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2009年8月11日 (火)

しがみつかない生き方

著  者:香山リカ
出版社:幻冬舎
出版日:2009年7月30日
評  価:☆☆☆(説明)

 新聞広告で見た本書の最終章のタイトル「<勝間和代>を目指さない」に目を奪われて即日に購入してしまった。勝間和代さんの「断る力」を読んだ時の私の思いにとても近い言葉だったからだ。その後、例によって同じ本を読んだ方を探すうちに、「勝間さんの本に出会って人生が変わりました!」という方のブログを幾つか見た。生活にハリがあってうらやましく思った。
 しかし「断る力」のレビューにも書いたとおり、「リターン・マキシマイズ」な勝間さんの生き方は、万人にとっての最上の生き方ではない、と思う。本書では著者はさらに一歩踏み込んで、多くの人が同じような成功を求めることの危険を、勝間さん自身の努力や成功を認める一方で鋭く指摘している。

 その他には「恋愛にすべてを捧げない」「仕事に夢をもとめない」「生まれた意味を問わない」といった章もある。「私は基本的にはパンのために、つまり衣食住のために働いている」という告白もあって、なんとも醒めた印象を受ける。また、大人たちが子どもや若者に盛んに発しているメッセージと相反する。
 しかし、著者は奇を衒ってこんなことを言っているのではない。1つにはこれまであまりに前向きなメッセージばかりが発せられ、その結果の閉塞感への風通しの意味がある。実際のところ、肩の力の抜けた著者のメッセージに、多くの人が実はホッとするのではないかと思う。
 もう1つは、精神科の診察室という著者の日常が大きく影響している。そこは問題を抱えた人と相対する空間であり、本人も認めているように、一般的な経験と比べてかなり偏りがある。そこでは本当に本書にあるようなメッセージが必要とされているのだろう。所々に「それは気にしすぎでは?」と思える箇所があるのは、私と著者の日常が違うからなのだ。

 著者の場合は「いまの社会を精神科医として見渡して思いついたことを、何とかして人に伝えたい。せっかくだからこれをみんなに言ってみようかな」というのが、本を書くときの動機の大半だそうだ。だから、自分とは違った知識と経験を持った人の話を聞くような気持ちで、本書を読んだらどうだろうか?きっと何かを感じられると思う。

 この後は書評ではなく、この本を読んで思ったことを書いています。長いですが、お付き合いいただける方はどうぞ

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 裏表紙の紹介に「脱ひとり勝ち時代の生き方のルール」とあります。「競争が企業も社会も教育でさえも効率化・高度化・活性化させる」という、新自由主義とも言われる考え方は、「1人の勝者とその他全員の敗者を生む」という「ひとり勝ち」に行き着く、と前々から私は考えていました。
 スポーツの大会なら「競争」でいいのです。基本的に1人の優勝者を決めるのが目的の1つですから。話は飛びますが、トーナメント選のクイズはご存じでしょうか?今年の夏の高校野球は4041校が参加したそうですが、4041校でトーナメント戦を組むと何試合必要だと思いますか?...
 決勝選は2校、準決勝は4校、準々決勝は..と、2の乗数を考えていく必要はありません。答えは4040試合。1試合すると1校の敗者が決まります。トーナメント戦で負けないのは1校だけですから、「参加校数-1」の敗者が決まる数だけ試合をすればいいからです。

 とてもひねくれた見方だけれども、「競争」は大量の敗者を生む仕組みでもあるんです。こんな仕組みを社会全般に取り入れたら、社会不安を引き起こしてしまうことは容易に想像できます。
 そうは言っても、文字通りに「1人だけが勝ってあとは全員負け」に行き着くことはないと言われるかもしれません。高校野球のように組織だったシステムで勝ち負けを決めるわけではないからです。
 しかし、例えば私が住む人口16万人の街では家電店が1つになってしまいました。会社も個人も1円でも安いところで買う、という習慣が定着しつつあります。その結果、まず「街の電器店」が立ち行かなくなり、次に何店かあった大型店の淘汰が行われたというわけです。私の街の家電店では「1人だけが勝ってあとは全員負け」が本当に起こってしまったのです。そして1つ残った大型店さえ、ネット店との競争に生き残れるかどうかわからないのです。

 「1円でも安く」について言えば、公共事業の入札が思い浮かびます。私の勤め先は公共施設で入札も行いますが、もっと小さい買い物でも規約上3万円以上の支出には複数の見積が必要です。
 それで何かと市内の業者さんから見積をいただくのですが、数年前にある業者さんから「本当にに申し訳ないのだけれど、見積りを辞退したい」と言われました。「方々に見積はたくさん出すのだけれど、受注に結び付いたことがこの1年に1回もない」そうでした。これを「企業努力が足りない」というのはあまりに酷です。小さな会社は取引量も少ないので仕入れ値が高く、大きな会社と金額では太刀打ちできない。ほどなくその業者は店をたたんでしまい、さらに残ったなかで一番小さな業者も同じ道を歩みました。
 今頃になって、国も地方も雇用や会社を守るために、躍起になってお金をバラまいていますが、その金額と少し高くなっても小規模な会社に仕事を出すことによる損失とを比較したら、ケタ違いにバラまきの方が大きいのではないでしょうか。入札を厳密に行うのは不正の防止には良い方法です。しかし社会にとって絶対的な善なのでしょうか?

 最後に「街の電器店」が姿を消したことについて。私は「世界ふれあい街歩き」というNHKの番組が好きでよく見ています。外国のどこかの街をカメラクルーが歩いて出会った人の話を聞く、というそれだけの番組です。しかし、この番組を見ているとなぜか和むし、いろいろなことに気付きます。その1つが世界には実に色々な職業があるのだなぁ、ということ。
 住宅街や飲食店を回って「刃物を砥ぐ」ことを請け負うおじさん、木の椅子を何十年も作っているおじいさん、大きなビジネスには育ちようもないけれど、暮らしていくだけの収入はあるそうです。花屋、魚屋、果物屋、本屋、楽器店、金物屋...日本にもあるけれど、画面の中のお店の方がずっと活気がある。
 それは、テレビのマジックのせいかもしれないけれど、今あげたお店は「街の電器店」と同じように、日本では急速に減っているからそう感じるのだと思います。「私は○○が好きだから○○屋さんになる」という夢は、遠くない将来○○屋さんという職業自体が消滅していて、「○○の大手チェーン□□に就職する」に代わってしまうのではないでしょうか?
 職業の多様性は暮らしの多様性につながります。暮らしの多様性は社会の安定と活気に関係していると思います。その意味では、急速に安定と活気を失っているのではないかと心配です。

 
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コメント

こんにちは。

私もこの本読みました。

私は勝間さんの本の愛読者でもありますが、勝間さんは今の若者の閉塞感を打破しようと本を書いてられると感じます。

一方の香山さんはもっとゆったり生きようよというメッセージなのではないかと思います。

人間やはりある程度頑張らないといけない時期はあると思います。
しかし、頑張ったからと言って皆が皆、所謂成功者になるとは限りません。

そのときに香山さんのメッセージは深く滲みるのではないかと思うのですが。

投稿: チャウ子 | 2009年8月11日 (火) 14時58分

チャウ子さん、コメントありがとうございます。

私は勝間さんの本は「断る力」しか読んでいないこともあり、
「若者の閉塞感を打破」という考えは思い至りませんでした。
よい考えを教えていただき、ありがとうございました。

努力して成功するのに何も問題はないけれど、チャウ子さんが
ブログで書かれているとおり「成功しないのは努力が足りない
甘えている」という考え方が問題なんですね。
勝間ブームには、その危険がある、ということなんじゃないで
しょうか?
それにしても、<勝間和代を目指さない>で、この本の売れ行き
は伸びるのでしょう、私がそうであったように。でも関心が
そこへ集中しすぎてしまいましたね。
 

投稿: YO-SHI | 2009年8月11日 (火) 15時19分

レビュー専門ブログネットワーク、「R+ (レビュープラス)」へのお誘い


突然のご連絡失礼いたします。

弊社は株式会社ニューノーマルと申します。

現在弊社では、「R+ (レビュープラス)」(http://reviewplus.jp/)という、普段から書籍や雑誌などのレビューを書いていらっしゃる活発なブロガーの皆様と、企業とを結びつけるレビュー専門ブログネットワークを運営しております。


本日は、ぜひ●●様にもレビュープラスにご参加していただきたくご連絡させて頂きました。

サービスの内容といたしましては、企業が提供する書籍や雑誌をブロガー様に配布し、ご自身のブログにて
そのレビューを執筆して頂く、という流れです。
ブロガー様には、無料にて献本させて頂きます。

またレビューの内容につきましては、本サービス独自のランク付けを行い、優良レビュアーとなったブロガー様には、
今後優先的にレビュー依頼を行う予定です。

詳細はこちらより、ご覧くださいませ。
http://reviewplus.jp/service


過去の事例といたしましては、「ニューズウィーク 日本版」を開催しており、直近では9月10日発売の
「クーリエ・ジャポン(http://courrier.jp/)」10月号のレビューブロガー募集を行います。

またこのクーリエ・ジャポンに関しましては講談社編集部による、レビューブロガーコンテストも
同時に開催させて頂きます。
上記コンテストの詳細に関しましては、レビュープラスホームページ上にて今月末頃に告知させて頂く予定です。


突然のご連絡にもかかわらず、長文大変失礼いたしました。

ご興味をお持ちいただければ、ご登録いただければ幸いです。
ご質問等ございましたら、何なりとお問い合わせくださいませ。

失礼いたします。

投稿: R+ (レビュープラス) | 2009年8月13日 (木) 15時27分

YO-SHI  様

いつもお世話になっております。
株式会社ニューノーマルです。


昨日お送りいたしましたコメント本文中にて、貴殿名を書くところ、
誤って●●と記載してしまいました。大変申し訳ございませんでした。

誤りとは言え御不快な内容をお送りし、結果的にこのような事態を招いてしまい
ご迷惑をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
誠に申し訳ございませんでした。

今後、かかる事のないよう、一同、誠心誠意努力して参る所存ですので、
何卒ご容赦賜りたく重ねてお詫び申し上げます。

今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

投稿: R+ (レビュープラス) | 2009年8月14日 (金) 11時39分

「我唯足知」
こんな生き方をしたいと思いますが、実態は煩悩だらけでなかなか難しいですね。

投稿: 風竜胆 | 2009年8月14日 (金) 22時03分

レビュープラスさん、コメントありがとうございました。

レビューサイトのへのお誘い、ありがとうございます。
さっそく登録しました。よい案件がございましたら、よろしくお願いします。

コメント中の誤りの件、わざわざお詫びのコメントをいただいて恐縮です。
あれだけの長いコメントですし、内容から考えても、私のためだけに書かれた
ものではないことは推測できます。どうぞ、お気になさらずに。
 

投稿: YO-SHI | 2009年8月15日 (土) 00時22分

風竜胆さん、コメントありがとうございます。

「我唯足知」この本のある部分はこの四文字に集約されていますね。
しかし、これは悟りの言葉でもあるので、実現はなかなか難しい、
同感です。
 

投稿: YO-SHI | 2009年8月15日 (土) 00時28分

YO-SHIさん、こんにちは~。

この本を読んでいないくせにコメントを・・・(すいません)。
YO-SHIさんの触れられていた家電店のエピソード、思うに、物事の判断基準が
ひとつしかないことが原因なのかなぁ、と思うのでした。
1円でも安く、というそのことだけを判断基準に店を選ぼうとすると、最終的に
ひとつの店しか生き残れない。
もし、接客とか、店の雰囲気とか、値段に直接は反映されない要素を考慮に入れて
別の基準から「この店が好きだから」と思う人が多くいたならば、他の店が生き残る
道も残されたのだと思います。

世の中一般もそうなのでしょうかね~。
判断基準がひとつしかない社会って、シビアですよねぇ・・・^^;
(自殺者も増えそうじゃないですか?)

投稿: lazyMiki | 2009年8月16日 (日) 12時31分

lazyMikiさん、コメントありがとうございます。

本を読んでなくったって、コメントは大歓迎ですよ。

「判断基準がひとつしかないのが原因」、というのは
今の状況をピタリと言い当てていると思います。

家電店で1店残っている店は、私の印象では店員の接客は
良くない方でした。客の質問を適当に誤魔化したりしてたし。
価格以外の判断基準があれば、残らなかったかもしれません。

「判断基準がひとつ..」説を裏付ける話をもうひとつ。
大きな店の一人勝ち、を免れている業種に飲食店があります。
飲食店って、価格の他に味はもちろん接客とか雰囲気とかの
要素が判断基準に入ってきますからね。
小さいお店も頑張れるわけです。

世の中一般も..ですか。それは怖いですね。
 

投稿: YO-SHI | 2009年8月16日 (日) 22時40分

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また、幻冬舎。 日経新聞の広告で見た本書の最終章のタイトル「<勝間和代>を目指さない」が、 刺激的で翌日には本屋で購った。 ちなみに勝間和代著の「起きていることはすべて正しい」は 購入はしたものの、まだ未読だ。 勝間和代に限らず、自己啓発書を読み切るのはそれなりの テンションとモチベーションが必要だし、 その本に書かれている「成功法則」を実行するのはさらに困難だ。 しかも、いったいどれだけの人が、それによって実際に 幸福や成功を手にすることができるのだろう。 一時期、その手の本を... [続きを読む]

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