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2006年2月

2006年2月25日 (土)

完訳 封神演義 (上)(中)(下)

著  者:許仲琳 編
出版社:光栄
評  価:☆☆☆(説明)

 封神演義というのは、中国の古典ファンタジーで、明代に作られた史書に登場する歴史上の人物や、道教や仏教の仙人、神話の中の神々などが入り乱れて登場する。水滸伝などに続く奇書であり、大衆の娯楽小説と言える。

 ストーリーの中心は、中国古代の王朝、商の最後の王、紂の暴虐ぶりと、それに対抗する周の隆盛を描いている。上中下3巻のからなり、1冊目の上巻では、とにかく紂のやることが並外れてひどい。妲己という狐の精が化けた妖妃にたぶらかされてやっているのだけれど、酒池肉林と言われるように、政務を放り出して遊び呆けるのはともかく、それを諌める忠臣を次々と処刑する。焼けた銅柱に縛り付けて焼き殺す、ヘビやサソリを充満させた穴に裸で突き落とすといった残酷な処刑をだ。
 この辺りのことは、史記という晋代の公式記録にもあることらしいが、これに対抗する勢力があり神々などが加わることで、娯楽作品になったのだろう。日本で言うと日本書紀などを基に、古代日本を舞台にしたファンタジーを作ったという感じだろうか。

 中巻では、紂に対抗する周の都、西岐を商の軍隊が次々と攻め、それを周の軍隊が撃退する。下巻では、周の軍が商の都、朝歌に向かって進軍し、5つある関所を破って都を陥落する。紂王は、最後に勇猛ぶりを発揮し、自分の非を悟って自死する。暴君に対しても一部の情けというところか。上中下で100のエピソードに分かれている。100回シリーズのテレビドラマ、大河ドラマを2年かけてやると思えばいいかもしれない。

 難点は繰り返しがとても多いことだ。中巻の西岐の攻防戦も、下巻の関所での戦いも、最初は商軍の道士が出てきて周軍が苦戦する。しかし、天の意を受けた仙人に助けられて周軍が勝利、めでたしめでたし、商の将軍は死ぬか帰順する。延々とこれの繰り返し。これを耐えられないと思うと読み通せないだろう。

 中国史には少し興味があって、いくつかの小説を読んだ。それで分かったことだが、中国の歴史は王朝の移り変わりによって成り立っている。悪政を行った王朝が天命により良い王朝に取って代わられる。これの繰り返し。
 しかし、歴史というのは勝ち残った者が都合の良いように書き換える、といった側面もある。だから、王朝末期には必ず国が乱れるといった歴史が残っているのかもしれない。

 ところで、妲己という妖妃は極めつけの悪女なのだが、元々は女媧という古の神が、紂王の無礼に怒り、商を滅ぼすために差し向けたものだ。目的は達したようだが、これではあまりにやり方がまずくはないか?どんなに多くの無関係の者が苦しめられたと思っているのか?しかも、妖妃に乗り移っていた狐の精は、女媧に捕らえられて処刑されてしまう。すっきりしないが、良いのだろうか?

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