2.小説

2009年12月 2日 (水)

田村はまだか

著  者:朝倉かすみ
出版社:光文社
出版日:2008年2月25日 初版1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」で知り合いの何人かのブログで見て読んでみようと思った本。(るるる☆さんジーナフウガさん板栗香さん
 クラス会の話である。40才の大人たちの小学校のクラス会。場末のスナックでの3次会まで流れてきた男3人女2人。冒頭に流れてきた音楽は「夜空ノムコウ」。「あのころの未来に、ぼくらは立っているのかなぁ」。物語を読む前に泣けてきた。

 本書は「小説宝石」に2006年から2007年にかけて掲載された短編を6つ収録した連作短編集だ。「田村」はスナックにいる5人には入っていない。タイトルのとおり、この5人は「田村はまだか」と言って彼を待っているのだ。待っている間に5人+αのそれぞれの人生の1コマが、小学校時代のエピソードを織り交ぜながら順々に語られていく。
 中にはあまりに赤裸々な表現の話もあるのだけれど、5人自身の人生はどちらかと言うと平凡なものと言える。「六年一組が沸き返った」という小学校時代の出来事が一番の事件かもしれない。登場人物の1人が「紙吹雪が見えた」と言ったそうだけれど、読んでいる私にも見えたような気がする。紙吹雪が。
 しかし、大きな事件とは言えないけれど、語られるその1コマはそれぞれの「今」につながる凝縮した1コマだ。その1コマの紹介で、40才になった彼らの今の立場や悩みが鮮やかに伝わってくる。この著者は人物造形や物語の組み立てがうまい。

 私は彼らよりいくらか年上で、高校卒業後に実家出て何度も引っ越しをしていることもあり、もう小学校はおろか中学校時代の友達との交流もない。かろうじて高校の同窓会の音信が聞こえてくる程度、大学時代の友達とも何年も会っていない。もし今、会ったらどんな話をするのだろう?
 12月になり年賀状を書く時期になった。私の年賀状の大半は、恩師や大学時代の友達、以前の会社の同僚や先輩など、自分を過去とつなぎ止める人たちに宛てたものだ。そんなことを思いながら、るるる☆さんオススメの、作曲者の川村結花さんの「夜空ノムコウ」を聞いたらまた泣けてきた。

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2009年11月29日 (日)

イトウの恋

著  者:中島京子
出版社:講談社
出版日:2005年3月5日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 この著者の本を読むのは初めて。本好きのためのSNS「本カフェ」で友達になった方が「最近、気になってる」んだそうで、記念にと思って図書館の棚から1冊取って読んでみた。たった1冊しか読んでないのだけれど、この著者の本は私とは相性がいいらしい。するすると読めてそして楽しめた。

 タイトルの「イトウ」とは、明治時代の通訳ガイド、伊藤亀吉のこと。彼が英国人の女性探検家の「I・B」のガイドとして、横浜から出発して函館に至りそこから北海道を旅する間を、後年になって本人が残した回想の形でたどる。
 現代の交通の便利な旅でも遠くに2人で出かければ、良くも悪くも特別な情が湧く。まして明治時代の殆どが徒歩という3ヶ月の旅は険しく、頼れるものはお互いだけ。苦難を共に乗り越えるうちに湧いた情を、タイトルのように「恋」と呼ぶのが正しいのか、年上の女性に対する「憧憬」と呼ぶべきなのか分からない。しかし、二十歳の青年イトウの心に「I・B」に対する抗し難い情を刻んだ。

 この回想をイトウは人に宛てた書簡の形で残した。このイトウの物語が、淡々とした記述が逆に情感を醸していて気持ちいい。そして、この書簡を読んでいるのは100年後のイトウの孫娘の娘。そこにもそこはかとない恋の予感?と母にまつわる物語が。現代と過去を結んで並行して物語が進むこの形式は、もう珍しくはないかもしれないが、なかなかの技巧だ。

 本書はフィクションだけれど、イザベラ・バードという英国人の女性探検家が実在し、伊藤鶴吉という通訳の青年を同道して東京から北海道まで旅した史実があるそうだ。そのことは「日本奥地紀行 」(原題:Unbeaten Tracks in Japan)という本として出版されている。機会があれば読んでみたい。

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2009年11月18日 (水)

六番目の小夜子

著  者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:1998年8月20日 発行 2000年3月5日 7刷
評  価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作。1992年に新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズの1冊として刊行されたものを、1998年に単行本として再刊された。著者について私の周囲には、絶大な賛辞を送る人がいる一方で、「どうしても受け入れられない」という人もいる。私は基本的には好きな作家さんなのだけれど、鏡の多面体のそれぞれの面を見るように、作品によって全く違うテイストを受け取ることになって、戸惑ってもいる。

 舞台は地方の進学校。主な登場人物たちはそこの高校3年生の男女。その学校には秘された行事がある。3年に一度生徒の中から「サヨコ」と呼ばれる者が選ばれる。選ばれた生徒は他の生徒に気付かれることなく、様々なことをしなくてはならない。そこに「沙世子」という名の美少女が転校してきて...。
 「サヨコ」がすること自体は、多少大変だろうけれどまぁ他愛のないことだ。しかし、15年に亘る過去5人の「サヨコ」は伝説化し、その中には怪談めいたものもある。タイトルの通り今年の「サヨコ」は6人目なのだ。当然、誰が「サヨコ」なのか、というミステリーに読者の関心が向かう。

 しかし本書は、そんな読者の関心などお構いなしにドンドンと多方向に発展する。これは、ミステリーなのかホラーなのか青春小説なのか、「多面体」のようなその後の作品群が垣間見えるような作品だった。何もキッチリと分類できなくてはダメだというのではない。しかし、読んでいてどこに連れて行かれるのか分からないので不安になった。
 特に、唐突にゾクゾクするほど怖いシーンに出会うのが何より不安になる。お化けも悪魔も出てこないのだけれど、予感だけですごく怖い。異様にテンションが張り詰めるそんなシーンが要所にあるのだ。

 このようにホラーの傾向はあるものの、私は全体としては高校生の青春小説の色合いを強く感じた。その意味では読後感は悪くないし、私は好きだ。ただこのモザイクのような物語はちょっとした衝撃だ。肌に合えばこの上なく魅力的だし、何かを掛け違えれば受け入れ難いものになってしまう。合うか否かはギャンブルかもしれない。

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2009年11月15日 (日)

モノレールねこ

著  者:加納朋子
出版社:文藝春秋
出版日:2006年11月30日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 やさしい雰囲気の中で、ちょっと不思議で時に切ない話を書く著者。本書は文芸誌などの様々な媒体に書かれた短編を8編収めた短篇集。著者の作品で「ななつのこ」や「レイン・レインボウ」、「ささらさや」などは、短編同士にもつながりがある「連作短篇集」だが、本書は(ちょっと残念だが)それぞれが完全に独立した物語。

 いろいろな加納作品が楽しめる、という意味ではおトクな本。不思議系の「パズルの中の犬」と「シンデレラのお城」。どうしようもなくダメな肉親を描いた「マイ・フーリッシュ・アンクル」と「ポトスの樹」。ほろっとさせる「いい話」系の「セイムタイム・ネクストイヤー」「ちょうちょう」、さらにそこに笑いを振りかけた「バルタン最後の日」。そしてオチが巧みな表題作「モノレールねこ」
 「各種取り揃えました」という感じの短篇集だけれど、多くの収録作品に通じるテーマは「家族」。それは「家族を欠いた」ことで始まる物語であったり、「家族の過去」に触れる出来事であったり、「偽りの家族」の物語であったりする。

 一番好きな作品を1編だけ紹介する。それは「バルタン最後の日」。ディズニーランドに行くと、しばらくは粗食を覚悟せねばならないという、慎ましい暮らしをしている家族。その家の少年フータが釣ってきたザリガニの「バルタン」が主人公。
 悪意はないのだがザリガニの飼い方を知らない家族。「バルタン」は家族の不注意による生命の危機を幾度も乗り越える。そして、家族はなぜか「バルタン」にだけ思いを吐露する。みんな何かを心に抱えている。家族を想うあまりそれが言えないなんて..。「バルタン」もいいヤツなんだけれど、私は「お母さん」に泣けた。

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2009年11月 3日 (火)

あるキング

著  者:伊坂幸太郎
出版社:徳間書店
出版日:2009年8月31日 第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「誰も読んだことのないような伝記を書いてみました。」と著者が言うように、まず本書は伝記だ。あるホームランバッターになったプロ野球選手の生涯が綴られている。「誰も読んだことのない」についても、まぁそうだろうと思う。主人公の山田王求の生涯は、何かが少しズレている。

 王求の両親は、熱烈な仙醍キングスのファン。ちなみに仙醍キングスは万年最下位の弱小プロ野球チーム。王求が生まれる時に母は、破水して病院に行った後も、陣痛室に移るその時までテレビで試合を見ていた。そして残る父には「あなたはここで試合の結末を見届けて」と言った。
 そして、生まれてきた子どもに「王(キングス)が求める」という意味で、「王求(おうく)」と名付け、仙醍キングスに入団させるべく王求を育てた。そんな両親の想いが通じたのか、王求は尋常ではない才能と練習によって一流の野球選手に成長していく。

 普通の伝記であれば、細かいエピソードを除けば、これでほとんど全てでネタバレもいいところだ。ところが「誰も読んだことのない」伝記である本書は、生涯を表したストーリーにはそれほどの意味はない。天才野球少年から高校、プロへと進む、生涯の各段階での王求を見る周囲の目線が、物語の核となっている。
 冒頭に「何かが少しズレている」と書いた。王求はズバ抜けて野球が上手いだけなはずなのに、完全に周囲から浮いてしまっている。少しだけ普通じゃない両親や本人の言動の積み重ねと、その結果の野球の才能が、周囲と王求の間に小さなしかし決定的なズレを生じさせているのだ。

 気の利いたセリフや不思議な登場人物、淡々とした主人公など、伊坂作品らしいと言えばそうなのだが、ちょっと雰囲気が違う。陽気で楽しい「白伊坂」と、闇や得体の知れないモノを描く「黒伊坂」がいる、という話を聞いたことがあるけれど、「黒伊坂」がチラチラと顔を出す作品。

この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。
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2009年10月27日 (火)

植物図鑑

著  者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2009年6月30日 初版発行 
評  価:☆☆☆☆(説明)

 草食系男子を拾った二十代後半女子の物語。肉食系とは限らないけれど、自衛隊などのマッチョな戦闘職種男子の恋愛を数多く描いた著者が、料理はじめ家事全般を人並み以上にこなすスマートな男子に恋してしまった女子を描くとどうなるのか?

 主人公さやかが恋した相手のイツキは、草食系といってもタダ者ではない。「よかったら俺を拾ってくれませんか」。さやかのマンションの玄関前で行き倒れていたイツキがさやかにかけたセリフがこれだ。「捨て犬みたいにそんな、あんた」と言うさやかに返した言葉がさらにスゴイ。異論はあるだろうが、私はこれは確信犯だと思う。相当切れる頭脳の持ち主でなければ、こんなことは言えない。
 「相当切れる」という私の第一印象はおそらく正しく、常に「こうして欲しい」と思うちょっと上を行くイツキの言動は、さやかの心を捉えてしまう。ある意味「絶対彼氏」だ。もしかして著者の妄想が実体化したものかも?

 そうそう、書き忘れましたが「草食系」というのは自分から女性を求めないという意味で、イツキはまさにそういうヤツなんだけれど、もう一つの意味がある。イツキは文字通り「草を食べる」のだ。植物図鑑並みの、いや「食べる」ことに関してはそれを上回る植物の知識の持ち主で、河原や道端の草の食し方を心得ている。しかもイツキが料理した草はとても美味いらしい。
 男の私から見れば、出来すぎのイツキに嫌味の一つも投げたくなるが、彼にも色々と背負うモノがあるようなので許す。フキやフキノウトウ、ツクシやノビル、ミントにヨモギ、私も山野草やハーブは好きだし、もっと他の草も愛情を込めた料理にするイツキを好ましく思う。最終章が切なくも幸せ。

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2009年10月24日 (土)

宵山万華鏡

著  者:森見登美彦
出版社:集英社
出版日:2009年7月10日 第1刷 
評  価:☆☆☆☆(説明)

 京都という街は不思議な街だ。私が住んでいたのはもう25年も前なのだが、人口150万人近い大都市なのに、何かの折に物の怪の気配を感じることがあった。それは糺の森を歩いている時であったり、鴨川の流れを眺めているときであったりする。そして、大繁華街である河原町界隈でさえ、そういった気配から無縁ではなかった。
 縦横に延びる路地に、空気の濃さと温度が違うように感じる場所がある。その頃は、気味が悪いとは思ったがそれ以上深くは考えなかった。もしかしたら異世界と通じるスポットだったのかもしれない。何といっても1200年前からそこには人の営みがあったのだから。本書は、京都の街のそんな不思議な雰囲気を思い出す、ちょっと背筋が冷えるファンタジーだった。

 宵山とは、京都の三大祭りの一つである祇園祭本祭の前日のこと。ご存知の方も多いと思うが、京都の祇園祭は7月を通じて行われ、17日の山鉾巡行でクライマックスを迎える。宵山はその前日で、山や鉾が各町内に祭られる。それをつなぐように大量の露店がでて、京都の中心街がまるごとお祭り一色になる。何キロか四方の巨大な神社の境内が出現したかのようだ。
 本書は、主人公を替えて基本的にはその宵山の1日のことが語られる。バレエ教室に通う姉妹、高校の友人に会いに来た青年、劇団の裏方をやっていた大学生、会社員の女性、...。一見して関係のないそれぞれの1日が、宵山での不思議な出来事に収れんしていく。著者はこんなこともできたのか、と言ってはあまりに失礼だ。バカバカしい腐れ大学生のナサケナイ妄想だけを書く人ではないのだ。

 とは言え、「バカバカしい妄想」を期待する読者もいるはず。そういった方もご安心を、見ようによっては、今回のバカバカしさはスケールが違う。「よくやった」と、拍手したいぐらいだ。しかし、冒頭に書いた「不思議」の方に存在感がある。著者の「腐れ大学生モノ」はちょっと合わないな、という方にもオススメだ。

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2009年9月25日 (金)

沼地のある森を抜けて

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2005年8月30日発行 2005年11月5日4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 今まで読んだ著者の作品は、時間の流れがゆったりしているというか、私たちとは違う時間と空間というか、とにかく穏やかな感じのする物語だった。現実感が少し薄れた感じと言っても良い。それらに比べると、本書はなぜか心が休まらない居心地の悪さを感じた。
 それは本書が現代の都会を主な舞台としている現実感のせいではない。物語の不思議さ加減で言えば、飛びぬけて不思議な物語なのだ。(「家守綺譚」は妖怪の類が次々に登場する不思議な物語だけれど、100年以上前の日本には居たのではないかと思わせる)何てったって「ぬか床」がうめくのだ。そこから人が出てくるのだ。

 主人公の久美は化学メーカーの研究室で働く独身女性。両親を交通事故で亡くし、兄弟はいない。ある時、二人いる叔母の一人が亡くなり「ぬか床」を受け継いだ。もう一人の叔母の話によると、曾祖父母が故郷の島を出るときにただ一つ持って出てきたもの。その後、代々の女たちが世話をしてきたらしい。
 これがうめくし、人まで出てくる「ぬか床」だ。叔母からは「あなたが引き継ぐしかない」と、家の宿命だと言われたけれど迷惑千万だ。案の定、このぬか床に生活を翻弄されることになる。しかし、これも叔母の言だが久美には「素質がある」らしく、研究者としての知識も助けになって、この不思議をよく理解しようとし始める。

 私が、心が休まらないと感じたのは、ぬか床から人が現れる異様さもあるが、それよりも久美が背負った厄介ごとが憂鬱なものだったせいだ。しかし、久美はしっかりと考えて行動を開始した。物語後半は、久美のルーツに関わるちょっとスケールの大きなドラマに展開する。ちゃんと人の体温が感じられる物語にもなっているところはさすがだ。
 それから、久美の物語に挟み込まれるように、「島」の中で分裂を繰り返す「僕」の物語が綴られる。現実とは思えない暗喩に満ちた物語。まるで村上春樹さんの短編のようだ。この部分は、意欲的な実験作品なのかもしれない。

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2009年9月 4日 (金)

死神の精度

著  者:伊坂幸太郎
出版社:文藝春秋
出版日:2008年2月10日 第1刷 3月5日 第3刷
評  価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎作品。2003年から2005年にかけて発表された表題作を含む連作短編が6編収録されている。今回の主人公は「死神」。取り憑かれれば死期が近いという、なんとも不吉な主人公なのだが、著者の手にかかれば「こんなヤツならいてもイイかな?」なんて思ってしまう。

 主人公の死神の名前は千葉。そう死神にも名前があるのだ。仕事をする時の仮の名前なのだが、なぜかみんな市や町の地名になっている。仕事?そう死神にも仕事がある。仕事だけじゃない、監査部とか情報部とかの部署があって、分担して人の死に関する仕事をしている。
 そして千葉は調査部の一員だ。調査部の仕事は、情報部が選抜した人間を調査して、「死」を実行するのが適当かどうかを判断して、結果を監査部に報告することだ。判断はそれぞれの裁量に任されているし、よほどのことが無い限り「可」の報告をすることになっている。やっぱり、彼らが近くに現れたら死を覚悟した方がいいらしい。
 だから彼ら調査部の死神は「死の前触れ」ではあるけれど「死の原因」ではないのだから怨んだって仕方ない。とは言え「こんなヤツなら~」とはとても思えないところだが、なんかイイのだ。千葉には悪意が全くない(「助けてあげよう」とかいう優しい気持ちもないけれど)ところがイイのかも。頼まれたことは、やってあげてしまうところかもしれない。

 伊坂作品の魅力は、シャレたセリフと登場人物にあるが、本書も同じ。千葉が、仕事をする時には必ず雨が降ると言うと、調査対象の女性が「雨男なんですね」と答える。千葉がそれに返した言葉は..。彼の素朴な疑問の数々には思わずニヤリ。登場人物でいうと、最終話の美容院のおばあちゃんがイイ。年をとると何でも見通せるようになるらしい。伊坂ファンへのサービスエピソードもある。

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2009年8月23日 (日)

誇りと復讐(上)(下)

著  者:ジェフリー・アーチャー 訳:永井淳
出版社:新潮社
出版日:2009年6月1日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1年ぶりのジェフリー・アーチャー。今年6月に発行された新作。1年前にも書いたが、10年ほど前までは次から次へ貪るように読んで、新潮文庫の著者の小説は全部読んでしまった。1年前の「ゴッホは欺く」が、正直言って少し期待ハズレだったこともあって、6月に出たのは知っていたのだけれど、ちょっと静観していた。

 それで、本書は面白かった。「ゴッホは欺く」と比べて随分と楽しめた。著者の作品の特長は、逆境や絶体絶命の状況にある主人公が、相手にトリックをしかけて見事に逆転する「騙しのテクニック」にある。相手だけでなく読者まで騙してくれる。「もっとうまく騙して欲しかった」というのが前作の感想だが、今回はうまく騙してくれた。

 主人公はダニー。ロンドンのイーストエンド、いわゆる下町の自動車修理工だ。彼が幼なじみで恋人のベスと結婚を約束したその夜に、ベスの兄のバーニーを殺した容疑者にされてしまう。容疑者としてまた裁判の証人として真実を話すダニーとベスだが、陪審員にはその声はなかなか届かない。真犯人は新進気鋭の法廷弁護士、敵のホームグランドで戦っているようなものなのだ。

 目次を見ると「裁判」「刑務所」「自由」「復讐」..と、物語のほとんどが分かってしまう感じがする。無実の罪を着せられた主人公が、真犯人に迫る物語。解説にも「古今東西..軽く数千のオーダーはあろうか」とある。数千はさすがにムリだけれど、小説やドラマ・映画でいくつかは思いうかぶ。
 しかし、本書はそんな中で頭抜けて巧みなストーリーだ。その一端は著者の経験によるものだろう。著者はが詐欺事件の被害者であるだけでなく、偽証罪の有罪判決を受けた経験まで持つ。本書の前半の舞台である「ベルマーシュ刑務所」は、なんと著者自身が収監されていた刑務所なのだ。
 ダニーの周囲に善意の人が多く、少し幸運すぎる感じがしないでもないが、ヒーローに幸運はつきものだ。サスペンスと法廷劇がたっぷりと楽しめる。オススメ。

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