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2010年3月

2010年3月31日 (水)

「八日目の蝉」にアクセスが集中

 「Woopra」というアクセス解析ツールを試しに入れたことを先日書きましたが、昨日の夜に何気なくその画面を見ていて、ただならぬことが起きていることに気が付きました。ものスゴイ勢いでこのブログがアクセスされているようなのです。
 「Woopra」には、ブログにアクセスがあると瞬時に、アクセス元の情報が表示される機能があります。このブログの場合は、ぼぅっと眺めているとまぁ1分に1件ぐらいでしょうか。それが昨日の夜9時半ごろから、ドンドンドンドンとアクセス中の表示が重なるように増えていくのです。ピーク時には40件ものアクセスがありました。

「八日目の蝉」へのアクセス数

 理由はすぐに分かりました。(もったい付けても、タイトルに既に書いてあるんですが(笑))ほとんどが「八日目の蝉」のレビューへのアクセスたっだからです。昨日の夜10時からNHKで放送が始まったドラマの原作です。テレビを観る直前から観た後にかけて、ネットで調べた方がたくさんいらっしゃったということでしょう。ほとんどの方がYAHOO!で「八日目の蝉」と検索されていたことからもそれが分かります。幸いなことにこのブログの「八日目の蝉」のレビューが1ぺージ目に表示されるようで、たくさんのアクセスにつながったというわけです。

 放送中(つまり観ている最中?)にもアクセスが増えているのも意外でしたが、放送直後の10時40分台に10分間に117件のピークに達し、日付が変わってもアクセスがしばらく続いたのはどういう意味があるのでしょう?
 それで今日になって、私も録画しておいた番組を観てみました。「なるほど、こういう演出ですか」と思いました。20年後の薫の物語が早くも描かれていました。赤ちゃんを誘拐してしまうというショッキングな事件と、時間が行き来する演出に、予備知識なしで観た方が戸惑われたのではないでしょうか。だらか情報を求めてネットで検索、そういう時代なんですね。

 
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2010年3月28日 (日)

月の森に、カミよ眠れ

著  者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:1991年12月 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作「精霊の木」の2年後に、同じ「偕成社の創作文学」シリーズとして出版された作品。「精霊の木」が、フィールドワークを積んだ文化人類学者の著者らしい作品ながら、地球が破滅してから200年後という未来を描いたSFであり、その後の作品群を知っている身から見ると言わば変化球であるのに対し、本書は真っ直ぐにその後の作品につながる直球という感じだ。

 本書の舞台は場所は九州南部。時代は恐らくは奈良時代で、朝廷の力がこの遥か遠くの山奥にまで及ぶようになってきた頃。主人公はムラ長でもある巫女のカミンマ。それから、山のカミを父に人間の女を母に持つナガタチと、月の森のカミを父に人間の女を母に持つタヤタ。
 ナガタチやタヤタの存在が表すように、この頃の人々はカミ(神)と分かちがたく暮らしていた。カミやその山や森などの聖なる場所を敬い畏れていた。カミは深い恵みを与えてくれる一方で、容赦のない厳しい試練を課し、狩猟採取に頼る人々の暮らしは過酷を極めていた。
 そこに、朝貢のために都へ行き、その壮大さと隆盛を目の当たりにしたカミンマの兄たちが6年ぶりにムラに戻る。彼らがもたらしたことは、水田を造り稲を育てれば、安定した食料が手に入る、米を朝廷に納めれば朝貢に行かなくても良くなる、ということ。しかし、山奥のこのムラでは月の森にある沼地を拓かなくては、水田は造れない。人が触れてはならない「掟」がある沼地を。

 カミを敬い畏れるこれまでの暮らしと、都からもたらされた新しい思想の衝突。たつみや章さんの「月神の統べる森で」のシリーズにおける、縄文と弥生の衝突と似た構図だ。「自然と一体となったこれまでの暮らしを守るべきだ」とはとても言えない。
 「CO2削減のために少しの不便をガマンしよう」なんて、甘っちょろいことではないのだ。「沼地に水田を拓かなければ、ムラが全滅するかもしれない」のだ。しかし、カミンマに伝えられている教えは「「掟」と人の命のどちらかをとらねばならぬときは「掟」を」というものだった。デビュー2作目にして重厚なテーマを正面から扱った作品だった。

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2010年3月27日 (土)

アクセス解析ツール「Woopra」を試してみました

Woopraの画面  ネットを回遊中に見つけた、アクセス解析ツールの「Woopra(ウープラと読むらしい)」というのを試しに入れてみました。ページ別のアクセス数とか検索ワードとか参照元とかの様々な分析が簡単にできます。

 まぁ、こういった分析はブログの管理画面にもあることが多いけれど、このWoopraがスゴイのはリアルタイムなことです。例えば、誰かがブログにアクセスすると、「アクセスされたページ」と、アクセスした人(PC)の属性として「国」「都市」「会社」「ブラウザ」「OS」などが、瞬時に表示されます。(右の画像を参照)
 これは、はっきり言ってものすごく面白いです。それと同時にものすごく危険なツールです。どうしてかって、一日中でも眺めていられそうだからです。身体を壊しそうです。人間ダメになりそうです(笑)

 さらに驚きのツールもあります。アクセス中のユーザを選んでチャットで話しかけることができます(残念ながら今のところ日本語が文字化けしてしまいます)。やられた方にとってはビックリですよね。ブログを読んでいたら、管理人から「Hello!」なんて話かけられるんですから。(たぶん、私なら慌ててブラウザを閉じると思います。)

Woopraの説明はこちらが詳しいです。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100324_woopra/

Woopraのオフィシャルサイト
http://www.woopra.com/

 
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2010年3月24日 (水)

最後の家族

著  者:村上龍
出版社:幻冬舎
出版日:2001年10月10日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 家族のあり方について再確認した本だった。主人公は西所沢に住む内山家の4人家族。父親の秀吉は49才、機械部品の会社の営業次長。会社はリストラを断行中だ。母親の昭子は42才、専業主婦。若い大工の青年と密かに会っている。長男の秀樹は21才、引きこもって1年半。長女の知美は18才、高校3年生。28才の宝石デザイナーの男性に魅かれている。
 それぞれが危ういものを抱えていて、その内のどれかが支えきれなくなっても、家族がバラバラになってしまう。そんな予感をはらんだまま物語は進む。そして、向かいの家が絡んだトラブルが元で、引きこもりについて酷いことを言われ、秀樹が秀吉を階段で突き落としてしまう。

 この後、それぞれが抱えるものに少しずつ変化や進展があり、家族4人の位置関係も少しずつ変わっていく。各章が長くても1日の出来事を綴っており、その出来事が4人それぞれの視点から繰り返し語られる。この手法が効を奏して、家族4人の心の移ろいが手に取るように分かる。
 リストラ、引きこもり、不倫、そしてドメスティックバイオレンスと、気が滅入る要素が詰め込まれた物語なのだけれど、不思議なことに読んでいて暗い気持ちにならない(もちろん陽気にもならないけれど)。それは不完全な形でも、この4人が「家族」として機能していることが分かるからだ。そもそも「完全な家族」なんか存在しないのだし。

 その「家族」について。物語の後半に「信頼できる人」として、「全世界を敵に回しても、その人だけは味方だ、って人」というセリフがでてくる。「家族」とはそういうものだ、と言うのは簡単だが、そうではないと思う。そんなカチコチに固まった団結ではなくて、ある程度自立しながら容易くは切れない緩い糸で結びついている、そんなものなのだと思う。
 例えば、最近は反発ばかりして自分を階段で突き落とした秀樹からの電話にも、秀吉は「うれしくて胸が締めつけられるような感じ」になる。実はこの時、秀樹の方も「ものすごくうれしく」なっている。まぁ、確かにちょっと特別な状況ではあるのだけれど、ケガをさせたりさせられたりしたとしても、電話の声に「うれしい」と思えるのだ。たとえ形の上ではバラバラでも、こんな「家族」なら大丈夫だと思った。

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2010年3月20日 (土)

ヘヴン

著  者:川上未映子
出版社:講談社
出版日:2009年9月1日 第1刷発行 10月1日 第3刷発行
評  価:☆☆(説明)

 先日の「神去なあなあ日常」に続いて本書も2010年本屋大賞ノミネート作品。それから紀伊国屋書店の「キノベス’09」の第1位。大変高い評価を得ている本だ。でも、私は本書を楽しめなかった。他の人に薦めようとも思わない(☆2つなのはそのため、作品の出来が悪いという意味ではない)。
 本屋大賞もキノベスも、作品の芸術性や完成度を評価するのではなく、オススメの本を選ぶ賞だ。その意味では私は、この2つの賞の選考を行った方々とは意見が異なることになる。

 主人公は、中学生の僕。斜視のため(と本人は思っている)に、同じクラスの二ノ宮や百瀬らに暴力を含む酷い「いじめ」にあっている。その彼に同じクラスのコジマという少女が「わたしたちは仲間です」という手紙を送ってくる。彼女も日常的に「いじめ」にあっていた。
 二人は同じ立場にある者同士として、手紙の交換や会話を重ねていく。途中で僕と百瀬の会話があるのだが、2人の考え方の間には埋まらない溝がある。それは当たり前のことなのだが、僕とコジマの間にも「いじめ」についての微妙に違う捉え方があった。僕とコジマと百瀬、三様の考え方の衝突、いやすれ違いが、この問題の閉塞感、無力感を際立たせる。

 ネット上の本書についての感想に目を転じると、絶賛も含めて好意的な評価がある反面、切り捨てるかのような酷評も目にする。意見の相違は、この本には「素晴らしいことが書いてある」と思う人と「酷いことが書いてある」と思う人の間で生まれているようだ。本書の題材がとてもセンシティブな問題だから、感じ方が大きく振れてしまうのだろう。
 そして私は、ちょっと卑怯かもしれないけれど、そのどちらにもくみしない。本書は素晴らしくもなく酷くもない。ただ本書では楽しめない。それは、私が子を持つ親であって、子どもが理不尽なつらい目にあう話を楽しめないからだ。「いじめ」は確かに現実に存在しているし、それを小説の形で表現するのも良いが、それなら救いかせめて展望を描いて欲しかった。心地よい最終章がそれだという言う意見もあろうが、私は違うと思う。僕もコジマも二ノ宮も百瀬も人生はまだ長い。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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2010年3月18日 (木)

神去なあなあ日常

著  者:三浦しをん
出版社:徳間書店
出版日:2009年5月31日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の本について、いろいろな方のブログで拝見して、読みたいと思う作品がいくつも積み重なっているのだけれど、機会に恵まれず本書が「風が強く吹いている」「まほろ駅前 多田便利軒」に続いて3作品目。ついでに言うと、本書は2010年本屋大賞ノミネート作品。

 これは面白かった。たっぷり楽しめた。主人公は平野勇気、横浜の高校を卒業したばかりだ。勉強は「全然好きじゃない」から大学に行くつもりはない、「人生決まっちゃうのかと思うと暗い気持ちになる」ので、就職するのは気が進まない。やりたいことがあるわけでもない。
 「甘ったれんじゃねぇ!」と一喝してやりたいようなヤツだけれど、担任の先生はそんな勇気の就職先を決めてきてくれた。「緑の雇用」という国の助成制度を利用して、神去村という三重県の奈良県との県境の山奥の森林組合で林業に従事することに..
 勇気が行った神去村の神去地区は住民が百人ぐらい。おしゃれなお店や娯楽施設があるわけはなく、郵便局も学校さえもない。もちろんケータイは「圏外」。こんなところの暮らしに、18才の青年にそうそう耐えられるはずがない。ところが、物語は1年後の勇気のひとり語りから始まる。

 物語が持つ雰囲気が瑞々しい。それは、林業という過酷な現場ではあっても、自然と一体となった神去の人々の暮らしが力強く活き活きしているからだ。山の神様を敬い神事を大事にした暮らし。神を身近に感じる出来事も多い。
 登場人物たちも抜群に素敵だ。勇気が居候している家のヨキは、野うさぎをタックルして捕まえ、川の大岩を動かして即席のプールを作ってしまう野生児ながら、厳しく温かく勇気を指導する。読んでいて思わず吹き出してしまう部分は、まずヨキが関わっている。
 勇気とヨキと一緒に働く「中村林業」の若い社長の清一も巌さんも三郎じいさんも、みんなおおらかで年齢とは関係なく若々しい。ヨキの奥さんのみきと、清一の奥さんの祐子と、隣の地区にある学校の先生と、若い女性がみんな美人なのはお愛嬌だ。美人ぐらいはいなくっちゃ、18才男子は生きる活力が湧かないだろうから。

(2010.9.2 追記)
9月20日から、NHK FMの「青春アドベンチャー」で、「神去なあなあ日常」のラジオドラマをやるそうです。そのことを、「ラジオドラマ「神去なあなあ日常」放送決定」という記事に書きました。

 この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。

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2010年3月15日 (月)

再び 本好きのためのSNS「本カフェ」メルマガ

 2ヶ月前にもご紹介した、「本カフェ」メルマガに、また私の書評を載せていただきました。 今回の書評は、森見登美彦さんの「宵山万華鏡」です。このブログの記事を基に少し書き直しました。

 「本カフェ」は本好きのためのSNSで、メルマガは管理人さんのジーナフウガさんが、だいたい毎週月曜日に発行しています。書評は、ジーナフウガさんとSNSメンバーが分担して書いています。
 ジーナフウガさんはじめメンバーはオンライン書店bk1の「書評の鉄人」や、人気書評ブロガーさんたちです。ですから、メルマガ登録(無料)すると、本好きの生の声がメールで皆さんの元に毎週届けられる、というわけです。

 登録は右サイドバーか、こちらのリンクからどうぞ。バックナンバーも見られます。

 
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2010年3月14日 (日)

フリー <無料>からお金を生み出す新戦略

著  者:クリス・アンダーソン
出版社:NHK出版
出版日:2009年11月25日 第1刷発行 2010年1月10日 第5刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「<無料>からお金を生み出す」といっても、錬金術まがいの怪しげな本ではない。「ラクして儲けよう」というお気楽な本でもない。念のため。

 "There is no such thing as a free lunch."という言葉をご存知だろうか?普通に「タダのランチなんてものはない」と訳せばいいのだが、「タダのものには裏がある(から気をつけろ)」という格言でもあり、「タダのように見えてもどこかで対価を払っているのだ」という経済用語でもあるらしい。いずれにしても「Free(無料)」という価格には懐疑的な目が向けられている。
 そして本書は、タイトルの通りこの「無料」を正面から考察したものだ。結論から言えば「無料」をベースにしたビジネスモデルが、極めて控えめに見積もって現在世界で3000億ドル、今後はさらに急拡大する、というのだ。もちろん「無料」がどんなに積み重なっても1ドルにもならない。そこには、経済用語としての上の英文が示すようなカラクリがある。

 例えば「ゼロ円ケータイ」。本体は「無料」だけれど通信費等としてその費用を負担している。例えば「Google」。検索以外にもメール、ドキュメント、画像加工ソフトなど多くのサービスを「無料」で提供しているが、広告費やデータ提供で莫大な利益をあげている。例えば「ソフトの体験版」。機能や期限を制限したものを「無料」で提供し、有料版の購入を促すビジネスモデルだ。
 どれも既にありふれたもので、今さら「カラクリ」なんて秘密めいた言い方をしなくても良いようなものだ。しかし本書には「音楽CDがタダになる」「大学の授業がタダになる」「航空料金がタダになる」「車がタダになる」..というコラムが未来予想ではなく実際の事例としていくつも載っている。こうなると「ありふれた」とは言えない。
 また著者は、最後の「ソフトの体験版」モデルを「フリーミアム(Free、無料)+(Premium、割増)」と名付けて重要視している。実際、本書自体が発売に先立って、先着1万人に全編を無料公開するという実験がされている。現在(2010年3月14日11:00am)Amazonの本ランキング8位、実験の結果は上々だったようだ。

 著者はこの「無料の経済」について「これまではキチンと研究されてこなかった」と言う。それは「無料」を伝統的な経済学が捉えられなかったからだ。本書でも言及されているダン・アリエリーの著書「予想どおりに不合理」で、「無料」が持つ力が実験で証明されているが、これには行動経済学という分野の成立まで待たなくてはならなかった。
 また「ネットの発達で様相がガラリと変わっている」とも言う。著者は「ビット経済」と呼んでいるが、商品がデータ(ビット)化されると、再生産と流通のコストが事実上ゼロになる。従来型商品では無料サンプルもコストがかかるので配る数には制限があった。しかし「ビット商品」なら無制限に配布できる。
 「ビット商品」には負の面もある。海賊版も無制限に配布できる、ということだ。これへの対抗策が本書のプロローグに載っている。コメディユニットのモンティ・パイソンのメンバーが、YOUTUBE上の大量の著作権侵害に打ち勝った方法だ。ここの部分だけでも「無料の経済」に今後の何か重要なヒントがあることが感じられて、続きが読みたくなる。もしかしたらこれも、「無料(立ち読み)」+「割増(本の購入)」という「フリーミアム」モデルなのかもしれない。

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2010年3月10日 (水)

どこにでもある場所とどこにもいないわたし

著  者:村上龍
出版社:文藝春秋
出版日:2003年4月25日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「コンビニ」「居酒屋」「公園」「カラオケルーム」「披露宴会場」「クリスマス」「駅前」「空港」の8編が収められた短篇集。タイトルがそのまま舞台となっている。本のタイトルのとおり「どこにでもある場所」だ。「クリスマス」は場所か?とか「空港」はどこにでもあると言えるか?といった意見はあるだろうが、そう特別な人だけのものではないことは確かだろう。
 そして主人公たちはその場所にはいない。いや確かにそこにはいるのだけれど、心が違う場所をさまよっていて、自分がそこにいるという実感を失ってしまっていることさえある。自分の居場所が定まらない不安定感を強く感じている「どこにもいないわたし」だ。

 例えば冒頭の一編「コンビニ」では、主人公は音響スタジオで働く22才の男性。コンビニで他の客や店員、棚の商品を細かく観察していながら、心は、幼稚園の頃の祖母の病室、中学生の頃の教室、父や兄と過ごした住宅街へと、フワフワと別の場所に流れ出してしまう。
 この構成は他の短編にも通じていて、居酒屋で同僚や彼氏と飲みながら昔会った男のことを思い出していたり、四歳の息子を連れて通う公園で他の母親の噂話のことを考えたりしている。現実の描写と頭の中の思考がまぜこぜになった文章が「どこにもいないわたし」という不安定感をかもし出している。

 著者あとがきによると「希望の国のエクソダス」で「この国には何でもある。~だが、希望だけがない」と中学生に言わせた後、「希望」について考えることが多くなり、この短編集では登場人物固有の希望を書き込みたかったそうだ。
 「コンビニ」の主人公は、アメリカの映画技術専門学校への留学を決めていて、それがいまの「希望」というか拠り所になっている。ただ「希望」と称するものが「ここではないどこか」へ行く、という以上の意味が見えない。著者の意図かどうか分からないが、「希望」を書き込むことで却って主人公たちを覆う閉塞感が際立った形になっている。

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2010年3月 8日 (月)

書評家<狐>の読書遺産

著  者:山村修
出版社:文藝春秋
出版日:2007年1月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者は1981年に「日刊ゲンダイ」に書評コラムを書き始めた。本書は、2003年から亡くなる直前の2006年7月までに「文學界」に掲載された書評を収録したもの。タイトルの通り著者の「遺産」だ。「狐」は著者の書評を書く際のペンネーム。(死の直前まで実名を公表していなかった)
 サブタイトルに「おとなの読書感想文・書評」とあるように、このブログの記事も書評を名乗っている。25年のキャリアのある名書評家の書評集を、このようにお気楽な「ブログ書評」で評することになってしまって、おこがましい限りである。申し訳ない。

 全部で34編の書評が収録されている。取り上げられている本の数は80作品以上。本の数が書評の数を大きく上回っているのは、まず1つの書評で、あるテーマの下に2つの本を紹介する形式が貫かれているため。例えば冒頭の一編「学究のパリ、文士のパリ」では、「ガリマールの家/井上究一郎著」と、「林芙美子紀行集/立松和平編」の2作品。2つの本はパリという街とあるフランス人作家によって、時代を越えてつながっている、という趣向だ。
 また、紹介される2つの本以外にも、同じ著者の他の作品や、ちょっとした関連の指摘や引用などによって、たくさんの本の名があげられる。上に80作品以上と書いたが、正確にはいくつなのか正直言って分からないのだ。90とか100とかあるのではないかと思っている。

 著者の読書量、いや知識量に圧倒される。2つの本を1つのテーマの下に取り上げるだけでも、膨大な既読書の中からのピックアップでなければ、34回もほぼ毎月のペースでは続かない。しかも、中には「嵐が丘/E・ブロンテ著」のように、複数の訳者による訳文の比較評価なんてものがいくつもある。
 さらに言えば、多くの書評に著者の生没年が紹介されているが、それは作品が書かれた時代背景、それも実に詳細な形で言及するためだ。例えば「嵐が丘」刊行の1847年はマルクスの「共産党宣言」の前年、「ヨーロッパ中に共産主義という名の亡霊が出没していた」と紹介されている。

 しかし書評というのは、読者を圧倒するためのものではない。と、強がってみたものの、紹介されている本の多くがとても魅力的に見える。私の守備範囲から外れた古い作品が多いのだけれど、著者の書評がガイドとなってスルリと入っていけそうな気がする。そうだ、良い書評とは良きガイドなのだ。良いことを学んだ。
 「申し訳ない」と言いながらも評価する気でいたのだが、結果的には私が学んだ形になってしまった。実は本書は、私が楽しく過ごしている本好きのためのSNS「本カフェ」の、「みんなで書評力UPを目指そう!」というコミュニティ(今はちょっと停滞気味だが)で推薦されたテキスト。教科書なのだから「評価する」より「学ぶ」方が自然だとも言える。
 私のように「書評をうまく書きたい」とか、「安くても原稿料がもらえる仕事がしたい」とか思っている方には一読の価値ありだ。

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2010年3月 3日 (水)

ザ・チョイス 複雑さに惑わされるな!

著  者:エリヤフ・ゴールドラット 訳:三木本亮
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2008年11月7日第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 著者のことをご存知ない方のために、少しご紹介する。著者はイスラエルの物理学者。ご自分のことを「科学者(Scientist)」と表現することが多い。その科学者である著者が編み出した、生産管理手法のTOC(Theory of Constains:制約理論)を小説の形式で紹介した作品「ザ・ゴール」が世界的なベストセラーになった。
 生産工程で全体のスループットに最も制約を与える「ボトルネック」に集中するTOCは、大変な衝撃を持って産業界に迎えられた。「こんな理論は当たり前のことだ」とうそぶく向きもあったようだが、即効性があって実践も容易なシンプルな理論で「目からウロコが落ちる」とはまさにこのこと。実は私も生産管理を学んだことがあるのだけれど、こんな話は聞いた事もなかった。
 その後、「ザ・ゴール2」「チェンジ・ザ・ルール」「クリティカル・チェーン」と作品を重ねて、TOCは生産管理だけでなく、セールスやプロジェクト管理、思考方法にまで範囲を拡げてきた。そして、本書のテーマはさらに拡がって「組織や人間関係をよりよくする哲学、アプローチ方法」だ。

 身もフタもない言い方をすれば、本書は駄作だと思う。著者の科学者としてのメッセージは分かる。それは「一見複雑に見えるモノも、実はシンプルなのだ」ということだ。そしてそれを複雑に捉えて混乱させる壁がこれこれで、こうすればその壁は打ち破ることができる、ということが書かれている。
 物理学者である著者は、自然科学のコンセプトや手法が社会科学にに応用できるという信念を持っている。特殊相対性理論の関係式が「E=mc2」というシンプルな式で表せるように、複雑に見える社会もシンプルなのだ、というわけだ。そして、その信念はこれまでに生産管理やセールスやプロジェクト管理という社会科学の範疇で実績を上げている。それは素晴らしい功績だと思う。

 それなのに今回は駄作だと思う理由は「説得力がない」ことだ。その原因は「変革の現場」に読者が立ち会っていないからだ。今回は「よりよい人生を送るためにはどうしたらいいの?」という娘の問いかけに、ゴールドラット博士が答える形式になっている。父娘の対話の合間に、「これを読んでごらん」と言って、ゴールドラットグループのレポートが提示される。
 これまでの作品が、管理手法の解説書としては異色の小説仕立てであることは、その成功の大きな要因だった。読者は、その手法を導入する現場を、様々な想定される反発や困難も含めて体験することで、よりその実効性の確信を深めていくからだ。
 それなのに今回は、その現場はレポートで示されるの。「このような反発が予想されましたが、先方のメリットをしっかり伝えることで、前向きに取り組んでいだだけました。」なんて要約されたものを見せられても説得力がない。☆2つは、私としてはあまり付けない低い評価なのだが、私の「ガッカリ度」を表していると思ってもらいたい。

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