« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008年9月28日 (日)

親指の恋人

著  者:石田衣良
出版社:小学館
出版日:2008年2月2日初版第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 この本は、私にはあまり合わなかった。いや、つまらないわけではない。筋書きはシンプルながら、一点に収束していくようなテンポのいい展開が、ページを繰る手を止まらせない。小説を技法と内容に分けることができるとすれば、技法は良いと言える。
 しかし、小説の評価を内容を抜きにしてすることはできない。私には、この小説に書いてある内容が合わない。「セックス、真実の愛、ドラッグ、自殺」。消耗しつくされた感がある言葉だが、本書の内容を表すキーワードだ。これに「不治の病」他が加われば、ケータイ小説の定番となるらしい。プロの人気作家である著者が、こんな本を書いたのは、ケータイ小説の流行をシニカルに意識してのことかと勘繰ってしまう。

 実は本書は別の意味で「ケータイ小説」そのものだ。主人公たちは、ケータイの出会い系サイトで知り合い、その後も何十通ものメールのやり取りをする。タイトルはケータイのメールを親指で打つことから付けられたものだ。
 主人公のスミオは、外資系投資銀行の社長を父に持ち有名大学に通う、何もかもを与えられた「勝ち組」、しかし希望がない。スミオが出会ったジュリアは、小さい頃から荒んだ生活を送り、今はパン工場で契約社員として働く。毎日立ちっぱなしでクリームパンを作り続けて年収200万。まぁ「負け組」の部類、しかし進学資金を貯めて大学に入ろうとしている。
 こんな2人が出会えば、お互いの不足する部分を補い合って、明るい未来を描くこともできるだろうが、本書はそうはならない。第一章の前の扉で結末が明かされているので、読者もそんなことは期待しないで読むことになる。

 スミオは、ただの金持ちの息子ではなく、心に深いキズを持っている。その分は割り引いて考えてやらなければならないが、それにしても行いが考えナシだ。家族や周囲のことを、いやジュリアのことも、自分のことさえちゃんと考えているのかどうかあやしいのだ。
 そんなことより何より、出会い系で知り合った女の子と、セックスの相性が良かったというだけのことで、お互いに「なくてはならない人」になり、その挙句にこんなことになってしまうなんて..。やはり受け入れ難い。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「親指の恋人」 固定URL | 2.小説 | コメント (6) | トラックバック (3)

2008年9月25日 (木)

ラブコメ今昔

著  者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2008年6月30日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 軍事オタク、自衛隊オタクの著者の甘~い短編集。収録されている6編全部、自衛官の恋愛を描いている。こんな本は日本中、いや世界中で著者にしか書けない。本書の前に出た「阪急電車」や「別冊図書館戦争1」で、私の耐えうる限界に達していた甘さ加減は、今回は少し控え目だったかも(もちろん「著者としては」だが)。甘いは甘いんだけれど「イイ話」が多くて楽しめた、少しウルウルした。

 ウルウルには訳があるように思う。自衛官は、私たちとは違った価値観や規律の下で生活している。例えば、階級による上下関係が強く上官の命令は絶対だ。一番の違いは、一朝有事があれば任務遂行のために命を賭すことを義務付けられていることだ。このことが、ストーリーに作用しドラマ性を盛り上げている。
 本書で紹介されるところによると、自衛官の結婚式での上官の祝辞の定番に「喧嘩を翌日に持ち越さず、朝は必ず笑顔で..」というのがあるそうだ。この言葉が意味することは、本来は祝宴では口にできないことだ。それを敢えて言うところが更に深刻なのだ。
 それで、自衛官の平均年齢は30台前半だというから、普通に考えれば「恋愛したい」「そろそろ結婚も」という年代だ。彼ら彼女らが危険を背負いながら、一方では普通の若者としての生活や感情も持っている。これはもしかしたら、自衛隊にはギュッと凝縮された恋愛のドラマの下地があるのでは..。

 と、著者が考えたかどうかは定かではない(おそらく違う)が、著者は本書の執筆前に、自衛官たちに取材をしている。収録の短編の多くには、取材に基づくモデルがいる。だから、著者がかなり甘い味付けを施したとしても、本書は自衛官の姿の一端を見せてくれていると言える。
 自衛官の姿の別の一端と言う意味で付け加える。彼ら彼女らは、このように普通の若者たちなのだが、国民の安全と国防のために訓練された精神を持っている。中東へ赴く青年や、領空侵犯を警戒する任務につく青年のエピソードがあるが、そこには強い使命感が伺える。
 これも本書によると、軍事オタクの多くは戦闘機や戦車などの「装備」にこそ興味があり、それに詳しいそうだ。しかし著者は、「装備」以上にそこにいる「人」に興味を持ち、取材をすることで詳しくなったのだろう。やはり、こんな本は世界中で著者にしか書けない。

 にほんブログ村「有川浩」ブログコミュニティへ
 (有川浩さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「ラブコメ今昔」 固定URL | 2.小説, 22.有川浩 | コメント (9) | トラックバック (4)

2008年9月23日 (火)

グリーン・サークル事件

著  者:エリック・アンブラー 訳:藤倉秀彦
出版社:東京創元社
出版日:2008年9月12日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書は、1972年に発表され同年の英国推理作家協会(CWA)の最優秀長編賞を受賞した作品。30余年の時を経てようやく今年9月に邦訳が文庫として刊行された。著者のエリック・アンブラーは、本書以外にも英国と米国で数々の賞を受賞しており、私自身は不案内であるが、人気の大作家ということになるのだろう。

 物語は、海運業を営むビジネスマンとパレスチナ過激派のリーダーとの対決を描く。主人公の名はマイクル・ハウエル、中近東と東地中海での、祖父の代から続く事業を引き継いだ実業家だ。対する過激派のリーダーはサラフ・ガレド、パレスチナ解放の闘士として名を挙げたが、現在は主流からは外れた野に放たれた闘犬のような危険人物だ。
 マイクルは、卓越した交渉力でシリアの産業開発庁との協同事業をものにした。しかし、その工場でサラフ率いる「パレスチナ行動軍」への協力を強いられる。徐々に明らかになるグループの計画に表向きは協力しながら、計画の阻止を図る。常に命の危険を背に感じながらの危険な賭けを続ける。

 これだけなら、最近の米国の映画やドラマに多数ある、テロリストを悪役にした単純なストーリーなのだが、本書はちょっと違う。冒頭で、ジャーナリストの述懐によって事件とその後のことが語られ、マイクルはこの事件を生き延びたことがわかる。しかし、彼は事件の中心人物として被告の立場にあるのだ。
 そう、本書のストーリーは、いかにしてマイクルがこの難関を生き延びるか、に重なるようにして、いかしにして事件の中心人物になっていくかを描いた複層構造になっている。もしかしたら、マイクルは本当に過激派に魂を売ってしまったのか?

 本書を読んで強く感じるのは、これが30年以上前に書かれた物語とは思えないことだ。当時もパレスチナ紛争は混乱の中にあり、本書出版の3ヶ月後にはミュンヘンオリンピックのイスラエル選手村で、過激派による殺害事件が起き、著者の社会性・先見性が注目されたという。私は、オリンピック会場に掲げられた半旗を今でも覚えている。
 そして、今この本を読んで何を思ったか。サラフが昨今のアフガンやイラク情勢を伝えるニュースで流れる、あの人やこの人と重なって見える。まるでその人をモデルにしたのではないか、というように。30年以上前の小説なのだから、そんなわけはないのに。
 30数年の間に、和平に振れた時もあるが、結局は1歩も進んでいないということなのか。

 にほんブログ村「ミステリ・サスペンス・推理小説全般 」ブログコミュニティへ
 (ミステリ・サスペンス・推理小説全般についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「グリーン・サークル事件」 固定URL | 3.ミステリー | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年9月19日 (金)

クレィドゥ・ザ・スカイ

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2007年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズ5部作も本書にてひとまず完結。時系列に沿って、1作目の「スカイ・クロラ」の直前までの出来事がこれで明らかになった。しかし、明らかにならなかったこともある。著者は、最後の作品で最大の謎を提示して物語を閉じてしまった。クサナギは、クリタは、カンナミは、何者なのか?

 今回の主人公が誰であるのか?物語の中では明確になっていない。そもそも1人称で語られるこのシリーズでは、誰かが主人公を名前で呼ぶようなことがないと、主人公が誰であるのかはっきり分からない。また、女性であるクサナギが「僕」と自分を呼ぶので、2作目の「ナ・バ・テア」では、途中までは主人公は男だと読者の多くは騙されたはずだ。
 そういった仕掛けの延長線上にあるのだから、主人公が分からないことや、ある場面を根拠に誰かに仮定すると、別の場面でその仮定が破たんしてしまうことは、いわゆる「つじつまが合わない」というような、著者の未熟さの結果ではないことは明らかだ。
 著者は、本の中に謎を仕掛けることで、読者と戯れているのではないかと思う。このシリーズで登場するパイロットたちは、命のやり取りである空中戦を「ダンス」と称して、真剣ではあるけれど楽しんでもいる。同じように著者は物語の謎を介して読者と「ダンス」を楽しもうとしているんじゃないか、と思う。命のやり取りはないけれど。

 だとすれば、著者の目論見は見事に的中したと言える。本書の感想を書いたネットの記事をいくつか見れば、それは一目瞭然だ。主人公が誰だか分らないような、言わばいい加減な本を読んだのに、そのことに憤慨したり、非難したりする意見はほとんど見当たらない。
 その代りに「もう一度1冊目から読み直します!」という内容か、「私の考えでは、主人公は...」という謎解きに挑戦したものばかりが目につく。まるで、ちょっと難しいなぞなぞを問われた子どもたちのようだ。本書の謎は読者を魅了したらしい。

 ストーリーにも触れておく。今回は全編が逃走劇。病院を抜け出した主人公は、誰に追われて何処に行こうとしているのかも分からないまま、逃走を続ける。中盤に追手の影が見え隠れするあたりからは、憎らしいことに結構ドキドキする。サスペンス小説としても上々だ。
 まぁ、ストーリーが上々であることを除いても、ここまでのシリーズを読んで謎が残った読者は、本書を読まないわけにはいかないだろう。そして更なる謎を抱えて「なぞなぞサークル」に仲間入りしよう。

 にほんブログ村「森博嗣ワールド 」ブログコミュニティへ
 (森博嗣さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「クレィドゥ・ザ・スカイ」 固定URL | 3.ミステリー, 33.森博嗣 | コメント (16) | トラックバック (3)

2008年9月16日 (火)

光の帝国 常野物語

著  者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:1997年10月30日第1刷 2000年6月13日第5刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 この本は、liquidfishさんに「暖かい、懐かしいような感じ」と薦めていただいて読みました。liquidfishさん、良い本を教えていだたいて感謝。

 「常野」とは、地名ではなくある一族の名前。一族の名前と言っても、全員が同じ姓をもつ血族ではなく、かつては共同体として生活していた人々の子孫たちだ。かれらを結び付ける共通点は、それぞれが常人にはない能力を持っていることだ。
 ある家系は、目にしたもの読んだもの全てを記憶することができる、別の家系は、未来を見ることができる、また別の家系は、遠くで起きている事柄を聞くことができる...といった具合だ。
 そして、本書は、今は全国に散って普通の人々の生活に馴染んで暮らしている、そういった特別な能力を持った人々の出来事を、様々な視点から綴った連作短編集だ。

 正直に言えば、この本にはしてやられた。「暖かい、懐かしいような感じ」と聞いていたし、最初の作品がその特殊な能力を使って、理解し合えずに死に別れた父と子を結びつける、いわゆる「泣かせるイイ話」で実際泣けたので、「感動する態勢」(そんな態勢があるとすればだが)で読んだ。しかし、そんな思いはあっさりと裏切られてしまった。
 2つ目、3つ目..と読み進めるうちに、どうも雲行きが怪しいことに気が付いた。「泣かせるイイ話」ばかりではない、それどころか相当ツライ話もあり、読み終わってあまりの救いのなさに呆然としてしまったこともあったぐらいだ。

 そう、私のような特別ではない人間は特別な能力にあこがれ、そのような力があればさぞかし人生が楽しいだろうと思う。しかし、「他の人とは違う」ということは、周囲の悪意を買うこともあれば、自らを深く傷つけることさえある。
 本書は、常野の人々の暮らしだけでなく、その苦悩や悲しい歴史をも生々しく描くことで、人間として幸せに前向きに生きることの尊さを際立たせている。
 「泣かせるイイ話」だと思って読んでいると、途中で読むのがつらくなるかもしれないが、それでも最後の1編まで通読してもらいたい。「暖かい、懐かしいような感じ」になれると思うので。

 にほんブログ村「恩田陸」ブログコミュニティへ
 (恩田陸さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「光の帝国 常野物語」 固定URL | 2.小説, 24.恩田陸 | コメント (7) | トラックバック (4)

2008年9月14日 (日)

魔法!魔法!魔法!

著  者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:野口絵美
出版社:徳間書店
出版日:2007年12月31日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 ジョーンズの短編集。10ページから50ページぐらいまでの短編18編が収められている。ジョーンズ短編は珍しい。国内ではもう1冊、クレストマンシーシリーズの外伝「魔法がいっぱい」が出ているくらいではないか?

 18編もあるので、正直に言って面白くないものや退屈なものもあった。楽しめたものをいくつか紹介する。
 まずは、一番最初の「ビー叔母さんとお出かけ」。ビー叔母さんは、車で送って欲しい時には「わざわざ車で送ってくれなくてもいいのよ」と言う(ジョーンズの他の作品にもこんなおばさんが登場する。モデルがいるのではないかと思う)。自分中心の行いが災いして、周り中に迷惑を撒き散らして、何故かロンドンからバハマに言ってしまう。そこから電話をかけていった一言とは...」
 そして、最後の「ちびネコ姫トゥーランドット」。トゥーランドットとは、オペラに登場する姫の名前にちなんで、ネコに付けた名前。白、黒、銀、茶、赤...と色んな色の斑点がある猫で「ドット(点)」という名前になりそうなところ、それではつまらないというので「トゥーラン「ドット」」。なんとダジャレだ。このトゥーランドットたち7匹のネコと魔物の対決のお話だ。

 収録された多くの作品に共通して登場するのは、とてつもなくイヤな人。自分勝手で傲慢、他人に指図ばかりしているような人(ビー叔母さんのように?)。そんな人が、自分の家にやってくる。一緒に暮らさないといけない..。そんな、状況でたくましく立ち向かう子どもたちの話がたくさん読める。

 それから「面白くない話もある」と上に書いたが、ちょっと見方を変えると、そういう作品でも興味深くもある。収録されている短編の中には、SFやホラー、民話っぽいものから自叙伝まで、普段のファンタジーとはかなり色合いが違った作品が結構な数ある。
 もし、ジョーンズがSFを書いたら?ホラーを書いたら?という想像は楽しいかもしれない。結果の良し悪しはどうであれ、本書ではそれを読むことができる。私は、SFっぽい作品に星新一さんのショーショートに通じるオチを発見して、大いに楽しんだ。

 にほんブログ村「ファンタジー」ブログコミュニティへ
 (ファンタジー小説についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「魔法!魔法!魔法!」 固定URL | 1.ファンタジー, 14.ダイアナ・ウィン・ジョーンズ | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年9月10日 (水)

フラッタ・リンツ・ライフ

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2006年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズの第4作。番外編を除いた本編は5作品だから、残すところあと1つ。既に折り返しを過ぎて、これから終盤に向かうところだ。物語は収束してくるのか?..まぁ、そんなわけはなくて、まだまだ物語は展開を続けている。
 今回の主人公「僕」は、クリタジンロウ。「スカイ・クロラ」で、カンナミの前任者として名前だけ登場している。そして、既に死んだことになっている。(クサナギが殺した、という噂もある)
 ここに来て、新しい主人公を出してくるのだから、物語は収束どころではない。まぁ、時系列で並べれば本書は3作目、起承転結の「転」と考えれば、物語の構成の常道とも言える。

 クリタは、今までの主人公と比べると少し地味だ。天才的なエースパイロットであるクサナギやカンナミと比べられては気の毒だが、取り立てて特長がない。基地の同僚にも「基地の飛行機乗りの中では一番、普通」と評されたこともある。
 「普通」ということでさらに言えば、クリタはキルドレだが普通の人間に近い部分を持っている。「愛情」とは何かを考えたり、地上での安全で穏やかな生活に価値を見出してみたり。
 特に、「愛情とは何か」「この感情は愛情なのか」「愛情があれば争いは起こらないのか」と、クリタは繰り返し「愛情」について考える。他人の感情にあまり興味がないキルドレとしては珍しい。ただし、彼の問いは「愛情」についての普遍的な問いでもある。キルドレではない私たちも、面と向かって問いかけられて、キチンと答えられる人は少ないと思う。
 彼のこうした性格が、物語の進展に関わりがあるのかどうかは分からないけれど、語り部としては、ちょっと変化があって良いのかもしれない。

 前作の「ダウン・ツ・ヘヴン」で、物語の背景で行われている戦争について、かなり明らかになってきたように、今回は、キルドレについてのある事実が明らかになっている。そして、その事実はクサナギの身に深く関わってくる。本書は、大きな問題をはらんだまま終わっていて、次回作への期待が高まる。

 にほんブログ村「森博嗣ワールド 」ブログコミュニティへ
 (森博嗣さんについてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「フラッタ・リンツ・ライフ」 固定URL | 3.ミステリー, 33.森博嗣 | コメント (10) | トラックバック (1)

2008年9月 8日 (月)

銀竜の騎士団 ドラゴンと黄金の瞳

著  者:リー・ソーズビー 訳:柘植めぐみ
出版社:アスキー
出版日:2008年3月14日初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 銀竜の騎士団シリーズの第2弾。前作の「大魔法使いとゴブリン王」のレビューでは、「大人が読んでも読みごたえがあるという類のものではない」という意地悪なコメントを付けた。無粋なことを..と断ってではあるが、「ムリな展開」「構造が単純」などと、ホントに無粋なことを書いている。
 本書は、いくらか読ませるものになっている。詳しく紹介するわけにはいかないけれども、物語の背景が、最後になるまで明かされない謎として存在している。読者をミスリードする仕掛けもある。つまり、構造が単純ではなくなった。こうなると、多少のムリな展開もあまり気にならなくなるから不思議だ。

 登場人物は前作と同じ、前作で晴れて伝説の「銀竜の騎士団」に任命された3人、魔法使いの弟子ケラック、弟のドリスコル、盗賊の娘モイラが主人公だ。年に1度の「プロミスの祭り」の日が近づき、衛兵が2人行方不明になる。そして大人たちの様子が変だ、何だかボーっとして、心ここにあらずの感じ。ケラックの師匠の大魔法使いでさえ、いつもと様子が違う。
 モイラの父の具合が特に悪く、それを助けようとして探りを入れていくと、どうも誰かがこの街の支配を目論んでいるらしい。例によって、大人は頼りにならないので、子どもたちで事件の解決に乗り出す。

 繰り返しになるが、今回はいくらか読ませるものになっている。読みながら「前よりいいじゃん!作者も少し腕をあげたかな」なんて偉そうなことを思っていたら、訳者にによるあとがきで、真相(そんな大げさなもんじゃないけれど)が明らかになった。
 何と本書は前作と作者が違うのだ。米国では2年間に12冊も出版されていて、1人の作家ではこのペースは実現しえないので、キャラクターや世界観を設定して何人もの作家が分担して書いているのだそうだ。別の言い方をすれば、このシリーズは、次々と新しい作品を提供するという企画の「商品」だったのだ。
 ということは、3作目はまた違ったテイストの物語が楽しめる、と言える一方、1作目より2作目が良かったから3作目はさらに良くなるだろう、とは言えないわけだ。作家で本を選ぶ傾向のある私としては、ちょっと悩ましい。

 にほんブログ村「ファンタジー」ブログコミュニティへ
 (ファンタジー小説についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「銀竜の騎士団 ドラゴンと黄金の瞳」 固定URL | 1.ファンタジー, 1Z.その他ファンタジー | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年9月 6日 (土)

楽して成功できる 非常識な勉強法

著  者:川島和正
出版社:アスコム
出版日:2008年9月12日発行
評  価:☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 本書は、タイトルのとおり「楽して成功しよう」というコンセプトの本である。帯には、「勉強しないで」有名大学に入学、「努力しないで」会社で出世、「ほとんど働かないで」年収1億円、「自動的に」異性が集まってくる、「ガマンしないで」健康的な体に、とある。これを読む限りは、「~しないで」願いを叶える方法が書いてある..ように見える。
 「成功したい」という気持ちは多くの人が持っているだろうし、それが楽にできるんだよ、と言われれば心が動く。著者自身が年収1億円を達成しているとなると、さらに気持ちは揺れる。著者の前作が25万部のベストセラーになったのは、こんな心理が増幅されて引き起こした現象なんだろうと推察する。
 それで、上の段落で「..ように見える」とわざわざ振ったのは、もちろんそういったことが書かれていないからだ。正確には「勉強しないで有名大学に入学」だけは、著者自身が国立大学に入学したという方法が書いてあった。「誰にも想像できない方法」と著者が言うとおりに奇抜な方法だ。ここでは、あえて紹介しない。しかし、日本中の受験生の共感はあまり得られないだろう。

 タイトルや帯の内容が書かれていない代わりに、本書にはごく普通のビジネス本によくある管理手法が書いてある。つまり、夢や課題を書き出す→それらをよく吟味する→個々の行動にブレイクダウンする→タイムテーブルに落とし込む→実行、という具合だ。
 特徴的なことがないわけではない。それは「前に同じ夢を叶えた人の行いを、徹底的にマネする」ということ。「こうしたらいいかも」という自分なりの考えは「まったく当てにならない」そうだ。 見本になる人は、本屋で探せばよほどマニアックな夢でない限り、その人が書いた本が見つかる。もしダメならインターネットで検索したり、情報商材を探せば高い確率で見つかる、と著者は言う。

 この本を読んで私が得たものは、「楽して成功」なんてことは言葉とは裏腹にそう簡単なことではない、という考えを新たにしたことだ。著者の本がベストセラーで、年収1億円、というのはウソではないのだろう。その人がどんなことを書いたのかを、どうしても知りたいのでなければオススメはしない。

 ここから先は、書評ではなく、本書のプロモーションについて、思ったことを書いています。
 興味のある方はどうぞ。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

続きを読む "楽して成功できる 非常識な勉強法"

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「楽して成功できる 非常識な勉強法」 固定URL | 6.経済・実用書 | コメント (5) | トラックバック (6)

2008年9月 5日 (金)

「書評の鉄人列伝」で紹介されました。

 オンライン書店のビーケーワンで、「書評の鉄人」というのに選んでいただたことは、以前にお知らせしましたが、今度はその鉄人を一人ずつ紹介する「書評の鉄人列伝」というコーナーで、私のことを紹介していただきました。
 「ポイントをじっくり吟味する多角的な視点の取り方...」なんて、身に余るお言葉もいただいています。自分では、自分の特長というのは分からないものですが、このようなお言葉をいただいた以上、言葉に負けないように精進していきたいと思います。

 「鉄人」も「列伝」も、何だか大仰でちょっと気恥ずかしいのですが、注目して下さる方がいることは、とてもうれしいですし、何より励みになります。ビーケーワンのスタッフの皆さま、本当にありがとうございます。この場を借りて御礼申し上げます。
 

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「「書評の鉄人列伝」で紹介されました。」 固定URL | | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年9月 4日 (木)

ゴッホは欺く(上)(下)

著  者:ジェフリー・アーチャー 訳:永井淳
出版社:新潮社
出版日:2007年2月1日初版
評  価:☆☆☆(説明)

  10年ほど前まで、著者の作品を貪るように読んだ。デビュー作の「百万ドルを取り返せ」から始まって、2000年に出版された「十四の嘘と真実」まで、新潮文庫で刊行された小説は十数作あるが全部読んだ。そのぐらい好きだった。その後、ちょっと縁遠くなってしまったが、書店で新作(私が読んでないだけだけど)が何作かあるのを見つけて、無性に読みたくなった。

 主人公は、絵画の専門家のアンナ。サザビーズの印象派部門のナンバーツーとして活躍していたがその職を追われ、今は投資銀行の美術コンサルタントとして働いている。この投資銀行の会長 フェンストンは、美術品のコレクターなのだが、自分が欲しい美術品を手に入れるためには手段を選ばない、殺人さえ辞さない男だ。
 正義感の強い主人公は、一旦はフェンストンがその所有者からだまし取った名画「ゴッホの自画像」を、その目をかいくぐり、裏をかいて取り返し、他への売却を試みる。そこに、フェンストンの手下の殺し屋や、FBIの捜査官、アンナの友人たちが、それぞれの事情を抱えてストーリーに絡んでくる。ニューヨーク、ロンドン、東京、そしてルーマニアの首都ブカレストを縦横に駆け巡るノンストップサスペンスだ。

 物語の背景には、2001年の9.11テロ事件や、それから遡ること20年余りのルーマニアのチャウシェスク独裁政権やその崩壊などの時事問題がある。訳者による解説によると、著者は9.11テロの直後の「行方不明・推定死亡者多数」という発表に触発されて、本書を構想したそうだ。
 それで、本書でも出だしに主人公は9.11テロに遭遇し、そこを生き延びる。グイグイと引っ張られるように読んだ。そこからも展開の早さで一気にストーリーが流れる。昔に他の作品を読んだ時の感じの再現に心躍った。

 ところが...。どうも、途中からストーリーが予測可能になってしまった。著者の作品は、1人ないし2人の主人公が、思わぬ手口で目的を達成する、登場人物も騙されるが、読者も一緒に騙される。あんまり見事な騙され方に気持ちがいいぐらい、というのが持ち味なのだ。私も気負いすぎたようだが、「もっとうまく騙して欲しかった」というのが正直な気持ち。著者の作品を読んだことのない方は、1冊目は他の作品を選んだ方がいいかも。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「ゴッホは欺く(上)(下)」 固定URL | 3.ミステリー, 3B.ジェフリー・アーチャー | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »