2.小説

2017年6月 4日 (日)

我ら荒野の七重奏

著  者:加納朋子
出版社:集英社
出版日:2016年11月10日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の2010年の作品「七人の敵がいる」の続編。

 主人公は「七人の敵がいる」と同じく山田陽子。出版社の編集者でモーレツに忙しい。息子の陽介くんと夫の信介との3人家族。前作で陽子は、PTAや自治会などで、けっこうハデなバトルをやらかしている。

 本書は、前作の直後で陽介くんが小学校6年生の時、信介の上司の中学生の息子、秀一くんの吹奏楽の発表会から始まる。秀一くんのトランペットに感激した陽介くんは「秀一くんの学校に行きたい。吹奏楽部に入って、トランペット吹きたい」と、中学受験を決意する。

 職場でも「ブルドーザー」と呼ばれている陽子だけれど、陽介くんのことになると、さらに猪突猛進の度合いが高まる。陽介がN響でピカピカのトランペットを華麗に吹きこなす姿まで想像する。本書は、こんな感じの陽子が、陽介の中学3年までの吹奏楽部の活動に伴走する姿を描く。

 楽しめた。若干ひきつりながらではあるけれど。「あとがき」に「匿名希望の某お母様及びそのお嬢様」に取材したとあるけれど、エピソードの細かい部分までがリアルだ。「仰天エピソード」はフィクションだと思うから笑える。「これマジだわ」と感じるとそうはいかない。「ひきつりながら..」というのはそういう意味だ。

 吹奏楽のパート決めの悲喜こもごもも、会場取りのための努力も、保護者やOBからのプレッシャーも、いかんともし難い実力差も..脚色はあっても創作はない。我が家の娘二人も中学では吹奏楽をやっていた。私自身が経験したことではないけれど、こういう話はよく耳に入って来た。

 陽子の「ブルドーザー」ぶりは相変わらずだけれど、学習したのか少しうまく立ち回れるようになった。正論をはいて敵を作ってしまうけれど、結局たいへんな仕事を担って、改善も実現して役にも立っている陽子を、助けてくれる「チーム山田」的な人も現れた。「一人で猪突猛進」よりも、「チームで解決」の方がスマートなのは言うまでもない。

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2017年5月 7日 (日)

これは経費で落ちません! 経理部の森若さん

著  者:青木祐子
出版社:集英社
出版日:2016年5月25日 第1刷 2017年2月28日 第9刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 昨年5月の発売以来、じわじわと部数を伸ばして重版を重ねて、私が購入した本を見ると、1年足らずで9刷になっていた。どうやら先月には続編も出たらしい。

 主人公は森若沙名子。27歳。天天コーポレーションという石鹸や入浴剤、化粧品などのメーカーの経理部に勤めている。社員が持ってくる領収書の経理処理をする。中には用途不明にものもあり、物語の冒頭に受け取った領収書には「4800円、たこ焼き代」と書いてあった。

 タイトルからは「たこ焼き?これは経費で落ちませんよ!」という流れが想像できるし、物語自体も「経費使い込み社員vsそれを見破る経理部員」式かと思われる。ところが「たこ焼き」は経費で落ちるし、物語もそういうものではない。

 ではどういう物語かと言えば、天天コーポレーションの営業部や秘書課や開発室で起きる、ちょっとした事件簿だ。大きな犯罪というよりは、駆け引きや行き違い。森若さん自身の恋や身の上のことも少しある。

 面白く読めた。「使い込みを見破る経理部員」の話でなくてよかった。巨悪に立ち向かう「正義」はカッコいいけれど、社内規定に合わない領収書をはねつける「正義」はウケないし(もちろん必要な正義だとは思うけれど)。

 森若さんは経理担当らしく、几帳面だし情に流されることもない。しかし「正義」の人でもない。彼女が心に留めているのは「フェア」ではなくて「イーブン」であること。互いに得るものがあれば「公正」や「公平」にはこだわらない。そういう主人公の態度が、この物語を小気味よいものにしている。

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2017年4月22日 (土)

ハリネズミの願い

著  者:トーン・テレヘン 訳:長山さき
出版社:新潮社
出版日:2016年6月30日 発行 8月5日 4刷
評  価:☆☆☆(説明)

 今年の本屋大賞の翻訳小説部門の第1位。

 著者はオランダの作家・詩人。子どもたちのために動物が主人公の絵本や物語を、30年以上にわたって書き続けてきた。本書は、近年大人向けに発表している「どうぶつたちの小説」シリーズの中の一冊。森に一人で住んでいるハリネズミが主人公の、59章からなるお話。メルヘン。読む前は「ハリネズミのジレンマ」が思い浮かんだけれど、そうではなかった。

 ハリネズミは動物たちに手紙を書いた。「親愛なるどうぶつたちへ/ぼくの家にあそびに来るよう、/きみたちみんなを招待します。」...その後に書き足した。「でも、だれも来なくてもだいじょうぶです。」...手紙は戸棚の引き出ししまって、送るのはやめた。お客様に来て欲しいけれど、本当に来たらどうしよう、という逡巡が分かる。主人公のハリネズミはそういう性格。

 斯くして自分の頭の中でお客様が来た時のことを思い浮かべる。もしもヒキガエルが来たら、もしもサイが来たら、もしもクマが来たら、もしも...。誰が来たとしても、思う浮かぶのは「大変なことになる」ことばかり。ヒキガエルは怒りまくって、サイには宙に放り投げられ、クマはハチミツを一人で平らげたあと、家中を探してもうお菓子がないと分かると帰ってしまった。

 まぁこんな感じで、ほとんどハリネズミの空想が最後まで続く。たくさんの動物が出てるけれど、ハリネズミが実際に会ったのは「アリ」と「リス」だけだ(と思う)。

 引っ込み思案のハリネズミくんの空想は、それぞれの動物の雰囲気に何となく合っていて、時にバカバカしいぐらい大げさで、まぁまぁ笑える。ハリネズミくん自身にとっては、大変な目に合っているんだけれど、どっちにしたって空想だから、実害はないし。それにいいことだってちゃんとある。

 ただ、「大人向けに発表している」ということだけれど、楽しむには子どもの視点が必要かも。例えば子どもに話してあげるとか。一章ずつ少しずつ読むのもいいかもしれない。著者は長年、52個の物語を書いて「週めくりカレンダー」に仕立ててきたそうだから。

 実際に会った「アリ」と「リス」の時は大変なことにならない。「心配しているようなことにはならないから、やってみればどう?」。そんなメッセージも潜んでいるのかもしれない。 

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2017年3月29日 (水)

恋のゴンドラ

著  者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
出版日:2016年11月5日 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 「疾風ロンド」「雪煙チェイス」のスキー場シリーズで舞台となった、「里沢温泉スキー場」で巻き起こるラブコメディ。「ゴンドラ」「リフト」「プロポーズ大作戦」「ゲレコン」「スキー一家」「プロポーズ大作戦 リベンジ」「ゴンドラ リプレイ」の7編からなる連作短編。

 各短編ごとに主人公が変わる。最初の「ゴンドラ」と次の「リフト」で8人の男女が登場する。全員、都内のリフォーム会社やデパートやホテルで働く社会人。この8人の誰かが、その後の短編で入れ替わりで主人公となる。誰々は誰々が好きだとか、くっつけようだとか、浮気したとか許さないとか、ダメだと思ってたけど見直したとか...そういう物語だ。

 最初の「ゴンドラ」だけあらすじを。主人公の広太は33歳。合コンで知り合った桃実とスノーボード旅行に来ていた。彼女との初めての旅行に悦びを噛みしめていた。ところが二人が乗った12人乗りゴンドラに、同棲相手の美雪が乗って来た!あろうことか広太は美雪と結婚の約束までしていた..。

 面白かった。広太の絶体絶命のピンチだけれど、まったく同情の余地がない。どんなヒドイ目に会おうと知ったこっちゃない。そうなると他人の不幸も、傍目から見てこんな楽しい見世物はないってことになる。まぁ、美雪さんはかわいそうだけれど。

 他の作品も、当人たちにはけっこうキツイ出来事かもしれないけれど、傍観者としては面白可笑しいとか、ちょっといい話とかの、エンタテイメントに仕上がっている。だいたい男がダメダメな感じなんだけれど、物語の中でちょっとだけ成長する。...広太を除いては(笑)。

 「疾風ロンド」「雪煙チェイス」の「あの人」もちょっとだけ登場する。

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2017年3月22日 (水)

蜜蜂と遠雷

著  者:恩田陸
出版社:幻冬舎
出版日:2016年9月20日 第1刷 2017年1月25日 第10刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 2016年下半期の直木賞受賞作。本屋大賞ノミネート作品。

 本書の舞台は「芳ケ江国際ピアノコンクール」。3年ごとに開催され、「ここを制した物は、世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスがある「登竜門」的なコンクール。本書は、その出場者や関係者たちを主人公とする群像劇だ。

 主人公たちをざっと紹介する。審査員の嵯峨三枝子、出場者でかつてピアノの天才少女と言われた栄伝亜夜、28歳でコンクールの最年長出場者の高島明石、最有力出場者のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。この他にも、審査員をしている三枝子の前夫、亜夜に付き添う先輩、明石を取材する高校時代の同級生の女性等々、多くの人が描き込まれている。

 そしてもう一人、出場者の風間塵。トリックスター的な役割で物語を途中まで牽引する。このコンクール出場までの経歴がほとんど分からない。分かっているのは、養蜂家の父について転々と移動しながら、有名な音楽家の指導を受けたらしいことだけ。彼の演奏は、それまでの常識を破るものだった。それを聞いたある者は感動に震え、ある者は「こんなものは音楽への冒涜だ」と怒りに震えた。

 つまり役者が揃っている。それぞれのドラマを描けば、よい読み物になることは、著者の筆力を考えれば約束されたようなものだ。ただ、それだけではなかった。

 物語は、コンクールのオーディション、一次予選、二次予選、三次予選、本選、を順に描く。主人公たちの演奏は欠かさず描き、その他の出場者のものも少なくない。数えてはいないけれど、20以上の演奏シーンを言葉だけで表現していることになる。飽きないの?...まったく飽きない。

 以前に私は、中山七里さんの「さよならドビュッシー」のレビューで「文章の力」として、「本書からは「音楽」が聞こえて来る」と書いた。そのレビューの中で、本書の著者の恩田陸さんの「チョコレートコスモス」は「女優の演技が目の前に立ち現れた」とも書いた。

 本書は、その文章の力で「音楽」と「映像」の両方の感覚を呼び覚ます。帯に「著者渾身」と書かれているのは誇張ではないのだろう。

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2017年3月19日 (日)

i(アイ)

著  者:西加奈子
出版社:ポプラ社
出版日:2016年11月29日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。以前に読んだ直木賞受賞作の「サラバ!」がとてもよかった。私はその年の本屋大賞の予想で「サラバ!」を大賞にしていた。実際の結果は2位だったけれど、それでも多くの支持を集めたことには違いない。

 本書の主人公はアイ。フルネームは「ワイルド曽田アイ」。アメリカ人の父と日本人の母を持っている。物語の初めには高校1年生だった。本書冒頭の一文は「この世界にアイは存在しません。」これは数学教師が虚数のiを説明した言葉だけれど、この一文は意味合いを変えて度々登場することになる。

 アイは両親と血がつながっていない。シリアで生まれたアイは、まだハイハイを始める前に養子として両親の元にやって来た。小学校まではニューヨークで暮らし、中学入学に合わせて日本に来た。両親は愛情を込めてアイを育てた。

 その愛情にアイは苦しんだ。自分が「不当な幸せ」を手にしているという気持ちが心から離れない。素直に感謝できないなんて許されない、という気持ちが、二重にアイを苦しめた。それほど繊細な子どもだった。

 本書には「サラバ!」との共通点がある。主人公が中東の生まれであること、あまり積極的に物事に関わらないこと。その主人公の半生を描いた物語であること。もちろん違う点もある。「サラバ!」では騒動は主人公の周辺で起きたけれど、本書ではアイの内面で起きる。もどかしくなるほど内省的な主人公なのだ。

 物語には、9.11から始まって、天災やテロなどの現実に起きたたくさんの事件についての記述がある。遠く離れた場所の不幸さえ、アイは抱え込んで、内へ内へと閉じこもってしまう。ただ、たった一人の親友が外の世界への窓となる。一人でもそういう人がいれば救われる。そんな物語。

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「i(アイ)」 固定URL | 2.小説 | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 8日 (水)

ツバキ文具店

著  者:小川糸
出版社:幻冬舎
出版日:2016年4月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。この著者の作品は「食堂かたつむり」に続いて2冊目。

 主人公は雨宮鳩子、親しい人からは「ポッポちゃん」と呼ばれている。20代。鎌倉にある「ツバキ文具店」を、祖母から継いで営んでいる。ツバキ文具店には、文具屋以外にもう一つの仕事がある。代書屋。他人に代わって書や手紙を書く。雨宮家は由緒ある代筆を家業とする家系で、ポッポちゃんはその11代目だ。

 だいたいのことはメールで済ますことができるご時世でも、手紙の代書の依頼がけっこう来る。ただ「きれいな字で」という清書ではなく、手紙の文面を含めてという依頼。それも「お悔やみ」とか「離婚の報告」とか「断り状」とか「絶縁状」とか、かなり難易度の高いものばかりだ。

 来るお客たちは、もつれた事情をそれぞれに抱えている。だからこそ「手紙の代書」などという回りくどいことを頼んでくるのだ。そしてポッポちゃんの手紙は、そのもつれた事情をやさしくほぐす。文面はもちろん、文字の形、使う紙、筆記具、切手までに、心を行き届かせた手紙を作る。

 「食堂かたつむり」の料理が、お客の心を解きほぐすのと似ている。そして主人公自身も、もつれた事情を抱えていて、誰かに解きほぐしてもらうことを待っているのも同じ。読んでいる私の心もほぐれてくる感覚(元々大した事情を抱えているわけではないけれど)。

 それから本書はよくできた鎌倉ガイドになっている。主人公が訪れる神社仏閣はもちろん、食事に行くお店も一部を除いて実在する。映画化されれば「聖地」になるんじゃないの?と思っていたら、4月からNHK ドラマ10で、テレビドラマ化されるらしい。

参考:多部未華子さん主演「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」制作開始!

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2017年3月 5日 (日)

騎士団長殺し 第1部 第2部

著  者:村上春樹
出版社:新潮社
出版日:2017年2月25日
評  価:☆☆(説明)

 著者7年ぶりの本格長編(「本格」にどのような意味があるのかは知らない。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は「本格」じゃないのだろうか?)

 主人公は「私」。36歳の男性で職業は肖像画家。妻に離婚を言い渡され、6年間の結婚生活にピリオドを打った。物語はその後の「私」の約9カ月のことを描く。

 傷心旅行なのか「私」は東北から北海道にかけて、車に乗っての1人旅に出る。旅行から戻って、友人の父(高名な日本画家)が使っていた、小田原の山荘に住むことになる。本人は社交的な性格ではないのだけれど、そこに色々な人が訪ねて来る。谷を挟んだ向かいに住む白髪の「免色」という名の男性とか、「騎士団長」とか...。

 私は村上春樹さんの作品のファンだ。そして村上作品には「作品に込められた隠れた意味(メタファー:暗喩)を読み解く」という楽しみ方、言い換えれば「深読み」をする人が多いことを知っている。それが結構楽しいことも。例えば私も「深読み「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という記事を書いた。

 本書もそういう「深読み」の楽しみ方ができる。「穴(井戸)」「壁」は村上作品では繰り返し登場するモチーフだし、著者自身もインタビューなどでよく言及している。「免色さん」と「色彩を持たない多崎つくる」と、「対岸の家を覗く」のは「グレート・ギャツビー」と、関係があるのかもしれない。等々。

 ただ今回は、私の方のコンディションが悪かったのか、「深読み」に気持ちが乗れなかった。「らしい」展開や人物や小物が続いて、あまりに「らし過ぎる」。「村上春樹AIが書いたんじゃないの?」なんて思ってしまった。もしくは、著者自身による「パロディ」とか?村上作品の論評に頻繁に使われる「メタファー」が擬人化して登場するし、そのメタファーに「もしおまえがメタファーなら、何かひとつ即興で暗喩を言ってみろ」とか主人公に言わせるし。

 それで「深読み」を除いてしまうと、面白みを感じられなかった。ちゃんと不思議なことが起きるので、退屈せずには読める。でも何かこう薄っぺらい感じがぬぐえなかった。☆2つは、私が楽しめなかったから付けた評価。作品の価値を表すものではないので悪しからず。

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2017年2月 9日 (木)

暗幕のゲルニカ

著  者:原田マハ
出版社:新潮社
出版日:2016年3月25日 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。この著者の作品を読むのは初めて。読んだことはないけれど「カフーを待ちわびて」「楽園のカンヴァス」という作品の名前は知っていた。

 主人公は2人の女性。一人は八神瑤子。40代。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のキュレーターだ。もう一人はドラ・マール。物語の初めは20代後半。芸術家、写真家、そしてパブロ・ピカソの愛人。物語は瑤子が生きる2001年から2003年と、ドラが生きる1937年から1945年を、響きあうようにして交互に描く。

 2001年の米国同時多発テロ事件「9.11」で、瑤子は最愛の夫を亡くす。その後、米国は対テロ戦争に突き進んでいった。「アメリカこそが正義」と言って。MoMAで「マティスとピカソ」という企画を進めていた瑤子は、企画を「ピカソの戦争」と改める。戦争の愚かさを訴えるために。ピカソがゲルニカを描いて戦争を糾弾したように。

 ドラのパートは、スペイン内戦から第二次世界大戦に至る時期、ピカソがゲルニカを描いた、まさにその時を克明につづる。「ゲルニカ空爆」は、ピカソの祖国スペインで起きた、史上初の無差別爆撃。それに怒ったピカソがゲルニカを描く。それは絵画によるピカソの戦いだった。

 これは面白かった。すごく楽しめた。巻末に「本作は史実に基づいたフィクションです」と書いてある。物語の骨格が「史実」で構築されている。だから本当にあったような臨場感がある。著者はMoMAに勤めていたこともある現役のキュレーター、その意味でも説得力がある。

 私にとって「9.11」は「同時代の出来事」。キナ臭くなってきた現在ともつながっている。それに対してスペイン内戦や第二次世界大戦は「教科書で習った出来事」。この二つの間には分断があった。本書も瑤子のパートとドラのパートにも最初は分断があった。

 それが一人の登場人物が、どちらパートにも登場することによってつながる。私の中でもスペイン内戦から現在までが地続きになった。考えてみれば第二次世界大戦と「9.11」は60年も離れていないのだ。ピカソが怒りまくって糾弾した戦争は、残念ながら世界からなくなる気配がない。

 最後に。タイトルにある「暗幕」は、形を変えて何度か登場する。「暗幕は何かをその後ろに隠す。しかし時として「隠す」ことによって、その後ろにある何かが持つメッセージを、より強く意識させてしまう。皮肉なことに。

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2017年1月29日 (日)

桜風堂ものがたり

著  者:村山早紀
出版社:PHP研究所
出版日:2016年10月4日 第1版第1刷 2016年11月10日 第2刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。この著者の作品を読むのは初めて。申し訳ないけれどお名前も知らなかった。

 主人公は月原一整。老舗百貨店の6階にある、これまた老舗の書店「銀河堂書店」の文庫担当。学生時代のアルバイト時代から数えて10年というから20代後半。売れる本を見つける才があるらしく「宝探しの月原」と言われている。そして、なかなかのイケメン。

 万引き事件がきっけけとなって、一整は銀河堂書店を辞めた。学生時代からのアルバイトを含め、書店員しかしたことがない。いやもっと以前から、本は一整と共にあった。とはいえ、すぐには書店の仕事は見つからない。導かれるように、以前からネットで交流があった田舎町の書店「桜風堂」を、一整は訪ねることにした。

 物語は、一整が訪ねた桜風堂と、一整が辞めた後の銀河堂書店、それぞれを取り巻く人々を描く。銀河堂書店の書店員たちなどたくさんの視点で、時に時間を遡ったりしながら描く。世の中の悪意と、それを上回る善意。「さあて、わたしは何をしようかな」というセリフが心に残る。皆があの人とあの本のためにできることを探している。優しさに満ちた物語だ。

 いろいろと「多すぎる」。登場人物が多い。そのそれぞれの造形を描き込むのでエピソードが多い。「実は...」という後で明かされる秘密が多い。上に書いたように語られる視点が多い(猫視点まである)。情景描写に費やす言葉も多いように思う。何よりも人の「善意」が多い。「多すぎる」かもしれないけれど、それがいい。

 最後に。本屋さんの書店員の物語だから、本屋さんの書店員が選ぶ「本屋大賞」のノミネートは「なるべくしてなった」と言える。もちろん、物語としての完成度が低ければ論外だけれど。本書はそうではない。

 しかも「書店員の物語」というだけではない。本屋大賞の設立趣旨は「売り場からベストセラーをつくる」。そのために書店の境界を越えて書店員さんが協同している。「宝探しの月原」をはじめ、登場する書店員の全員が、本屋大賞の「心」を持っている。著者もなかなかやるもんだ。

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