2.小説

2009年11月 3日 (火)

あるキング

著  者:伊坂幸太郎
出版社:徳間書店
出版日:2009年8月31日 第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「誰も読んだことのないような伝記を書いてみました。」と著者が言うように、まず本書は伝記だ。あるホームランバッターになったプロ野球選手の生涯が綴られている。「誰も読んだことのない」についても、まぁそうだろうと思う。主人公の山田王求の生涯は、何かが少しズレている。

 王求の両親は、熱烈な仙醍キングスのファン。ちなみに仙醍キングスは万年最下位の弱小プロ野球チーム。王求が生まれる時に母は、破水して病院に行った後も、陣痛室に移るその時までテレビで試合を見ていた。そして残る父には「あなたはここで試合の結末を見届けて」と言った。
 そして、生まれてきた子どもに「王(キングス)が求める」という意味で、「王求(おうく)」と名付け、仙醍キングスに入団させるべく王求を育てた。そんな両親の想いが通じたのか、王求は尋常ではない才能と練習によって一流の野球選手に成長していく。

 普通の伝記であれば、細かいエピソードを除けば、これでほとんど全てでネタバレもいいところだ。ところが「誰も読んだことのない」伝記である本書は、生涯を表したストーリーにはそれほどの意味はない。天才野球少年から高校、プロへと進む、生涯の各段階での王求を見る周囲の目線が、物語の核となっている。
 冒頭に「何かが少しズレている」と書いた。王求はズバ抜けて野球が上手いだけなはずなのに、完全に周囲から浮いてしまっている。少しだけ普通じゃない両親や本人の言動の積み重ねと、その結果の野球の才能が、周囲と王求の間に小さなしかし決定的なズレを生じさせているのだ。

 気の利いたセリフや不思議な登場人物、淡々とした主人公など、伊坂作品らしいと言えばそうなのだが、ちょっと雰囲気が違う。陽気で楽しい「白伊坂」と、闇や得体の知れないモノを描く「黒伊坂」がいる、という話を聞いたことがあるけれど、「黒伊坂」がチラチラと顔を出す作品。

この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。
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2009年10月27日 (火)

植物図鑑

著  者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2009年6月30日 初版発行 
評  価:☆☆☆☆(説明)

 草食系男子を拾った二十代後半女子の物語。肉食系とは限らないけれど、自衛隊などのマッチョな戦闘職種男子の恋愛を数多く描いた著者が、料理はじめ家事全般を人並み以上にこなすスマートな男子に恋してしまった女子を描くとどうなるのか?

 主人公さやかが恋した相手のイツキは、草食系といってもタダ者ではない。「よかったら俺を拾ってくれませんか」。さやかのマンションの玄関前で行き倒れていたイツキがさやかにかけたセリフがこれだ。「捨て犬みたいにそんな、あんた」と言うさやかに返した言葉がさらにスゴイ。異論はあるだろうが、私はこれは確信犯だと思う。相当切れる頭脳の持ち主でなければ、こんなことは言えない。
 「相当切れる」という私の第一印象はおそらく正しく、常に「こうして欲しい」と思うちょっと上を行くイツキの言動は、さやかの心を捉えてしまう。ある意味「絶対彼氏」だ。もしかして著者の妄想が実体化したものかも?

 そうそう、書き忘れましたが「草食系」というのは自分から女性を求めないという意味で、イツキはまさにそういうヤツなんだけれど、もう一つの意味がある。イツキは文字通り「草を食べる」のだ。植物図鑑並みの、いや「食べる」ことに関してはそれを上回る植物の知識の持ち主で、河原や道端の草の食し方を心得ている。しかもイツキが料理した草はとても美味いらしい。
 男の私から見れば、出来すぎのイツキに嫌味の一つも投げたくなるが、彼にも色々と背負うモノがあるようなので許す。フキやフキノウトウ、ツクシやノビル、ミントにヨモギ、私も山野草やハーブは好きだし、もっと他の草も愛情を込めた料理にするイツキを好ましく思う。最終章が切なくも幸せ。

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2009年10月24日 (土)

宵山万華鏡

著  者:森見登美彦
出版社:集英社
出版日:2009年7月10日 第1刷 
評  価:☆☆☆☆(説明)

 京都という街は不思議な街だ。私が住んでいたのはもう25年も前なのだが、人口150万人近い大都市なのに、何かの折に物の怪の気配を感じることがあった。それは糺の森を歩いている時であったり、鴨川の流れを眺めているときであったりする。そして、大繁華街である河原町界隈でさえ、そういった気配から無縁ではなかった。
 縦横に延びる路地に、空気の濃さと温度が違うように感じる場所がある。その頃は、気味が悪いとは思ったがそれ以上深くは考えなかった。もしかしたら異世界と通じるスポットだったのかもしれない。何といっても1200年前からそこには人の営みがあったのだから。本書は、京都の街のそんな不思議な雰囲気を思い出す、ちょっと背筋が冷えるファンタジーだった。

 宵山とは、京都の三大祭りの一つである祇園祭本祭の前日のこと。ご存知の方も多いと思うが、京都の祇園祭は7月を通じて行われ、17日の山鉾巡行でクライマックスを迎える。宵山はその前日で、山や鉾が各町内に祭られる。それをつなぐように大量の露店がでて、京都の中心街がまるごとお祭り一色になる。何キロか四方の巨大な神社の境内が出現したかのようだ。
 本書は、主人公を替えて基本的にはその宵山の1日のことが語られる。バレエ教室に通う姉妹、高校の友人に会いに来た青年、劇団の裏方をやっていた大学生、会社員の女性、...。一見して関係のないそれぞれの1日が、宵山での不思議な出来事に収れんしていく。著者はこんなこともできたのか、と言ってはあまりに失礼だ。バカバカしい腐れ大学生のナサケナイ妄想だけを書く人ではないのだ。

 とは言え、「バカバカしい妄想」を期待する読者もいるはず。そういった方もご安心を、見ようによっては、今回のバカバカしさはスケールが違う。「よくやった」と、拍手したいぐらいだ。しかし、冒頭に書いた「不思議」の方に存在感がある。著者の「腐れ大学生モノ」はちょっと合わないな、という方にもオススメだ。

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2009年9月25日 (金)

沼地のある森を抜けて

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2005年8月30日発行 2005年11月5日4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 今まで読んだ著者の作品は、時間の流れがゆったりしているというか、私たちとは違う時間と空間というか、とにかく穏やかな感じのする物語だった。現実感が少し薄れた感じと言っても良い。それらに比べると、本書はなぜか心が休まらない居心地の悪さを感じた。
 それは本書が現代の都会を主な舞台としている現実感のせいではない。物語の不思議さ加減で言えば、飛びぬけて不思議な物語なのだ。(「家守綺譚」は妖怪の類が次々に登場する不思議な物語だけれど、100年以上前の日本には居たのではないかと思わせる)何てったって「ぬか床」がうめくのだ。そこから人が出てくるのだ。

 主人公の久美は化学メーカーの研究室で働く独身女性。両親を交通事故で亡くし、兄弟はいない。ある時、二人いる叔母の一人が亡くなり「ぬか床」を受け継いだ。もう一人の叔母の話によると、曾祖父母が故郷の島を出るときにただ一つ持って出てきたもの。その後、代々の女たちが世話をしてきたらしい。
 これがうめくし、人まで出てくる「ぬか床」だ。叔母からは「あなたが引き継ぐしかない」と、家の宿命だと言われたけれど迷惑千万だ。案の定、このぬか床に生活を翻弄されることになる。しかし、これも叔母の言だが久美には「素質がある」らしく、研究者としての知識も助けになって、この不思議をよく理解しようとし始める。

 私が、心が休まらないと感じたのは、ぬか床から人が現れる異様さもあるが、それよりも久美が背負った厄介ごとが憂鬱なものだったせいだ。しかし、久美はしっかりと考えて行動を開始した。物語後半は、久美のルーツに関わるちょっとスケールの大きなドラマに展開する。ちゃんと人の体温が感じられる物語にもなっているところはさすがだ。
 それから、久美の物語に挟み込まれるように、「島」の中で分裂を繰り返す「僕」の物語が綴られる。現実とは思えない暗喩に満ちた物語。まるで村上春樹さんの短編のようだ。この部分は、意欲的な実験作品なのかもしれない。

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2009年9月 4日 (金)

死神の精度

著  者:伊坂幸太郎
出版社:文藝春秋
出版日:2008年2月10日 第1刷 3月5日 第3刷
評  価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎作品。2003年から2005年にかけて発表された表題作を含む連作短編が6編収録されている。今回の主人公は「死神」。取り憑かれれば死期が近いという、なんとも不吉な主人公なのだが、著者の手にかかれば「こんなヤツならいてもイイかな?」なんて思ってしまう。

 主人公の死神の名前は千葉。そう死神にも名前があるのだ。仕事をする時の仮の名前なのだが、なぜかみんな市や町の地名になっている。仕事?そう死神にも仕事がある。仕事だけじゃない、監査部とか情報部とかの部署があって、分担して人の死に関する仕事をしている。
 そして千葉は調査部の一員だ。調査部の仕事は、情報部が選抜した人間を調査して、「死」を実行するのが適当かどうかを判断して、結果を監査部に報告することだ。判断はそれぞれの裁量に任されているし、よほどのことが無い限り「可」の報告をすることになっている。やっぱり、彼らが近くに現れたら死を覚悟した方がいいらしい。
 だから彼ら調査部の死神は「死の前触れ」ではあるけれど「死の原因」ではないのだから怨んだって仕方ない。とは言え「こんなヤツなら~」とはとても思えないところだが、なんかイイのだ。千葉には悪意が全くない(「助けてあげよう」とかいう優しい気持ちもないけれど)ところがイイのかも。頼まれたことは、やってあげてしまうところかもしれない。

 伊坂作品の魅力は、シャレたセリフと登場人物にあるが、本書も同じ。千葉が、仕事をする時には必ず雨が降ると言うと、調査対象の女性が「雨男なんですね」と答える。千葉がそれに返した言葉は..。彼の素朴な疑問の数々には思わずニヤリ。登場人物でいうと、最終話の美容院のおばあちゃんがイイ。年をとると何でも見通せるようになるらしい。伊坂ファンへのサービスエピソードもある。

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2009年8月23日 (日)

誇りと復讐(上)(下)

著  者:ジェフリー・アーチャー 訳:永井淳
出版社:新潮社
出版日:2009年6月1日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1年ぶりのジェフリー・アーチャー。今年6月に発行された新作。1年前にも書いたが、10年ほど前までは次から次へ貪るように読んで、新潮文庫の著者の小説は全部読んでしまった。1年前の「ゴッホは欺く」が、正直言って少し期待ハズレだったこともあって、6月に出たのは知っていたのだけれど、ちょっと静観していた。

 それで、本書は面白かった。「ゴッホは欺く」と比べて随分と楽しめた。著者の作品の特長は、逆境や絶体絶命の状況にある主人公が、相手にトリックをしかけて見事に逆転する「騙しのテクニック」にある。相手だけでなく読者まで騙してくれる。「もっとうまく騙して欲しかった」というのが前作の感想だが、今回はうまく騙してくれた。

 主人公はダニー。ロンドンのイーストエンド、いわゆる下町の自動車修理工だ。彼が幼なじみで恋人のベスと結婚を約束したその夜に、ベスの兄のバーニーを殺した容疑者にされてしまう。容疑者としてまた裁判の証人として真実を話すダニーとベスだが、陪審員にはその声はなかなか届かない。真犯人は新進気鋭の法廷弁護士、敵のホームグランドで戦っているようなものなのだ。

 目次を見ると「裁判」「刑務所」「自由」「復讐」..と、物語のほとんどが分かってしまう感じがする。無実の罪を着せられた主人公が、真犯人に迫る物語。解説にも「古今東西..軽く数千のオーダーはあろうか」とある。数千はさすがにムリだけれど、小説やドラマ・映画でいくつかは思いうかぶ。
 しかし、本書はそんな中で頭抜けて巧みなストーリーだ。その一端は著者の経験によるものだろう。著者はが詐欺事件の被害者であるだけでなく、偽証罪の有罪判決を受けた経験まで持つ。本書の前半の舞台である「ベルマーシュ刑務所」は、なんと著者自身が収監されていた刑務所なのだ。
 ダニーの周囲に善意の人が多く、少し幸運すぎる感じがしないでもないが、ヒーローに幸運はつきものだ。サスペンスと法廷劇がたっぷりと楽しめる。オススメ。

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2009年7月19日 (日)

魔王

著  者:伊坂幸太郎
出版社:講談社
出版日:2008年9月26日 第2刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「モダンタイムス」から遡ること約50年。本書の初出の2004~2005年とほぼ同年代、つまり現代が舞台。正確に言えば本書が先にあって、「モダンタイムス」がこれに続く作品。この順で読むほうが良いのだろう。私は、読む順番が逆になってしまったけれど、「モダンタイムス」に出てきた登場人物や、その口から語られるエピソードなどが本書に登場していて、これはこれで楽しめた。

 「魔王」と「呼吸」の2編の中編が収められている。2編の間には5年の歳月があって、主人公も違うのだがひと続きの物語になっている。「魔王」の主人公は安藤、システム開発の会社に勤めている。ある日、自分には不思議な能力があることに気が付く。自分が念じた言葉を、誰かに話させることができるのだ。
 時代は不穏な時代だった。景気は回復せず、中東の紛争が長引き、中国との関係はギクシャクし、米国には頭が上がらない。失業率が史上最悪を更新、与党の支持率が低下、そして衆議院が解散、野党に国民の期待が集中する...これはいつのこと?もしかして今?...そんなはずはない、上に書いたように本書の初出は2004年だ。
 しかし、読み進めれば読み進めるほど、現在のことを言っているのではないかと思ってしまう。分かりやすい言葉と「世論」という洪水に乗せられて、国民が一つの方向になびいてしまう。「考えろ」が身上の安藤は、そんな世の中に不安を感じて、衝き動かされるように行動を開始する。

 これは、面白かった。著者の他の作品とは何か違うものを感じた。村上春樹氏の「コミットメント」という言葉が連想される。著者はあとがきで「(政治的な)特定のメッセージを含んでいない」と断ってある。これは、何かのメッセージが読み取れてしまうからこそ、こういった断り書きが必要になったのだろう。「考えろ」。これは、安藤の口から再三発せられるほか、「呼吸」では思わぬ人物が熱を込めて語る言葉だ。
 タイトルの「魔王」はシューベルトの歌曲の名から取られている。薄学な私は知らなかったが、子どもが「魔王がいる」と訴えているのに、父親は気付くことができず「あれは柳の木だ」とか都合の良いように解釈しているうちに、子どもの魂は魔王に連れて行かれて息絶えてしまった、という悲劇だ。

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2009年7月13日 (月)

英国太平記 セントアンドリューズの歌

著  者:小林正典
出版社:早川書房
出版日:2009年5月25日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「本が好き!」プロジェクトで献本いただきました。感謝。

 日本人の著者が書いた、英国の歴史物語。今から700年前の1286年から1329年の40年余りのスコットランドを舞台とした戦乱の時代を描いたものだ。日本の南北朝時代の戦乱を描いた「太平記」と時代も内容も類似している。「英国太平記」というタイトルは、なかなか的を射ている。

 物語の当時の英国は1つの国ではなく、イングランド、スコットランドに分かれ、それぞれに王家を戴きながらも、実質的には有力な諸侯が領地を治めていた。そして、事故でスコットランド王アレクサンダー三世が亡くなってしまう。王の血を引くのは、ノルウェー王に嫁いだ娘が生んだ3歳の幼女のみ。これが物語の始まり。
 隣国イングランドの侵攻とスコットランドの防衛を中心に、スコットランド内の諸侯の駆け引き、当時は当たり前にあった政略結婚による、複雑な家族・人間関係が、これが処女作とは思えない筆致で描かれる。いくつかの戦闘では、戦術と推移が手に取るように分かるのも素晴らしい。

 そして、本書が実に活き活きとした歴史物語となっているのは、第一にはもちろん著者の力によるものだが、これに加えるべきは、描かれている出来事そのものの魅力だ。私が英国史はおろか西欧史にも明るくないだけだと言えばそれまでだが、こんなドラマティックな物語があったのかと、うれしい驚きの経験だった。
 最後にひとつ。戦乱の物語の常で、主要な登場人物は全て男性。男たちがある者は上を目指し、あるものは情のために、別の者は保身のために動く。それに対して、女性たちは戦いには出ないが、それぞれの信念で動く。女性を主人公に据えた日本の戦国時代の物語があるように、「英国女太平記」というのも面白いかもしれない。

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2009年6月 3日 (水)

Story Seller(ストーリーセラー)

編  者:新潮社ストーリーセラー編集部
出版社:新潮社
出版日:2009年2月1日 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 本書は、月刊の文芸誌「週刊新潮」の2008年5月号別冊として発売された雑誌を文庫化したもの。伊坂幸太郎、有川浩、近藤史恵、佐藤友哉、本多孝好、道尾秀介、米澤穂信の7人の書き下ろし短編が収録されている。
 伊坂幸太郎さん、有川浩さんは私が好きだと公言している作家さんだし、近藤史恵さんは「サクリファイス」を読んで関心度が急上昇中。しかも収録されているのは「サクリファイス」の外伝だという。文庫で860円とは安くはないが、私にとっては何ともお買い得な1冊だ。私が注目した3人以外の4人も、それぞれに文学賞を受賞された方々だそうで、出版社が「物語のドリームチーム」なんて言うのも分かる。

 伊坂さんの作品は、短いながらもちょっと捻りの効いた伊坂作品らしいモノ。近藤さんの作品は「サクリファイス」のテイストそのままの外伝。すごく良かったとは言えないが、まぁ期待通りだった。ちょっと不満があるのは有川さんの作品。この作品は私は好きになれない。著者が「悪意」や「悲劇」も描けることは分かっているが、読後感は大事にしてほしい。
 「ドリームチーム」でもいつも最高のパフォーマンスが出せるとは限らない。一流選手も調整不足で良い結果を出せないことがある。詳しくは分からないが、雑誌に向けての書き下ろしと1冊の単行本の出版とは、かける時間や推敲の量が違うのかもしれない。奇しくも有川さんの作品は、雑誌にたくさんの物語を身を削るように書く小説家の話。著者もあんな風に雑誌に作品を書いているのかもと思うのはいけないことだろうか?

 そんな想像から、小説を読むなら文芸誌よりも本として出版されたものを読む方が良いのではないかと思った(例え文芸誌に連載されたものをまとめて単行本として出版するにしても)。ただ、文芸誌にも良いところはある。それは、新しい作家さんとの出会いだ。
 本を買うならなおさらだが、図書館で借りるにしても未知の作家さんの本を手にすることは限られている。その点、本書は私が知らない4人の作家さんの作品を読む機会になった。どの作品にもちょっと毒があるのだけれど、もう1冊ぐらい読んでみようかな、と思う。

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2009年5月24日 (日)

陽気なギャングが地球を回す

著  者:伊坂幸太郎
出版社:祥伝社
出版日:2003年2月20日 初版第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの単行本としては3作目になる作品。「長編サスペンス 書下ろし」と表紙に小さく書いてあるが、私にはライトなコメディに思えた。現場で必ず演説をぶつ銀行強盗なんて、コメディでなければ何だというのだろう。そう、本書は銀行強盗の話。それも何とも軽いノリの4人組の銀行強盗が主人公。それでいて成功率は100%だ。

 演説をぶつのは響野。口から出るのはウソばかりという男。でも仲間を裏切ることはしないし、自分にウソは付かない。真っ直ぐなヤツなのだ。彼の昔からの友人でもある成瀬はウソを見抜く名人。ウソつきとウソを見抜く名人の組み合わせとは相性が悪い、いや逆に抜群に良いのだろう、2人のコンビは息が合っていて最高だ。
 この2人と久遠と雪子の4人組と響野の妻や雪子の息子らが、組み合わせを変えて登場する短めの場面がドンドン展開していく。テンポが良くて会話が面白いのでアッと言う間に読み進んでしまう。映画化されたのだが、映画の長さは90分あまり。あとがきによると、著者がそのくらいの長さの映画が体質にあっていると言い、ふと「そういうものが読みたくなり」書いた話らしい。コンパクトな話なのは、著者自身の狙いでもあったわけだ。

 今年は、著者の作品を意識的に多く読んでいる。最近のものを読んだり本書のようにデビュー間もない頃のものを読んだり。その中で本書はおススメの1冊だ。伊坂作品の中で最初に読むとしたらこの本がイイかも。なぜなら本書は読者を選ばない。会話は面白いし、伏線は活きている。でも伏線の複雑さはホドホド、ついでに不思議さもホドホド、悪意や暴力もホドホド。伊坂作品の特長がホドホドに入っていて、万人にウケそうなので入門編として最適だ。

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2009年5月11日 (月)

プリンセス・トヨトミ

著  者:万城目学
出版社:文藝春秋
出版日:2009年3月1日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「鹿男あをによし」で奈良、「鴨川ホルモー」で京都を舞台に、奇抜な着想で物語を描き出した著者が、次に舞台に選んだのは出身地の大阪だ。さらに詳しく言うと、大阪城の南に位置する急坂の商店街「空堀商店街」。視界さえ開ければ大阪城天守閣が拝めるくらいの距離だ。タイトルの中の「トヨトミ」はもちろん、かつての大阪城の主であった「豊臣家」のことで、「プリンセス」ももちろん「姫」だ。本書は、多くの人がタイトルを見て思ったとおりに「豊臣家の姫」の物語。
 そうは言っても、奇抜な着想が特長である著者のことだから、一筋縄ではいかない。物語はあらぬ方向へ向かい、信じ難い出来事を引き起こしながら、豊臣家の姫の物語に収れんしていく。

 主人公の名前は真田大輔。大阪には信州上田の真田家が好きな人が多い。空堀商店街の近くに真田山という地名があるが、ここは大阪冬の陣の際に真田幸村が真田丸という出城を築いて奮戦した地の跡と言われている。夏の陣での幸村の戦死の地と言われている安居神社では今でも幸村祭が行われる。
 上田の人に聞いたのだが、大阪で上田から来たと言ったら「真田は太閤さんの味方だから」と言っておマケしてもらったそうだ。400年以上前の出来事が今の大阪の人の心に生き続けている。本書では真田家のことは匂わせる程度にしか書かれていないが、このことはストーリーに大きく関わっている。

 表紙は、本書の準主人公である会計検査院の調査官3人が、お堀越しに大阪城天守閣を仰ぎ見る絵だ。実は私はこれとそっくりな構図の大阪城を見たことがある。大阪に出張で深夜にホテルに入って、翌朝の朝食をとったホテルのレストランから間近に見えた大阪城がこんな感じだった。関西に生まれ育っても大阪城を見る機会はそんなにないものだ。その威容にしばし圧倒されたのを覚えている。
 上に書いた「信じがたい出来事」というのは、ある目的を持った仕掛けなのだが、私に言わせれば「大仕掛け過ぎる」。しかし、大阪城のあの威容をいつも感じて、400年以上前の出来事を胸に抱いている大阪の人々なら、これぐらいの空想はアリなのかもしれない。

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2009年5月 7日 (木)

三匹のおっさん

著  者:有川浩
出版社:文藝春秋
出版日:2009年3月15日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 有川浩さんの最新作。図書館戦争シリーズで甘々のラブストーリーを展開して、「別冊1」ではついに私の「耐甘さ」の限界に達した後、様々な糖度のラブストリーを放ち続けた著者の最新作。その主人公は、何と還暦を迎えたじいさんの3人組(本人たちは「じいさん」と呼ばれたくはないようなので、タイトルは「おっさん」なのだ)。これでラブストーリーはツライ?著者の新境地か?

 物語は、おっさんの1人である、清田清一(通称キヨ)が勤め上げたゼネコンを定年退職する辺りから始まる。本書はキヨの「地域デビュー」の物語でもある。団塊の世代が定年後に地域に自分の居場所や暮らしを見つけることが「地域デビュー」。定番と言えばボランティア活動なんかだろう。キヨの考えもボランティアなのだが、その内容は定番とはとても言えない。キヨが思いついたボランティアは「自警団」だ。
 自警団のメンバーは3人。キヨは長らく剣道場の師範をしていた。長い物を持たせればちょっとした侍だ。仲間のシゲは柔道家で、こちらは組ませれば敵なし。もう1人のノリは町工場の経営者、腕っぷしは強くないが頭脳派。一撃必殺(殺さないように調節してある)のスタンガンを自作できる、ある意味では一番キケンなおっさんだ。

 楽しめた。痛快だった。街のチンピラにレイプ犯に詐欺師、悪徳商法..と、悪いヤツらが次々登場しては3人の成敗を受ける。還暦を迎えるとはいえ、武道の達人2人と自作メカで武装したおっさんだから、生半可なワルなんかひとたまりもない。抵抗しても武力で制圧されてオワリだ。(法律的にはちょっとヤリ過ぎかもしれない)
 冒頭の「著者の新境地か?」の答えはYESでありNOでもある。これまでの一連の作品で「ラブコメ」なんてなんか気恥かしい、という人でも本書はOKだろう。だからYES。しかし、ちょっと甘いラブストーリーが、ワル者成敗の痛快物語にしっかり絡んでいるし、家族の絆もあれば、犯罪のダークな描写まで含めて、著者のこれまでの作品の魅力や傾向は健在。新境地というよりは、ちょっと趣向を変えてみた、というところかも。それでNO。

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2009年5月 2日 (土)

サクリファイス

著  者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2007年8月30日 初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 2008年の本屋大賞の第2位(ちなみにその年の第1位は「ゴールデンスランバー」)。読んでみたいとは思ったのだけれど、受賞直後は図書館の予約が殺到して借りられなかった。以来事あるごとに思い出していたところ、るるる☆さんのブログで見ておススメもいただいたので読んでみた。

 物語の舞台は自転車のロードレース。何度かスポーツニュースで、集団やタテ1列になって道路を駆け抜けていくレースの映像を観たことはあるし、「ツール・ド・フランス」なんて大会の名前も知っている。知っているけれど、本書を読んで「知らないも同然だった」と思った。本書で自転車ロードレースを知って興味を持つ人もいるだろう。結構奥が深いのだ。
 レースだから、よーいドン!(とは言わないだろうけれど)でスタートして、早くゴールした者が勝ちというのは変わらない。基本的には個人競技だ。でも、上級のレースではチームのメンバーが役割分担して、エースを勝たせるという団体競技になっている。エース以外の役割は、エースの風除けになったり、エースの自転車に故障があれば自分のを差し出すなんてことだってある。
 つまり、エースを勝たせるための犠牲。タイトルの「サクリファイス」には、自転車ロードレース特有の意味が込められている。そして、読み終わって分かる、もう1つ別の意味も。

 読んでいて「風が強く吹いている」を思い出した。あちらは駅伝のランナーの話だ。どちらもレース中は1人で様々思いを胸に走る。そこには葛藤やドラマがある。走るスポーツは物語向きなのかもしれない。
 だとしても、自転車ロードレースの選手が抱える葛藤は、傍目には並大抵のものではない。エースを勝たせるためのアシストは、どんなに良い仕事をしても記録には一切残らない。エースにならなかったほとんどの選手は、全選手生活で1度の優勝も表彰台もない。しかし、プロになるほどの実力はあるのだ。当然、上を目指す心は抑えられないはずだ。250ページ足らずの小品ながら、読み応えアリだ。

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2009年4月29日 (水)

モダンタイムス

著  者:伊坂幸太郎
出版社:講談社
出版日:2008年10月16日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの単行本の最新刊。漫画週刊誌「モーニング」の2007年4月~2008年5月に連載された小説に加筆修正したもの。短めの章が56章もあるのは、週刊誌の1回連載分が1つの章になっているからだろう。帯に「伊坂作品最長1200枚」とあり最長編になるらしいが、長く感じられないのも短い章の連続のテンポの良さのためだ。「全力疾走した短いお話を56個積み重ねたかのような」と著者も評しているが、まさにそんな感じ。

 主人公は、中堅のシステムエンジニアの渡辺。日々、顧客や営業部門から要求されるムリ目のシステム開発を、睡眠時間と健康を削ってこなしている。彼には他人が羨むような美人の妻がいる。物語の冒頭は、渡辺が拷問を受けるシーンだ。なんとショッキングな。主人公に拷問だなんて。しかも、その拷問の影には美人の妻がいるらしい。いったいどうなってるんだこの話は、という思うほどに初っ端から突っ走り気味に始まる。
 さらに、渡辺の周辺で不可解なことが連続して起きる。連絡がさっぱり取れないシステム開発の発注元の会社。先輩エンジニアの失踪。渡辺自身も暴漢に襲われる。そのカギは宣伝文句にもなっている「検索から、監視が始まる。」だ。どうやらインターネットでの検索を誰かが監視しているらしい。

 「伊坂さんにはまる」と宣言して旧作を中心に何冊か読んできた。最新刊も気になっていたので読んでみたというわけだけれど、本書はちょっと私の好きな伊坂作品とは趣がちがった。面白くないわけではない。「勇気は実家に忘れてきました」なんてセリフもあきれてしまうが何故か好きだし。
 でも、伊坂作品の醍醐味は、緻密に張り巡らされた伏線にあると思っている。騙し絵のように読者を欺くミスリードの巧みさが特長だと思っている。だから「ゴールデンスランバー」以降、伊坂作品は1行も読み落としがないような読み方をしていた。ところが、本書にはそういったものが、私が見たところ見当たらない。
 (私の見落としという可能性も十分あるが)恐らくは、漫画週刊誌への連載という形式が影響しているのだろう。著者あとがきには、「毎回、担当編集者と打ち合わせをし、次号の内容をそのつど決めて..」とあり、全体を俯瞰しての伏線という仕込みはできなかったことが伺える。こういう小説の書き方は、著者に限って言えば向いていないと言うか、もったいないとに思うが、どうだろうか?

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2009年3月28日 (土)

図書室の海

著  者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:2002年2月20日発行
評  価:☆☆☆(説明)

 恩田陸の短編集。表題作を含む2編の書き下ろしを除いて、様々な出版社の様々な雑誌に掲載されたものを1冊にまとめたものらしい。全部で10編が収録されている。著者によるあとがきに、それぞれの短編の背景が短く書かれているので、短編を読んだ後にそれぞれの背景を読んでみることをお勧めする。
 その理由は、今読んだ作品をもう一度かみしめることができるからだが、それだけではない。続けて読んでいると話にノリきれない時があるのだ。本を読むときには、無意識にでも「これはミステリー」「これはファンタジー」という心構えがあって、それで物語に入り込んでいけるのだと思う。ところが、ご存じのように著者はコメディーから感動悲話、またはホラーまで幅広いジャンルの作品を手がけている。この短編集もそれらが混在しているので、心構えができなかったり、間違えていたりするのだ。
 前の作品の余韻を残して友情物語かと思っていたら、どうも怪しげな展開になって「これはホラーだったんだ」という時などは、茫然としてしまった。だから、1編終わるごとにあとがきを読んで一拍置くことで、気持ちをリセットして次に行けば良いんじゃないかと思う。

 そういったことで、私は今一つ消化不良気味に読み終えてしまった。もともとホラーが好きではないこともその一因だと思う。それから、「夜のピクニック」の前日談が収められていることが、本書を手に取った理由の一つで、本編を深く読み解く何かがあるかと期待したが、そういったものはほとんどなかった。本編から想像できる前日、といったものだった。これもあとがきを読んで納得。この短編は「夜のピクニック」の予告編として書かれたものだそうだ。普通に考えて予告編に、物語の核心を書いてしまわないだろう。  少し古めではあるが、著者の変幻自在さがお好みの方は、未読なら読まれるといいだろう。そうではない方、著者の特定のジャンルや作品が好き、という方は読み方を工夫されるといいと思う。

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2009年3月 6日 (金)

オーデュボンの祈り

著  者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2003年12月1日発行 2008年11月10日第31刷
評  価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんのデビュー作。新潮ミステリー倶楽部賞受賞。デビュー作なので当たり前なのだが、私が読んだその後の著者の作品の特徴の原点が見られる。複数の視点で並行した物語が語られること。物語の時間が前後することがあること。伏線を潜ませる前半とそれを回収する終盤という構成。こう言ったことが、私は著者の作風だと思うのだが、デビュー作の本書ですでに特徴として現れている。ただし(まだ)デビュー作なので、これも当たり前なのだが、少ぉし切れ味が足りないというか、中途半端な感じがした。

 主人公は伊藤という青年。元システムエンジニアで、会社を辞めて2か月後に、人生をリセットしようとしてコンビニを襲い失敗した。そしてパトカーで連行される途中で逃走。その後の記憶はなく、朝目覚めると見知らぬ島の見知らぬ部屋にいた。
 この島は仙台の南にある島なのだが、江戸時代から外界と隔絶されていて、人々は独自のルールを持って暮らしている。不思議な人々、不思議な習慣がたくさんあるのだが、一番の不思議は、しゃべるカカシだ。しかも、このカカシは未来が分かるのだ。そして、物語はこのカカシがバラバラにされたことから展開していく。
 そして、このカカシをバラバラにした犯人がだれか?ということと共に、「この島に足りないもの」が繰り返し謎として提示される。この謎と、伊藤の元彼女に迫る危険などが物語の牽引役となって終盤までひっぱる。面白い読み物にはなっている。

 しかし、本書のネットでの評判は思いのほか良くない。江戸時代に外界から隔絶された島、しゃべるカカシという奇想天外さが、受け入れられないと感じた人もいるようだし、私も感じた少ぉしの中途半端さも不評の原因だろう。ただ考えて見れば、奇想天外な設定が悪いとは限らないし、その後の成熟した作品と比べてデビュー作を評価するのは間違っている。
 そう、伊坂作品を何冊か読んだ後に本書を読む人は、これが始りの本なのだという思いを持って読むと良いだろう。「神様のレシピ」という、その後の作品に度々登場する言葉も、本書が初出でその意味が明らかにされていることだし。

 最後に蛇足と知りつつ、一つ述べる。著者の作品が村上春樹さんの作品の影響を強く受けている、という指摘が既に多くの方からされている。本書を読む限りでは、その指摘は確かに当たっているように思う。でも、後の作品にはこういったことはあまり感じられなかった。著者は、本書の後は「伊坂幸太郎らしさ」を積み上げてきたのだと思う。

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2009年2月18日 (水)

グラスホッパー

著  者:伊坂幸太郎
出版社:角川書店
出版日:2004年7月30日初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 伊坂幸太郎さんの5年ほど前の作品。今年は(るるる☆さんと一緒に)伊坂作品にはまろうと考えているので、積極的に過去の作品を読んでいきます。

 相変わらずうまい(過去の作品なので「相変わらず」は正しい用法ではないけれど)。複数の視点から順に語られる手法もお馴染みなら、終盤に来てそれらが収束していくのも、目立たない伏線が最後なって浮上して、足をすくわれるような感覚もお馴染みだ。パターンにはまったと言えばその通りなのだが、今回も気持ちよく足をすくわれてしまった。

 悪いやつがたくさん登場する。登場する人物のほとんどが「闇社会」の一員だ。それでいて冷たい感じがしない。悪いやつらも、失敗したり焦ったり悩んだりと、妙に人間臭いからだ。
 主人公は「鈴木」。悪徳会社の社長のバカ息子に悪ふざけの事故で妻を殺されている。彼は、復讐のためにその悪徳会社の契約社員となっている。その他の視点は「蝉」と「鯨」と呼ばれる2人の殺人のプロ。
 本書によると、この社会には殺人の「業界」があって、電話やなんかで殺人の注文を受けたり、人材を派遣したりしているらしい。鈴木も含めて、登場人物のほとんどはこの「業界」の一員なので、悪いやつらなのだ。ただ、あんまり悪いやつらばかり出てくるので、中でも罪の軽い人がいると、ちょっといい人に思えてしまうから、私の善悪の感覚もあてにならないものだ。

 元々はこの業界の人間ではないからか、追われる身となった鈴木の見通しの甘い行動には少しあきれるが、まぁどこかユーモラスで憎めない。「蝉」と「鯨」が抱えるそれぞれの悩みもうまく描かれていた。舞台が殺人の業界だから必然かもしれないが、何人もが死ぬがつらいが、読後感はそれほど悪くないことに救われる。

この本を読んだ方へ質問。
 鈴木は最後に5階に行くのですが、4階に行くべきではないのでしょうか?

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2009年2月16日 (月)

流星の絆

著  者:東野圭吾
出版社:講談社
出版日:2008年3月5日第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 東野圭吾さんの近刊。図書館で予約して半年あまり待った。その間にTBS系列でドラマ化されたのだけれど見なかった。先に原作で読みたかったので。最近のテレビは小説やコミックの「原作もの」が多いですが、出版されて半年でテレビドラマ、というのは早すぎないか?と思う。

 主人公は、功一、泰輔、静奈の兄弟妹。物語は、幼い彼らが家を抜け出すシーンから始まる。ペルセウス座流星群を見ようと、両親には内緒で出かけようとしているのだ。このエピソードがタイトルにつながっている。そしてその夜、彼らの両親は何者かに殺害される。
 その後、大人になった彼らは、危ない橋も渡るけれど寄り添うように生きていく。そんな時、両親の殺害犯と思われる人物を、泰輔が見かけたことが、3人の運命の歯車を回す。そして、徐々にその人物を追い詰めていく。

 まぁ、テレビで放送されたのでストーリーはご存じの方も多いだろう。テレビの方はどんな展開だったのか知らないのだけれど、本の方は意外なぐらい素直に物語は進む。思いもかけないことは起こらない。最後の20ページまでは。
 本書は、この最後の20ページのためにあるような本だ。それまでの抑えた調子は、この最後の部分を際立たせるためだったのだろう。しかし、「抑えた調子」とはいえ、退屈はしない。常に「何か起きるかもしれない」と思わせる緊張感が常に漂っている。そういう意味では著者の巧さも際立っている。
 最後にひとこと。私はちょっと前にエラリー・クィーンを読んだせいもあって、常に誰が犯人かを考えてしまったが、本書は推理小説ではないので、読者は「犯人探し」をしないで、ストーリーを楽しむのがいい。その方が楽しめると思う。

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2009年2月12日 (木)

からくりからくさ

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:1999年5月20日発行
評  価:☆☆☆(説明)

 私の昨年読んだ本の6番に選んだ「家守綺譚 」の著者の作品。「西の魔女が死んだ」の著者と言った方が、あるいは通りが良いかもしれない。本書はずっと前にかりん。さんに紹介していただいたのを、それっきりにしていたのだけれど、先日、図書館の棚で見つけて手に取りました。いや、見つけたのではなく本に呼ばれたような感じです。探していたわけではなかったので。

 著者の他の作品に違わずこの本も不思議な空気の流れる物語だった。時代はいつぐらいだろうか?車で行き来する場面が結構あるので、現代に近いとは思うのだが、時間がゆっくりと流れる感じは、もう少し昔を思わせる。
 主人公は、蓉子。歳は二十歳ぐらいか。染織の工房で働いている。蓉子の祖母が他界し、その家を女子学生の下宿として間貸しするので、そこの管理人もしている。管理人とはいっても、間借りしているのは同年代の女性3人(与希子、紀久、マーガレット)だから、何となく、長い合宿生活のような感じだ。

 与希子、紀久は美大の学生、蓉子の父は画廊の経営者、与希子の父は画家、と蓉子や他の登場人物も含めて芸術肌の人々が揃う。そしてそれぞれが、自分の考える「あるべき美の形」を追い求める。それは時には頑ななまでで、そうした心のあり方が物語を大きく展開させる。
 また、蓉子が少女のころから心を寄せる「りかさん」という名の人形や、高名な能面師が軸となって、同居する4人の物語が撚り合わされていく。どこか牧歌的な下宿の共同生活からは想像できないドラマチックな展開に後半は目が離せない。
 中盤あたりから、様々な事実が明らかになり、時代も場所も縦横無尽に駆ける。目まぐるしくて、一体著者はどこに連れて行こうとしているのか?、と思ったこともあった。しかし、終わってみると物事は収まるところに収まり、著者が示そうとしたことも何となく分かる。おみごと、という他ない。

この後は、書評ではなく「織物」について、思ったことを書いています。興味がある方はどうぞ

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2009年2月 9日 (月)

CC:カーボンコピー

著  者:幸田真音
出版社:中央公論新社
出版日:2008年11月25日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 読売新聞の会員制WEBサイト「yorimo」でサイン入り本をいただきました。感謝。

 金融業界出身の経験を生かした「経済小説」が持ち味の著者の作品。私にとっては「あなたの余命教えます」に続いて2冊目になる。
 主人公は広告代理店のAE(アカウント・エグゼクティブ)として働く香純。AEとは聞きなれないが、広告の企画から制作・実施までの一連の責任を持つ営業職のこと。ある保険会社の広告を巡ってのアップダウンのある物語を、主人公と、主人公の元夫で現上司の社長と、保険会社の若い広報マンの3人の視点から描いている。

 実は私も広告主側の立場として、ちょっとだけ広告の仕事に携わったことがある。その立場から垣間見た制作側の様子に照らして、本書に描かれる主人公たちの奮闘ぶりは、かなりリアルだ。きっと、取材に基づくのだろう。そして、一つ一つの場面がとても精密に描かれる。テレビや映画の1カットを言葉で説明しようとしているかのようだ。
 しかし、リアリティが面白さにつながらないこともある。業界事情など場面場面で与えられる情報の殆どはストーリーには絡んでこない。伏線好きな私の読み方にも問題があるのだろうけれど、思わせぶりなシーン(私が勝手にそう思っているだけだけれど)があっても、後には続いていなくてちょっと残念。

 それで、肝心のストーリーの方だけれど、上に書いた勝手な「残念」を別にしても、もうひと工夫欲しかった。主人公が男の目から見てもすご~く「都合のいい女」でやりきれない思いがした。後半にミステリー要素が加わって盛り上がるのだけれど、広げた風呂敷がたたみ切れていない感じ。
 もっとも、本の読み方には色々あって、「個々の場面を楽しむ」という人もいるそうだ。精密な場面描写がされている本書では、広告営業の現場の雰囲気や、がむしゃらに働く女性の勢いが楽しめそうだ。別れた夫が社長、というシチュエーションもちょっと気になるし...。

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2009年1月17日 (土)

ラッシュライフ

著  者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2005年5月1日発行 2008年12月5日30刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 様々な文学賞を受賞し、「ゴールデンスランバー」で本屋大賞、山本周五郎賞を受賞(直木賞は選考対象となることを辞退したそうだ)した人気作家である著者の、出版作品としてはデビュー作に続く2冊目。本書は無冠だが、著者が注目されるきっかけになった作品だという。

 複雑かつ精巧に張り巡らされた伏線が著者の作品の特長なのだが、デビュー2作目の本書にして、その特長はすでに他の作家には見られないような、特異なものとなっている。ストーリーは、精神科医、泥棒、リストラされた元デザイナー、新興宗教の信者である青年、画家などを主人公とした、複数の物語が並行して進行する。
 この構成だけで伏線好きな私は、物語の絡み合いを予感してワクワクしてしまった。もちろん予感は的中し、コインロッカーのカギや犬、音楽や銃声といったアイテムを介して別々の物語がつながっていく。登場人物同士のニアミスも起きる。

 これだけでも十分にエンタテイメントな作品だが、著者はさらに様々な仕掛けを施していて、最後までそれとは分からない接点や、完全に騙すためだけの思わせぶりな構成もある。多くの読者が読み終わってから「あぁ、そうだったのかぁ」という感想を持ち、その内の何割かは、物語を正確に理解しようとバラバラのエピソードを組み立て直そうとするだろう。現に検索してみると、エピソードを時系列に並べようと試みたサイトがたくさん見つかる。

 頂点と謳っている「ゴールデンスランバー」に比べれば見劣りしてしまうのだが、そういう言い方はあまりに酷だ。伊坂作品を1冊でも読んだ方はもちろん、まだだという方にもおススメする。伊坂作品の特長が良く出ていると思う。だた1つだけ、死体に対する嫌悪感が強い方はご用心を。

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2009年1月 4日 (日)

別冊 図書館戦争2

著  者:有川浩
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2008年8月9日初版発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」シリーズの登場人物の誰かを主人公に据えた「別冊」シリーズの第2弾。それで、今回は誰が主人公かと言うと、大方の予想通り「柴崎&手塚」のカップルです。「別冊1」でも特に進展がなかったので、次に誰を書くかとなればこの2人しかないでしょう。

 今回は、ベタ甘ではない。「堂上&郁」の戦闘形バカップルは、ベッドへの「投げっぱなしジャーマン」という変わった愛情表現を見せて、相変わらず甘々なのだが、主人公2人(特に柴崎)は「甘えたら負け」だとばかりに、どこまでもクールだからだ。
 甘いどころか、今回のストーリーはビターです、ダークです。激甘の前作の続きで甘いと思って食べてみたら苦い。カカオ90%のチョコレートのようだ。苦くてもチョコだし「好き」って言う人もいる。この話も苦いけれどイイ話になっている。苦さの向こう側でやっとあの2人は、お互いを想う気持ちを確かめ合うことができた。
 そしてダークさで言えば、図書館内乱での郁の査問会の時以上の暗~い展開。第一稿を読んだ著者の旦那さんが「後味があまりににも気持ち悪くて..」とおっしゃったという。確かに、こんな「悪意」はこのシリーズではあまりお目にかからなかった。(その後、旦那さんの感想が生かされたので、これから読む方は「後味」のことは心配しないで読んでも大丈夫。)

 本書にはもう1つ別の物語が収められている。図書特殊部隊の緒方副隊長の恋物語だ。扉前の登場人物紹介にも出ていない、マイナーキャラが主人公として登場。でも、私はこの話がすごく好きだ。☆4つの4つ目は、この話のための星だ。それは、求めあったり、ぶつかりあったりしない恋愛の形に心が落ち着くからかもしれない。または、私が緒方と歳が近いせいかもしれない。大人の恋心もイイものだ。
 大人の恋心と言えば、玄田隊長と折口さんの話も読みたい。「別冊」もこれにて幕引きらしいが、有川さん、そんなこと言わずにもう1冊書いてもらえないだろうか?

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2008年12月29日 (月)

卵のふわふわ

著  者:宇江佐真理
出版社:講談社
出版日:2004年7月29日第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 るるる☆さんのブログ「rururu☆cafe」で紹介されていたので読んでみた。読んでみて最初に感じたことは、「へぇ~こんな時代小説もあるんだぁ」ということ。ちょっとホロリと来ます。
 私が時代小説と聞いて思い浮かべるのは、吉川英治さんや池波正太郎さんの作品、私は読んだことはないけれど、司馬遼太郎さんも代表的な作家だろう。それらは、お奉行やお殿様、剣豪といった武士が活躍するものだ。もちろん、女性を主人公として書かれたものもあるが、そこで進行している出来事は、国盗りであったりお家騒動であったりと、やっぱり武士の出来事だ。
 そんな中で、本書は奉行所の役人の家に嫁いだ主人公、のぶの揺れる心をひたすらに丁寧に描く。奉行所の役人の家なので、誘拐や殺人などの事件は起きるには起きるのだが、妻であるのぶにはそうそう直接は絡んでこない。のぶの心を占める、いや本書のテーマは、のぶと夫の正一郎との関係にあるからだ。

 心に溝ができてしまった夫婦の話は、現代小説では珍しくもないが、時代が江戸時代となるとどうだろう。テレビの時代劇で、時々「人情もの」の回があって、家族や夫婦の再生を描くことはあるが、あくまで脇役であって、ここまで丁寧には描かれないだろう。
 別の見方をすると、夫婦の話を描くのに、時代を江戸時代にする必要はなかろう、とも言えるのだが、そういう意見は本書を読めば出てこなくなると思う。今より格段に女性の立場が脆かったあの時代にこの物語、だから成り立つ味わいがある。のぶの舅姑が実に味わい深い人たちなのだが、そのキャラクターもあの時代だからさらに引き立っている。現代とは違う時間の流れも感じられるし、実にしっくりと物語と時代がかみ合っているのだ。
 かみ合っているといえばタイトルの「卵のふわふわ」も、物語とうまくかみ合っている。本書の各章は食べ物の名前になっていて、後半になるとその食べ物が物語やのぶの心を動かすようになる。「卵のふわふわ」もある章の題で料理の名前だ。どんな料理かは読んでもらえば分かる。私はこの「卵のふわふわ」はもちろんだが、「心太(ところてん)」が食べたくなった。新しい形の時代小説に出会いたい方にはオススメだ。

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2008年11月16日 (日)

ホルモー六景

著  者:万城目学
出版社:角川書店
出版日:2007年11月25日初版発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

  出版社のWEBサイトによると、18万部を突破し来春に映画公開が予定されている、著者のデビュー作「鴨川ホルモー」の続編ではなく、外伝的な短編集だ。前書の登場人物や周辺人物を主人公とした6編が収められている。それで「六景」。2007年に「野生時代」に毎月掲載されたものだ。

 今回、主人公となったのは、京都産業大学玄武組の女性2人、同志社大学の女性、京都産業大学玄武組と龍谷大学朱雀団のOBとOG、立命館大学白虎隊の女性、昔の京都大学の男性2人、そして我らが「凡ちゃん」の6組。女性が多いのは「ホルモー」という一種異様な競技とのミスマッチがドラマになりやすいからかもしれない。
 前書を読んだ時に、主人公の他2,3人以外は、人物像が殆ど描かれていなくて、ちょっと薄味に感じた。主人公が所属する京都大学青竜会に対する他の大学にも、魅力的なキャラクターの1人や2人いそうなのに、と思った。その点からすると、本書は「我が意を得たり」という感じだ。
 また、著者は本書ではいろいろな趣向を凝らしている。甘酸っぱい青春小説であったり、昭和初期の文豪を登場させたり、400年の時を越える思いを描いたり。著者の引き出しには、まだまだどんなアイデアが出番を待っているのだろうと、読み進める程に期待が高まる。

 だけれども...。読み終わって真っ先に思ったのは「もっと、青竜会の面々の話を読みたかったなぁ」だった。さっき「我が意を得たり」と書いた(言った)、舌の根も乾かぬうちにこんなことを書く(言う)のは、我ながら滅裂だとは思う。
 たぶん「本編で登場したあの人」の話の方が思い入れを持って面白く読めるのだろう。あの人にはこんな隠された物語が..とか、あの事件はこういうことだったのか..とか。だから、本書の私の一オシは、「凡ちゃん」が登場する第二景「ローマ風の休日」だ。「鴨川ホルモー」読者は、この1編だけでも読む価値アリ、オススメだ。

 表紙と章の表紙のイラストに注目。凡ちゃんって、こんなにかわいいのか!
 さらに、もう一言。「凡ちゃん、その井戸の底を照らして覗いてみてよ。カエルがいるハズなんだよ。」(←「有頂天家族」読者へのメッセージ)

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2008年10月21日 (火)

陰日向に咲く

著  者:劇団ひとり
出版社:幻冬舎
出版日:2008年8月10日初版 2008年8月24日第4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 お笑い芸人の本だからと言って侮ってはいけない。この本は連作短編集としてよく練られている。ホームレスの人が放つ「自由の匂い」に魅かれて、試しに新宿の公園で暮らし始めた会社員を主人公とした「道草」など、5つの短編からなる。
 「よく練られた」とした理由は2つある。1つは、短編のそれぞれにちゃんとオチがあることだ。どんなオチかを言ってしまうわけにはいかないが、あっさりした品のあるオチだ。落語や漫才のオチに通じると感じたのは、著者の職業を知っているための先入観かもしれない。
 もう1つは、連作短編集として、5つの短編の各々が緩やかにつながっていることだ。ある短編の登場人物やエピソードが、別の短編でひょっこり顔を出す。1人称の視点が違うため、同じエピソードが全く違う形で語られる。何人もの人物をひとりで演じ分ける「劇団ひとり」ならではだ。と、これはちょっとウガった見方過ぎるか?(そう言えば、もう長い間、この人のそんな芸をテレビで見ないけれど)

 ただ、気になって仕方がないことがある。「見れていない」「届けれる」「つけれない」「借りれる」。本書の中に登場する言葉だが、これらは私の認識では「ら抜き言葉」で、文法上誤りとされている。
 私自身、他の人を批判できるほど正確な日本語を使っているわけではないし、「ら抜き」が言葉の「誤り」なのか「変化・進化」なのか、見解の相違や議論があることは認める。けれども私は、出版物は言語の用法については保守的であることを望むので、大変な違和感を持った。これは、出版社の校正で良としたのか、見逃したのか、作家の原稿を尊重したのか?

 さっと読めるし、話題になった本だから機会があれば読んで見るといいと思う。先ほど「よく練られている」と言った。でも、そんなに面白くはなかった。オチにつながるミスリードなどの、色々な工夫がどういうわけかあざとく感じられて、私自身も戸惑った。「なんて意地悪な読み方なんだろう」って。
 ここで、再び「先入観」の話。先入観から自由ではいられない。だから、私は「ら抜き言葉」を連発する著者を低く見て、その結果、意地悪な目で読んでしまったのかもしれない。なにしろ最初の「ら抜き」は、本文2ページ目に登場する。
 しかし、この本が良く売れたのも、著者の有名度と「お笑い芸人が書いた小説にしては..」という、先入観が私の場合とは違った向きに作用した結果かもしれない。

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2008年10月 4日 (土)

スカイ・イクリプス

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2008年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズ 番外編の短編集。読売新聞の会員制WEBサイト等で連載された作品5編と、書き下ろし3編を収録。本編で重要な脇役であった、ササクラやティーチャ、カイ、それからミズキ(!)らを中心に据えたサイドストーリーだ。連載された既出作品は、シリーズの世界で生まれた「小さな物語」。魅力的な脇役にスポットを当てて、世界観を補足したり、脇役のファンに応えたりするものだろう。(実際、ササクラやティーチャのファンは多いようだし)

 しかし、書き下ろし作品3編はそういう主旨のものとはちがう。これは、本編の5冊を読んだ読者に巻き起こった「あの「僕」は一体誰だ?」の堂々めぐりに、著者が応えたものだと思う。
 「何て読者想いの著者なのだろう」とは思うが、そこはシリーズ5冊を費やして読者に「なぞなぞ」を仕掛けた著者だ。種明かしはしてくれない。ヒントだけを残して「これでおしまい」とばかりに、またもや扉を閉じてしまった。
 ただし、提示されたヒントは、謎の核心に迫るものだった。「ここまで分かれば、ちゃんと整理し直せば、すべてがスッキリする答えにたどり着けるのでは?」という期待を抱かせるに必要十分なヒントだと思う。

 今、私の手元には本書で得たヒントを元に、出来事を組み立て直そうとしたメモがある。あと少しで分かりそうなのに..。いやいや、5冊を読み終わった後に「分からないのが楽しい」なんて言って自分に言い聞かせたはずだ。これでまた、分かりたくなってしまったではないか。著者は何てことをしてくれたのか..。
 思えば「スカイ・クロラ」を読んでからこれまで、ずっと著者の術中にはまりっぱなしで、もてあそばれたようなものだ。

 あぁ、ホントはどういうことなのか知りたい..。

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2008年10月 1日 (水)

蒲公英草紙 常野物語

著  者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:2005年6月10日 第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 これは、泣かせる本だった。実を言うと、いよいよクライマックスというところで、ちょっと気になった場面があって、一旦は気持ちが落ち着いてしまった。それにも関わらす、気がつけば涙。ふいに目から涙がこぼれた。
 本書は、不思議な力を持つ「常野」の一族の人々や歴史を表した短編集「光の帝国」の続編、いや関連本と言った方が良いかもしれない。主人公というか、語り手は宮城県の山村に住む少女の峰子で、彼女は「常野」の者ではないので。
 今は年を取って娘と孫と一緒に東京に住んでいる峰子が、少女時代を述懐する形で物語が綴られている。「蒲公英草紙」は、峰子が自分の日記に付けた名前だ。家の窓から見える丘に群れ咲くタンポポが、峰子の故郷の原風景なのだ。

 物語の時代は、「新しい世紀を迎える」とあるから明治の中ごろか。峰子は、村の名前になっているほどの名家「槙村」の末娘の聡子のお話し相手としてお屋敷に上がる。そこには、様々な人が出入りし、中には長期に渡って逗留している人もいる。東京で洋画を学んだ画家、傷心の仏師、なんの役に立っているのかわからない発明家など。
 そんな槙村の家を「常野」の春田の親子4人が訪れる。短編集「光の帝国」の「大きな引き出し」で登場した、人の記憶や思いを丸ごと「しまう」能力を持つあの一族だ。もちろん彼らの能力は、物語で重要な役割を担う。私は「彼らの能力はこうして使うのか」と得心した。

 本書は、峰子の視点で槙村の人々を描き、「常に村のために」という「槙村の教え」を守った槙村家の悲話だ。そこに感動の、もっと言えば涙腺を刺激するツボがある。これだけでも本書の紹介として十分なのだが、蛇足と知りつつ、もう少し広い目で見て感じたことをいくつか述べる。
 槙村は、水害に会いやすい土地らしい。現在でもそうだが、100年前ではなおのこと、自然災害の前には人々は無力だ。大きな水害に合うと、村が1つ壊滅してしまう。この時代はこんなにも人々の生活が危ういものだったのだ。未来を見ることのできる「遠目」の能力は、こんな時代には至宝とも言えるだろう。
 しかし、その能力を以てしても時代のうねりには抗えない。語っている峰子の「今」は太平洋戦争の終戦の日なのだが、20世紀の前半分がどのような時代であったのかは知っての通り、戦乱の時代だ。「常野」の人々にはその予見はあったはずだが、どうしようもなかったのだ。
 いや、そんな「時代のうねり」などという大げさなものを持ち出さなくても、「常野」の力が及ばないことがある。本書の悲劇もその1つだ。

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2008年9月28日 (日)

親指の恋人

著  者:石田衣良
出版社:小学館
出版日:2008年2月2日初版第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 この本は、私にはあまり合わなかった。いや、つまらないわけではない。筋書きはシンプルながら、一点に収束していくようなテンポのいい展開が、ページを繰る手を止まらせない。小説を技法と内容に分けることができるとすれば、技法は良いと言える。
 しかし、小説の評価を内容を抜きにしてすることはできない。私には、この小説に書いてある内容が合わない。「セックス、真実の愛、ドラッグ、自殺」。消耗しつくされた感がある言葉だが、本書の内容を表すキーワードだ。これに「不治の病」他が加われば、ケータイ小説の定番となるらしい。プロの人気作家である著者が、こんな本を書いたのは、ケータイ小説の流行をシニカルに意識してのことかと勘繰ってしまう。

 実は本書は別の意味で「ケータイ小説」そのものだ。主人公たちは、ケータイの出会い系サイトで知り合い、その後も何十通ものメールのやり取りをする。タイトルはケータイのメールを親指で打つことから付けられたものだ。
 主人公のスミオは、外資系投資銀行の社長を父に持ち有名大学に通う、何もかもを与えられた「勝ち組」、しかし希望がない。スミオが出会ったジュリアは、小さい頃から荒んだ生活を送り、今はパン工場で契約社員として働く。毎日立ちっぱなしでクリームパンを作り続けて年収200万。まぁ「負け組」の部類、しかし進学資金を貯めて大学に入ろうとしている。
 こんな2人が出会えば、お互いの不足する部分を補い合って、明るい未来を描くこともできるだろうが、本書はそうはならない。第一章の前の扉で結末が明かされているので、読者もそんなことは期待しないで読むことになる。

 スミオは、ただの金持ちの息子ではなく、心に深いキズを持っている。その分は割り引いて考えてやらなければならないが、それにしても行いが考えナシだ。家族や周囲のことを、いやジュリアのことも、自分のことさえちゃんと考えているのかどうかあやしいのだ。
 そんなことより何より、出会い系で知り合った女の子と、セックスの相性が良かったというだけのことで、お互いに「なくてはならない人」になり、その挙句にこんなことになってしまうなんて..。やはり受け入れ難い。

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2008年9月25日 (木)

ラブコメ今昔

著  者:有川浩
出版社:角川書店
出版日:2008年6月30日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 軍事オタク、自衛隊オタクの著者の甘~い短編集。収録されている6編全部、自衛官の恋愛を描いている。こんな本は日本中、いや世界中で著者にしか書けない。本書の前に出た「阪急電車」や「別冊図書館戦争1」で、私の耐えうる限界に達していた甘さ加減は、今回は少し控え目だったかも(もちろん「著者としては」だが)。甘いは甘いんだけれど「イイ話」が多くて楽しめた、少しウルウルした。

 ウルウルには訳があるように思う。自衛官は、私たちとは違った価値観や規律の下で生活している。例えば、階級による上下関係が強く上官の命令は絶対だ。一番の違いは、一朝有事があれば任務遂行のために命を賭すことを義務付けられていることだ。このことが、ストーリーに作用しドラマ性を盛り上げている。
 本書で紹介されるところによると、自衛官の結婚式での上官の祝辞の定番に「喧嘩を翌日に持ち越さず、朝は必ず笑顔で..」というのがあるそうだ。この言葉が意味することは、本来は祝宴では口にできないことだ。それを敢えて言うところが更に深刻なのだ。
 それで、自衛官の平均年齢は30台前半だというから、普通に考えれば「恋愛したい」「そろそろ結婚も」という年代だ。彼ら彼女らが危険を背負いながら、一方では普通の若者としての生活や感情も持っている。これはもしかしたら、自衛隊にはギュッと凝縮された恋愛のドラマの下地があるのでは..。

 と、著者が考えたかどうかは定かではない(おそらく違う)が、著者は本書の執筆前に、自衛官たちに取材をしている。収録の短編の多くには、取材に基づくモデルがいる。だから、著者がかなり甘い味付けを施したとしても、本書は自衛官の姿の一端を見せてくれていると言える。
 自衛官の姿の別の一端と言う意味で付け加える。彼ら彼女らは、このように普通の若者たちなのだが、国民の安全と国防のために訓練された精神を持っている。中東へ赴く青年や、領空侵犯を警戒する任務につく青年のエピソードがあるが、そこには強い使命感が伺える。
 これも本書によると、軍事オタクの多くは戦闘機や戦車などの「装備」にこそ興味があり、それに詳しいそうだ。しかし著者は、「装備」以上にそこにいる「人」に興味を持ち、取材をすることで詳しくなったのだろう。やはり、こんな本は世界中で著者にしか書けない。

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2008年9月19日 (金)

クレィドゥ・ザ・スカイ

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2007年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズ5部作も本書にてひとまず完結。時系列に沿って、1作目の「スカイ・クロラ」の直前までの出来事がこれで明らかになった。しかし、明らかにならなかったこともある。著者は、最後の作品で最大の謎を提示して物語を閉じてしまった。クサナギは、クリタは、カンナミは、何者なのか?

 今回の主人公が誰であるのか?物語の中では明確になっていない。そもそも1人称で語られるこのシリーズでは、誰かが主人公を名前で呼ぶようなことがないと、主人公が誰であるのかはっきり分からない。また、女性であるクサナギが「僕」と自分を呼ぶので、2作目の「ナ・バ・テア」では、途中までは主人公は男だと読者の多くは騙されたはずだ。
 そういった仕掛けの延長線上にあるのだから、主人公が分からないことや、ある場面を根拠に誰かに仮定すると、別の場面でその仮定が破たんしてしまうことは、いわゆる「つじつまが合わない」というような、著者の未熟さの結果ではないことは明らかだ。
 著者は、本の中に謎を仕掛けることで、読者と戯れているのではないかと思う。このシリーズで登場するパイロットたちは、命のやり取りである空中戦を「ダンス」と称して、真剣ではあるけれど楽しんでもいる。同じように著者は物語の謎を介して読者と「ダンス」を楽しもうとしているんじゃないか、と思う。命のやり取りはないけれど。

 だとすれば、著者の目論見は見事に的中したと言える。本書の感想を書いたネットの記事をいくつか見れば、それは一目瞭然だ。主人公が誰だか分らないような、言わばいい加減な本を読んだのに、そのことに憤慨したり、非難したりする意見はほとんど見当たらない。
 その代りに「もう一度1冊目から読み直します!」という内容か、「私の考えでは、主人公は...」という謎解きに挑戦したものばかりが目につく。まるで、ちょっと難しいなぞなぞを問われた子どもたちのようだ。本書の謎は読者を魅了したらしい。

 ストーリーにも触れておく。今回は全編が逃走劇。病院を抜け出した主人公は、誰に追われて何処に行こうとしているのかも分からないまま、逃走を続ける。中盤に追手の影が見え隠れするあたりからは、憎らしいことに結構ドキドキする。サスペンス小説としても上々だ。
 まぁ、ストーリーが上々であることを除いても、ここまでのシリーズを読んで謎が残った読者は、本書を読まないわけにはいかないだろう。そして更なる謎を抱えて「なぞなぞサークル」に仲間入りしよう。

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2008年9月16日 (火)

光の帝国 常野物語

著  者:恩田陸
出版社:集英社
出版日:1997年10月30日第1刷 2000年6月13日第5刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 この本は、liquidfishさんに「暖かい、懐かしいような感じ」と薦めていただいて読みました。liquidfishさん、良い本を教えていだたいて感謝。

 「常野」とは、地名ではなくある一族の名前。一族の名前と言っても、全員が同じ姓をもつ血族ではなく、かつては共同体として生活していた人々の子孫たちだ。かれらを結び付ける共通点は、それぞれが常人にはない能力を持っていることだ。
 ある家系は、目にしたもの読んだもの全てを記憶することができる、別の家系は、未来を見ることができる、また別の家系は、遠くで起きている事柄を聞くことができる...といった具合だ。
 そして、本書は、今は全国に散って普通の人々の生活に馴染んで暮らしている、そういった特別な能力を持った人々の出来事を、様々な視点から綴った連作短編集だ。

 正直に言えば、この本にはしてやられた。「暖かい、懐かしいような感じ」と聞いていたし、最初の作品がその特殊な能力を使って、理解し合えずに死に別れた父と子を結びつける、いわゆる「泣かせるイイ話」で実際泣けたので、「感動する態勢」(そんな態勢があるとすればだが)で読んだ。しかし、そんな思いはあっさりと裏切られてしまった。
 2つ目、3つ目..と読み進めるうちに、どうも雲行きが怪しいことに気が付いた。「泣かせるイイ話」ばかりではない、それどころか相当ツライ話もあり、読み終わってあまりの救いのなさに呆然としてしまったこともあったぐらいだ。

 そう、私のような特別ではない人間は特別な能力にあこがれ、そのような力があればさぞかし人生が楽しいだろうと思う。しかし、「他の人とは違う」ということは、周囲の悪意を買うこともあれば、自らを深く傷つけることさえある。
 本書は、常野の人々の暮らしだけでなく、その苦悩や悲しい歴史をも生々しく描くことで、人間として幸せに前向きに生きることの尊さを際立たせている。
 「泣かせるイイ話」だと思って読んでいると、途中で読むのがつらくなるかもしれないが、それでも最後の1編まで通読してもらいたい。「暖かい、懐かしいような感じ」になれると思うので。

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2008年9月10日 (水)

フラッタ・リンツ・ライフ

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2006年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」 シリーズの第4作。番外編を除いた本編は5作品だから、残すところあと1つ。既に折り返しを過ぎて、これから終盤に向かうところだ。物語は収束してくるのか?..まぁ、そんなわけはなくて、まだまだ物語は展開を続けている。
 今回の主人公「僕」は、クリタジンロウ。「スカイ・クロラ」で、カンナミの前任者として名前だけ登場している。そして、既に死んだことになっている。(クサナギが殺した、という噂もある)
 ここに来て、新しい主人公を出してくるのだから、物語は収束どころではない。まぁ、時系列で並べれば本書は3作目、起承転結の「転」と考えれば、物語の構成の常道とも言える。

 クリタは、今までの主人公と比べると少し地味だ。天才的なエースパイロットであるクサナギやカンナミと比べられては気の毒だが、取り立てて特長がない。基地の同僚にも「基地の飛行機乗りの中では一番、普通」と評されたこともある。
 「普通」ということでさらに言えば、クリタはキルドレだが普通の人間に近い部分を持っている。「愛情」とは何かを考えたり、地上での安全で穏やかな生活に価値を見出してみたり。
 特に、「愛情とは何か」「この感情は愛情なのか」「愛情があれば争いは起こらないのか」と、クリタは繰り返し「愛情」について考える。他人の感情にあまり興味がないキルドレとしては珍しい。ただし、彼の問いは「愛情」についての普遍的な問いでもある。キルドレではない私たちも、面と向かって問いかけられて、キチンと答えられる人は少ないと思う。
 彼のこうした性格が、物語の進展に関わりがあるのかどうかは分からないけれど、語り部としては、ちょっと変化があって良いのかもしれない。

 前作の「ダウン・ツ・ヘヴン」で、物語の背景で行われている戦争について、かなり明らかになってきたように、今回は、キルドレについてのある事実が明らかになっている。そして、その事実はクサナギの身に深く関わってくる。本書は、大きな問題をはらんだまま終わっていて、次回作への期待が高まる。

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2008年9月 4日 (木)

ゴッホは欺く(上)(下)

著  者:ジェフリー・アーチャー 訳:永井淳
出版社:新潮社
出版日:2007年2月1日初版
評  価:☆☆☆(説明)

  10年ほど前まで、著者の作品を貪るように読んだ。デビュー作の「百万ドルを取り返せ」から始まって、2000年に出版された「十四の嘘と真実」まで、新潮文庫で刊行された小説は十数作あるが全部読んだ。そのぐらい好きだった。その後、ちょっと縁遠くなってしまったが、書店で新作(私が読んでないだけだけど)が何作かあるのを見つけて、無性に読みたくなった。

 主人公は、絵画の専門家のアンナ。サザビーズの印象派部門のナンバーツーとして活躍していたがその職を追われ、今は投資銀行の美術コンサルタントとして働いている。この投資銀行の会長 フェンストンは、美術品のコレクターなのだが、自分が欲しい美術品を手に入れるためには手段を選ばない、殺人さえ辞さない男だ。
 正義感の強い主人公は、一旦はフェンストンがその所有者からだまし取った名画「ゴッホの自画像」を、その目をかいくぐり、裏をかいて取り返し、他への売却を試みる。そこに、フェンストンの手下の殺し屋や、FBIの捜査官、アンナの友人たちが、それぞれの事情を抱えてストーリーに絡んでくる。ニューヨーク、ロンドン、東京、そしてルーマニアの首都ブカレストを縦横に駆け巡るノンストップサスペンスだ。

 物語の背景には、2001年の9.11テロ事件や、それから遡ること20年余りのルーマニアのチャウシェスク独裁政権やその崩壊などの時事問題がある。訳者による解説によると、著者は9.11テロの直後の「行方不明・推定死亡者多数」という発表に触発されて、本書を構想したそうだ。
 それで、本書でも出だしに主人公は9.11テロに遭遇し、そこを生き延びる。グイグイと引っ張られるように読んだ。そこからも展開の早さで一気にストーリーが流れる。昔に他の作品を読んだ時の感じの再現に心躍った。

 ところが...。どうも、途中からストーリーが予測可能になってしまった。著者の作品は、1人ないし2人の主人公が、思わぬ手口で目的を達成する、登場人物も騙されるが、読者も一緒に騙される。あんまり見事な騙され方に気持ちがいいぐらい、というのが持ち味なのだ。私も気負いすぎたようだが、「もっとうまく騙して欲しかった」というのが正直な気持ち。著者の作品を読んだことのない方は、1冊目は他の作品を選んだ方がいいかも。

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2008年8月30日 (土)

夜をゆく飛行機

著  者:角田光代
出版社:中央公論新社
出版日:2006年7月25日発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の本は「八日目の蝉」に続いて2冊目。「八日目の蝉」が面白かったので(評価は☆3つだけれど)、いつか他の作品も読もうと思っていた。それで、図書館の棚にあった一番最近に出た本として手に取った作品が本書。やはり人気があるらしく、近著は借りられていたらしい。

 主人公は、商店街で酒屋を営む家族の末娘で高校生の里々子(リリコ)。彼女は上から有子(アリコ)、寿子(コトコ)、素子(モトコ)の3人の姉と両親がいる。その他に祖母や叔父・叔母など親戚も多くいて、正月には毎年どこかの家に集まって宴会をする。一時代前には普通にあった家族・親戚の在りようだ。
 一時代前風なのは、家族で営む酒屋も同じだ。これは、1999年の秋からの約1年間の物語。今から10年近く前とは言え、奥の暖簾の向こうに居間があって、ちゃぶ台が置いてあるような店は十分に時代遅れだろう。だから、近所にオシャレなショッピングセンターができると、ピタリと客足が途絶えてしまった。

 こうした舞台の上で、事件が起きる。誰の身にも起きることではないが、誰の身に起きてもおかしくないような事件が。例えば、突然、叔母が病気で亡くなる、とか。その時、里々子の父(亡くなった叔母から見れば兄)が取った行動は..。常識的には考えられないことだが、その後の行動を見れば、それが父の性格をすごく良く表していることが分かる。
 性格描写という点では、本書では一家6人の性格が、セリフや小さなエピソードの積み重ねによって、くっきりと描かれている。そして、6人の性格がバラバラだ。これで、家族としてまとまるのかと心配なほどで、実際危うい場面もある。でもなぜか、気が付けば父の立てた方針で足並みが揃っている。「どうしようもなく家族は家族」という帯の惹句の通りだ。

 それから、里々子について。彼女は、周囲の人の多くが気に入らない。姉たちの言動にイラつくし、姉の元恋人、義兄、元クラスメイトはキライだ。でもそれを口に出しては言わない。
 また、家族の誰かが、1人で出かけたくない時に誘われるのは、決まって里々子。そんな時にも、イヤとかダメとか言えない。そんな彼女の「自分のなさ」にイライラする人もいるだろう。しかし、私はそれを、18才の女の子の素の姿なんだろうと思った。

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2008年8月26日 (火)

チョコレートコスモス

著  者:恩田陸
出版社:毎日新聞社
出版日:2006年3月20日発行
評  価:☆☆☆☆☆(説明)

 これは、面白かった。著者の本はこれで3冊目。人気作家であることも知っているし、この前に読んだ「ドミノ」がとても面白かったので、他の本も..と思ったけれど、ホラー系は苦手なもので、どの作品を読むかずっと逡巡していた。
 本書の表紙を見て「ドミノ」と同じようなテイストを感じて手に取った。でも帯には「そっち側へ行ったら、二度と引き返せない」なんて書いてあるし、表紙だって良く見直したらガイコツだ。ちょっとためらったが、読むことにした。結果的に正解。読んで良かった。こんな面白い本を2年半も放っておいたことがくやしいぐらいだ。

 今回は演劇界の話。役者や作家、監督、プロデューサーなど、舞台に関わる人たちがそれぞれ懸命に生きている世界。そして主人公は、その世界の底辺?に位置する、まだ公演経験もない学生劇団に、新しく入った大学1年生の女子、飛鳥。
 彼女の目線で語られる部分はほんの僅かだし、彼女に絡んでくる女優の響子の方が、その心理が物語のタテ糸として機能しているので、飛鳥を主人公とは言わないのかもしれない。しかし、飛鳥なくしてはこの物語は展開しないし、そもそも始まりさえしなかった。

 飛鳥は、演技の経験が学芸会ぐらいしかないにも関わらず、その卓越した演技で劇団の先輩を驚愕させただけでなく、作家やプロデューサーらプロの度肝をも抜く。どのような演技かは、簡単に紹介できるものではないので、本書を読んでもらうしかない。その場に居合わせた登場人物たちと同じように、読んでいて私も震えが来た。これは、物語に入り込んでしまっていることの証とも言える。もちろん著者の筆力のなせる技だ。
 しかし、私がそれ以上にスゴいと思ったのは、著者のアイデアの豊富さだ。何度もオーディションのシーンがあり、それぞれに難題とも言える課題が課せられる。主人公の飛鳥だけでなく、何人もがそれに挑戦するのだが「そんなやり方があったか」という解答をそれぞれが演じてみせる。当たり前だが、この解答はすべて著者の頭から生まれたもの。恐るべき発想力だ。
 物語のタテ糸を構成する、響子の心理も見もの。オススメの1冊だ。

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2008年8月21日 (木)

ダウン・ツ・ヘヴン

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2005年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」シリーズの第3作。今回はいきなり戦闘シーンから始まる。このシリーズでは、独特の浮遊感がある空の飛行シーンが評判になっている。たとえ戦闘シーンであったとしても、自由感や開放感が感じられて私も好きだった。
 ところが、今回はそのようなシーンがこの冒頭を除いてはない。空の飛行シーンはそれなりにあるが、主人公は自由に飛ばせてもらえなていないからだ。私が感じていた自由感や開放感は、主人公が感じていたものを共有したものだったのだ。

 その主人公「僕」は、今回も草薙水素だ。前作でティーチャが去った今、この基地だけではなく、会社全体のエースパイロットになっている。そして、彼女には会社の広告塔としての役割が期待され、その結果上に書いたように、自由に飛べる機会を失ってしまったわけだ。
 それから、ここで行われている戦争は、多分に政治的な意図を持ったものらしい。「政治的でない」戦争というものは想像し難いので、もう少し説明が必要だろう。この戦争は、国民に一定の緊張感を与えると同時に、反政府感情を抑制することを「政治が意図した」戦争、しかも戦禍が必要以上に広がらないよう「コントロールされた」戦争なのだ、。
 こういったことは、読者はウスウス感じているかもしれないが、主人公は、初めて聞かされる。彼女にとっては「聞きたくないこと」だ。「空に上がって敵を墜とす」「自分の方が下手であれば墜とされる」というシンプルなことだけが重要で、それ以外のことは雑音に過ぎない。雑音を知ったことが、さらなる閉塞感を生んでいる。

 戦争のウラ事情や、会社の上層部の思惑などは「大人の(汚れた)世界」の話。本書では所々で、「子供と大人」の話が出てくる。冒頭の戦闘シーンにも「あれは、子供のやることじゃない」というセリフがある。
 この巻は、キルドレである(つまり大人にならない)草薙水素が、大人の世界に引き出されて摩擦を起こして傷つく巻であり、「死」を恐れない故に、却っていままで考えることのなかった自らの「死」を、考えることになってしまった巻でもある。
 彼女が、この後、どのように「大人の世界との摩擦」にケリを付けるのか、あるいは付けないのか。気になるところである。

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2008年8月 8日 (金)

西の魔女が死んだ

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2001年8月1日発行 2008年2月25日第51刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「家守綺譚 」の著者による100万部超の大ベストセラー、「渡りの一日」という後日談の短編を収録した文庫版で読んだ。2008年6月には映画が公開されている。

 本書の背景に流れる時間も、「家守綺譚」と同じく現在とは違う。いや「時代」としての「現在」ではなくて、便利なものに囲まれて暮らしている「生活」としての「現在」とは違う、という意味だ。
 飼っている鶏の卵を採って朝食に食べ、大物の洗濯はタライを使って足で踏む。そんな生活は、日本ではいつごろまで普通に見られたのだろう。私には小さい頃に田舎に行って、そんな光景を見たかすかな記憶しかない。それが、そこでは普通のことだったのかどうかも分からない。

 物語は、学校へ行けなくなった中学生の少女 まい が、母方の祖母との素朴で平和な暮らしのなかで、心の健康を取り戻していく過程を描いたもの。祖母は英国人、祖父は日本人でまいが小さいころに亡くなっている。
 「西の魔女」とは、この英国人の祖母のことだ。自分の家系は魔女の家系で、自分の祖母(つまり、まいの高祖母)は、予知能力があったという話をまいに聞かせている。そして、自分も魔女になれるかというまいに、魔女修行を勧める。
 しかし、祖母が言う魔女とは、魔法使いのことではなく、自然から得た知恵を活かして、身体を癒したり、困難をかわしたり、耐え抜く力を持った者のこと。そして、ここがこの本の主題だと思うが「外からの刺激にいたずらに反応しないこと」、つまり、自分で考え判断することができる者が上等の魔女だと言う。

 長く読まれている話だけあって、良いお話だ。色々なメッセージも伝わってくる。子どもには子どもの、大人には大人の読み方があって、世代を越えて読める。「大人の読み方」ということになるだろうか、私には、まいの父と隣家のゲンジが、何かを象徴しているようで気にかかった。
 良い人であるが、ものの表層だけで本質を見ない父。品性を学ばないで年をとってしまい、悪い人ではないのだが、まいにとっては汚れた大人にしか見えないゲンジ。祖母が言う上等の魔女とは対極にある人物像だ。自戒をこめて言うが、こういう大人が実は多い。

 本書の本筋からはズレてしまうが、感じたことを1つ。まいが学校へ行けなくなった理由はいじめだ。女子のグループ作りがなんとなくあさましく感じて、そういうことをしなかっただけのために、クラスの女子全員を敵に回してしまったのだ。
 こういったことは人の性として直しようがないのかと、暗くなってしまった。本書が単行本で出版されたのは1994年だ。それから十数年経ったが、何かが良くなったという話は聞かない。

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2008年7月28日 (月)

てるてるあした

著  者:加納朋子
出版社:幻冬舎
出版日:2005年5月25日
評  価:☆☆☆(説明)

 「ささらさや」の続編、「佐々良」という同じ街を舞台とした、1人の少女が経験した半年余りの物語。登場人物の街の住人たちは、前作と同じ面々。「ささらさや」の主人公のサヤも登場する。あれからどれだけ経ったのか分からないが、サヤの子のユウ坊がまだ赤ん坊のままだから、それほど月日は流れていないようだ。

 今回の主人公、照代は15歳、志望校に合格し、晴れて入学式を迎えるはずだった4月に、夜逃げするハメに陥って、遠い親戚である久代を訪ねて一人佐々良に来た。15歳の少女には少し過酷な境遇だ。子どもと言うには成長しすぎているが、一人生きていくのは難しい、まだ大人の保護が必要な年ごろ。
 この街では不思議なことが起きる。前作でサヤの死別した夫が、サヤを助けるために度々現れたような不思議なことが。今回も、照代の周辺には不思議がいっぱいだ。少女の幽霊が現れたり、発信元不明のメールが届いたり。しかし、幽霊が出てくるからと言って怪談ではない。少しホッとする物語がやわらかい文章で展開する。

 この物語は、照代の心の再生物語だ。照代は羽振りの好い家庭で育った。だが夜逃げをしなければならなくなったのは、まっとうな金銭感覚がない浪費家の両親のせいだ。多重債務によって実現した羽振りの良さだったのだ。
 カネやモノは欲しがるだけ与えていたが、愛情は十分に注がなかったようだ。少なくとも、照代自身はそう感じていた。そのためか、やさしくまっすぐなサヤから受ける言葉や親切さえ、嫌悪してしまうほど心がササクレていた。
 しかし、久代やサヤ、そしてクセのある佐々良の街の人々から、たくさんの親切を受けることで、照代の心も穏やかさを取り戻していく。

 このように書いてしまうと、ひどく一本調子でありがちな話のように思える。しかし、この著者は日常に潜むミステリーを書く人だ。ちょっとした伏線が張られていたり、意外な幽霊の正体など、良い意味で読者を裏切る仕掛けがあって楽しめる。

 最後に、この本を読まれた方にお伺いしたいことが...ここからどうぞ(ちょっとネタバレ)

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2008年7月26日 (土)

ナ・バ・テア

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2004年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「スカイ・クロラ」シリーズの第2作。「ナ・バ・テア」とは、"None But Air"の読みをカタカナで表したもの。本文中に「周りには、空気しかない。何もない。」という箇所があるが、そこのところを表しているんだろう。こういう英語の使い方は、他にもあるかもしれないが何となくカッコいい。

 本書の主人公の僕は、戦闘機のパイロットだ。戦闘機に乗って空を飛んでいるときだけ、自由になれる、笑うことができる。撃墜されて戻って来られないかもしれなくても、帰還して着陸するときには「次はいつ飛べるのだろう」と思うような性格の持ち主だ。主人公によると、戦闘機乗りはみんなそうなんだそうだが。
 また、他人と深く付き合うことができない、将来のことを考えない、欲と言えるのは「もっと性能の良い戦闘機に乗りたい」とか「上達したい」とかだ。それには、戦闘機のパイロットという職業以上に、その生い立ちが関係している。主人公は、キルドレと呼ばれる、子供のまま大人にならない、ケガ以外では死なない、という宿命を負っている。

 そんな主人公、他人のことに興味がないはずの主人公が、何故か「ティーチャ」と呼ばれる天才パイロットに「憧れ」を抱いた。本人にも何故そんな気持ちになったのかわからない。このことが物語の始まりになっている。
 実は、このことは本書の始まりであるだけでなく、(今のところ)シリーズの始まりにもなっている。2作目の本書は、1作目の「スカイ・クロラ」から何年か遡った物語だ。1作目で何の説明もないままだった様々なことが、本書で明らかになっていて「そういうことだったのか」という満足感が広がる。

 それに、詩のように短い言葉で綴られる空中戦のシーンが相変わらず秀逸、使われる言葉に馴染がないにも関わらず、映像が目に浮かぶようだ。それから、言い方は悪いが、独特の浮遊感で最後まで引っ張った感のある1作目と違い、ストーリーにドラマ性も見えてきた。3作目が楽しみだ。
 「作者の術中にはまるのを承知で、2作目を読むしかない。」と、1作目のレビューで書いたが、まさにその通りになったということだ。

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2008年7月14日 (月)

家守綺譚

著  者:梨木香歩
出版社:新潮社
出版日:2004年1月30日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「家守」はヤモリではない、イエモリと読む。さらに、平安貴族でも徳川一族でもない。主人公綿貫征四郎は、亡くなった親友の高堂の実家が空くのに伴い、そこに住んで管理をしている。つまり「家の守」をしている。それで家守。
 場所は京都。山一つ越えたところに湖がある、その湖から引いた疎水の近くとあり、文中に登場する山の名前などから考えると、山科から大津にかけてのあたりらしい。時代は、トルコの軍船の遭難事件への言及などから推察するに、明治の中ごろか。
 山科は古くから宿場町として栄え、この頃には鉄道も通っていたので、決して辺鄙な田舎町ではなかっただろう。それでも100年以上前の日本には、この小説のような、濃密な自然や異世界を感じる空気が流れていたに違いないと思う。

 そう、本書では様々な怪異なことが起こる。死んだ親友の高堂は壁の掛け軸を通ってやってくるし、主人公は何度か異界へ迷い込みそうになる。河童や鬼、狐狸妖怪の類が次々登場する。そういった短編が28編収められている。
 しかし、決して怪奇小説のような怖さを感じさせないのは、話の背景を流れる時間がゆったりしていることと、こういった怪異な現象を、登場人物たちが普通に受け止めているからだろう。
 とくに隣家のおかみさんが、いい味を出している。池の端に落ちていた気味の悪い布か皮か分からないものを見て「河童の抜け殻に決まっています」。散歩の途中で見かけた不思議な老人のことを聞くと「それはカワウソですよ」しかも「この辺の最近の子供なら、みんな知っている」とくる。悪さをするものならそれに備えるのが知恵だし、害がないのなら特に騒ぐこともない。誠に自然体の暮らしぶりなのだ。

 私は、乱読多読気味の読書なので、基本的には時間と気力のある限りドンドン読み進めます。本書もそうして読んでいたのですが、なかなか先に進まない。つまらないわけではないのにどうしてだろう、と思っていました。
 それは、本書の時間の流れがゆったりしているからなんだと思います。気が付くと、何となく今読んだ話を思い返して浸っていました。そんなことを一話ごとにやっていたので読み進まないのでした。
 この本は、手元に置いといてゆったりと一話ずつ読む、そんな読み方が似合うのでしょう。そんなことを思った本は初めてなので、そうしてみたいと思います。

 本書は、「鴨川ホルモー」のレビューにコメントをくださったLazyMikiさんから薦められて読みました。LazyMikiさん、良い本を教えてくれてありがとう。

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2008年7月 9日 (水)

あなたの余命教えます

著  者:幸田真音
出版社:講談社
出版日:2008年3月24日
評  価:☆☆☆(説明)

 自分の余命が正確に分かるとしたら、それを知りたいと思いますか?
 本書の主人公の永関恭次は知りたい思った、それが物語の始まり。電機メーカーに勤める部長代理、年齢は56歳、家族は妻と大学生の娘。高校時代の同級生の訃報を受けたことをきっかけに、自分はあと何年生きるのだろうか?それが分かれば生き方も変わるかもしれない...という思いを抱いた時に、余命を高精度で診断する会社に遭遇したわけだ。

 あなたの余命..というタイトルだが、何も余命が気になるのは自分のとは限らない。介護が必要な家族を抱えている場合とか、遺産目当てに年寄りと結婚したとかで、近しい人の余命が分かれば、と思うことがあるだろう。本書の他の登場人物たちは、様々な理由で自分以外の余命を知ろうと余命診断を申し込んだ人々。
 人の生き死にのことだから、どんな理由であろうと、他人の余命を知りたいと思うこと自体が不謹慎だとマユをひそめる向きもあろう。登場人物たちもそのような後ろめたさを持っている。余命診断の説明会で出会った主人公を含む4組5人の男女は、その後ろめたさからか奇妙な連帯感を持ち、メールアドレスや電話番号を交換し(名前は偽名を名乗って)、連絡を取り合うことになった。

 物語は、他の人々の事情に振り回される永関の様子が健気(56歳のおっさんには似合わない言葉だけど)で、声援を送りたくなる。なぜか、全員から相談を受けることになる。人から悩みや相談ごとを打ち明けられるのは久しぶりだ、などと言っていて、ちょっと嬉しくてはりきってしまっている。おまけに、その内の一人の17歳年下の美女とは、親密な関係になりそうな予感までして。
 読み終わって思うのは、「余命を知る」ということが、想像以上に感情を揺さぶるということだ。自分の余命はもちろん、他人のものであっても。予想に反した結果が出た時はもちろん、特に予想をしていなかった場合でさえ、受け取った結果に狼狽している。やはり、生き死にを知るのは、我々には荷が重すぎるのだ。

 人の死を扱っているのだけれど、ウツウツとした感じはしない。ヒドイ悪人も登場しないし、ちょっとホロリとさせる場面もあるし、軽めの読書にもオススメ。

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2008年7月 2日 (水)

レイン・レインボウ

著  者:加納朋子
出版社:集英社
出版日:2003年11月30日
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「ななつのこ」で、鮎川哲也賞を受賞してデビューした著者の連作短編集。「ななつのこ」と同じように独立した短編がリレーのようにつながり、1つのストーリーを紡ぎだしていく。「ななつのこ」よりも、全編を通したストーリーが大きくしっかりとした太い流れになっている。連作短編集という、著者のスタイルが確立されてきたということなのだろう。とても面白く読んだ。

 ストーリーは、高校のソフトボール部のOGの死から始まる。
 その葬式に7年ぶりにかつての部員たちが集まる。その後は1編ずつ、1人ずつそれぞれを主人公とした、それぞれの生活が描かれる。何気ない生活の中のちょっとした事件を描くのに、著者は長けているので、1つ1つが短編として面白い。だから、最初の葬式は人物紹介の代わりかと思って、短編と短編のつながりをあまり意識しないでいた。
 しかし、読み進めるに従って、ある短編から別の短編へと、細いつながりがあることに気付いた。物語は何かに向かって進んでいることが分かる。何に向かって進んでいるのかは、何が起きているのかが明らかになる最後まで分からないが、とても大きな流れを感じることができる。素晴らしい構想力だと思う。

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2008年6月25日 (水)

スカイ・クロラ

著  者:森 博嗣
出版社:中央公論新社
出版日:2001年6月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 人気ミステリー作家による近未来小説。5巻と番外編の1巻からなるシリーズの1作目。8月に押井守監督で映画が公開されるそうだ。と、このように書いたけれど、これらはすべて後知恵として仕入れたもので、この記事を書くためにネット検索していて知った。
 この本を読んだ直接のきっかけは、写真ブログをやっていらっしゃるliquidfishさんに薦められたから。著者の本を2冊読んだのだけれど、今一つピンとこないでいたところ、「スカイ・クロラ」シリーズがおすすめ、というコメントをいただいたんです。

 そして本書は、不思議な魅力に満ちた本だった。フワフワとした不安定な浮遊感が全編を通じて漂っていて、それでいていつか重大なことが起きるのではないかという、張りつめた感じがあって、それが物語を引っ張る。
 読み終わって振り返ると、不安定な浮遊感は、この物語世界の設定が明らかにされないまま、様々な出来事に付き合わされるからだ。そして、読み終わっても完全には明らかになってはいない。張りつめた感じは、主人公たちが抱えている宿命の行き止まり感、あるいは逆にゴールが見えない焦燥感が伝わってくるのだと思う。

 物語の舞台は、おそらく近未来の日本、戦争中だ。おそらくと書いたのは、人物の名前が日本名なのだが、充てられる漢字がちょっと変。地名も戦闘機の名前も漢字なんだけれど、どれも標準的な感覚(そういうものがあれば、だけど)から微妙にズレている。こういったことも不安定感を醸し出す装置になっているように思う。
 ストーリーは、ある基地に配属された優秀なエースパイロットである主人公カンナミが、何回かの出撃を繰り返しながら、基地や周辺の人々との関わりを深めていく。彼らの何人かはある宿命を背負っている。彼ら自身はその宿命のことを知っているのだが、読者には終盤まで伏せられている。

 本書を読み終わっても、設定の不透明さが明らかにならないのは、本書が5部作の1冊目だからだろう。まだ物語は2割しか語られていない。しかも、時間的には5部作の最後にあたるらしい。巧いというか、ミステリー作家らしいというか、技巧的というのか。
 こういう場合は、気になる人は2作目を読むしかない。読めば、1作目より良くわかり、良く楽しめそうな期待があるから。著者の術中にはまるのを承知で。

 最後に映画化について。単行本の美しい装丁もそうだが、物語もとても映像的だ。戦闘機乗りが主人公だから、空のシーンが何度もあるが、空から見た地上や、空中戦などの描写が絵のようだ。映画にしたいと思ったヒトがいるのは必然だろう。
 そして、押井守監督で映画化というのも、もしかしたら必然なのかも。押井監督のアニメ作品と相通じるものを感じる。草薙水素という本書の準主人公の名前も、攻殻機動隊の主人公の名前と酷似しているし。

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2008年6月12日 (木)

鴨川ホルモー

著  者:万城目学
出版社:産業編集センター
出版日:2006年4月20日第1刷 2007年4月30日第11刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 2007年の本屋大賞の第6位。本作でボイルドエッグズ新人賞を受賞して世に出た著者のデビュー作でもある。本屋大賞での受賞を知った時から読んでみたいと思っていたが、タイミングが合わず、今になってしまった。

 舞台は京都の街、登場人物の殆どは大学生、そのまた大部分は京都大学の学生だ。主人公は、サークル勧誘のコンパで知り合った女子に一目惚れした、男子京大生の安倍。彼が入ったそのサークルの名は「京都大学青竜会」。
 普通であれば、こんな怪しげなサークルに入ったりはしないが、彼は、一目惚れした理想の「鼻」の持ち主である早良京子の顔、いや鼻を見たいがために、サークルの例会に顔を出してしまう。

 サークルの名の「青竜」は、北の「玄武」、西の「白虎」、南の「朱雀」に並ぶ東の「青竜」がその名の由来。ご存じの方もおられようが、これらはキトラ古墳の壁画に描かれた四神獣であり、陰陽道に通じる。そして、京都大学は京都の街の東に位置する。ということは、残りの3神獣に対応するグループが存在する、ということだ。
 さて「ホルモー」とは何であるのか、についてはネタバレになってしまうので詳しくは伏せる、青竜会を含む4つのグループで行われるものとだけしておこう。

 「ホルモー」が何であるかが明らかになるまでの前半1/3は、ストーリーがどこへ向かうのか分からないこともあり、平板な感じがする、ちょっとしたユーモアを交えた甘酸っぱい青春小説のようだ。
 しかし、まさかそんな!と言う感じの「ホルモー」の内容が明らかになる中盤以降、スピード感が増して一気に読めるようになる。各賞を受賞したのはダテじゃないのだ。
 まぁ、単なるウケ狙いかと思うところや、強引な展開もある。京都や京大生の内輪話っぽいところもあって、そういうのがイヤな人もいるだろうなぁと思う。しかし、ウケ狙いも結構、これがハマる人もいる。私はどちらかと言えばそのクチだ。
 そして、読み終わった時に改めて気が付く。これは、やっぱり甘酸っぱい青春小説だったのだ。ドシャブリの雨の中「私が好きなのは、あなたなのよ!」と告白する式の図がお好みの方は、是非一読を。笑いと感動をダブルで味わえます。

 多くの人が既に指摘していることではあるが、森見登美彦氏の作品とかぶりまくる。どちらが良いかは、もはや好き嫌いの問題だと思う。敢えて言えば、森見氏の方がキャラクターが濃いか。
 余談ではあるが、森見氏のブログ「この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ」のしばらく前の記事によると、森見氏は氏のお母様から「鹿男あをによし、観てるよ」というメールを受け取ったそうである。「鹿男~」は言わずと知れた、テレビドラマ化された万城目氏のヒット作だ。森見母は最高だ。

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2008年5月31日 (土)

青い鳥

著  者:重松清
出版社:新潮社
出版日:2007年7月20日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 この作家さんの本を読むのは初めてだ。このところ何人かの方の書評のブログを巡回していて、度々お目にかかったので、どんなお話を書かれるのだとうと気になっていた。どうも、人の心のひだを丁寧に描写される、心に沁み入る物語を書かれるらしいのだけれど。
 それで、図書館の棚にあった比較的新しめの本書を手にとってみた。読んでみて、他の方が書かれている感想に合点がいった。そこには心の深いところに届く、そんな物語が綴られていた。

 本書は8編からなる短編集。舞台は中学校。作品ごとに違う学校だけれど、そこには、色々な理由でひとりぼっちな子どもがいる。学校では一言も発せない女の子、教室に自分の居場所がない男の子、転校してきて学校に馴染めない男の子...
 そして、8編通して登場する非常勤の国語教師、村内。彼は吃音者でカ行とタ行と濁音がなめらかに出てこない。だから授業はとても聞き取りにくい。彼を採用するなんて「非常勤講師はそんなに人手不足なのだろうか」とある生徒の感想にある。

 しかし、彼はひとりぼっちの子どものそばに寄り添う。寄り添われている本人でさえ気が付かないほど、そっと寄り添う。そうすることで、その子はひとりぼっちではなくなり、何かに気付き、何かを乗り越えることができる。そして、村内先生は言う「間に合って良かった。」
 あらすじを追うだけなら、同じような話は今までにも幾度も聞いただろう。しかし、本書がありきたりの話とは違うのは、ひとりぼっちの子どもたちを丁寧に描いていることだ。その子がなぜそうなったのか?子どもを取り巻く様々な出来事が、その子の心に傷を残す。

 正直、読んでいてつらく感じたこともあった。心身どちらかが疲れていたら読めないだろう。私が特につらかったのは、父親が交通事故を起こした女の子の話だ。事故で父親を亡くしたのではない。父親が事故の加害者として他人を死なせてしまったのだ。10年以上前の出来事が、彼女にそして家族の心に影を落とす。そう、事件の後にも人は生きていかねばならないのだ。

 村内先生が吃音者なのは、著者自身の経験と無縁ではないだろう。しかし、表紙に小さな字で書いてある My teacher cannot speak well. So when he speaks, he says something important. という英文がその意味を端的に表している。

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2008年5月28日 (水)

太陽の塔

著  者:森見登美彦
出版社:新潮社
出版日:2003年12月20日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 2003年の日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作品。ついでに著者のデビュー作。
 「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」などの最近の作品を読んだ後で、このデビュー作を読むと、著者の作品世界がいかに独特の奇妙な形に練り上げられて来たか、が想像できて興味深い。
 舞台は、他の作品と同じく京都の街、それも東山一帯。そこは、腐れ大学生たちがたむろする学生の街。この腐れ大学生の1人、森本が本書の主人公。男ばかりで下宿に集まって鍋をつついて妄想をたくましくしながら、クリスマスと恋愛礼賛主義を呪うというような、生産性のカケラもないような生活を送っているようなヤツである。

 ストーリーは、森本の同類(つまり、彼の下宿で鍋をつついているようなヤツら、どいつもこいつもサエない)のエピソードを挟みながら、彼の日常を綴っていく。
 日常とは言っても、もちろん平凡とは言えない。彼は、一時期付き合っていた彼女、水尾さんがいて、別れた後も「水尾さん研究」と称して、その日常の行動を観察・記録している(本人はストーカーとは根本的に違うと言っている)。また、ゴキブリ入りのプレゼント包装した箱を、それとは気付かずに開けて、下宿を昆虫王国にしてしまったりする。

 全体を通して面白かった。エピソードが笑えるし、ラストの事件は何やら爽快感さえ漂う。登場人物たちは個性的だし。(言い忘れたが、主人公がフラれた水尾さんだって普通じゃない。)
 しかし、変さ加減で言えば、やっぱり最近の作品の方が変。冒頭で「作品世界がいかに独特の奇妙な形に練り上げられて来たか」と言ったのは、そういう意味だ。登場する何人かの人物や出来事の造形を、さらにデフォルメしていくと最近の作品世界に行き着く。つまり、本書はデビュー作らしく著者の作品の原点と言える。

 ちなみに、本書が「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞していることについては、説明が必要だろう。今までの話のような、男子大学生の醜態は、幻想的でもなければ、空想の翼が広がったりもしない。ただ、時折、電車が闇の中を煌々と明かりを付けて走り、フッと幻想の世界に入り込む。 ここの部分だけは他との対比もあって、くっきりと浮き上がって「ファンタジー」なのだ。

 最後に「有頂天家族」のレビューでも白状しているが、私はかつて森本らと同じ、京都の腐れ大学生だった。だから、場所や出来事の多くはリアルに思い浮かべられる。面白かったのには、そういう理由も多分にある。
 そう、私も、男ばかりで下宿に集まって鍋をつついてました。女の子の話もしたけれど、自分たちには全く関係ないのに、政治や経済の話をよく夜通ししていました。「オレが首相だったら....」って。笑っちゃいますね。

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2008年5月24日 (土)

別冊 図書館戦争1

著  者:有川浩
出版社:アスキー・メディアワークス
出版日:2008年4月10日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 図書館戦争シリーズのスピンアウト。著者の良心で、一度幕を引いた以上は良化法関係で本編以上の騒ぎを起こすのは反則、ということで登場人物を中心に別冊シリーズを書くそうです。
 確かに、「図書館革命」の当麻亡命事件の最後の大立ち回り以上のことをやるなら、本編でもう1冊出せるんじゃないかと思う。

 それでもって、今回はどの登場人物に焦点を当てているかというと、堂上と郁の甘々カップル。なんだ、本編と変わりないじゃないか?とは思わないでもないが、まぁ別冊の1冊目としては順当な所か。個性的な登場人物と人間関係がたくさん仕込まれているから、これからも色々な物語を楽しめることでしょうし。

 そして、堂上と郁の物語である。「図書館革命」では、当麻亡命事件の後、時間を早送りにして2人は結婚してしまっているけれど、本書はその早送りの時間の間の出来事。つまり、愛の告白の後、結婚に至るまでの話。
 もう、ベッタベッタの砂糖菓子のような甘さだ。そりゃそうだ、世のたくさんのカップルについて言っても甘~い時期だ。まして、堂上と郁だ、有川浩が描く「図書館戦争」シリーズだ。著者も「ベタ甘が苦手な人は逃げて」と、あとがきで言っている。(あとがきで言われてもねぇ。もう読んじゃったし。)

 正直に言うと、読んでいてこっちが恥ずかしかった。もちろん、面白かったし、楽しめたし、細かいエピソードも良く練られていました。だからオススメです。勧められなくても「図書館戦争」シリーズを読んだ人なら読まずにいられないでしょうけど。
 でも、本編にはない恥ずかしさが漂います。恋人ができてから結婚に至るまでの女の子の様子を見ているなんて、恥ずかしいことだらけで。カワイイ下着を買いに行ったり、初めてのお泊りとか....。まぁ、郁の場合はそれだって普通じゃないんだけど。でも、これも小学生の娘にはキツいかな。

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2008年5月16日 (金)

阪急電車

著  者:有川浩
出版社:幻冬舎
出版日:2008年1月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 私が、図書館戦争シリーズですっかりはまってしまった有川浩のラブストーリー。何組かのカップルの甘~~い物語が、阪急今津線を舞台に展開する。
 実は私は、この舞台のすぐ近くの出身、表紙のあずき色(著者は「えんじ色」と言っているが、私は昔から「あずき色」だと思っていた)の電車には数えきれないほど乗りました。
 ただ、今津線というのホントに短い支線で、特に用がなければ近くに住んでいても乗らない。私は10回ぐらいしか乗ったことがないので、さすがに駅や沿線の風景は思い出せない。有名私立大学や高校が多い、その場所の雰囲気は分かるだけに、それがちょっとくやしい。

 まず、話の運びがウマい。宝塚駅から西宮北口駅までの約15分、8駅の電車の進行に合わせて、往復で16個の小さな物語が展開する。同じ電車に乗り合わせた人々の話だから、それぞれの物語の主人公たちが、車内ですれ違ったり、ほんの少し言葉を交わしたりする。そして、そのほんの少し交わす言葉、いや、ただ横にいて聞いた会話が、人を勇気付けたり、救ったりもするのだ。

 そして、やっぱり甘い。冒頭から若い恋の予感たっぷりの滑り出しだし、その出会いのきっかけは市立図書館!なんとも初々しい舞台設定ではないですか。でも、いかに初々しくても、この2人はどちらも勤め人で、おそらく20代半ばぐらい。中高生の淡い恋ではないので、着実に愛に育っていく。

 でも、甘いだけでなくカッコいい大人の女性も何人か登場する。1人は孫を連れたおばあさん、1人は結婚式に白いドレスで乗り込んだ女性。その一言一言がカッコいい。あの場面で「素敵なブランドが台無しね」って言えるあの人は素晴らしい。

 最後に一言。図書館戦争はうちの小学生の娘にも読ませましたし、娘も面白く読んだようですが、本書はちょっとキツい。大人限定の話もあるので...

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2008年5月11日 (日)

アヒルと鴨のコインロッカー

著  者:伊坂幸太郎
出版社:東京創元社
出版日:2003年11月25日初版 2004年1月30日3刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 東京創元社のミステリ・フロンティア第1回配本。「ミステリ・フロンティア」とは、東京創元社のWEBページによれば「次世代を担う新鋭たちのレーベル」ということで、本書は吉川英治文学新人賞を受賞している。つまり、新鋭作家として頭角を現しつつあったころの作品だ。

 新鋭という意気込みのせいか、物語にもとんがった感じが伝わってくる。登場する悪党は徹底してイカれてるし、暴力的にちょっと生々しいシーンもある。
 でも、著者の構成のうまさはこの作品でもうならせてくれる。後半を読んでいて「あれは、こういうことだったのか」と思い当って前のページを繰ると、実にうまく伏線として忍ばせてある。最初に読んだ時には全く別の意味合いを持っていたものが、後で浮かび上がってくる仕組みだ。
 先日、脚本家の三谷幸喜さんが、マジックのミスディレクションとドラマの脚本の伏線との類似性を新聞のコラムで書いていらっしゃったが、まさに、その通り。

 主人公は、この春大学生となってこの町(仙台かな?)にやってきた青年、椎名。彼が、アパートの隣人である河崎に、本屋の襲撃を持ちかけられるのが、本書の発端。
 しかし、本当の物語は2年前から始まり、椎名はその物語の最後の場面で途中参加しただけだった。2年前に、河崎と、彼の以前の交際相手の琴美、琴美の当時の彼氏であるブータン人留学生のドルジの3人が、ある事件に巻き込まれる。その3人の物語の果てに、椎名が遭遇した本屋の襲撃がある。
 ストーリーは、椎名を1人称とした現在と、琴美を1人称とした2年前の事件を行き来しながら、徐々に1つにより合されていく。上の4人以外にも登場人物が個性的で、最後まで物語を楽しむことができる。

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2008年5月 8日 (木)

八日目の蝉

著  者:角田光代
出版社:中央公論社
出版日:2007年3月25日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 人気作家の長編サスペンスで、2008年の本屋大賞の第6位。本屋大賞と私とは相性が良いらしく、読んでみた受賞作にハズレがほとんどない。だから期待して読んだ。

 期待が大きい分、評価が辛いのかもしれないけれど☆は3つだ(5点満点で)。この物語が投げかけるテーマというか、私に問いかけてくる問題にうまく答えられない。評価の基準が「楽しめた(役に立った)かどうか?」で、「う~ん」と考え込んでしまったのでは楽しんだことにならないので...。
 しかし、楽しめなかったからと言って、本書の価値が低いというものではない(だったら☆をもっと増やせばいいのかもしれないけど)。構成が巧みだし、何より着眼点がとても斬新だと思う。

 物語は、主人公の女性、希和子が不倫相手の6か月の子供を、思わず連れ去る場面から唐突に始まる。そして、友人の家などを転々として、恐らくは自分に迫っているであろう捜査の手から逃れる。連れてきた赤ん坊を自分の子供として育てながらの、この逃亡生活は3年半にも及ぶ。

 この逃亡記だけでも、十分に小説として成り立つ。様々な場所で様々な人々と出会い、やっと落ち着けると思ったころに、そこでの生活をいきなり断ち切って逃げる。犯罪者には安寧な生活はない。しかし、連れ去った子どもとの絆は確実に深まっていく。どうでしょう?テレビドラマの原作にぴったりではないでしょうか?

 読んでいて、「あぁ、逃げて逃げて逃げる話ね」「(自分の子ではない)子どもを愛情を注いで育てる所が、犯罪者なのに共感を得るんだな」なんて思っていた。私だけじゃなくて多くの読者がそう思ったはず。元は新聞小説だというから、毎日少しずづ読み進める新聞の読者は、逃亡生活の行方が気になりながら読んでいたと思う。
 ところが、逃亡生活に終わりの時が来たのに、本書は140ページも残っている。どうも後日談らしい。ちょっと長すぎるんじゃないの?そう思った。

 でも、そうではありませんでした。この140ページが本書の核心なんです。私が斬新な着眼点だと思ったところであり、「子どもにとって、幸せな家族とは何なのでしょう?」という、答えられない問題を問いかけてきた部分でした。
 「事件」ばかりが架空の世界では物語になり、現実の世界ではニュースになります。しかし人々は「事件の後」も、生きている限り生活をしているのです。他の仲間が7日間で地上での命を全うした後に、1匹だけ8日目を生きて迎えてしまった蝉のように、孤独で不安定な生を過ごしているのかもしれないのです。

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2008年4月23日 (水)

工学部・水柿助教授の日常

著  者:森博嗣
出版社:幻冬舎
出版日:2001年1月10日第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 「ゾラ・一撃・さようなら」という本の著者の作品。前回読んだ「ゾラ~」がそんなに良くなかったのだけれど、それはハードボイルド系で、著者としては珍しい系統だったらしい。それで、もう1冊読んでみようと思って手に取ったのが本書。
 ところが、これがさらに珍しい系統だったということが、読んでいてわかった。そして前回よりさらに良くなかった。ミステリ作家さんのミステリ以外の本をまた選んでしまったわけで、迂闊なことこの上ない。反省。

 内容は、某国立大学工学部助教授の水柿先生の、特に劇的なことが起きるわけでもない生活が綴られている。奥さんの須磨子さんがミステリ好きなので、日常のちょっとした不思議を話して、奥さんに感心してもらうのが、水柿先生の喜びだ。しかし、須磨子さんの要求レベルは高く、先生が話す不思議の多くは奥さん的には失格なのだ。
 チョコチョコと小噺になりそうなエピソードがちりばめられている。ホテルの部屋で盗まれた教授のカバンが、数日後ホテルから忘れ物として届けられた。ホテルが盗難事件をしらばっくれているわけではない。その真相は?とか、大学の庭にできたミステリーサークルの謎、とかだ。
 まぁ、そこの部分はちょっとは面白い。でも、所々に著者自身がツッコミを入れて茶化しているところがあって(後述の「小説なのに伏字なのは変ではないか?」のように)、おちゃらけたヨタ話を聞いているようだった。全体としても退屈だったし。

 雑誌に連載したものを単行本にしたということだ。小説なんだけれど、大学の先生である著者の体験を聞いているような雰囲気が漂う。大学の名前がNやMやOと伏字なのはまだしも、何人かの名前だけがSとかHとかになっているのは、著者も言っているが、小説なのに変だ。これは部分的には実話だ、ということなのだろう。
 だから、著者のファンには面白いのかもしれない。好きな作家の素顔が少し垣間見えて。しかし、これも著者自身が入れているツッコミの通り、「なんと、こんなのが本に?」「誰が買うんだ?」というのが、私の感想をうまく言い当てている。

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2008年4月21日 (月)

まほろ駅前 多田便利軒

著  者:三浦しをん
出版社:文藝春秋
出版日:2006年3月25日第1刷 7月25日第4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「風が強く吹いている」の著者の作品なので手に取った。不勉強のため、2006年上半期の直木賞受賞作であることは後から知った。
 本書はどういったジャンルに当てはまるのか、言葉の矛盾に目をつぶって言えば「ソフトなハードボイルド」か。主人公は、便利屋を営む青年、多田啓介。彼自身が好んでやっているわけではないが、ヤクの売人や娼婦、そのストーカーなどの危ない人間たちと絡み、刃傷沙汰や不可解な事件を乗り越えていく。
 友人が腹を刺されて瀕死の重傷を負ったり、ヤクザに凄まれたりと、ストーリーはハードボイルドの王道なのだが、何故かノリが軽い。そうか「ライトなハードボイルド」の方が、矛盾しないしうまく言い表しているかも。

 ライトな感じを漂わせているのは、腹を刺される友人の行天春彦の存在によるところが大きい。彼の突き抜けた奇人ぶりが、シリアスな場面から暗さを取り除いている。彼は、高校時代の多田の同級生なのだが、指を落とすという大けがをした時に「痛い」と言った以外に一言も発しなかったという(どういうわけか、今は普通に喋るのだけど)。
 この物語の中でも彼の言動は常軌を逸している。そうなんだけれども、滅茶苦茶なんだけれども、その言動が事件の解決につながっている。そこが本書の面白さなんだと思う。

 面白く読めるし、短いストーリーが伏線が絡んで有機的に結びついていてよくできている。登場人物もみんな愛嬌があって好感が持てる。難を言えば、全体に漂う軽さと読みやすさが災いしてか、満足感には欠けるかも。直木賞が、年に1,2冊その時の大衆文学の秀作を選ぶ賞だとするならば「本書がそれなのかな」と、ちょっと疑問だ。

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2008年4月16日 (水)

塩の街

著  者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2007年6月30日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」シリーズの著者のデビュー作。第10回電撃小説大賞受賞作で、2004年に文庫本として出版されたものを、大幅に改変、加筆をして単行本として出版された。文庫として出たものを改めて単行本にしたことや、改変の経緯が著者によるあとがきに記されている。文庫の方は読んでいないから比較はできないが、著者が変更したと言っている設定などは、本書の設定の方がいいと思う。

 宇宙から飛来した高さ500mにもなる巨大な塩の結晶が、東京湾に落ちた時から、人間が塩になってしまうという奇病が世界を襲う。日本の被害者は半年で推定8千万人!道行く人はその場で塩となって動きを止めて、その姿のまま塩の柱となり、やがて崩れ去ってしまう。街は、塩で覆われ白い風景が続く。
 こんな設定の物語。こんな世界で人々はどう生きていくのか?いつか解決するのか、それとも人類は滅亡してしまうのか?

 夢も希望も持てない状況なのだけれど、実際に人々は自暴自棄になり世の中は混乱しているのだけれど、これは有川浩のデビュー作。図書館戦争シリーズで戦闘組織の中のアマアマな愛をエンタテイメントとして描いた著者だ。本書でも描かれているのは、超アマアマな恋人たちのストーリーだ。

 主人公は、高校生の真奈と20代後半の秋葉の2人。本編と単行本化で追加された4編の短編全体を通して、2人の関係が描かれている。しかし、早くも本編の第1章で登場する遼一という男性の物語が、本書のテーマを雄弁に語っていた。そのテーマは「世界が終わる瞬間まで、人々は恋をしていた。」だ。

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2008年4月13日 (日)

ラスト・イニング

著  者:あさのあつこ
出版社:角川書店
出版日:2007年2月14日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 同じ著者による小説「バッテリー」第6巻の新田東と横手ニ中の試合の前後談。特に第2章「白球の彼方」では、横手ニ中の名遊撃手、瑞垣の口によってあの試合の後、彼らが歩んできた道が明らかにされる。もちろん、第6巻の最後に巧が門脇に対して投げた白球がどうなったかも語られる。

 「バッテリー」の続編であることには違いないが、主人公は瑞垣だし、話の中心は瑞垣と門脇の関係に置かれている。それぞれ中学を卒業し、今は別々の高校に通う。どちらも進学先の高校は、周囲の期待や予想と違ったものだった。門脇はあるものを追い求めるため、瑞垣はあるものから逃れるため、15才の少年とは思えない決断の末の行動だった。

 正直に言って、この本を読もうと思ったのは、あの試合がどうなったのか知りたかったからだ。「バッテリー」はあそこで終わった話だし、充分に完結しているので、その後のことは、想像したい人は想像すればいい、という意見もあろう。私も、この本が出ていなかったらそう言うだろう。でも、知りたくて読んでしまった。「後日談など知らないほうが良かった」という結果を招く可能性を省みずに....。
 少し、意味ありげな言い方をしたが、結果的に言えば、読んでよかったと思っている。「バッテリー」読者にもおススメする。巧と門脇の対決の結果も、著者は実に練りこんだ答を用意していた。直接は語られないが、巧と豪のバッテリーの強靭さも垣間見られる。それにも増して、瑞垣と門脇の2人の少年のひたむきさを感じることができる。

 そう、本書を含めた「バッテリー」シリーズに流れる通底奏音は、少年たちのひたむきさ、なのかもしれない。本書で「ほんまもんの極めつきの生意気な人」と評される巧の頑なさも、混じりけのない「少年らしい素直さ」と見る見方にも、ある人に言われて気付かされました。瑞垣や門脇の行動からも同じような衝動があるように思います。
 主人公の巧たち1年生と比べて、3年生の瑞垣や門脇、海音寺らは大人びて描かれていたため、忘れてしまいそうになりますが、彼らとてたった2歳年上なだけでまだ10代半ば。迷いや悩みも多く、自分では処理しがたいこともあるはずなのに、彼らは自分の意思で乗り越えていく。感動。

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2008年4月 3日 (木)

バッテリー(1)~(6)

著  者:あさのあつこ
出版社:角川書店
出版日:(1)2003.12 (2)2004.6 (3)2004.12 (4)2005.12 (5)2006.6 (6)2007.4 初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 第1巻は11年前、最終巻の6巻は3年前に刊行されている。噂はかねがね聞いていた。児童書だと軽く見てはいけない、と。この度、小学生の娘が春休みに読むために6冊まとめて文庫本で買ってきたのを読んだ。
 主人公は、中学1年生の天才ピッチャー原田巧。中学生の天才ピッチャーというのがどういったものがイメージしにくいのだが、彼の球を受けた人、打席に入って対峙した人、近くで見た人までもが、「あいつは天才やで」と言うような球を投げる。
 彼が岡山の小さな街である新田市に、父親の仕事の都合で引っ越して来て、やはり才能のあるキャッチャーである永倉豪と出会い、バッテリーを組む。この二人を中心に、その家族、同級生、周辺の大人たち、他校の野球部員と、渦を大きくしながらストーリーが展開する。

 「渦」という言葉を使ったが、巧自身は、周辺への関心を全く持たないにも関わらず、周りの人々を巻き込んでしまう。巧の球を受けることができる唯一人のキャッチャーの豪、巧の球を打つことに魅入られてしまった全国レベルの強打者の門脇、その他にも多くの人たちの生活を、大げさに言えば人生を変えてしまう。巧が誰も投げられない球を投げる、というその1点だけのために。

 児童書だと軽く見てはいけない、と聞いていたが、全くその通りの読み応えのある本だった。うがった見方をすると、児童書というのは、大人から見て「子どもはこうあって欲しい」というメッセージを込めたものと言えるだろう。しかし、主人公の巧はそういった子ども像には収まらない。その意味では、本書は児童書たりえないのではないか?
 彼は、より早く力強い球を投げるという目的以外の、一切の規範や常識を拒む。監督に髪を切るように言われても、野球と関係ないとして無視する。先輩の言うことにも従わない。自分を支えてくれる豪の心情さえも汲むことができない。
 そんなだから、当然衝突を生む。彼のむき出しの自我が、周囲の人々とぶつかり、お互いを深く傷つける。

 「こうあって欲しい」ということで言えば、こんな巧が色々な経験を経て成長し、周囲に受け入れられていく、という成長物語が順当なところだろう。そういった話なら児童書として安心して読める。
 著者も、巧が周囲と妥協していく方が楽だと分かっていた。それでもそれを拒んだ。巧の物語をそんな風に描いてしまっては、巧を貶めることになると思って、彼を変えることを頑なに拒んだのだ。行間から、自分が生み出した主人公が辛い思いをすることへの葛藤が伝わってくる。

ココから先はネタバレありです。

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続きを読む "バッテリー(1)~(6)"

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2008年3月21日 (金)

ドミノ

著  者:恩田陸
出版社:角川書店
出版日:2001年7月25日初版発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の作品は「夜のピクニック」に続いて2冊目。随分前の作品を今さらどうして、という感じもしたけれど、本書に何故かずっと惹かれていてこの度めでたく読むことができた、という次第。
 著者は、面白さのツボを心得ているというか、どうすれば読者を引き付けることができるか分かっているようだ。本書は、エンタテイメントに徹していて、大人も子どもも理屈抜きで楽しめる。

 表紙をめくって少し面食らう。27人と1匹?の登場人物からのイラスト付き一言が載っている。あまり登場人物が多いと読むのに苦労しそうだから。でも、そんな心配は無用だった。27人のほとんどが、キャラクターの立ったクセのある人々だから、「あれ、これ誰だっけ?」ということにならない。
 こんなに、登場人物が多いのには訳がある。始まりは全く別々のいくつものストーリが同時進行しているからだ。それぞれのストーリーに登場人物が数人いるので、結果的に大人数になっている。そして、このバラバラのストーリーが、ある出来事が別の出来事を引き起こしながら、徐々に1つの場所になだれ込むように集約していく。タイトルとおり「ドミノ」倒し的展開だ。
 事の発端は、52歳の千葉県の主婦、宮本洋子。彼女が不用意にポーチに置いたビニール傘が、風に煽られて飛んで行ったことが、遠く離れた東京駅での大事件につながる。もちろん、そんなことは当人は一生わからないままだ。冒頭の27人にさえ入っていないし。

 数多くのクセのある登場人物の中で、私は(小学生の娘も)、エリコ姉さんが一番のお気に入りだ。こんな人が職場にいたらドキドキしてしまうだろう。次に愛すべきは額賀部長だ。この人には、笑いのツボを刺激された。これからも頑張って欲しい。

そうそう、リアリティは少し脇に置いているので、細かいことを気にすると楽しめない。読む方はリラックスして読もう。

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2008年3月20日 (木)

ゾラ・一撃・さようなら

著  者:森博嗣
出版社:集英社
出版日:2007年8月31日第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 図書館の本棚で気になっていた作家さん。何度か手に取って見たことはあるものの、その時々に他に読みたい本があったりして、初めて読んだのが本書。「よく出ている本」のコーナーにあった。この記事を書くに当たって書誌データを検索して、幅広く多作な作家であることが分かった。本書のようなハードボイルド系は、珍しいらしい。

 ストーリーは、探偵である主人公の頚城(くびき)悦男が、志木真知子という美しい女性から依頼を受けるところから始まる。「天使の演習」という美術品を、ある男から取り返して欲しいということだ。ある男とは元都知事で、彼は「ゾラ」という暗殺者に命を狙われているという。
 主人公の頚城の視点から書かれた事件の推移の中に、ほんの少しだけ真知子を一人称にしたページが挟まっている。それが互いの微妙な心理のズレを表現していて効果的だとも言えるし、完全にネタバレで推理の面白さを削いでしまっているとも言える。私はどちらかと言えば後者の感じ方が強かった。
 270ページと、多くはないページ数で、4章の起承転結を付けているわけでムリもないのだが、話の進展がストレートすぎる。主人公の仕事は1度も破綻することなく進んで、調子良すぎるし、登場する若い女性が揃って彼に好意を寄せるのはどうも不自然な気がする。

 読みやすさという点では申し分ないので、軽い読み物が欲しい時にはいいだろう。最初にも書いたが、著者は多作であり、本書は系統的には珍しい部類にあたる。他も作品ももう少し読んでみようかと思う。

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2008年3月15日 (土)

ゴールデンスランバー

著  者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2007年11月30日発行
評  価:☆☆☆☆☆(説明)

 帯に「伊坂的娯楽小説突抜頂点」とある。宣伝文句に珍しくウソはなく、最新刊の本書は伊坂作品の(現時点での)頂点を極めたと思う。そのくらい他を圧倒して面白い。もちろん他の作品が面白くないわけではない。しかし、スピード感、良い意味で読者の予想を裏切るストーリー展開、巧妙な伏線と、著者渾身の作品を受け取った感じがする。

 ストーリーは、首相の暗殺事件に始まる。仙台でのパレードの最中に、ラジコンのヘリコプターを使った爆発で現職の首相が暗殺されてしまう。主人公は、その犯人に仕立て上げられてしまった男、青柳雅春。彼を取り巻く人々に、陰に日向に支援を受けて、警察の追及から逃げる、逃げる、逃げる。逃亡の記録がスリリングに、時にユーモアを交えてつづられる。
 五部からなる本作の、第四部が本編とも言えるこの逃亡記だが、第三部までに事件のあらましが紹介されてしまっているので、読者はある程度何か起こるかを知っていて読むことになる。正直言って、第四部読み始めのころは、こういった構成を恨んだ。何が起こるか分かっていて、それを確認するのでは何が面白いのかと。
 しかし、第四部を読み進めていてふと気が付いた。「もう夜中の2時だ。明日も会社に行かなければならないのに。」そのくらい引き込まれていたわけで、自分でも意外だった。

 構成の話で言えば、第三部はノンフィクションライターによる事件から20年後の調査書で、事件の後日談が紹介されている。面白い構成だとは思うが、伊坂作品の中には、時制が前後する作品が時々あるので、特に気にしていなかった。
 しかし、読了後にキアさんのブログ「活字中毒日記」の紹介を読んで、「もう一度第三部を読み返すと...」とあったので、私も読み返してみた。そうしたら、また別の発見があった。(これに気付いてすごく満足した。)著者は、この順番であれば読者が気が付かないかも、と知っていてこういう構成にしたのだろう。一本取られた。そして、キアさんに感謝。
 青柳雅春のその後の人生がどうなったか、読み終わってそれがわからない方は、もう1度、第三部を読むことをおススメする。

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2008年2月29日 (金)

フィッシュストーリー

著  者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2007年1月30日発行
評  価:☆☆☆(説明)

 表題の「フィッシュストーリー」の他、「動物園のエンジン」「サクリファイス」「ポテチ」の4篇を収めた短篇集。
 伊坂幸太郎の作品を読むのは本書で4冊目。毎回、よく練られた展開と小気味いいトリックで楽しませてくれる。本書の4篇もそれぞれに仕掛けがあり、ウマい!という感じ。

 ストーリーを一番楽しむことができたのは「フィッシュストーリー」だ。フィッシュストーリーとは、ホラ話、大げさな話のこと。釣った魚のことは大体実際より大きめに言うことが、言葉の由来らしい。
 「僕の孤独が魚だったとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに鯨でさえ逃げ出すに違いない。」という一節から始まる小説を通じて、40数年の時を越えた4つの物語がつながる。それも、一連の物語の発端となる、ミュージシャンのレコーディングの時に、マネージャが言うヨタ話に、大まかに沿った形で続く3つの物語が起きる。
 それぞれの物語も、ありそうでなさそうな限りなくホラ話に近い話。それらが細~い糸で、しかししっかりと結び合わさっている。いやいや大したものだ。

 もう一つ良かったのは「ポテチ」。重力ピエロにも登場する、黒澤という本業は泥棒で、副業が探偵というハードボイルドなおじさんが良い味を出している。ちょっとした人情話なんだけど、登場人物の振る舞いが可笑しくて笑えた。

 他の2篇は、少し期待ハズレだった。もちろんストーリーに仕掛けはあるのだけれど、今一歩平板な印象がしてしまった。短篇になり切らない習作といった感じか。
 特に「動物園のエンジン」は、ある人物が動物園の敷地から足を離したとたんに、辺りが暗くなり音のボリュームも下がる、という独特な設定で一旦はその世界に引き込まれた。それなのに、この設定はその後のストーリーに一切絡まない。残念だった。

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2008年2月15日 (金)

インストール

著  者:綿矢りさ
出版社:河出書房新社
出版日:2001年11月20日初版 2001年8月22日4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「蹴りたい背中」で、2004年の芥川賞を受賞した著者の処女作。最年少の17歳で文藝賞を受賞、なんと当時は高校生だったんだ。

 主人公は高校3年生の女の子。「蹴りたい背中」の主人公と同じく(こちらの作品の方が先だけど)、少し変わっている。クラスにはうまく馴染んでいないようだ。
 男友達の「疲れてるんなら、休みたいだけ休んだら?」という言葉をきっかけに、学校に行かなくなってしまう。そして思いつきで部屋のものすべてを捨ててしまう、文字通りの意味で。そう、家具まで全部。やっぱりどこかおかしい、異常だ。

 異常なこの女子高生が、やはり少し変わっている小学生と出会い、アダルトチャットのバイトを始める。お互いの親に隠れて、押し入れの中で。
 「そんなことあるかよ」と、リアリティが飛んでしまうギリギリの設定が、良くも悪くも最後まで続く。もしかしたら、本書が業界で評価されている理由は、そんなところにあるのかもしれない。今の高校生や小学生ならこんなこともあるのかもしれない、と。

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2008年2月12日 (火)

新釈 走れメロス 他四篇

著  者:森見登美彦
出版社:祥伝社
出版日:2007年3月20日初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 諸説雑誌に掲載した短篇5篇の短篇集。表題の「走れメロス」の他、「山月記」「藪の中」「桜の森の満開の下」「百物語」と、太宰治、中島敦、芥川龍之介、坂口安吾、森鴎外と、日本文学の文豪たちの作品名が並ぶ。
 表題に「新釈」とあるので、基の作品に新しい解釈を加えて描き直したものかと思った。実際はそうではなくて、基の作品のテーマや表現手法などに着想を得て、著者が書き下ろしたもの。文豪の作品のリメイクを期待する人にはハズレ、森見作品を楽しむ人にはひとまずアタリ、ということだ。なぜなら、舞台は京都の街、登場人物たちは腐れ大学生たちと、森見ワールドお馴染みの設定だからだ。

 雑誌への掲載時期を見ると、2005年10月号から2007年3月号と、「夜は短し歩けよ乙女」の出版前後から、「有頂天家族」の出版前まで。「走れメロス」と「百物語」には「夜は~」のエピソードが登場するし、「山月記」には「有頂天~」に通じるものがある。このように3冊の作品のつながりを楽しむ読み方も、悪くないのではないか。

 「森見作品を楽しむ人にはひとまずアタリ」と、「ひとまず」をわざわざ付けたのには理由がある。森見ワールドっぽさ(こんな言い方で分かってもらえるだろうか)で言うと、5篇の作品に落差があるからだ。「夜は~」「有頂天~」の雰囲気を一番強く残しているのは「走れメロス」だ。
 「山月記」と「藪の中」は森見ワールドの範疇に入るが、「桜の森の~」はかなり違った趣だ。坂口安吾がベースなだけに、悲しいような怖いような雰囲気が漂う。「百物語」は、私には面白みが分からなかった。

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2008年2月 2日 (土)

ななつのこ

著  者:加納朋子
出版社:東京創元社
出版日:1992年9月25日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「ささらさや」の著者の作家としてのデビュー作品。第3回鮎川哲也賞受賞作。鮎川哲也賞というのは、長編推理小説に贈られる賞。本書がいわゆる推理小説かというと、そうではないと思う。巻末に選考委員の選評が載っていて、著者の力量は認めながらも、これを長編推理小説として良いものかどうか?、と悩んだ跡を見て取ることができる。悩んだ上で賞を贈っているのだから、本書が問題を抱えいてもなお捨てがたい優れた作品であった、ということなのだろう。

 殺人事件も起きなければスパイも登場しない。ここで起きる事件は、デパートの屋上のビニールの恐竜が、一夜にして遠くはなれた保育園に現れた、とか、夜に畑からスイカを盗まれた、とかいうことだ。著者が扉のページで書いている言葉を借りれば、「日常に溢れている謎解き」がふんだんに盛り込まれている。
 筋立ては、複雑かつ巧みだ。「ななつのこ」という架空の小説の中で、「あやめ」さんという名の女性が、その小説の主人公である「はやて」が体験する様々な不思議の謎解きをしてみせる。そして、本書の主人公である「駒子」と「ななつのこ」の作者である「綾乃」の往復書簡の中では、駒子が体験する事件の謎解きを綾乃がしてみせる。さらに....、と2重3重の入れ子構造になっている。

 これだけの入り組んだストーリーを、混乱することもなく一気に読ませる筆運びが、著者の力量の表れだ。迷いながらも本作を選定した選考委員の気持ちも分かる気がする。そして感謝する。これは長編推理小説ではない、として選考されなければ本書を手にすることはなかっただろう。もしかしたら、後に続く著者の作品群を読む機会もなかったかもしれないのだから。

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2008年1月 7日 (月)

重力ピエロ

著  者:伊坂幸太郎
出版社:新潮社
出版日:2006年7月1日発行 2007年11月30日14刷
評  価:☆☆☆(説明)

 2003年に発表された作品で、著者紹介欄によると「ミステリファン以外の読者からも喝采をもって迎えられ」た、ということだ。2006年に出た文庫版で読んだ。

 主人公は、遺伝子関係の会社員、泉水。絵の才能があるハンサムな弟、春と、末期癌で入院中の父がいる。ストーリーは、泉水と春の兄弟を中心に進み、泉水の回想として家族の過去の出来事が語られる。そして、結末に向けて長い坂を上るように静かに盛り上がる。
 泉水の家族には、公然となった秘密がある。それは、春がレイプ犯によって母が身ごもらされた子どもであることだ。何とも重々しい設定だ。父が生むことを決断したのだが、それが正解であったのかどうかは、今もって誰にもわからない。
 「泉水も春も私の息子ですよ」と、動じることなく言い切る父の態度に救われはするが、家族につきまとう影は払いようがない。春の絵の才能さえ、レイプ犯の血を受け継いだのではないかと言われてしまう始末だ。

 泉水の職業や春の才能などの設定に無駄がなく、ストーリーに絡んでくる。連続放火事件が事の発端なのだが、放火とグラフィティアート(壁に描かれた落書き)に深い相関があり、事件のナゾを解くカギは遺伝子にある。また、家族の過去の悲劇とも深く関わっていた。
 徐々に明らかになってくる真実と、気の利いたエピソードの重層構造で読ませる、技ありの作品で、評判になったのもうなずける。

 少し残念に思うのは、ストーリーに意外性がほとんど無いことだ。もちろん、最初からすべて分かってしまうような単純なストーリーではない。でも、徐々に明かされることを追って行くと、中盤ぐらいで読者が「もしかしたら」と予想してしまい、そのとおりになってしまうのではないかと思う。少なくとも私はそうだった。結末に向かっての道筋がまっすぐな感じなのだ。
 それから、読んでいてつらくなってしまう時があった。レイプという凶悪な犯罪に対する嫌悪感だと思う。母の事件の他にも何度か、そういったシーンや話題が出てくる。この小説に限って言えば、重要な要素であるので取り除きがたいことは分かる。しかし、嫌な気持ちになってしまった。

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2007年12月25日 (火)

図書館革命

著  者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2007年11月30日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」シリーズの完結編。この巻で完結ということは前巻で予告されていた。だから、どう完結するのかが知りたくて、待ちに待ったという感じ。いろいろなシリーズを読んだけれど、こんな感じは久しぶりだった。

 あとがきによると、最終巻のネタだけは決めてあったらしい。さすがに、読み手を引き付けたまま離さない見事なネタでした。1巻、2巻、3巻と、それぞれに大規模な攻防戦や拉致事件、謀略などがあり、こうした盛り上がりを後半に置いて、それに向けて前半は徐々にスピードを上げつつ助走していく、という構成だったかと思う。今回はちょっと違う。
 堂上と郁がある作家を護衛して疾走する。途中で堂上が倒れ、郁に言う。「ここからお前一人で....大丈夫だ。お前はやれる」 郁は感極まって、愛の告白(の予告)をして、一人で任務の遂行に向かう。こんな劇的なシーンが登場するのだが、これがまだ物語の中盤なのだ。このシーン以前にも結構ハデな逃走劇やらあり、この後には、郁の大立ち回りまであって、今回は前半から終盤まで走りっぱなしなのだ。

 国際テロという事件の発端も、現在の世界情勢からすると生々しいが、その後の世間の反応などは、今まで以上に「ありえる」展開だから、なお生々しい。
 我々は、テロの危険にを身近に感じたときに、なお冷静に物事を見極められるだろうか?表現の自由や基本的人権の尊重など、憲法に明記されている権利が、テロの防止と相反すると考えられた時に、どのような行動を取るだろうか?答は、9.11直後の米国を見れば想像は付く。
 本書は、もちろんフィクションだし、著者はそんなことを世に訴えるために、このシリーズをしたためたのではないことも承知している。しかし、シリーズ全体の小気味よさの背景に、薄気味悪い未来も見え隠れしてしまう。

 結末は、私としては実に落ち着きの良い結末でした。シリーズが完結したことを祝福したいと思います。そして、登場人物たちの今後の人生について、近い将来に知る機会が来ることを願います。

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2007年12月16日 (日)

夜のピクニック

著  者:恩田陸
出版社:新潮社
出版日:2004年7月30日発行 2005年4月5日第17刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者が人気作家であることは知っていて、何度か手に取ってみたこともあったのだけれど、読むに至らないままになっていた。幅広いジャンルを手がけているらしいので、本書が著者の作風すべてを表しているのではないとしても、読後感がさわやかで、他の作品も読んでみようと思った。

 高校生活も終わりに近づいた秋の1日の物語。1日というのは文字通り24時間の意味で、朝の8時から翌朝の8時まで80kmを歩き通すという学校行事「歩行祭」が舞台の青春小説だ。
 中学生高校生に読んでもらいたい。登場人物の高校生が「ナルニア国物語」を「なんで、小学生の時に読んでおかなかったんだろう」と、後悔する話が出てくる。「ナルニア~」がそういう本かどうかは置いて、本書は中高生の時に読んだ方が、大人になってから読むより意味があるように思う。
 もちろん、ここには青春のすべてが描かれているのではない。イジメも受験の苦しみも、「自分とは何なのだ」というような葛藤さえも、存在はするのだけれどストーリーの背景に押しやられてしまっている。そういう意味では「大人が振り返って思い描く青春」なんだろうと思う。だから、大人は「そんな時代が自分にもあったなぁ」などと懐かしんで読むことができる。逆に言えばそういいう読み方しかない。
 しかし、現在青春の渦中にある中高生には、別の読み方がある。きれいごと過ぎるように思えるかもしれないが、それでもなお読んでもらいたいと思うのは、恋愛を含む人間関係の悩みや、友人という大切なものなど、青春時代に経験をしてもらいたいと思う事柄が全編からあふれ出ているからだ。自分たちの今の生活にも、同じように大切なものがあることに気が付いてもらいたい、そうすればもっと良い青春を送ることができる。そう言った「今」を変えるような読み方だ。

 主人公は融と貴子の2人。学校では内緒なのだが2人は異母兄弟で、何の因果か高校3年のクラスメートだ。お互いに距離のとり方が分からないまま一言も言葉を交わさずに秋になっている。このまま卒業してしまえば、一生言葉を交わすこともないだろう。それで良いのがどうか分からない。少なくとも貴子の方は良くないんじゃないかと思い始めている。
 どちらか一方でも、イヤなヤツであれば悩むこともなかったのだろう。お互い相手を憎んだり無視したりしていれば、それはそれで安定しているとも言える。しかし、どうやら2人とも良き友人にも恵まれ、クラスの中でもそれなりに存在感のあるイイヤツらしいから困ったことになっている。 言葉を交わさなくても強烈に意識し合っていることは、周囲も感付くほどになっていて、2人は実は付き合っているのでは?と勘ぐられてしまう。

 24時間の間に2人の距離というか位置関係が微妙に変わる。特に貴子の心が行きつ戻りつ、本人が「こうありたい」と思うものに近づいていく。この様子が、「歩行祭」という特別な時間を舞台にして良く描き出されている。「こうなってよかった」と思える結末を期待しつつ最後まで気持ちよく読める。良き友人がいることのありがたさを噛み締めることができる1冊。

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2007年12月 9日 (日)

チルドレン

著  者:伊坂幸太郎
出版社:講談社
出版日:2004年5月20日第1刷 2004年6月16日第3刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 短編小説のふりをした長編小説です。と著者が言うように、収められている5つの話は、時間を前後しながらつながっている。「終末のフール」と似たスタイルだ。(「終末のフール」の方が後の作品なので、こういう言い方はおかしいかもしれないけど)

 1本目の「バンク」で、ウマイ!と思った。それぞれの話には小さなナゾがあって、最後になって解き明かされるのだけれど、このナゾ解きが実にスッキリとさせてくれる。「それは、都合が良すぎるんじゃないの?」ということがない。クリスティーの短編のように心地よい騙され方ができる。(ちょっとホメ過ぎか?中にはナゾが早くから分かってしまったものあるけれど)

 主な登場人物は5人の男女。盲目の永瀬、その恋人の優子、2人の友人の鴨居と陣内、陣内の後輩の武藤。5つの話は、1人称で語る人が変わるので、主人公というのは1人に特定されていない。しかも、時間が10年は前後するので、5人が全員登場する話はない。

 私が惹かれたのは永瀬。頭の回転の良さ、推理力、視覚以外の研ぎ澄まされた感覚によってナゾを解く。盲目であることで不快な目に遭うこともあるが、常に冷静て紳士的である。

 異彩を放つのは陣内だ。彼が1人称で語る話はないが、5つの話すべてに登場する。主人公という言い方は合わないかもしれないが、彼を中心に展開した「長編」であることは間違いない。
 陣内はハッキリ言って「ハタ迷惑」だ。その場に合っていなくても本音や正論を吐く。もちろん本音と正論は全く違うもので、時には正反対のこともあるから、陣内の言うことは時によってバラバラだ。なのに、友人は彼の元を離れていかないし、家裁の調査官である彼を慕う元不良少年少女が大勢いる。
 それは彼のウラオモテのないありさまがいいのだろう。こんなエピソードが挿入されている。
--永瀬は、盲目だというだけで通りすがりの女性に5千円渡されてしまう。彼女には悪意はないのだが、永瀬のことを自分より「かわいそう」な存在と見ているわけで、そうしたことが永瀬や優子の心に影を落とす。陣内も憤慨する。「(目が見えないことなど)そんなの関係ねえだろ」「何で、おまえがもらえて、俺がもらえないんだよ」--

 私が永瀬に惹かれたのにも、もっと言えばこれだけ頭脳明晰な男を、著者がイヤ味なく描くことができたのも、永瀬が盲目であるという事実から自由ではありえない。しかし、陣内は違うらしい。まったく素直な気持ちで、友人を見ることができるのだ。

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2007年12月 7日 (金)

有頂天家族

著  者:森見登美彦
出版社:幻冬舎
出版日:2007年9月25日第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「夜は短し歩けよ乙女」の著者による新刊。「夜は~」と同じく舞台は京都の街、時代はおそらく現代。前作も奇怪な人々が登場したが、今回は更に変わった人々が京都の街を縦横に駆ける。いや正確に言うと「人々」ではない。この物語は狸と天狗と人間の物語なのだ。

 設定によると、野生の天敵がいなくなって狸はその数を増やし、人間に化けて京都の街で大勢暮らしているのだそうだ。これは、そうした狸の先代の頭領の息子たち四兄弟の話。
 4人はそれぞれ父親から、責任感、暢気な性格、阿呆ぶり、純真さだけを受け継いだ。4つを併せ持つことで、先代は偉大な狸足りえたのだけど、それぞれ1つだけでは父の跡を継ぐのには不足。「あの父の子」の割にはダメな兄弟なのだ。

 現代の京都に狸や天狗が人に混じって暮らしているという設定は、特に珍しくないかもしれない。しかし、登場する狸や天狗や人は変わったのばかりだ。
 兄弟の恩師はかつては偉大な天狗だったが、今は力をなくし四畳半のアパートで暮らしている。昔の思いがあるので今でもプライドだけは異常に高い。その弟子だった女は、子どもの頃に天狗にさらわれてきたのだが、今は冷酷無比な向かうところ敵なしの半天狗になっている。主人公は兄弟の三男だが、1つ上の兄はある事件の後、蛙に化けたまま寺の井戸の中で暮らしている。
 人間たちだって負けていない。金曜倶楽部と称する連中は、毎年忘年会に狸を捕らえてきて鍋にして食う。全部で7人いるのだけれど、全員一癖も二癖もある連中だ。その内の1人はさっきの半天狗の女、長老格の高利貸しはたぶん、「夜は~」に登場した李白だろう。

 ストーリーは、四兄弟の下鴨家と宿敵の夷川家の抗争を中心に進む。夷川家の頭領は四兄弟の父の弟つまり叔父、その娘は主人公のかつての許婚だというわけで、この辺りも複雑に絡んでアップダウンを繰り返し、ちょっとホロリとさせる。実にエンタテイメントな1冊だ。

 蛇足ながら、私が個人的にウケたのは「百万遍界隈には、腐れ大学生は腐るほどいる」というところ。主人公は普段はサエない大学生の姿に化けていることが多く、同じようなのが沢山いるので目立たない、ということを言っている。私自身ずっと昔に、まさに「百万遍界隈の腐れ大学生」だった。

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2007年11月 2日 (金)

夜は短し歩けよ乙女

著  者:森見登美彦
出版社:角川書店
出版日:2006年11月30日初版 2007年4月5日7版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1人の大学生が後輩の女の子に恋こがれて、独り相撲の遠回りの末に彼女に近づいていく様を、彼と彼女の2つの視点からコミカルに描いていく。しかし、普通の青春恋愛小説ではない。「感動」ともほとんど無縁、彼も彼女も他の登場人物も、とても変なのだ。

 正直に言って、読み始めは戸惑った。淡々とした語り口で次々と繰り出される「ありえない話」の数々に。樋口さんは、フワフワと空中に浮かび、口から鯉のぼりを吐き出す。李白さんは、先斗町の通りを三階建ての電車に乗ってやって来る。電車の屋上には古池や竹林がある。おとぎ話にしては俗っぽすぎるし、ちょっとついていけない。
 ふと思いついたのは「銀河鉄道の夜」。ジャンルも方向性も全く違うが、夢の中の出来事のような予想外の事が淡々と語られる。

 しかし、章を追うごとに加速するテンポの良い展開に、ドンドン引き込まれて行き、面白くなってくる。第三章あたりではすっかりはまり込んでしまった。
 「先斗町」でお気付きかもしれないが、舞台は京都の街。先斗町や木屋町などの繁華街、下賀茂神社に糺の森など、京都の街を知っている人にはお馴染みの地名が出てきて楽しめるだろう。そして第三章の舞台は京都大学の学園祭だ。これには参った。なぜなら私の母校だから。第三章ではまり込んだのは、そのせいもあるのだろう。 

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2007年10月26日 (金)

図書館危機

著  者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2007年3月5日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」の続々編。確実に前々作、前作より面白い。前作よりダークな部分がなくて、私としては単純に楽しめた。元々、登場人物たちのそれぞれのストーリーが並行して進むことで、物語に厚みを持たせていたけれど、今回は、主人公の郁を中心にそれぞれのストーリーが縦横に織り込まれた織物のように展開する。
 中でも階級章の話は秀逸だ。階級章にあしらわれた花は、菊に見えるが実はカミツレ(カモミール)、花言葉は「苦難の中の力」。図書隊の成り立ちを表す重要な意味が込められていて、しかも郁と上官の関係を深めるエピソードだ。 あとがきにもそれらしいことが書いてあるが、著者の隠し玉だろう。この階級章は第一作から巻末についていたのだから、いつでも書けたエピソードをここで披露したわけだ。

 今回のテーマも、前作同様に図書館内の内部抗争だ。しかし原則派と行政派といったイデオロギーの対立ではなく、戦闘職と業務職という部門の間のあつれきだ。県から来た館長が防衛部の活動と権限を制限したことに始まり、女子寮では風呂に入る順番まで業務職が先だというのだから笑止だ。

 第三章も良い。あるタレントが、祖父の職業の呼び名が差別用語とされていることに対して感じた抵抗感、その気持ちが分かっていても、インタビュー記事を出版できない出版社、そしてこの煮詰まった状況を解決する技ありの解決策。話の中では、隊長が考え付いているのだが、本当は誰が考えたのだろう。著者自身だろうか?

 あとがきによれば、あと1巻出るそうだ。楽しみだ。

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2007年10月17日 (水)

風が強く吹いている

著  者:三浦しをん
出版社:新潮社
出版日:2006年9月20日
評  価:☆☆☆☆(説明)

 オンボロアパート「竹青荘」に住む10人の大学生が箱根駅伝に挑む、青春ストーリー。箱根駅伝は10人で走る、その総力で順位が決まる。もちろん誰でも出られるわけではなく、選ばれた20校(正確には20チーム/19校らしい)だけに与えられる栄誉なのだ、出場そのものが。
 加えて、昨年の成績によるシードなどもあるから、初出場を果たそうと思えば、予選会で上位9位に入らなければならない。そこに、10人ちょうどで挑む、しかも陸上経験者は3人、残りのうち1人はマンガおたくで運動経験はゼロ。
 そんなムリめの展開なのに、話にのめり込まずにいられない。著者の筆力によるものだろう。ちなみに、2006年の直木賞作家だ。

 主人公の走(かける)は、高校時代は陸上部のエースだった。しかし、走ることへの純粋さゆえに暴力事件を起こしてしまった過去がある。コーチの灰ニ(ハイジ)も、才能のあるランナーであったが、ヒザの故障のため挫折した経験がある。こうした登場人物の背景をドラマチックに絡めながら、物語は箱根駅伝当日へと集約していく。

 ここで私が指摘するまでもなく、著者は承知の上で本書を書かれたのだと思うが、駅伝というスポーツは、登場人物を丁寧に描ける素材であることに気付かされた。
 駅伝は何人かで行う団体競技であるが、ランナーはただ一人孤独に走る。誰の助けも得られない20キロ程度を走るその時間に、ランナー自身も何かを考えるだろうし、小説家はじっくりと1人1人のドラマを描くことができる。走と灰ニ以外にもあと8人のドラマを凝縮することができるわけだ。
 500ページの本の200ページは駅伝当日。何ともオイシイ舞台ではないか。

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2007年8月14日 (火)

終末のフール

著  者:伊坂幸太郎
出版社:集英社
出版日:2006年3月30日 第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 2007年本屋大賞の第4位。小惑星の衝突によって、あと3年で人類が滅びるという設定で、仙台北部のヒルズタウンという20年前にできたマンションの8組の住人の生活を、時に交差しながら描く短編集。

 あと3年で死ぬことがわかっている、(本当は小惑星なんて衝突しないんじゃないかという期待が心の片隅にあるとしても)ある種の極限状態。しかし、登場する人々の行為はそれにしては穏やかだ。
 それもそのはずで、小惑星衝突が明らかになったのは5年前、当初は大混乱し、暴動も殺人もそして自殺も数限りなく起きて、自制心を失った人々はその頃に死んでしまったり、捕まったりして、街からいなくなってしまった。今、残っているのはそうした混乱をなんとか乗り越えた人々なのだ。

 8編を通して感じるのは、終わりが見えるということが、人の心を鮮明にするということ。自分がしなくてはならないこと、本当にしたいことが初めて分かる。
 それは、家族の関係の修復であったり、贖罪であったりと色々だ。難病の子どもを抱えた父親は、子どもを残して自分が死んでしまう可能性がほとんどなくなったことに、この上なく幸せを感じている。
 もちろん、どうせあと3年で終わるのだから、そんな面倒くさいことをしてもしょうがない、と思う人もいる。しかし、より良き人生を送りたいと思う人が多いのではないだろうか。

 あと3年で終わりなのに、少なくなったとは言えスーパーは開いているし、そこで商品を買うのにお金を払う。そのことを不思議に思う場面がある。財産や金銭に価値があるようには思えないのに。案外、今までのやり方を変えることはできないのかもしれない。

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2007年7月13日 (金)

図書館内乱

著  者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2006年9月30日初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「図書館戦争」の続編、シリーズ化が決定したわけだ。とは言え、前作で振ってあった主人公と両親の関係や、上官とのいきさつなどが、本作で結論を得ることを考えると、少なくともこの2作目までの構想は、前作からあったと思われる。

 スピードとエンタテイメント性は前作のレベルを保っている。今回はそれに加えて、主人公周辺の登場人物の描き込みが進み、ストーリーが立体的になった。上官の1人には、もう子ども扱いできない、年下の幼なじみがいる。抜群の成績を誇る同僚には、意見が合わないが越えることもできない兄がいる。美人のルームメイトには心の葛藤がある、といった具合。
 前作が、なんとなくありがちなストーリーの軽さが否めなかったの対して、今回はドラマ性もあって深みも加わってGOOD。

 さて、今回のタイトルは「図書館内乱」、図書館内での争い。国家権力に抗する図書館も一枚岩ではない。「図書館の自由に関する宣言」を言葉通りに実践する「原則派」、行政がコントロールすべきだとする「行政派」があり、さらには図書館を国家機関に格上げしようと画策するエリートたちもいる。
 主人公のように、図書館が市民の権利を守ることは正しいのだ、いかなる場合も正しいことを行うのは正しい、という単純なものではない。
 宗教でも他の宗教との争いより、同じ宗教の中の異端排斥の方が苛烈だと言う。こちらの争いも、表面的には穏やかでも、ドンパチやっていた前作よりもダークで激しい戦いになっている。今後の展開にさらに注目。

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2007年7月 6日 (金)

図書館戦争

著  者:有川浩
出版社:メディアワークス
出版日:2006年3月5日初版 8月30日6版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 第4回本屋大賞(4月5日発表)の5位。「図書館」と「戦争」という、関係性の薄い2つの言葉の組み合わせのタイトルが目を惹く。

 時代は正化31年という架空の年。しかし、昭和の後だということなので、まぁ平成31年。昭和の終わりごろに分かれた別の時空で、今から10年あまり後ということか。
 物語の時空では、昭和の最後の年にメディア良化法という、公序良俗に反するメディアを取り締まる法律が成立している。これによって、国家が不可とする本を、国家権力の元で実力で排除することができる世の中になってしまっている。
 図書館は、その国家の検閲に抗して、市民が自由に本を閲覧する権利を守るために警備隊を持つに至る。銃器による抗争も起きている。それが「図書館戦争」

 荒唐無稽な設定と言って差し支えないだろう。しかし、このムリめな設定に、冒頭の1ページで読者をグイと引き込む。「念願の図書館に採用されて、私は今_ 毎日軍事訓練に励んでいます。」
 主人公は、図書館の新人女性兵士。先の言葉は、彼女が両親に宛てた手紙の1文だ。本書は、主人公が上官や同僚に囲まれ、励まされながら成長していく成長物語。そういう意味ではありがちな展開なのだが、中に収まっているエピソードは、本書の設定以上に「あり得ない」ものが多い。
 しかし、物語にスピード感があるせいか、読むのが楽しかった。「あり得なく」ったってそれが何だ?これは無いでしょう、というのが逆に心地いい、そんな気分になる。エンタテイメント性が光る1冊だ。

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2007年6月 9日 (土)

地下鉄(メトロ)に乗って 特別版

著  者:浅田次郎
出版社:徳間書店
出版日:2006年7月31日第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 映画化され、そのテレビCMを見て面白そうだと思ったのを思い出して、読んでみた。
 予想にたがわず、面白かった。著者の体験や、父親の話がベースになっているそうだが、独特の世界が流れていて楽しめた。

タイムスリップものである。現在は1994年。主人公は大会社の社長の二男だが、訳あって下着会社の営業をやっている。長男は子供のころに自殺。弟の三男が父親の会社で副社長をしている。
 そして、主人公は、地下鉄の出口、ホーム、電車の中などをタイムトンネルにして、兄の自殺の日、戦後の闇市、戦時中の満州、父親の出征の日などにタイムスリップし、様々な真実を知る。

 よくあるタイムスリップものとしては、不都合な現在を変えるために、過去へ行ってその時点の出来事を修正する、というのがある。しかし、本書では少し違う。主人公は無力だ。兄の自殺を止めようとするのだが、その運命を変えることはできなかった。もし、できていたら、今の主人公の家族の有りようは、ずいぶん変わっていただろうに。

 そして、ストーリーは最後に思いもよらない方へ急展開する。唯一人すべてを知る主人公には辛い結末かもしれない。

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2007年5月30日 (水)

信長の棺

著  者:加藤廣
出版社:日本経済新聞社
出版日:2005年5月24日第1刷 2007年10月4日第10刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本能寺の変とその時の信長の死の真相に迫る歴史フィクション。もちろんフィクションなので、「これが真相だ」と著者も言っているのではない。しかし、読む方は、こうだったのかも知れないと思うことで楽しめる。そう思えるぐらいの物語が綴られている。これが小説家としてのデビュー作で、74歳だというのだから驚きではないか。

 主人公は、信長ではなく「信長公記」を記した実在の伝記作者、太田牛一。(信長は、本書の冒頭で早々に死んでしまう) 伝記作者であるから、様々な調査をしたであろうことは想像に難くない。このことが、物語中の主人公の調査活動や、ひいては本書の描く信長の死の真相に真実味を与えることになる。

 本書では、信長が目指していた天下がどのようなものであったのか?本能寺の変はどのようにして起こったのか?黒幕は居たのか?居たとすれば誰なのか?秀吉や家康との関わりは?、そして信長の遺体はどこへ行ってしまったのか?と言った謎解きの面白さが、ギュッと詰まっている。
 信長、秀吉、家康と言った天下人に加えて、信玄や謙信などの武将が数多く居て、物語には事欠かないこの時代に、また面白い物語が加わった、そんな感じがする本。

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2006年8月12日 (土)

愛がいない部屋

著  者:石田衣良
出版社:集英社
出版日:2005年12月20日第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 著者は、テレビのニュースにコメンテーターとして出演して、さらっと毒のあるコメントを吐いているので、本業の作家ではどんな仕事をしているのかと思い、1冊手に取ってみた。

 小説雑誌に連載された10編の短編、どれも大人の愛の物語。いや、タイトルの通りに「愛がいない」ことを表現した物語。
 「愛」を表現するのに、愛そのものを描写するのではなく、そこにあるべき愛や、あって欲しいと愛が「ない」ことを描写する。なかなかのテクニシャンだ。欠けている部分を描くことで、対象物の輪郭がくっきりと見えるような感じか。デザインの技法にもそういうのがあったような。

 10編のそれぞれはいろいろだ。実らない大人の恋愛、熟年の愛、中年の悲哀、中にはエロ小説かと思うようなものもある。短編であるし、ミステリーでもないので、大した出来事は起きない。主人公は、それぞれ重荷を背負って生きているのだけれど、読むほうは軽い気持ちでのぞき見をしているような感覚。

 収録されている10編には共通点がある。すべて神楽坂にある、1階にオープンカフェがあるマンションの住人(予定の人も含めて)の話であること。私がみたところ登場人物は重複しない。1人を除いて。(特に重要な人物というわけではないけれど、1人をいろいろなところに登場させている。著者のちょっとした仕掛けというか遊びだろう)

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2006年8月 6日 (日)

蹴りたい背中

著  者:綿矢りさ
出版社:河出書房新社
出版日:2003年8月30日初版 2003年10月20日10刷
評  価:☆☆☆(説明)

 2004年の芥川賞受賞作。当時19才で最年少受賞。そういうことで手に取ってみた。
 主人公はハツ、高校1年生、陸上部、クラスでは浮いている。「適当に5人組を作れ」と、先生に言われると余ってしまうようなヤツ。そして、クラスでもう一人余ってしまうのが、にな川、もう一人の登場人物だ。この2人が中心となってストーリーは進んでいく。

 にな川という男はおかしい。モデルの「オリちゃん」のファンなのだが、ケースにぎっしりと「オリちゃん」の記事やらグッズやらを入れていて、それが彼の生きがい。
 ハツの方も相当おかしい。にな川の背中を見ているうちに蹴りたくなって、本当に蹴っとばしてしまったのだから。
 そして、おかしい者同士が惹かれあったのかというと、そういうことでもない。なにせ、にな川は、「オリちゃん」以外の女性には興味がないのだから。

 どうも、自分が常識人として年をとってしまったのか、高1の女の子が、にな川のような変なヤツの家にノコノコとついていくか?とか、展開に疑問を持ってしまうため、読んでいて何だか居心地が悪かった。
 明るいばかりの青春物語が巷にあふれているので(もちろん、それぞれの話にはそれなりに悩みや問題は含まれているのだけれど、多くは解決するし)、こういった2,3回ひねった青春に妙なリアリティがあるのかも。

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2006年7月 1日 (土)

空が落ちる(上)(下)

著  者:シドニィ・シェルダン 超訳:天馬龍行
出版社:アカデミー出版
出版日:2001年9月10日第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 久しぶりのシドニィ・シェルダン。本書が米国で出版されたのが2000年、1917年生まれというから83歳の時。2004年には「Are You Afraid of the Dark?」という小説、2005年には、回想録「The Other Side of Me」を出版しているから、まだ書けるのだろう。いったいいつまで執筆し続けるのか?こうなったら100歳のベストセラー作家を目指してもらいたい。

 本書の主人公は、サラエボの内戦を現地からレポートして一躍有名になったジャーナリストのダナ。今はニュースキャスターをやっている。大富豪の家の連続する事故死に陰謀のにおいを感じて、独自に取材を進める。
 舞台は、アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、そしてロシアと目まぐるしく変わる。ストーリーを進めるために必要な証言を、それぞれの場所で得るために行く。まるで、ロールプレイングゲームのような趣だ。

 シェルダンらしく、ラストの100ページあたりにはいろいろな謎が解けて、スリル満点の展開も用意されている。それを楽しめば良いのだと思う。しかし、「何かあるはず」と、登場人物の行為を裏読みしながら読むせいか、私は早々に種明かしが分かってしまった。もちろん、著者も分かるようなヒントを随所にちりばめてくれている。そんなことまで書かなくてもいいのに、というエピソードも含めて。
 そんな数あるエピソードの中で、宙ぶらりんなままのものがある。主人公のボス(会長)が、ダナの居場所を知らないはずなのに知っていた、というくだり。
 普通なら、会長も敵の一味かそうでなくても何らかのつながりがあると思うが、彼は最後まで味方のままで、そのエピソードについての説明は見当たらない。どうしてだろう?

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2006年6月19日 (月)

ささらさや

著  者:加納朋子
出版社:幻冬舎
出版日:2001年10月10日第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 深夜のテレビドラマでやっていた「てるてるあした」の原作。ドラマは、同じ「佐々良」という町を舞台にした本書と「てるてるあした」の2つの小説を合わせて原作として、脚本を書いたらしい。ドラマでは木村多江が演じた準主役のサヤさんが、本書では主人公。

 サヤは突然の交通事故で夫を亡くした。生後2ヶ月の赤ちゃんのユウ坊を残して。サヤは全く頼りないというか、人が良すぎて簡単に人に騙されてしまう。
 しかし、死んだダンナが誰か他の人に乗り移って助けてくれる。でも、乗り移ることができるのは、幽霊のダンナを見ることができる人だけ、それも1回限りだ。

 とにかくサヤが頼りない。見ていて(読んでいて?)心配だ。死んだダンナでなくても十分に心配。赤ちゃんのユウ坊を育てるのも育児書のままだし、不動産屋に家賃を騙し取られても、「あの家も赤ちゃんが生まれて何かと大変だから」と、許してしまう始末。
 3人のバァさんたちと、エリカという友人と、幽霊のダンナに守られて、何とか危機を克服する。いつかは、自分で生きていけるのだろうか?
 少し幻想的なお話で、ちょっとホロッとさせられたい人に特におすすめ。

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2006年5月 4日 (木)

号泣する準備はできていた

著  者:江國香織
出版社:新潮社
出版日:2003年11月20日発行 2003年12月25日3刷
評  価:☆☆☆(説明)

 第130回直木賞受賞作品。久しぶりの純文学ということもあり、期待が大きかった。そのためか肩透かしをくらった感じだ。男女(とは限らないのだが)2人の関係が音も無く静かに崩れていく様子を、静かな語り口で綴った、というところが評価されて受賞に至ったのだろうと思う。確かに、そういった静かな悲しみが伝わってきた。

 短篇集なので、読むのに苦労はいらない。さすがに読みやすい。しかし、あまりにも平凡過ぎないだろうか?話によって設定はいろいろ、レズのカップルもあれば、嫁姑の旅行もある。表題の「号泣~」では、イギリスのノーフォークという街で知り合った放浪癖のある男女の話。のーふぉーくという街に何か意味があるのかどうかは分からない。木がない電飾だけのツリーというのがとても悲しいのらしいのだけど、これも意味は分からない。
 分からないのにいろいろ言ってはいけないのだけれど、分かる部分だけで感想を言うと、「それで....。何か?」だ。

 とてもしっくり行っていて、何の不安もなかった男が浮気した。もちろん浮気はいけないし、ショックなことだと思うけれども、それで泣きたくても泣けなかった、なんて話にみんなが感動したり同情したりする世の中でもないように思うが、どうだろう。
 これが等身大の人々の心の描写なのかもしれない。だから深く感情移入できる人もいるのだろう。しかし、私は小説には、現実とは別のものを求めているらしい。

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2006年4月25日 (火)

希望の国のエクソダス

著  者:村上龍
出版社:文藝春秋
出版日:2000年7月20日第1刷 2000年8月5日第2刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 エクソダスとは脱出の意、旧約聖書にある「出エジプト記」に原意がある。
 本書は、2000年に、2001年からのほぼ10年間の日本を舞台にした、極近未来小説。読んでいる今は2006年だから、小説の真っ只中というわけで、意地悪な見方とすれば、どれだけ当たっているか、という見方もできる。もちろん、著者は予言書を書いたわけではないので、そんな読み方は正しくないのだけれど。

 小説では、中学生の過半数が不登校になっている。彼らは現在の教育への積極的なNOを意思表示するために、学校へ行かないでいる。その中の一部は、緩やかなネットワークで結ばれて組織化され、映像配信や職業訓練などの事業を手がけ、為替を操って巨額の資金を手にし、北海道に十万人単位で移住して新たな街を建設してしまう。
 当たりはずれで言えば、はずれだろう。中学校へは大半の生徒が未だ通っているし、大人社会はその面目をなんとか保っている。しかし、薄い膜1枚を隔てた事実のような気もする。
 文科省の調査では、平成15年度の中学校の不登校は10万2千人、2.73%だ。実際にはもっと多くいることが想像されるが、この数値でも40人学級を前提にすれば、1クラスに1人以上だ。全部のクラスで不登校生徒がいると思えば、異常事態にはちがいない。
 現在の不登校は、言わば消極的不登校。「本来は行くべき」という考え方までは揺らいでいない。これが小説のような積極的不登校という考え方に変わらないとも限らない。

 「この国には何でもある。だが希望だけがない」と、中学生のリーダーに著者は言わせた。この言葉は有名になった。コピーとして良くできているから。しかし、その前の言葉のやり取りの方が興味深い。国会での議員との対話だ。
 中学生:「どうして中学校というものが、この国に存在するのか」
 議  員:「法律で決められていて、誰でも行かなくてはならないから」

 この後、中学生は対話を拒否してしまう。答えになっていないからだ。言葉で議論をするのが仕事の国会議員の面目丸つぶれだが、同情もする。中学生までは学校に通う、という自明と思われていたことにも、理由が必要になっているのだから。自明なことに対する理由は説明が難しいだろう。

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2005年11月13日 (日)

東京奇譚集

著  者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2005年11月6日発行 2005年9月30日2刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「新潮」に2005年3月号から6月号までに掲載された短編4編と、書き下ろし1編の計5編が収められた短編集。

「奇譚集」だから、ありそうにもないけれど、もしかしたら....。という話が5つ。考えてみれば、村上春樹の小説は、作品によって度合いに違いはあるが、全て奇譚と言える。(ちなみに、本の帯に【奇譚】<名詞>不思議な、あやしい、ありそうもない話 という説明が書いてある)
 不思議の度合いが、1編目より2編目、2編目より3編目と強くなっている。1つ目はありえないような偶然が重なる話、2つ目は幽霊話、3つ目は品川で姿を消した男が仙台に現れる、4つ目は夜中に石が勝手に動く、そして5つ目に至ってはしゃべる猿(羊ではなく)の登場。月刊誌への掲載だから、読者はこの順に目にすることになる。偶然ではないと思う。徐々に村上ワールドへ引き込む作戦だろう。そして、この短編集自体も、そうした意図を持ったものに違いない。

 書き下ろしの「品川猿」が一番面白い。しかし、長編のような細部の書き込みが足りないような気がした。猿が名札を盗むのだけど、どうやって在りかを見つけたのかを聞かれて「ひらめき」で済ませてしまっている。
 しかし、登場する人は、ゲイであったり、息子をサメに食われた母親であったり、親に愛されなかったりと、不完全さを持つ人々が多い。そういう人々の物語をサラッと書く手並みはさすがだ。

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2005年10月10日 (月)

四十日と四十夜のメルヘン

著  者:青木淳悟
出版社:新潮社
出版日:2005年2月25日第1刷 2005年5月25日4刷
評  価:☆☆(説明)

 表題作と「クレーターのほとりで」という2本の中編が収められてる。朝日新聞の書評で見て、面白そうだから読んでみた。ちなみに、表題作は、第35回新潮新人賞受賞。

 この本は、私には合わなかったようだ。特に表題作は、読むのもつらい、というあり様。主人公は、7月4日から7日までの日記を繰り返し書いていて、合間に創作童話を書いている。仕事はチラシのポストインらしいが、決められた枚数を配らずに、家に大量に持ち帰っているので、部屋の中にチラシが散乱している。
 散らかっているのは部屋だけではなく、この小説自身もとっ散らかっている。内容を変えながら繰り返される日記と、中途半端な童話と、その他様々な状況説明が入り乱れて、とても散漫な感じ。
 主人公の退廃的な生活態度が、文章にまでにじみ出ている感じで、退屈極まりない。自由奔放といえば聞こえがいいかもしれない。そういう捉え方でもなければ、新人賞とは解せない。いや、賞にケチはつけるまい。ただ、私には合わなかった。

 表題作に比べると、「クレーターのほとりで」の方は、ストーリーに引き込む力というか、独特の雰囲気ががある。すごく、未完成な感じはするけれど。

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2005年5月21日 (土)

カンガルー日和

著  者:村上春樹
出版社:講談社
出版日:1986年10月15日発行 2001年7月31日第40刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 20年近く前に出た村上春樹の短篇集。「象の消滅」に収められていた短篇のうち、「4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて」が収められている。他の短篇が収められた本は家にあったのに、これがなかったので、買ってきた。

 なんとも言えない村上作品の空気はあるものの、濃密な感じではなく、むしろさらっと読めるショートショートのような短篇が並ぶ。最後の「図書館奇譚」を除いては。
 これらの短篇は、トレフルという雑誌に連載していたものらしい。1981年4月から83年3月までとある。ちょっと調べてみた。「図書館奇譚」は、1982年6月号から、羊男が出てくる第2回目は7月号。「羊をめぐる冒険」は、群像の同じ年の8月号、つまり、「図書館奇譚」の方が早い。
 どういう雑誌なのかよく分からなかったのだけれど、読者はどう思っただろう。まぁ、そんなこともあるよね、という軽い感じの読み物がそれまでは続いていたのに、いきなり羊男、それも頭を割って脳みそを吸う、というのだから尋常じゃない。驚いただろう。

 ところで、村上作品には図書館が良く出てくる。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「海辺のカフカ」。図書館、古い書物が集積している場所に対する微妙なセンスがここに現れているように思う。

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2005年5月 8日 (日)

「象の消滅」短篇選集

著  者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2005年3月30日発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1980年~91年に書かれた短編を1993年に米国クノップ社が短篇集として出版した。本書はその本のセレクション、順番で収録してある。10年以上前に米国で出版された20年前の作品を、どうして日本で出し直す必要があるのかは疑問。「面白そうな企画だな」という以上には深い意味もないのかもしれない。
 という、皮肉な考えとは裏腹にけっこう楽しめた。本棚を改めて探ると、収録作品の大部分は見つかった。つまり、以前に読んでいたはずなのに、とても面白く読んだ。まぁ、読んだのは10年以上も前だから、単に忘れていただけなのだけれど、作品が魅力的であった証拠とも言えるのではないか。

 こうやって、17編もの短篇を通読してみると、いくつかの傾向というか、分類が見えてくる。現在の村上作品の特徴とも言える、仮想と現実がない交ぜになった世界観のもの(緑色の獣、踊る小人、そして表題の象の消滅、など)、あり得ないとは言えないけれど非日常的な物語(パン屋再襲撃、納屋を焼く、など)、若者を青臭いぐらいに素直に描くもの(4月のある朝に・・・・・・、午後の芝生、など)、人間心理を鋭く突くもの(沈黙、など)...。
 ここまで書いて、ある考えに行き当たった。これは、日本の読者に向けた村上作品のトレーニング用なのではないか。最近の村上作品は、独特の世界観が強すぎて、着いていけない人もいる。しかし、短篇で青春ものなら入って行きやすいだろう。この短篇集の、この作品はよくわからないけど、これは良かった、という読み方もできる。
 米国で出版する際には、多分に村上春樹を紹介する目的をこの短篇集に持たせていたに違いない。それをそれを逆輸入で日本向けにやったので。それが、10年以上前に米国で出版された本を日本で出し直す理由なのかもしれない。

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2004年10月 6日 (水)

アフターダーク

著  者:村上春樹
出版社:講談社
出版日:2004年9月7日初版
評  価:☆☆☆(説明)

 都会の一晩の出来事を描いた、村上春樹の中篇作品。
 村上春樹らしいと言えば良いのかもしれないが、つかみどころのない作品。物語は何かの予感を持ちながら(例えば、新しい恋とか、殺人やその他の犯罪とか)進んで行く。しかし、何かに向かっている様子はない。予感は、何にも結実しないで予感のまま終わる。
 登場人物は多彩。主人公は、美貌の姉を持ち、その陰で自信を持てずに外国語大学に通う女子大生。その姉は、2ヶ月も眠り続けている。その他に、元女子プロレスラーのホテルのマネージャー、誰かに追われている従業員、売春組織の中国マフィア、その売春婦を殴って身ぐるみ剥いだシステムエンジニア、そして主人公の相手役のバンドマン。全員が深夜から明け方の時間の住人だ。
 それぞれの登場人物に物語があり、それが交錯しながら展開するのだが、全ての話は宙に浮いたまま終わる。「朝が来たからこれで終わり」とでも言うように。一晩だけの出来事だから、何かの結末を迎えるのはムリなのかもしれないけれど、こんな何もかも宙ぶらりんでいいのか。
 これは、村上春樹が紡ぐ物語の断片なのではないか?これと同じが似た設定で、長篇が書かれるのではないか?こんな期待は甘すぎるだろうか。

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2004年2月 6日 (金)

私は別人(上)(下)

著  者:シドニィ・シェルダン
出版社:アカデミー出版
出版日:1993年10月10日発行 12月10日第7刷
評  価:☆☆☆(説明)

 スーパースターのコメディアンのトビーと、妻のジルの2人の人生が織り成すドラマ。原題はA stranger in the mirror。
 シェルダンだし、超訳だしで、最後まですんなりと読み通した。ストーリーにも起伏があり(失敗しそうになっても、すんでのところで救われるといった)、よくできた娯楽作品だと思う。敢えて言えば、ハラハラドキドキやドンデン返しはなく、途中からは予想できた結末へ向かって淡々と進む、という感じがちょっと残念だった。
 トビーは、出会う女性と片っ端から寝て、思い通りにしてしまうし、その誰からも恨まれていないという何とも幸せな人生を送ってきている。もちろん、最初は少し苦労するけれど、1度世に出てからはスランプもない。ジルは、苦労人だがわがままでもあり、一本調子な感じがする。
 ジルの幼馴染のデビットは、どういうわけか、ずっとジルのことを思い続けていて、それなのに最後になって、ジルの昔の過ちを知って去って行ってしまう。訳者も同じように思ったらしく、「デビッドはどうしてジルを許してやらなかったのか」と書いている。意外な結果と言えばそうだが、腑に落ちない意外な結果はドンデン返しとは言わない。

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2003年11月12日 (水)

神の吹かす風(上)(下)

著  者:シドニィ・シェルダン
出版社:アカデミー出版
出版日:1996年10月10日
評  価:☆☆☆(説明)

 久しぶりに読んだシドニィ・シェルダン。
 知っての通りストーリー展開の巧みさとドンデン返しが特長の作家。意訳を超えて日本語らしく読みやすくした超訳が売りの出版社。なるほど読みやすく、ドンデン返しも伏線もあり楽しめた。でも、「ゲームの達人」や「時間の砂」など、最初のころの作品ほど面白くなかった。その他の作品も何冊か読んだけれど、それと比べても平板な感じがした。
 ストーリーは、田舎の大学教授がルーマニア大使に抜擢されて活躍する話。最後には命も狙われるが、それでも機転を効かせて難を逃れる。
 ドンデン返しがあると思って読んでいるからか、善人が善く、悪人が悪く描かれすぎているのが途中から気になった。少し度が過ぎる。また、大使としてルーマニア政府の要人と交渉するのだが、あまりに単純で驚く。うすっぺらでリアリティが感じられない。ストーリー展開は面白いので、それに水を差している感じ。
 軽い読み物としては素直に楽しむには良いのかも。わざわざ、意地悪な見方をすることもないか。

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2003年1月28日 (火)

シュエイクスピア1