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2009年7月23日 (木)

月神の統べる森で

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:1998年12月11日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」のファンタジーのコミュニティで話題になっていたシリーズの1巻目。実は半年ほど前に小学生だった娘が読んでいたシリーズ。小学校の図書館にあったのだから小学生向きの本なんでしょう。でも、子供向けの本でも大人が読んで面白い場合が2つある。1つは子どもに頃に戻ったように楽しめるもの、もう1つは大人なりの読み方で考えさせられるもの。本書はその両方、どちらかと言えば後者。

 舞台は縄文時代のムラ。弥生文化に接触する時代のことらしい。彼らは、月や太陽を神と崇め、川にも木にも動物にも、家の戸口にまでカムイという神的な存在を感じ、お願いをしたり感謝したりして暮らしている。時にはその姿を目にしたり、その声を聞いたりすることもある。
 そして、彼らが暮らしていた土地に、海を越えて言葉も服装も習慣も違う「ヒメカの民」が移り住む。月と太陽は神として崇めているが、自然には敬意を払わない。山菜を根こそぎ採ってしまうし、魚も動物も一網打尽という具合。やがて衝突が起きる、これが物語の発端。

 その後、それぞれの部族の少年である、ポイシュマとワカヒコを中心にして、物語は展開していく。少年ながら背負ったものがあって泣かせるシーンや、部族同士の抗争にハラハラするところもあって、この辺りが「楽しめる」部分。
 「考えさせられる部分」は..。1つは、川や木や動物に神的なものを感じて見る、ということが、縄文の人々にはできて私たちにはできなくなっているのではないか?ということ。深海の生物の目が退化するように。
 もう1つは文明について。「ヒメカの民」は土地を囲いイネを育てて暮らす。狩りや採集による暮らしと比べれば安定しているし、文明が1段階進んだと言える。そして、その段階を何段も進んだ先にあるのが私たちの社会。本書の限りでは「ヒメカの民」は無礼で知恵の足りない悪役だ。だとすればその先にある私たちは...?

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コメント

こんばんは(^^ゞ
私はたつみや章さんのデビュー当時からのファンで、この本も発売と同時に読んだのですが
ポイシュマが祈りを捧げるシーンが非常に印象的でした。
「八百万の神」という言葉からも、すべてのものに「神様」がいることを感じていた事が
わかりますが、いつからそんな感覚をなくしてしまったのでしょうか・・・
そんな事を考える物語です。

投稿: ねこのて | 2009年7月23日 (木) 20時12分

ねこのてさん、コメントありがとうございます。

「八百万の神」の感覚は、ポイシュマたちのような
普段の生活の中の感覚からは完全になくなってしまいましたね。

日食で圧倒的な自然を前にして、神々しさを感じる人も
いるのでしょうが、それは何と言うかイベント的なもので
今日も太陽を見上げた人はそんなに多くないでしょうから。
 

投稿: YO-SHI | 2009年7月24日 (金) 10時20分

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