2.小説

2017年8月19日 (土)

サロメ

著  者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2017年1月15日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 まず、タイトルの「サロメ」について。「サロメ」というのはアイルランド出身の作家オスカー・ワイルドが1891年に書いた、新約聖書の一節を元にした戯曲の名前。まずフランス語で書かれたが、3年後に英訳版が出版される。その挿絵にイングランド出身の画家オーブリー・ビアズリーのペン画が使われている。

 最初に「サロメ」についての説明を書いたのは、本書がこうした史実に基づいたフィクションだからだ。著者の原田マハさんはフリーのキュレーターで、同様の美術作品にまつわる虚実ないまぜになった作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」。どちらもとても面白い。

 物語の大半は、オーブリー・ビアズリーの姉、メイベルの目を通して描かれる。オーブリーの絵の才能を誰よりも評価し、献身的に支える姉として。オーブリーがオスカー・ワイルドに出会い、評価される現場にも傍らで立ち会い、オーブリーがオスカー・ワイルドに魅入られていく様も、その目で見て心を痛めた。歓喜の瞬間を経て破滅へと向かう物語だ。

 表紙にオーブリー・ピアズリーその人が描いた「サロメ」の一場面の絵が使われている。オーブリーが描く絵には、物語の中で「微細」「緻密」「圧倒的」「豊穣」「異端」「狂気」などとたくさんの形容詞がついてる。実物を見て、それが意味するところが分かる。そして、物語自体もその絵のように妖しく破滅的な雰囲気が満ちている。

 上に書いた他の2作にも共通する特徴なのだけれど、本書には現代の研究者が登場する。オーブリー・ビアズリーとオスカー・ワイルドを、それぞれ研究する男性と女性。芸術家と研究者のそれぞれの時代の物語が交差する。今回は研究者の時代のパートが控えめだけれど、この構成の工夫は著者の持ち味となっている。

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2017年8月 6日 (日)

夏への扉

著  者:ロバート・A・ハインライン 訳:福島正実
出版社:早川書房
出版日:2010年1月25日 発行 2016年4月15日 15刷
評  価:☆☆☆(説明)

 SF好きの方から「名作」と時々話を聞いていたので読んでみた。SFマガジンの「オールタイム・ベスト」でも、2006年で第3位、2016年では順位を下げたけれどもそれでも第9位。この物語が1957年の作品であることを考えれば「不朽の」と付けてもいいぐらいだ。

 主人公の名前はダン。ロサンジェルスに住む29歳。時は1970年。彼は技術者で、会社の共同経営者でもあった。彼が発明した掃除ロボット「ハイヤード・ガール(hired girl:「文化女中器」と訳されている)」を製造販売する会社を、友人たちと経営していた。「経営していた」と過去形なのは、その会社を友人ともう一人の共同経営者に謀られて、発明の権利を取り上げられ会社を追い出されたからだ。

 もう一人の共同経営者というのは、実はダンの婚約者で、ダンはその女性への意趣返しのために「冷凍睡眠」に入ることを決める。冷凍睡眠に入れば、何十年も年を取らずにいられる。30年後に睡眠から覚めて、30歳年をとった彼女に会って鼻をあかしてやる。何とも暗い復讐を考え付いたわけだ。

 物語はこの後、思い通りというわけでないのだけれど、30年後の2000年にダンが目覚めて、30年間のギャップに戸惑いながらの暮らしや、当初の目的である復讐について描かれる。

 面白かった。「不朽の名作」なのかどうかは分からないけれど、物語を楽しめた。シンプルだけれど飽きない。ちょっとした伏線もあって楽しめる。

 繰り返しになるけれど、これは1957年の作品。つまり1970年も2000年もどちらも「未来」なのだ。著者が考えた「未来」の1970年には、掃除ロボット(今の「丸い掃除機」より、よっぽど高性能なやつ)や、「冷凍睡眠」の技術が実現している。さらに2000年にはもっとすごいことも。

 こういうことが、著者の意図とは違うかもしれないけれど、「パラレルワールドもの」な感覚を、読者に呼び起こす。あったかもしれない歴史。ちなみにこの世界は「核戦争」を経ている。

 SFファンの支持が高いのは、物語が面白いこと以外に、この「パラレルワールドもの」的な感覚や、この物語に登場する様々な設定が、この後の数多くのSF作品に繰り返し使われているので、SFの「原典」的な意味合いがあるのではないかと思う。どちらも時を経てこその価値だ。

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2017年8月 2日 (水)

ミーナの行進

著  者:小川洋子
出版社:中央公論新社
出版日:2006年4月25日 初版発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「不時着する流星たち」を読んで、もう少し著者の作品を読んでみようと思って、手に取ってみた。2003年の「博士の愛した数式」の3年後、2006年の谷崎潤一郎賞受賞作品。

 主人公は十二歳の少女の朋子。時は1972年。岡山で母子ふたりで暮らしていたが、事情で芦屋の伯母さんの家で暮らすことになった。伯母さんのご主人、つまり伯父さんは「フレッシー」という飲料水の会社の社長。その家は、高台に建てられた二本の塔があるスパニッシュ様式の洋館。朋子は「これが、家ですか?」と声を上げた。

 岡山のふたり暮らしの家とは、何もかもが違う。芦屋の家に住むのは、伯母さん、伯父さん、ドイツ人のおばあさん、お手伝いさん。そして、ひとつ年下の従妹のミーナ。その他にはスイスに留学中の従兄と、通いの庭師さんが、この家の人々として関わってくる。もう一人大事な住人がいた。いや「もう一頭」。それはコビトカバのポチ子。この豪邸には広大な庭があって、そこでカバを飼っているのだ。

 岡山の家とは何もかもが違うとはいえ、朋子の芦屋での暮らしは幸せなものだった。そこに住む人々は皆穏やかでやさしい。伯父さんは人を朗らかにする達人だったし、歳の近いミーナとは分かちがたい仲良しになった。物語は、そうした穏やかな暮らしと、それにさざ波を立てる小さな事件をいくつか描く。

 しみじみと心おだやかに読めた。小川洋子さんは、こういう物語を描く人だったと改めて思った。「博士の愛した数式」「猫を抱いて象と泳ぐ」。どちらも静かな音楽を聴いているような心地よさがあって、しかもまったく退屈しない。朋子は素直でひたむきな少女で、ミーナは本が好きで物語を作る才能がある。どちらも愛おしい。

 実は私は神戸の生まれで、歳はミーナの3つ下。何が言いたいのかと言うと、どちらも「近い」ということ。もちろん私が生まれ育った所と芦屋は、場所柄が全然違う(たぶん朋子の岡山の家の方が近い)。

 でも、芦屋とか西宮とか阪急電車とか阪神電車とか六甲山とか、名前を聞けば思い浮かべることができる。時々差し挟まれる世間の出来事は、私が子どもの頃に起きたことだ。だから、物語をとても身近に感じた。

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2017年7月23日 (日)

パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊 カリーナ・スミスの冒険

著  者:メレディス・ルースー 訳:上杉隼人、広瀬恭子
出版社:講談社
出版日:2017年7月3日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 映画「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」に登場した天文学者、カリーナ・スミスを主人公とした物語。映画のパンフレットが本書を紹介していた。映画でもなかなか魅力的な人物であったので読んでみた。

 物語は、男が養護施設の玄関に、かごのなかで眠る女の赤ちゃんを置くところから始まる。「母親は死んだ。この子の名はカリーナ・スミス」と書いたメモと、表紙にルビーが付いた本とともに。

 その後、カリーナの施設での暮らしぶりや、奉公したお屋敷での出来事が描かれる。父から送られた本を読むためにイタリア語を学び、その内容から天文学を志すようになる。そして本書の半分を過ぎたあたりから、映画で描かれたストーリーに合流する。

 映画を観たことが前提の作品。映画のストーリー部分も含めて、全部で200ページ足らずなので、ごくあっさりとした物語だ。映画の理解に必須、ということでもない。それでも、あのちょっとぶっ飛んだ魅力的な個性のことを知るのは楽しい。

 どのような経緯でカリブ海のあの島に現れたのか?天文学の知識をなぜ、どこで身につけたのか?父親のことをどう思っていたのか?そして、ヘンリーと魅かれあったのはなぜなのか?

 物語の登場人物には、時として読者の想像を超えた、詳細な人物設定がされていることがある。本書はその一端を表しているのだろう。映画を観て、カリーナに魅かれた人は読んでみたらどうかと思う。

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2017年7月 5日 (水)

楽園のカンヴァス

著  者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2012年1月20日 発行 2013年1月15日 21刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞第6位の「暗幕のゲルニカ」の著者による2012年の作品。こちらは山本周五郎賞受賞作で、本屋大賞は第3位だ。著者は、デビュー11年で小説作品が40作あまりという多作な作家だ。その中で「暗幕のゲルニカ」と本書には多くの共通点がある。

 主人公はティム・ブラウン。30歳。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のアシスタント・キュレーター。彼の元に上司のチーフ・キュレーター宛の手紙が誤って届く。上司の名前はトム・ブラウン。差出人がタイプミスをしたらしい。その手紙には「アンリ・ルソーの未発見の作品の調査をしてもらいたい」と書いてあった。

 ティムは上司のトムに成りすまして、調査を依頼してきた「伝説のコレクター」の元に駆けつける。そこにはティムと同じように調査を依頼されたもう一人の研究者、オリエ・ハヤカワが居た。二人でそれぞれ真贋の判断と講評を行って、より優れた講評をした方に、「取り扱い権利」を譲渡する。依頼の意図はそういう趣向のゲームへの参加だったのだ。

 これは面白かった。ちなみに私は4月に本屋大賞の予想をした時に、「暗幕のゲルニカ」を「大賞」と予想している。その「暗幕のゲルニカ」とも甲乙をつけ難い。

 「多くの共通点がある」と先に書いた。それは例えば両作品とも、絵画を巡るアートミステリーであること、異なる時代を行き来してストーリーが進むこと、異なる時代は一見すると断絶しているけれど、実はつながりがあること、などなど。そして何よりも読者を絵画の世界に引き込むこと。

 実は、ティムの元に件の手紙が届くのは第二章で、物語のプロローグともいえる第一章が、(当たり前だけれど)それより前にある。そこは、第二章の17年後の日本、早川織絵(オリエ・ハヤカワ)が倉敷の大原美術館で監視員として登場する。そして、ティム・ブラウンはMoMAのチーフ・キュレーターになっている。この第一章の存在が、物語を数段面白くしている。満足。

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2017年6月21日 (水)

麻布ハレー

著  者:松久淳+田中渉
出版社:誠文堂新光社
出版日:2017年3月8日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 ずいぶん前になるけれど、このお二人(松久淳さんと田中渉さん)の著者のコンビの「天国の本屋」という一連のシリーズを読んだ。その後「天国の本屋~恋火」という竹内結子さん主演の映画にもなったのだけれど、心に染みる物語だった。そういうことで本書も手に取ってみた。

 タイトルの「麻布ハレー」の「ハレー」は、ハレー彗星の「ハレー」。約76年周期で地球に接近する。この前にやって来たのは1986年。さらにその前は1910年。そのころ、今の国立天文台の前身になる天文台が麻布、あの都会の真ん中「東京都港区の麻布」にあった。本書はその麻布天文台を舞台の中心とした物語。

 主人公は佐澤國善。24歳。岩手から上京して早稲田の文学部に進み、作家を志した。大学卒業後も作品を文学雑誌に持ち込んでいるが、不採用を繰り返している。定職には就かず、下宿先の一人息子である小学生の男の子、栄の遊び相手兼家庭教師などをしている。物語は麻布天文台に忍び込んだ栄を、國善が迎えに行くところから始まる。

 麻布天文台には魅力的な人々が居たし、多士済々が集っていた。台員は台長以下7名。誰もが小学生の栄に丁寧に天文のことを教えてくれる。栄も驚くほどの勢いで知識を吸収した。ハレー彗星が近づいていることもあって、政府や海軍の関係者や新聞記者なども出入りしていた。

 先に「國善が迎えに行くところから始まる」と、物語の始まりを紹介したけれど、ページ順で言うとこれより前がある。それは1986年、つまり次にハレー彗星が近づいたときのエピソードが短く挿入されている。そして、さらにその前に、場所も時代も不明の場面が描かれている。

 これらは著者が用意した「時を越えた仕掛け」になっている。また、ネタバレになってしまうので具体的には言わないけれど、この物語には、様々な実在の人物や物事などをモチーフとしたものが取り込まれている。著者は楽しめる工夫を何重にも施してくれている。面白かった。

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2017年6月18日 (日)

不時着する流星たち

著  者:小川洋子
出版社:KADOKAWA
出版日:2017年1月28日 初版発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の小川洋子さんの作品はそれほど多く読んでいない。これまでに読んだのは「博士の愛した数式」「猫を抱いて象と泳ぐ」「人質の朗読会」、そして樋上公実子さんの絵に小川さんが文をつけた「おとぎ話の忘れ物」。どれも情景が思い浮かぶ静かな余韻が残る、しかしそれぞれに特色のある四様の物語だった。

 本書は10編からなる短編集。実在する人物や出来事からの連想によって、著者が紡ぎ出した物語たち。連想の元になった人物には、グレン・グールドやエリザベス・テイラーといったスターもいれば、長大な物語を記しながら誰にも見せることなく生涯を閉じた作家、ヘンリー・ダーガーのように、世界の片隅で異彩を放つ人もいる。

 10編を順に簡単に紹介する。母の再婚によって同居することになった「誘拐されていた」という姉の話。文字に似た形の小石を探して歩く男性の話。飛行場でカタツムリのレースを客に見せている男性の話。「放置手紙調査法」という心理学の実験の補助員の話。あらゆる場所の距離を歩数で測量する盲目の祖父の話...。

 葬儀に呼ばれて参加する「お見送り幼児」の姪を連れた女性の話。外国に一人で暮らす息子のところを訪ねた母親の話。若草物語の四姉妹を友達と繰り返し演じる少女の話。授からなかった子どもの代わりに文鳥を飼って可愛がる夫婦の話。主人公の少女のお願いを「アイアイサー」と言って聞いてくれる叔父さんの話。

 何か少しだけ、でも決定的におかしい。例えると「リアルな夢」。そんな物語をたっぷりと楽しめた。狂気と隣り合わせの不穏な感覚、どこにも行き着かないような不安感、輪郭が不明瞭な視界、常軌を逸した出来事とそれを受け入れている主人公。「不完全」な登場人物たち。「リアルな夢」は時として「怖い夢」に転化する、その予感が漂っている。

 この「予感」を、タイトルにある「不時着」という言葉が象徴している。「墜落」ではないので破滅は免れている。でも、明らかに変則的でまともではない事態で、一歩間違えると..という危うさを内包している。

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2017年6月 4日 (日)

我ら荒野の七重奏

著  者:加納朋子
出版社:集英社
出版日:2016年11月10日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の2010年の作品「七人の敵がいる」の続編。

 主人公は「七人の敵がいる」と同じく山田陽子。出版社の編集者でモーレツに忙しい。息子の陽介くんと夫の信介との3人家族。前作で陽子は、PTAや自治会などで、けっこうハデなバトルをやらかしている。

 本書は、前作の直後で陽介くんが小学校6年生の時、信介の上司の中学生の息子、秀一くんの吹奏楽の発表会から始まる。秀一くんのトランペットに感激した陽介くんは「秀一くんの学校に行きたい。吹奏楽部に入って、トランペット吹きたい」と、中学受験を決意する。

 職場でも「ブルドーザー」と呼ばれている陽子だけれど、陽介くんのことになると、さらに猪突猛進の度合いが高まる。陽介がN響でピカピカのトランペットを華麗に吹きこなす姿まで想像する。本書は、こんな感じの陽子が、陽介の中学3年までの吹奏楽部の活動に伴走する姿を描く。

 楽しめた。若干ひきつりながらではあるけれど。「あとがき」に「匿名希望の某お母様及びそのお嬢様」に取材したとあるけれど、エピソードの細かい部分までがリアルだ。「仰天エピソード」はフィクションだと思うから笑える。「これマジだわ」と感じるとそうはいかない。「ひきつりながら..」というのはそういう意味だ。

 吹奏楽のパート決めの悲喜こもごもも、会場取りのための努力も、保護者やOBからのプレッシャーも、いかんともし難い実力差も..脚色はあっても創作はない。我が家の娘二人も中学では吹奏楽をやっていた。私自身が経験したことではないけれど、こういう話はよく耳に入って来た。

 陽子の「ブルドーザー」ぶりは相変わらずだけれど、学習したのか少しうまく立ち回れるようになった。正論をはいて敵を作ってしまうけれど、結局たいへんな仕事を担って、改善も実現して役にも立っている陽子を、助けてくれる「チーム山田」的な人も現れた。「一人で猪突猛進」よりも、「チームで解決」の方がスマートなのは言うまでもない。

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2017年5月 7日 (日)

これは経費で落ちません! 経理部の森若さん

著  者:青木祐子
出版社:集英社
出版日:2016年5月25日 第1刷 2017年2月28日 第9刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 昨年5月の発売以来、じわじわと部数を伸ばして重版を重ねて、私が購入した本を見ると、1年足らずで9刷になっていた。どうやら先月には続編も出たらしい。

 主人公は森若沙名子。27歳。天天コーポレーションという石鹸や入浴剤、化粧品などのメーカーの経理部に勤めている。社員が持ってくる領収書の経理処理をする。中には用途不明にものもあり、物語の冒頭に受け取った領収書には「4800円、たこ焼き代」と書いてあった。

 タイトルからは「たこ焼き?これは経費で落ちませんよ!」という流れが想像できるし、物語自体も「経費使い込み社員vsそれを見破る経理部員」式かと思われる。ところが「たこ焼き」は経費で落ちるし、物語もそういうものではない。

 ではどういう物語かと言えば、天天コーポレーションの営業部や秘書課や開発室で起きる、ちょっとした事件簿だ。大きな犯罪というよりは、駆け引きや行き違い。森若さん自身の恋や身の上のことも少しある。

 面白く読めた。「使い込みを見破る経理部員」の話でなくてよかった。巨悪に立ち向かう「正義」はカッコいいけれど、社内規定に合わない領収書をはねつける「正義」はウケないし(もちろん必要な正義だとは思うけれど)。

 森若さんは経理担当らしく、几帳面だし情に流されることもない。しかし「正義」の人でもない。彼女が心に留めているのは「フェア」ではなくて「イーブン」であること。互いに得るものがあれば「公正」や「公平」にはこだわらない。そういう主人公の態度が、この物語を小気味よいものにしている。

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2017年4月22日 (土)

ハリネズミの願い

著  者:トーン・テレヘン 訳:長山さき
出版社:新潮社
出版日:2016年6月30日 発行 8月5日 4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞の翻訳小説部門の第1位。

 著者はオランダの作家・詩人。子どもたちのために動物が主人公の絵本や物語を、30年以上にわたって書き続けてきた。本書は、近年大人向けに発表している「どうぶつたちの小説」シリーズの中の一冊。森に一人で住んでいるハリネズミが主人公の、59章からなるお話。メルヘン。読む前は「ハリネズミのジレンマ」が思い浮かんだけれど、そうではなかった。

 ハリネズミは動物たちに手紙を書いた。「親愛なるどうぶつたちへ/ぼくの家にあそびに来るよう、/きみたちみんなを招待します。」...その後に書き足した。「でも、だれも来なくてもだいじょうぶです。」...手紙は戸棚の引き出ししまって、送るのはやめた。お客様に来て欲しいけれど、本当に来たらどうしよう、という逡巡が分かる。主人公のハリネズミはそういう性格。

 斯くして自分の頭の中でお客様が来た時のことを思い浮かべる。もしもヒキガエルが来たら、もしもサイが来たら、もしもクマが来たら、もしも...。誰が来たとしても、思う浮かぶのは「大変なことになる」ことばかり。ヒキガエルは怒りまくって、サイには宙に放り投げられ、クマはハチミツを一人で平らげたあと、家中を探してもうお菓子がないと分かると帰ってしまった。

 まぁこんな感じで、ほとんどハリネズミの空想が最後まで続く。たくさんの動物が出てるけれど、ハリネズミが実際に会ったのは「アリ」と「リス」だけだ(と思う)。

 引っ込み思案のハリネズミくんの空想は、それぞれの動物の雰囲気に何となく合っていて、時にバカバカしいぐらい大げさで、まぁまぁ笑える。ハリネズミくん自身にとっては、大変な目に合っているんだけれど、どっちにしたって空想だから、実害はないし。それにいいことだってちゃんとある。

 ただ、「大人向けに発表している」ということだけれど、楽しむには子どもの視点が必要かも。例えば子どもに話してあげるとか。一章ずつ少しずつ読むのもいいかもしれない。著者は長年、52個の物語を書いて「週めくりカレンダー」に仕立ててきたそうだから。

 実際に会った「アリ」と「リス」の時は大変なことにならない。「心配しているようなことにはならないから、やってみればどう?」。そんなメッセージも潜んでいるのかもしれない。 

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