ほどには知られていなかったように思う。しかし、昨年末ぐらいから話題になることが飛躍的に増え、あと1ヶ月すれば状況はガラッと変わっているだろう。本書を原作としたスタジオジブリ作品「借りぐらしのアリエッティ」が、7月17日に公開されるからだ。

 アリエッティは13才の女の子、お父さんのポッドとお母さんのホミリーと3人で暮らしている。英国の田舎の古い家の台所の床下で。そう、アリエッティたちが「床下の小人」なのだ。そして彼女たちは、食べ物や家具や道具など、暮らしに必要なものは何でも、床の上で暮らす人間たちから「借りて」来る。たんすはマッチ箱、いすは糸巻き、壁の肖像画は切手、じゅうたんはすいとり紙、といった具合。だから「借りぐらし」。
 一つの家の中で暮らしていても、人間たちは小人たちのことを(基本的には)知らない。人間たちに見られると、猫を飼われたり煙で燻されたりして危険なので、小人たちは外へ「移住」しなければならなくなる。そもそも借りに行くこと自体が危険な仕事なので、それはお父さんのポッドの役目、勇気と技術が必要なのだ。

 ただ、不思議に思いながらも小人の存在を受け入れてくれる人間もいる。それは、おばあさんと子ども(おばあさんの方は、自分の幻覚だと思っているんだけれど)。この家には療養のために預けられた9才の男の子がいて、前半はアリエッティたちの暮らしぶりが描かれ、中盤以降はこの子とアリエッティたちの交流が描かれる。そしてもちろんハラハラドキドキの事件も..

 スタジオジブリ作品の原作にピッタリな物語だった。宮崎駿さんが40年近く前から企画を温めていたというのもうなずける。ほのぼのとした「借りぐらし」に起きる小さな事件や冒険、子どもとの交流、そして大きな事件が物語を盛り上げる。
 さらにキャラクターが魅力的だ。ポッドは頼もしいお父さんであり、ホミリーはやさしくも気丈なお母さん。協力して生きていく姿には、理想的な家族の絵が映る。スタジオジブリの手によってさらに磨きがかかって、どんな素敵な物語になるのか楽しみだ。

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2010年6月 2日 (水)

ローマで語る

著  者:塩野七生 アントニオ・シモーネ
出版社:集英社インターナショナル
出版日:2009年12月9日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 塩野七生さんの対談集。そして対談相手のアントニオ・シモーネさんは、塩野さんの息子さんだ。実に異色の著作と言うべきだろう。塩野さん自身が、巻頭で何よりも最初に「最初にして最後」と書かれたことからも、「これは特例中の特例」という意識が伝わってくる。
 「特例」が実現した裏には、編集者の勧めあるいは意向があったようだが、とにかく塩野さんはプライベートの露出とも言えるこの企画を受けた。「仕方ないなぁ」というポーズは見てとれるが、息子との対話が「うれしくて仕方ない」感じが、全編にわたってにじみ出している。

 「これは特例」「でもうれしい」そんな母の気持ちを知っているのかいないのか、アントニオさんはマストロヤンニのドキュメンタリー映画での娘へのインタビューを「父親としてのマストロヤンニは、他の多くの父親と何ら変わりない」のだからつまらない、と切って捨ててしまう。母親としての塩野七生はどうなのだ、と返ってくる問いを予見しての発言だとしたら、脱帽モノだ。
 そして、本書が「著名な作家の息子との語らい」でしかないのであれば、私も同じようなことを、例えば「作家としての塩野七生は好きだけれど、母親としては別に興味ない」とでも言っただろう。実は私は、学生の時から25年来の塩野ファンで、著作のほとんどを読んでいるのだが、本書は長い間放置していた。それは、そんな結果になることを危惧していたからだと思う。

 ところが本書は本当に予想に反して、読んでいて実に楽しかった。31章からなる母子の対話は、1つの例外を除いて、古今東西の映画を話題にしている。これは、塩野さんが「書物と映画は同格」と育てられ、同じ教育を息子にも与えて数多くの映画を観ていることと、アントニオさんが末端とは言え映画制作の現場でお仕事をされていたためだ。
 お二人の映画についての知識と想いがハンパではなく、アントニオさんが披露するハリウッドとイタリアの映画界の裏話もアクセントとして効いている。30編の対話で130余りの映画が俎上に上るのだけれど、私は「あぁ映画が観たい」という激しい飢餓感を感じた。ものすごく美味しそうな料理の本を見て、猛烈にお腹が空いてしまったような感じだ。

 最近の作品もあるけれど、60~70年代の映画が数多く紹介される。学生時代に、下宿近くの500円で1日居られる映画館に足を運んでいた頃に観た映画と、観ようと思っていたのに観なかった映画の名前を見て、当時を思い出してしまった。(京都の「京一会館」の名前に覚えがある方はいらっしゃいませんか?)

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