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2006年6月

2006年6月28日 (水)

時の町の伝説

著  者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ 訳:田中薫子
出版社:徳間書店
出版日:2004年6月30日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 魔法使いを主人公とした話に定評があるジョーンズの「時空」を話の中心に据えたファンタジー。読み終わって良く思い直すと、今回は魔法が使われていない。魔法のような不思議な出来事は起きるけれど、それは「科学」として説明されている。もしかしたら、「魔法」と「科学」は近いものなのかもしれない。

 複数の世界が並行して存在するという「パラレルワールド」の考えは、同じ著者のクレストマンシーシリーズでおなじみだし、その他のSF小説でも時々お目にかかる。
 しかし、本書では時系列に直列した世界がお互いに干渉しあいながら存在している、という発想。そして、その直列した時系列空間からは独立して「時の町」がある。この街が今回の主な舞台。
 「時の町」は、世界の歴史がキチンと進むように管理している。この街の「時の門」を使えば、石器時代から百世紀ぐらいまでの好きな時代に行ける。この話だけでもこの町が高度に科学が発達していることが分かる。

 ストーリーは、20世紀が不安定になって、世界のリズムがおかしくなってきた、ということが事の発端になっている。まぁ、タイムトラベルもの、と言ってしまえばそれまでだ。過去を変えると未来が大混乱に陥る、それを防ぐために悪党を追いかけるタイムパトロール、これもよくある話ではある。
 しかし、「時の町」という時間から独立した場所で起きる事件だけに、スケールが大きい。ジョーンズの他の小説と同じく、子供たちが活躍するし、コミカルなシーンもあり、楽しく読める。

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2006年6月25日 (日)

崖の国物語4 ゴウママネキの呪い

著  者:ポールスチュワート 訳:唐沢則幸
出版社:ポプラ社
出版日:2002年11月第1刷 2002年12月第2刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1~3巻でトウィッグという少年を主人公とした話は終わり、この巻は、トウィッグの父親である「雲のオオカミ」ことクウィントの青年時代を主人公とした話だ。序章の最後に「幾千の物語が眠っている・・・・・これから始まる物語もそんな物語の一つにすぎない」とあるように、時代や主人公を変えて、数多くの物語が紡ぎ出されるのだろう。今時点で、7巻まで発行されている。

 深森、薄明の森、泥地、地上町...、と広大な崖の国の中で、今回の舞台は神聖都市サンクタフラスクだけだ。この閉ざされた狭い場所を舞台として500ページ超の話を間延びせずに作れるのだから、著者のストーリーテリングの力はホンモノだ。今回も面白かった。

 ストーリーは、時の最高位学者リニウスが、古代の学者の研究をひもとき、密かに「大いなる仕事」を成し遂げる。しかし、それが悲劇の始まり。
 クウィントと、リニウスの娘マリス(トウィッグの母だ)などの登場人物が生き生きとしている。後半部分のヤマ場は、今までにない盛り上がりを見せているし、500ページを苦もなく読むことができる。

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2006年6月19日 (月)

ささらさや

著  者:加納朋子
出版社:幻冬舎
出版日:2001年10月10日第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 深夜のテレビドラマでやっていた「てるてるあした」の原作。ドラマは、同じ「佐々良」という町を舞台にした本書と「てるてるあした」の2つの小説を合わせて原作として、脚本を書いたらしい。ドラマでは木村多江が演じた準主役のサヤさんが、本書では主人公。

 サヤは突然の交通事故で夫を亡くした。生後2ヶ月の赤ちゃんのユウ坊を残して。サヤは全く頼りないというか、人が良すぎて簡単に人に騙されてしまう。
 しかし、死んだダンナが誰か他の人に乗り移って助けてくれる。でも、乗り移ることができるのは、幽霊のダンナを見ることができる人だけ、それも1回限りだ。

 とにかくサヤが頼りない。見ていて(読んでいて?)心配だ。死んだダンナでなくても十分に心配。赤ちゃんのユウ坊を育てるのも育児書のままだし、不動産屋に家賃を騙し取られても、「あの家も赤ちゃんが生まれて何かと大変だから」と、許してしまう始末。
 3人のバァさんたちと、エリカという友人と、幽霊のダンナに守られて、何とか危機を克服する。いつかは、自分で生きていけるのだろうか?
 少し幻想的なお話で、ちょっとホロッとさせられたい人に特におすすめ。

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2006年6月18日 (日)

崖の国物語3 神聖都市の夜明け

著  者:ポールスチュワート 訳:唐沢則幸
出版社:ポプラ社
出版日:2002年3月第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1巻、2巻、3巻と巻を追うごとに、話のテンポも良くなり面白みも増してきた。残酷なシーンもなくはないが、2巻ほどたくさんは死なないから読みやすい。
 これを言っては元も子もないのだけれど、都合が良すぎるところが少しある。誰一人行ったことのない(神話だと思われていた)「大河の源」に、徒歩で到達してしまって良いのか?飛空船を操れる人々なのだから、歩いていけるところなら、誰か1人ぐらい行った人がいてもおかしくないだろう。また、帰りはそこからロケットのようにあっという間に帰ってきても良いのか?そんな気持ちが読後にふとしたけれど、話の持って行き方がうまいのだろう、読んでいるときはそんなに気にならなかった。

 前号の最後で、父である「空のオオカミ」の危機を知ったトウィッグは、新しい乗組員と共に、大渦巻きの中へ救出に向かう。そこで、崖の国全体の危機を知らされるが、大爆発を起こして乗組員全員がバラバラに吹き飛ばされてしまう。トウィッグは、乗組員を捜し出すことと、崖の国の危機を救う2つの使命を負って、新しい冒険へ出る、というのが今回のあらすじ。

 トウィッグの話は、これにて完結。しかし、崖の国物語は、主人公を変えて続く。闇博士がなんともあわれだ。

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「崖の国物語3 神聖都市の夜明け」 固定URL | 1.ファンタジー, 17.P・ステュワート(崖の国) | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月14日 (水)

反社会学の不埒な研究報告

著  者:パオロ・マッツァリーノ
出版社:二見書房
出版日:2005年11月25日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 同じ著者による「反社会学講座」の続編。どうして出版社が変わったのだろう?
 今回は、前著のような「社会学のいい加減さを斬る」というような趣は影を潜め、世の中の気になったことを1つづつ取り上げて料理してみようといった感じ。
 ネタは広範囲に及ぶし、「おもしろければなんでもアリ」と、著者も言っている通り、面白みというか雑学的な楽しみはあるしで、前著より楽しめる。
 しかし、どこかで披露して「へぇ~」と言われる以上には得るものはあまりない。

 冒頭の「統計奇譚」では、社会問題として語られる論説の多くは、個人的かつ感情的な意見で、それを客観的かつ科学的な学説に格上げするために、世論調査や意識調査をする、と言っている。
 そして、その調査の例で、3,4日前の選挙選挙に「投票した」と答えた、250人中41人が実際には投票していなかった、というものを紹介していた。どうしてウソをつくのか?と思うが、15%もの人がウソの答えをするかもしれないのでは、調査もそれから導かれる結果も信用ならない。確かなものなどないのだ。

 「武士道」に関するくだりでは、著者の新渡戸稲造は、外国向けに紹介するために書いたもので、武士道を日本に再興しようなんて意図はなかったのだとか。本人は、武士道やそれを振りかざすうすっぺらな言説に対する鋭い批判的な主張も多くしていて、今の愛国心を巡る現状も、もし生きていればきっと苦々しく思っているだろうと、著者は言う。
 「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言う「葉隠」にしても、そう言う傍らに「無理してイヤなことはせず、好きなことをやって暮せ」とも書いているんだって。

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