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2005年2月

2005年2月18日 (金)

ダレン・シャン6 バンパイアの運命

著  者:ダレン・シャン (訳:橋本恵)
出版社:小学館
出版日:2002年10月20日初版 2004年12月1日第9刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 4,5,6巻を通して続くバンパイア・マウンテンを舞台とした一連の物語の結末。
 前巻の続きで、ダレンは地下の水路を流されて、「奇跡的に」無事にバンパイア・マウンテンの脱出に成功する。そして「偶然に」ストリークというかわいがっていた狼に出会い、助けられる。そして、その群れにいる老狼が「たまたま」元帥の間への抜け道を知っていた。
 こんなご都合主義のストーリーで良いのか。しかも「それにしても、よくこうもうまくいったものだ...運命の力が働いているのか...」なんて独白してしまう。3巻でも似たような独白があるが、これは興醒めだ。著者自身でさえ、都合が良すぎると思っているのだから。

 ところで、バンパイアとバンパニーズの決闘で、ダレンはバンパイアたちの振る舞いに違和感を覚える。彼らがあまりに喜々としてバンパニーズを殺すからだ。うがった見方をすれば、命知らずの彼らは、他人の命も尊く思わないのかもしれない。この違和感が今後のダレンの振る舞いに影響してくるのかもしれない。

 主人公が処刑されては元も子もないので、ダレンの処遇をどう解決するのかと思っていいたら、なんと、バンパイア元帥になってしまった。アッと驚く展開には違いない。しかし、それまで延々と、バンパイアは掟や序列や前例を重んじる、と説明されてきたのに。そのこととの折り合いはどうするんだ。

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2005年2月13日 (日)

ローマ人の物語13 最後の努力

著  者:塩野七生
出版社:新潮社
出版日:2004年12月25日発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1200年に及ぶローマの歴史で、ディオクレティアヌス帝とコンスタンティヌス帝の3世紀後半から4世紀初めにかけての物語。コンスタンティヌス帝の死後60年で帝国は東西に分断され、その80年後には西ローマ帝国は滅亡してしまう。終焉間際だ。
 ディオクテティアヌス帝からを専制君主制と言うそうだ。ローマの歴史は、伝説時代を含めた王政の後、約500年の共和政、アウグストゥスから始まる帝政と続く。本書の前100年ぐらいは、軍人皇帝の時代と言われる。終身の位である皇帝においては、リコールとは殺されることを意味する。皇帝が殺されては軍隊が新しい皇帝を擁立する、といったことが繰り返され、混乱した時期だ。

 ディオクレティアヌスは、それに終止符を打つため、皇帝の地位と権力を高めた。人々や兵士から遠い存在にすることで、地位の保全を図った。また、帝国の統治を分担制にした。皇帝を4人にして地域分担して統治した。(この分担の地区分けで面白いのが、イタリアと北アフリカが同じ地区であること。地中海が境界線ではなく、通路として考えられていた)この政策は中々うまく機能した。ディオクレティアヌスの時代1代限りは。
 次のコンスタンティヌスは、キリスト教を公認したことで有名だ。しかし、そのことで有名なミラノ勅令は、キリスト教を国教にしたのではなく、「キリスト教の他の宗教と同じように、信じるのは自由だよ」と言ったに過ぎないらしい。統治の道具としてキリスト教を公認したのではないか、という著者の分析は的を射ていると思う。
(ダヴィンチコードにもそのようなくだりがあったように思う。)

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