2.小説

2018年4月 5日 (木)

原発ホワイトアウト

著  者:若杉冽
出版社:講談社
出版日:2013年9月11日 第1刷 12月10日 第9刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 帯に「現役キャリア官僚のリアル告発ノベル!」と大きな赤い字が躍っている。著者はインタビューで、この小説を書いた理由を尋ねられて「いかに国民不在で再稼働を原発推進に向かった進んでいるのかをできるだけリアルに国民の方に伝えたかった」と答えている。

 主な登場人物は3人。日本電力連盟常務理事の小島巌。関東電力の総務部長を経て連盟に出向している。元民放テレビ局アナウンサーの玉川京子。現在は再生エネルギー研究財団の主任研究員。そして、資源エネルギー庁次長の日村直史。キャリア官僚として政財界のウラにまで通じている。

 短いプロローグの後、2013年の参議院選挙の投開票日から物語は始まる。結果は「保守党」が大勝し、衆参両院で過半数を占めることとなった。その夜、小島は「これからの課題」として3項目をレポート用紙にしたためた。「再稼働」「電力システム改革の阻止」「世論対策」。

 物語はこの後、原発の再稼働を目論む小島と日村らの暗躍と、再稼働阻止に動く玉川の動きを描く。この「再稼働か阻止か」のせめぎ合いは、現実がそうであるように「再稼働」が勝つ。物語は、さらにその先を描く。「現実に起きる」と十分に想定できる未来の一つが描かれている。

 ここに書いてあることが真実だとは言わない。しかし著者は「私が直接見聞きしている事実と間接的に見聞きしている事実を元に書いた」と言っている。それに本書で描く、「総括原価方式」を基にした集金・献金システムや、デモ潰しの手法は、詳細かつ具体的で説得力がある。昨今のニュースで思い当たる節もある。

 随所に国民をバカにしたひどいセリフや場面があって、読んでいて顔をしかめてしまうのだけれど、それさえも「あり得る」と思ってしまう。すでにベストセラーだけれど、もっともっと多くの人が読むといいと思う。

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2018年3月21日 (水)

キラキラ共和国

著  者:小川糸
出版社:幻冬舎
出版日:2017年10月25日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。昨年の本屋大賞で第4位となった「ツバキ文具店」の続編。「ツバキ文具店」は、NHKで多部未華子さん主演でドラマ化された(公式サイト)。

 主人公は前作と同じで雨宮鳩子(ポッポちゃん)。いや本書の冒頭で守景鳩子になった。前作で知り合った、近くでカフェを営む守景蜜朗(ミツロー)と結婚したのだ。前作の最後でミツローさんがポッポちゃんをお寺の境内でおんぶしたシーンがある。その時から付き合い始めてそれから1年足らず、だそうだ。

 ポッポちゃんは「ツバキ文具店」という文具店を営む傍らで、手紙の代書を請け負っている。こんなご時世でも手紙の代書を依頼に来るお客は一定数居て、ポッポちゃんは、依頼人の事情を聴いて、文面だけでなく、紙や封筒、筆記具、インクの色、字体、切手まで選んで、手紙を書いて投函する。

 前作は、この代書の依頼を主に、ポッポちゃん自身の身辺を従に描いた。本書では、主従が代わって、ポッポちゃんの物語が主になった。象徴的なのは、本書でポッポちゃんが最初に書く手紙が、自身の結婚のお知らせだったことだ。

 なんと言っても新婚だから...。行間から幸せが立ち上ってきて、甘い香りがしてきそうな物語。「私は恥ずかしくて「モリカゲさん」と言ってしまう。ミツローさんは、私のことを「ポッポさん」と呼んだり「ポッポちゃん」と呼んだり、たまに..」なんてあって、「どーでもええわ、好きなように呼びなさい」と思ってしまう私は、少し羨ましいのだろうきっと。

 タイトルだって「キラキラ共和国」で、なんだか浮足立った感じがする。ただ、これには意味付けがあって、隣家の婦人が教えてくれたおまじないに関係している。心に暗闇ができた時に「キラキラ、キラキラ」と唱える。今はちょっと「アホらしい」と思うけれど、いつか使う時がくるかもしれない。

 こんなおまじないが必要だったことで分かるが、ポッポちゃんもミツローさんも、結構深刻な事情も抱えている。それを一つ一つ乗り越えての結婚であり、その後の本書で描かれる約1年も、そうしたことの連続だった。ポッポちゃんに幸あれ。

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2018年3月 7日 (水)

百貨の魔法

著  者:村山早紀
出版社:ポプラ社
出版日:2017年10月5日 第1刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年は「桜風堂ものがたり」でノミネートされ、第5位になった。出版社は異なるけれど、本書はその姉妹作にあたる。

 舞台は「風早の街」にある「星野百貨店」。50年前に商店街の核となるように建設された老舗百貨店で、街のシンボルのような店。主人公は、ここに勤める従業員やテナントの店員らが、章ごとに入れ代わって務める。エレベーターガール、靴屋の店主、贈答品フロアのマネージャー、郷土資料室の職員、そしてドアマン。

 全体を通して語られるものが2つある。一つは星野百貨店に新しく設けた「コンシェルジュ」に就いた芹沢結子のこと。もう一つは、願いを叶えてくれるという魔法の白い子猫のこと。そして、時にこの2つのことは溶け合って語られる。結子は魔法の猫の化身なのではないか?と。

 著者が「あとがき」で「卵をあたためるように、じっくりと考えてゆきました」と書いているけれど、その通りに丁寧に紡ぎだされた感じのする物語だった。百貨店で働く一人ひとり、訪れるお客さんの一人ひとりに、物語がある。その物語に、この百貨店に流れた50年という時間が、うまく使われている。

 今は、百貨店には厳しい時代だ。スーパーやショッピングモール、ネット通販など、他の業態との競争は分が悪い。そんなご時世に星野百貨店は、ホテルとコンサートホールと映画館を併設して、レストランではピアノの生演奏があり、エレベーターガールまでいる。

 やっていけそうにない。いずれ大きな船が沈むように閉店してしまうだろう。でも、私の街にこんな百貨店があって、そこにこんな人々がいたら素敵だな、と思う。そして...やっぱり、こんな人々と「魔法の猫」がいたら、この厳しい時代も乗り越えられそうだ。

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2018年2月24日 (土)

とんび

著  者:重松清
出版社:角川書店
出版日:2008年10月31日 初版 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の作品は、読んでいていてホロッとくる。子どもの心のひだをそっとなぞる物語が多いのだけれど、本書では「父親」を、哀切にかつ幸せに描いている。

 主人公は市川安男。みんなからは「ヤス」と呼ばれている。広島県の備後市で生まれ育った。運送会社の支店でトラックの運転や荷さばきの仕事をしている。物語はヤスの28歳からの約30年、時代としては昭和37年から平成の初めにかけてを描く。

 ヤスは直情型ですぐに頭に血が上るし、ひねくれ者なので褒められても憎まれ口をたたく。それでも付き合いの長い人たちは、それは「照れている」からで、根は真っすぐなことを知っている。だから、そんな危なっかしいヤスに子どもができたことを、みんなで喜んだのだ。

 本書は、ヤスと息子のアキラの暮らしを描く。アキラが生まれたとき、アキラが3歳のとき、アキラが小学校に上がる前、アキラが小学校5年生のとき....。アキラが大きくなるとともに、ヤスとの隙間が開いていく。それを「成長」と呼ぶことを知ってはいるものの、ヤスはうまく消化できない。

 心温まる物語だった。(多少ネタバレになるけれど)アキラの母はアキラが小さいころに亡くなってしまう。だからヤスは「男手ひとつで」アキラを育てたことになるのだけれど、実はそうではない。

 ヤスが子どものころから「ねえちゃん」と慕う、居酒屋の女将。ヤスの幼馴染の坊さんとその家族.,。後にヤスが「アキラを育ててくれる手は、ぎょうさんあったんです」と言うように、アキラはたくさんの人の手で育てられた。冒頭に「幸せに描いている」と書いたことは、その多くがアキラを育てた手の多さに依っている。

 最後に。著者の「青い鳥」という作品で、先生が「ひとりぼっちが二人いれば、それはもう、ひとりぼっちじゃないんじゃないか」と言う場面がある。ヤスの周りには、その生い立ちに「ひとりぼっち」を抱えた人が何人もいる。彼らは一様に優しい。そして互いを気遣うことで支え合っている。そのさまを見て、やはり哀切で幸せな気持ちになる。

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2018年2月21日 (水)

騙し絵の牙

著  者:塩田武士
出版社:KADOKAWA
出版日:2017年8月31日 初版 9月15日 3版
評  価:☆☆☆☆(説明)

  本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年も「罪の声」でノミネートされ第3位に輝いた。実を言うと私は事前に予想して「罪の声」の第3位を見事に的中させている(大賞も第2位も外したけれど)。実際の事件を題材にした見事なミステリー作品だった。

 本書の主人公は速水輝也。40代半ば。大手出版社「薫風社」の月刊のカルチャー誌「トリニティ」の編集長。仕事熱心、芸達者、部下への心配りも、作家へのサポートも篤い。必然的に、周りから頼りにされ信頼もされている。唯一の例外として妻を除けば..。

 物語は、出版業界の現況を映しながら、様々なドラマと人間模様を描く。出版不況と言われる中で、会社の看板である文芸誌さえ廃刊の憂き目に会う。速水の「トリニティ」も、黒字化を厳命され「達成できなければ廃刊」を言い渡される。

 この「トリニティ」黒字化に向けた、速水の奮闘を軸にして、社内の派閥争いや労使の交渉、部下の編集部員たちの確執、作家の先生たちの動静などを描く。「頼りにされ信頼もされている」速水は、何にでも駆り出されてしまうので大変だ。おかげで、家庭の方が疎かになっていた、ということだ。

 神は「乗り越えられない試練は与えない」という話があるけれど、本書の速水に与えられる試練が、ちょうどそんな塩梅で、精一杯に手を尽くして何とか乗り越える。その姿が気持ちいい。いくつかの小さな山を越えて行く進行は、連続テレビドラマのようだった。

 テレビドラマのよう、と思う理由はもうひとつある。表紙にも中の扉にも、俳優の大泉洋さんが起用されている。テレビドラマにも映画にもなっていないのに珍しい。実は本書は、著者が大泉洋さんを「あて書き」したものなのだ。読んでいる間中、セリフの一つ、しぐさの一つを、大泉洋さんが演じるのが目に浮かぶ。だからもうテレビドラマを見たような気にさえなってきた。

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2018年2月18日 (日)

コロボックルに出会うまで

著  者:佐藤さとる
出版社:偕成社
出版日:2016年3月 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 ちょうど1年前、昨年の2月9日に亡くなった著者の「自伝小説」。「コロボックル物語」を描いた著者が、どんな人であったのか?ファンならば読んでみたいはずだ。そして読んで損はないと思う。

 主人公は加藤馨。昭和24年に、工業専門学校の建築科を卒業して、横浜市役所に就職した。当時21歳。「臨時文教部・体育科」に配属される。そこで広報紙の編集制作を命じられる。建築士になることを目指していた馨にとっては、不本意な仕事だけれど熱心に取り組んだ。

 馨には建築士の他に、もうひとつなりたいものがあった。それは童話作家。というか「童話を書く建築士」というのが人生の夢だった。そのころ既に新聞や雑誌に作品をいくつか発表していて、それを知った役所が「筆が立つ」と考えて広報紙の仕事を命じたらしい。

 馨は日本童話会という会の会員でもあり、それが縁で知り合った人たちとの交流があった。それが児童文学作家の平塚武二氏への師事につながり、そこからさらに、いぬいとみこ氏らとの同人誌「豆の木」の創刊に至る。その童話作家としてのペンネームが「佐藤暁(さとる)」。

 市役所の職員としての「加藤馨」と、童話作家の卵としての「佐藤暁」。この2種類のエピソードが、暁が描いた作品などを交えて、2本の糸のように縒り合って物語が進む。本書のタイトルのとおり、暁がコロボックルに出会うところも描かれている。

 「あとがき」によると、「加藤馨」は著者の古いペンネームだそうだ。で、著者の本名は「佐藤暁」。つまり、ここの部分は事実と裏返しになっている。このことに象徴されるように、本書は自伝ではなく「自伝小説」。著者の記憶に残る事実の部分と、事実をつなげるための創作の部分がある。

 ただし、そうして「再建された過去」が意外に現実味を持ち始め、全体が混然として、どこが事実でどこが創作なのか、著者自身にも分からなくなった、ということだ。「日本初のファンタジー小説」の著者は、自らの歴史と記憶まで創作して逝ってしまった。合掌。

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2018年2月14日 (水)

たゆたえども沈まず

著  者:原田マハ
出版社:幻冬舎
出版日:2017年10月25日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者はフリーのキュレーターで、その美術の知識を生かした作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」ではアンリ・ルソー、「暗幕のゲルニカ」ではパブロ・ピカソ、「サロメ」ではオーブリー・ビアズリーを題材に、史実を巧み取り入れた物語に仕上げている。そして本書の題材は、フィンセント・ファン・ゴッホ。

 主人公は、ファン・ゴッホの弟のテオと、パリで日本美術を扱う美術商の専務である加納重吉。舞台はパリ。時代は1880年代後半から90年にかけて、ファン・ゴッホが亡くなるころまで。ちなみに、ファン・ゴッホの評価が確たるものになるのは没後なので、本書の中では、高く評価する人はいるものの、まだ日の目を見ない時期。

 主人公のテオはパリの画廊で働いていた。兄のフィンセントも、かつてはその画廊で働いていたが、曲折があって今はベルギーに滞在して聖職者を目指している。もう一人の主人公の重吉は、学校の先輩の林忠正が美術商を営むパリにやってきた。忠正は単身渡仏して美術商を興し、目下パリの美術市場に「ジャポニズム」という名の嵐をもたらす風雲児となっていた。

 物語はこの後、いわば商売敵であるテオと重吉の「親友」と呼ぶに相応しい交流、テオの献身的な支えによって絵に打ち込むフィンセント、この兄弟の日本美術とりわけ浮世絵への傾倒、これらに対する忠正の影響、等々を描く。美術に対する知識と優しさをふんだんに織り交ぜて描く。

 これは面白かった。読み応えがあった。繰り返しになるけれど、本書は「史実を巧み取り入れたフィクション」。どの部分が史実でどの部分がそうでないかは、私には分からない。ただ重吉は架空の人物らしいが、その他の主要な人物は実在している。背景となる出来事などは多くが史実。本書を読めば、ファン・ゴッホや印象派以降の美術に詳しくなって、興味が湧くこと必定だと思う。

 また、著者の一連の作品は「アートミステリー」と位置付けられていて、ミステリーの要素があったが、今回はそれがない。インタビューで著者自身が「今回は、ミステリーやホラーといったジャンルの要素を極力排してみました。直球勝負の物語が読者に届くと本望です」と応えている。著者はズシンとくるいい球を投げた。

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2018年2月11日 (日)

奔る合戦屋

著  者:北沢秋
出版社:双葉社
出版日:2011年7月3日第1刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 ヒット作「哄う合戦屋」の続編。続編と言っても時間軸で見れば「哄う合戦屋」の前の出来事。

 主人公は前作と同じで石堂一徹。時代は戦国時代。物語の始まりは天文2年(1533年)。舞台は村上義清が治める北・東信濃。この頃は、越後は長尾、甲斐は武田、駿河は今川と、大大名が周辺の国を統一されつつあったが、信濃は多数の豪族が自立していた。その中で村上氏の勢力は抜きんでていた。そういう時代。

 一徹は村上家の次席家老を務める石堂家の次男。物語の始まりの時には、まだ19歳だった。ただし、15歳の初陣以来、並外れた武勇と優れた駆け引きとで、この頃には既に「村上家の将来を背負って立つ逸材」と目されていた。

 物語はこの一徹の「並外れた武勇と優れた駆け引き」を余すところなく描く。冒頭の城攻めのシーンで、槍先で騎馬武者を天高く放り上げる姿は「武勇」を絵に描いたようで、退いては押しての戦法で城門を破る策略は「策士」そのもの。本書の中で数回の戦が描かれるが、毎回、胸がすく思いがする。(相手にとっては悪夢のようだけれど)

 一徹の活躍の他にも本書には魅力がある。それは一徹の周辺の人物の機微が描かれていることだ。一徹の妻となった朝日姫、郎党頭の三郎太、郎党の一人である「猿」と呼ばれる少年..主である村上義清も含めて、悩みや感情を持った人間が、物語の中で生きている。

 本書の終わりは天文10年、前作の始まりは天文18年。一徹が村上家に仕えていたことは、前作でも説明され、その時一徹は流浪していたのだ。信濃随一の豪族の元で功成り名遂げた武将が、一人流浪するに至るには、相応の物語があったに違いないと、私は思っていた。こういう物語があったのだ。

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2018年1月27日 (土)

星の子

著  者:今村夏子
出版社:朝日新聞出版
出版日:2017年6月30日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。2017年上半期の芥川賞候補、2017年野間文芸新人賞受賞作。

 主人公の名前は、林ちひろ。ちひろが回想する形で、自分が赤ん坊のころから中学三年生までを物語る。家族はサラリーマンの父と専業主婦の母、5歳上の姉の4人家族。

 生まれてすぐのころ、ちひろは体が弱かった。生後半年のころに、湿疹が全身に広がって、専門医がすすめる薬も、あれこれと試してみた民間療法も効かない。そんな時に、父の会社の同僚がすすめてくれた「水」が効いた。その水は「宇宙のエネルギーを宿した水」だという。

 こんな経緯で、ちひろの両親はその水の効能を信じ、その水を販売する団体の活動に傾倒していく。「集会」とか「研修」に、子どもたちも連れて参加する。物語の後半では、身なりにも構わなくなり、金銭的にも困窮してしまう。

 もうお分かりだと思うけれど、ちひろの両親は「へんな宗教」にはまってしまった。奇異な言動が目立つようになって、周囲からは浮き上がってしまうし、ちひろの学校生活や友人関係にも影響を与える。

 読んでいる間中、不穏な思いがして落ち着かなかった。不穏な出来事なんて、ほとんど起きていないにも関わらずだ。子どもの視点で描かれていて、その眼には、いたって普通の暮らしが映っている。「何かおかしいな」と思うことはあるけれど、自分の家族のことしか知らないのだから、それが「普通」だ。

 読者は、ちひろの目を通して描かれる「普通」を読んでも、その外やその先にある出来事を想像してしまう。だから不穏な思いがするのだ。その意味では、主人公の子供のころの回想という物語の形が、とても効果を発揮している。著者は敢えて描かないことで、不穏な出来事を読者自身に描かせた。技あり。

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2018年1月20日 (土)

スティグマータ

著  者:近藤史恵
出版社:新潮社
出版日:2016年6月20日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「サクリファイス」シリーズの5作目。日本人選手の白石誓を軸に、自転車ロードレースの世界を、風が感じられるような筆致で描く。ミステリーと人間ドラマも特長。

 前作の「キアズマ」は大学の自転車部に舞台を移したもので、その前の「サヴァイブ」はスピンオフの短編集だから、本編とも言える白石の物語は「サクリファイス」「エデン」に続くいて3つ目。時間的には白石がヨーロッパに渡って6年目、「エデン」の3年後という設定。

 白石は、フランスバスク地方の「オランジュフランセ」というチームにいる。プロの中では弱小チーム。そこに、ニコラ・ラフォンという若手の有力選手が移籍してきた。ツール・ド・フランスで総合優勝も狙える。白石は「アシスト」で、「エース」のニコラのレースをサポートする役割だ。

 物語は、ツール・ド・フランスの約3週間を描く。そのツールにで、5年前にドーピングでレースの世界を去った、メネンコというかつてのスター選手が復活を果たす。レースを前にして、白石はメネンコからある依頼をされそれを受ける。

 今回も楽しめた。もっと言えばこれまでの中で最も安定感を感じる。じっくりと作品世界に浸ることができる。それはたぶん、「サヴァイブ」を含めてこれまでに3作の、「白石の物語の蓄積」があるからだろう。

 もう少し説明を試みる。ニコラが「エデン」でライバルチームのエースだったように、本作で脇を固める他の選手たちも、多くは前作までに登場して描きこまれている。本作では彼らが、血の通ったキャラクターとして、物語を支えてくれている。

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