2.小説

2018年5月 9日 (水)

書店ガール

著  者:碧野圭
出版社:PHP研究所
出版日:2012年3月29日 第1版第1刷 2015年3月31日 第25刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 書店員を主人公にした物語。「本屋さんのダイアナ」「桜風堂ものがたり」もそうで、ここ数年で増えているのかもしれない。お店のPOPからベストセラーが生まれたりして話題になったり、本屋大賞で書店員さんの選択がクローズアップされたり、そういうことも関係しているのかも。

 タイトルが書店ガールというぐらいだから、主人公は女性。西岡理子と北村亜紀の2人。ともにペガサス書房吉祥寺店に勤めている。理子は副店長で、亜記は正社員。上司と部下の関係にある。物語は亜紀の結婚披露パーティから始まるのだけれど、ちょっとした行き違いもあって、2人が修羅場を演じる。先が思いやられる幕開けだ。

 冒頭の事件から予想される通り、2人の間はずっとギクシャクしていて、衝突を繰り返しながら物語が転んでいく。主に亜紀のきの強さが原因なのだけれど、40歳で「理知的な美人」という評の理子にも失敗はある。亜紀にも少しある「上司に従う気持ち」と、理子の副店長としての責任感、それと「書店員の仕事が好き」という共通点が、なんとか2人をつないでいる。

 そしてお店の存続の危機を迎える。「書店員の仕事が好き」という共通点が、2人をより強く結びつける...。

 物語を楽しめた。女性同士の(というか、アルバイトも含めた女の)争いは、男の私にはちょっと痛々しかったけれど、後半のお店の存続をかけた展開は面白かった。池井戸潤さんの企業モノを、舞台を1つのお店にして主人公を女性にして描いた感じ。本書はシリーズ化されて、既に6作まで出ているらしい。楽しみが増えた。

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2018年5月 6日 (日)

鴨川食堂いつもの

著  者:柏井壽
出版社:小学館
出版日:2016年1月9日 初版第1刷 2017年4月8日 第6刷 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「鴨川食堂」「鴨川食堂おかわり」に続くシリーズ3冊目。

 舞台も物語の構成も前2冊と同じ。京都、東本願寺近くで、流とこいしの鴨川父娘が営むの食堂「鴨川食堂」が舞台。看板も出ていない食堂で、常連客を除けばここに来る客は、料理雑誌に出している「食捜します」という1行広告を見て来る。記憶の中に残る料理を捜してもらうためだ。

 今回もお客は6人。能楽師の家の息子が料亭で食べた「かけ蕎麦」を。漆器の作家が娘が作ってくれたカレーライスを、引退したピアニストがかつて付き合っていた彼が作った焼きそばを、ビジネスホテルの社長が昔に旅館で食べた餃子を、飲食店チェーンの取締役が友人の母が作ってくれたオムライスを、小説家が子どもの頃に食べた近所のお店のコロッケを、それぞれ捜す。

 娘だとか、友達のお母さんとか、作った人が分かっているのなら、その人に聞けば?と思うけれど(実際、こいしははそう言ったりしている)、まぁそれぞれに事情がある。もっと言えば、込み入った事情がなければ、何年も前に食べた料理を人に頼んで探してもらおうとは思わないだろう。お客はみんな「わけあり」だ。

 まぁ捜しだした料理の再現とともに、その「わけあり」の込み入った事情を、流が解きほぐす、というのが本書の面白さ。そうなんだけど...これで3冊で18人分の食捜しが済んだけれど、そろそろ新展開が欲しい感じ。前2冊には流とこいしの身辺の話もあったので、今後はその辺りにも期待したい。

 最後に。初めてにお客さんに出す、流の料理の説明は、挿絵もなくて文字だけだけれど、すごくおいしそうに感じる。新展開は期待するけれど、そこはここまま残して欲しい。

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2018年4月25日 (水)

うつくしい子ども

著  者:石田衣良
出版社:文藝春秋
出版日:2001年12月10日 第1刷 2006年8月10日 第19刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 友人が私のために選んでくれた石田衣良さんの本。選んでくれたのは「アキハバラ@DEEP」「5年3組リョウタ組」と本書の3冊で、本書が読後感が一番「重い」ということで、最後に読んだ。

 本書は「神戸連続児童殺傷事件」を題材にしたミステリー。約20年前の事件ながら、40代以降の方なら「あぁあの事件か」と容易に思い出せることだろう。社会にそのぐらいの衝撃を与えた。読後感が「重い」ことも想像できる。

 舞台は常陸県東野市という架空の地方都市。主人公は朝風新聞東野支局の記者の山崎邦昭と、夢見山中学2年生の三村幹生の2人。事件はほぼ冒頭に起きる。5月のある日、小学校3年生の女児が行方不明になり、捜索の結果、翌日に遺体で発見される。小学校がある夢見山ニュータウンは、ハリネズミのような緊張状態に陥る。

 ネタバレだけれど、書誌データでも明かされているので書いてしまうと、事件の犯人は、三村幹生の1歳下の弟だった。本書は、殺人を犯した弟を持つ兄が、自分の弟が「なぜあんなことをやったのか」を探す物語。だから犯人が捕まって事件としては解決したところから始まる。第1章のタイトルが「事件の終わり」であることが象徴的だ。

 いろいろな要素を含んだ物語だった。メディアスクラム、加害者家族に苛烈な世間、その中でも暖かい少数の人、学校教育のあり方、等々。確かに読後感は重い。軽々しく取り扱えるような題材じゃない。
 しかし、題材の重みに負けて沈み込んではしまわない。ちゃんと中学2年生の少年のしなやかで強い心があって、軽やかささえ感じられる。著者はうまく描き切ったと思う。ミステリーだから「真相」もある。

 最後に。「事件の後」を描いた物語と言えば、角田光代さんの「八日目の蝉」や塩田武士さんの「罪の声」が思い浮かぶ。どれも秀作だと思う。

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2018年4月18日 (水)

チェーン・ピープル

著  者:三崎亜記
出版社:幻冬舎
出版日:2017年4月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の作品を読むのは久しぶり。この前は2012年に読んだ「決起! コロヨシ!!2」で、それもそうっだったけれど、著者が描くのは「あり得ない」とは言えないけれど、明らかに「普通じゃない」少しズレた世界。本書にもそんな物語が6編収められている。

 本書は一人のルポライターが、各章ごとに一人、合計6人の人物にスポットを当てて取材し、その人生の軌跡を辿った、という体裁になっている。章の間の関連はそれほどなく、それぞれが独立したルポルタージュとして読める。

 2つ紹介する。表題作「チェーン・ピープル」は、チェーン店のように画一化された人々の物語。彼らは、言動や身のこなし、癖、考え方に至るまで「手引書」に沿うように自らを律して暮らしている。全国的に353人いる。彼らはどうして自らの個性を捨てることにしたのか?

 冒頭の「正義の味方」は異色作。スポットを当てたのは、わが国が「未確認巨大生物」に襲われた時に、どこからともなく現れて撃退してくれる「正義の味方」。国民もマスコミも当初は歓迎していた(だからこそ「正義の味方」と呼んだ)けれど、戦いが繰り返されるうちに論調が一変する。現れるタイミングが良すぎるじゃないか?とか、あいつが戦うことで被害が大きくなってる、とか。

 読み進めていくうちに共通点を感じた。この2作を含めて「視点の転換」が見え方を一変させる、ということ。「正義の味方」では顕著だけれど、ある視点からは「善」と見えても、別の視点からは「悪」に見える。もちろん「悪」に見えていたものが「善」に見え出す、ということもある。

 最後に。普通じゃない少しズレた世界は、ちょっと気味が悪い。でも、小説は所詮「作りもの」。現実離れすればするほど、物語との距離が保てるので「怖い」という感覚は薄まる。その点、最後に収録された「応援-「頑張れ!」の呪縛-」は、現実であってもおかしくなくてすごく怖い。

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2018年4月15日 (日)

きっと嫌われてしまうのに

著  者:松久淳+田中渉
出版社:双葉社
出版日:2017年9月24日 第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 著者は、松久淳さんと田中渉のお二人。このお二人には「天国の本屋」というシリーズ作品がある。「天国」とその住人(普通は亡くなった人たち)を描くことで、「生きる」ことを際立たせる、シンプルな秀作だった。そのような物語を期待して読んだ。

 主人公は間宮充と大迫ユキ。高校1年。入学して3日目に、充がユキの白いふくらはぎを目にしてひと目ぼれ。翌日から帰り道の待ち伏せなどの、ストーカーじみた行為を繰り返す。そして誰もが驚いた充の恋心の成就。二人は帰り道を一緒に帰るカップルになった。

 序盤にこんな急展開があり、その後、充のパートとユキのパートを交互に繰り返す。充のパートは、だいたいユキと一緒か、そうでなくてもユキの話題。ユキのパートは、友達か父親の話題が多い。ユキの父親は、ゴルフのレッスンプロで、すごくカッコいい。

 ユキのパートには充が登場しないのだけれど、充のパートと同じことを繰り返しても仕方ない。まぁ「同じエピソードを別の視点で描く」という技巧もあるけれど、本書にはそうしたものはない。充のパートだけで、二人の距離が近づいていくのがよく描かれている。

 ところが...。帯に「衝撃のどんでん返しミステリー」と書いてあるけれど、この物語は、読者が思っていた物語とは別の「真相」がある。ネタバレになるので詳しくかかないけれど、著者の巧妙さに完全に騙された。

 「騙された」に関連して言うと、「その(天国の本屋の)ような物語を」という期待も裏切られた。まぁ勝手な期待と違うからといって、「騙された」というのは筋違いだとは思う。ミステリーとしての構成もいい。でも、この「真相」のような話が、私は苦手だし嫌い。そういう理由で☆は2つ。

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2018年4月 5日 (木)

原発ホワイトアウト

著  者:若杉冽
出版社:講談社
出版日:2013年9月11日 第1刷 12月10日 第9刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 帯に「現役キャリア官僚のリアル告発ノベル!」と大きな赤い字が躍っている。著者はインタビューで、この小説を書いた理由を尋ねられて「いかに国民不在で再稼働を原発推進に向かった進んでいるのかをできるだけリアルに国民の方に伝えたかった」と答えている。

 主な登場人物は3人。日本電力連盟常務理事の小島巌。関東電力の総務部長を経て連盟に出向している。元民放テレビ局アナウンサーの玉川京子。現在は再生エネルギー研究財団の主任研究員。そして、資源エネルギー庁次長の日村直史。キャリア官僚として政財界のウラにまで通じている。

 短いプロローグの後、2013年の参議院選挙の投開票日から物語は始まる。結果は「保守党」が大勝し、衆参両院で過半数を占めることとなった。その夜、小島は「これからの課題」として3項目をレポート用紙にしたためた。「再稼働」「電力システム改革の阻止」「世論対策」。

 物語はこの後、原発の再稼働を目論む小島と日村らの暗躍と、再稼働阻止に動く玉川の動きを描く。この「再稼働か阻止か」のせめぎ合いは、現実がそうであるように「再稼働」が勝つ。物語は、さらにその先を描く。「現実に起きる」と十分に想定できる未来の一つが描かれている。

 ここに書いてあることが真実だとは言わない。しかし著者は「私が直接見聞きしている事実と間接的に見聞きしている事実を元に書いた」と言っている。それに本書で描く、「総括原価方式」を基にした集金・献金システムや、デモ潰しの手法は、詳細かつ具体的で説得力がある。昨今のニュースで思い当たる節もある。

 随所に国民をバカにしたひどいセリフや場面があって、読んでいて顔をしかめてしまうのだけれど、それさえも「あり得る」と思ってしまう。すでにベストセラーだけれど、もっともっと多くの人が読むといいと思う。

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2018年3月21日 (水)

キラキラ共和国

著  者:小川糸
出版社:幻冬舎
出版日:2017年10月25日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。昨年の本屋大賞で第4位となった「ツバキ文具店」の続編。「ツバキ文具店」は、NHKで多部未華子さん主演でドラマ化された(公式サイト)。

 主人公は前作と同じで雨宮鳩子(ポッポちゃん)。いや本書の冒頭で守景鳩子になった。前作で知り合った、近くでカフェを営む守景蜜朗(ミツロー)と結婚したのだ。前作の最後でミツローさんがポッポちゃんをお寺の境内でおんぶしたシーンがある。その時から付き合い始めてそれから1年足らず、だそうだ。

 ポッポちゃんは「ツバキ文具店」という文具店を営む傍らで、手紙の代書を請け負っている。こんなご時世でも手紙の代書を依頼に来るお客は一定数居て、ポッポちゃんは、依頼人の事情を聴いて、文面だけでなく、紙や封筒、筆記具、インクの色、字体、切手まで選んで、手紙を書いて投函する。

 前作は、この代書の依頼を主に、ポッポちゃん自身の身辺を従に描いた。本書では、主従が代わって、ポッポちゃんの物語が主になった。象徴的なのは、本書でポッポちゃんが最初に書く手紙が、自身の結婚のお知らせだったことだ。

 なんと言っても新婚だから...。行間から幸せが立ち上ってきて、甘い香りがしてきそうな物語。「私は恥ずかしくて「モリカゲさん」と言ってしまう。ミツローさんは、私のことを「ポッポさん」と呼んだり「ポッポちゃん」と呼んだり、たまに..」なんてあって、「どーでもええわ、好きなように呼びなさい」と思ってしまう私は、少し羨ましいのだろうきっと。

 タイトルだって「キラキラ共和国」で、なんだか浮足立った感じがする。ただ、これには意味付けがあって、隣家の婦人が教えてくれたおまじないに関係している。心に暗闇ができた時に「キラキラ、キラキラ」と唱える。今はちょっと「アホらしい」と思うけれど、いつか使う時がくるかもしれない。

 こんなおまじないが必要だったことで分かるが、ポッポちゃんもミツローさんも、結構深刻な事情も抱えている。それを一つ一つ乗り越えての結婚であり、その後の本書で描かれる約1年も、そうしたことの連続だった。ポッポちゃんに幸あれ。

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2018年3月 7日 (水)

百貨の魔法

著  者:村山早紀
出版社:ポプラ社
出版日:2017年10月5日 第1刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年は「桜風堂ものがたり」でノミネートされ、第5位になった。出版社は異なるけれど、本書はその姉妹作にあたる。

 舞台は「風早の街」にある「星野百貨店」。50年前に商店街の核となるように建設された老舗百貨店で、街のシンボルのような店。主人公は、ここに勤める従業員やテナントの店員らが、章ごとに入れ代わって務める。エレベーターガール、靴屋の店主、贈答品フロアのマネージャー、郷土資料室の職員、そしてドアマン。

 全体を通して語られるものが2つある。一つは星野百貨店に新しく設けた「コンシェルジュ」に就いた芹沢結子のこと。もう一つは、願いを叶えてくれるという魔法の白い子猫のこと。そして、時にこの2つのことは溶け合って語られる。結子は魔法の猫の化身なのではないか?と。

 著者が「あとがき」で「卵をあたためるように、じっくりと考えてゆきました」と書いているけれど、その通りに丁寧に紡ぎだされた感じのする物語だった。百貨店で働く一人ひとり、訪れるお客さんの一人ひとりに、物語がある。その物語に、この百貨店に流れた50年という時間が、うまく使われている。

 今は、百貨店には厳しい時代だ。スーパーやショッピングモール、ネット通販など、他の業態との競争は分が悪い。そんなご時世に星野百貨店は、ホテルとコンサートホールと映画館を併設して、レストランではピアノの生演奏があり、エレベーターガールまでいる。

 やっていけそうにない。いずれ大きな船が沈むように閉店してしまうだろう。でも、私の街にこんな百貨店があって、そこにこんな人々がいたら素敵だな、と思う。そして...やっぱり、こんな人々と「魔法の猫」がいたら、この厳しい時代も乗り越えられそうだ。

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2018年2月24日 (土)

とんび

著  者:重松清
出版社:角川書店
出版日:2008年10月31日 初版 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の作品は、読んでいていてホロッとくる。子どもの心のひだをそっとなぞる物語が多いのだけれど、本書では「父親」を、哀切にかつ幸せに描いている。

 主人公は市川安男。みんなからは「ヤス」と呼ばれている。広島県の備後市で生まれ育った。運送会社の支店でトラックの運転や荷さばきの仕事をしている。物語はヤスの28歳からの約30年、時代としては昭和37年から平成の初めにかけてを描く。

 ヤスは直情型ですぐに頭に血が上るし、ひねくれ者なので褒められても憎まれ口をたたく。それでも付き合いの長い人たちは、それは「照れている」からで、根は真っすぐなことを知っている。だから、そんな危なっかしいヤスに子どもができたことを、みんなで喜んだのだ。

 本書は、ヤスと息子のアキラの暮らしを描く。アキラが生まれたとき、アキラが3歳のとき、アキラが小学校に上がる前、アキラが小学校5年生のとき....。アキラが大きくなるとともに、ヤスとの隙間が開いていく。それを「成長」と呼ぶことを知ってはいるものの、ヤスはうまく消化できない。

 心温まる物語だった。(多少ネタバレになるけれど)アキラの母はアキラが小さいころに亡くなってしまう。だからヤスは「男手ひとつで」アキラを育てたことになるのだけれど、実はそうではない。

 ヤスが子どものころから「ねえちゃん」と慕う、居酒屋の女将。ヤスの幼馴染の坊さんとその家族.,。後にヤスが「アキラを育ててくれる手は、ぎょうさんあったんです」と言うように、アキラはたくさんの人の手で育てられた。冒頭に「幸せに描いている」と書いたことは、その多くがアキラを育てた手の多さに依っている。

 最後に。著者の「青い鳥」という作品で、先生が「ひとりぼっちが二人いれば、それはもう、ひとりぼっちじゃないんじゃないか」と言う場面がある。ヤスの周りには、その生い立ちに「ひとりぼっち」を抱えた人が何人もいる。彼らは一様に優しい。そして互いを気遣うことで支え合っている。そのさまを見て、やはり哀切で幸せな気持ちになる。

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2018年2月21日 (水)

騙し絵の牙

著  者:塩田武士
出版社:KADOKAWA
出版日:2017年8月31日 初版 9月15日 3版
評  価:☆☆☆☆(説明)

  本屋大賞ノミネート作品。著者は昨年も「罪の声」でノミネートされ第3位に輝いた。実を言うと私は事前に予想して「罪の声」の第3位を見事に的中させている(大賞も第2位も外したけれど)。実際の事件を題材にした見事なミステリー作品だった。

 本書の主人公は速水輝也。40代半ば。大手出版社「薫風社」の月刊のカルチャー誌「トリニティ」の編集長。仕事熱心、芸達者、部下への心配りも、作家へのサポートも篤い。必然的に、周りから頼りにされ信頼もされている。唯一の例外として妻を除けば..。

 物語は、出版業界の現況を映しながら、様々なドラマと人間模様を描く。出版不況と言われる中で、会社の看板である文芸誌さえ廃刊の憂き目に会う。速水の「トリニティ」も、黒字化を厳命され「達成できなければ廃刊」を言い渡される。

 この「トリニティ」黒字化に向けた、速水の奮闘を軸にして、社内の派閥争いや労使の交渉、部下の編集部員たちの確執、作家の先生たちの動静などを描く。「頼りにされ信頼もされている」速水は、何にでも駆り出されてしまうので大変だ。おかげで、家庭の方が疎かになっていた、ということだ。

 神は「乗り越えられない試練は与えない」という話があるけれど、本書の速水に与えられる試練が、ちょうどそんな塩梅で、精一杯に手を尽くして何とか乗り越える。その姿が気持ちいい。いくつかの小さな山を越えて行く進行は、連続テレビドラマのようだった。

 テレビドラマのよう、と思う理由はもうひとつある。表紙にも中の扉にも、俳優の大泉洋さんが起用されている。テレビドラマにも映画にもなっていないのに珍しい。実は本書は、著者が大泉洋さんを「あて書き」したものなのだ。読んでいる間中、セリフの一つ、しぐさの一つを、大泉洋さんが演じるのが目に浮かぶ。だからもうテレビドラマを見たような気にさえなってきた。

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