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2005年11月

2005年11月25日 (金)

七人の魔法使い

著  者:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ (訳:野口絵美)
出版社:徳間書店
出版日:2003年12月31日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1984年の作品、1985年の「世界ファンタジー大賞」にノミネートされ、1992年にBBCでテレビドラマ化されている。このテレビドラマはDVD化され、日本語訳もついて手に入れることができる。

 とにかく面白そうな設定を詰め込んだ、という感じのストーリー、楽しめる。
 主人公はハワードというごく普通の少年。少し身体が大きくて、腕っぷしには自身があるらしいが、特に何かの能力があるわけではない。
 それに対して、登場する魔法使いたちは個性的だ。7人兄弟で、電力、警察、音楽、教育、交通、下水、犯罪などと、分担してこの町を影で支配している。そして、仲がすごく悪い。多くは性格もすごく悪い。何人かは世界制服までたくらんでいる。

 その7人だが、どういうわけか作家であるハワードの父が書く2000語の原稿が原因で、この町を出られないらしい。そこで面白いのが、父さんの原稿を手に入れるために魔法使いたちがやるいやがらせだ。電機ガスを止めてしまうやつ、家の前の道で工事を始めて穴を掘るやつ、楽団を送って延々と演奏をさせるやつ。
 家の前にいきなり楽団が来て演奏を始め、チアリーダーが踊りだすなんて、想像するだけでも愉快だ。魔法を使えるんだから、もっと効果的に言うことをきかせる方法があるだろうに。
 伏線あり、あっと驚く展開ありで楽しめる。

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2005年11月13日 (日)

東京奇譚集

著  者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2005年11月6日発行 2005年9月30日2刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「新潮」に2005年3月号から6月号までに掲載された短編4編と、書き下ろし1編の計5編が収められた短編集。

「奇譚集」だから、ありそうにもないけれど、もしかしたら....。という話が5つ。考えてみれば、村上春樹の小説は、作品によって度合いに違いはあるが、全て奇譚と言える。(ちなみに、本の帯に【奇譚】<名詞>不思議な、あやしい、ありそうもない話 という説明が書いてある)
 不思議の度合いが、1編目より2編目、2編目より3編目と強くなっている。1つ目はありえないような偶然が重なる話、2つ目は幽霊話、3つ目は品川で姿を消した男が仙台に現れる、4つ目は夜中に石が勝手に動く、そして5つ目に至ってはしゃべる猿(羊ではなく)の登場。月刊誌への掲載だから、読者はこの順に目にすることになる。偶然ではないと思う。徐々に村上ワールドへ引き込む作戦だろう。そして、この短編集自体も、そうした意図を持ったものに違いない。

 書き下ろしの「品川猿」が一番面白い。しかし、長編のような細部の書き込みが足りないような気がした。猿が名札を盗むのだけど、どうやって在りかを見つけたのかを聞かれて「ひらめき」で済ませてしまっている。
 しかし、登場する人は、ゲイであったり、息子をサメに食われた母親であったり、親に愛されなかったりと、不完全さを持つ人々が多い。そういう人々の物語をサラッと書く手並みはさすがだ。

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2005年11月 5日 (土)

「学級」の歴史学

著  者:柳治男
出版社:講談社
出版日:2005年3月10日発行 2005年6月7日2刷
評  価:☆☆☆(説明)

 副題は「自明視された空間を疑う」 つまり、学校の中の学級という装置について考え、「生徒はおとなしく先生の言うことを聞く」などの決まりを、当たり前の事とするのではなく、もう1度考え直す、ということだ。
 著者は、この論の展開のために、近代の学校と学級の成立過程から解き起こしている。学校は、19世紀初の英国で始められた教育システムがその起こり。3R's(Reading, wRiting, aRithmetic) つまり、「読み書き計算」を、効率的に教える仕組みとして始められている。そこには、個性の尊重も、道徳さえも考慮されていない。同時期に英国で起こったパックツアーと同様に、個々人の希望を制限することで、事前に決められた内容を効率的に消化するしくみだったのである。

 元々がそういうものだったのだから、現在の個性尊重の教育が行き詰まり、諸々の問題が起きても仕方がない、というのでは説得力に欠ける。しかし、さらに学級が持つ機能の分析という視点を持つことで、現在の問題点が明瞭に解き明かされる。
 つまり、お互いに縁もない40人もの同じ年の子どもを12年間もの長期間に亘って、1つの空間に押し込もうとすることの理不尽さ。それをこれまでは可能にした、競争という動機付け(これには必ず敗者を生むという危険性がある)の失敗。つまり、その競争に残れば、良い生活が送れるという幻想の崩壊、といったことである。
 また、本書からは、いかに無責任な教育言説が堂々と声高に語られているか、ということも読み取ることができる。

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