1A.たつみや章

2014年6月 8日 (日)

ぼくの・稲荷山戦記

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:1992年7月23日 第1刷発行 2000年5月12日 第11刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 これまでに読んだ「月神の統べる森で」から始まる4部作+外伝は「月神」シリーズと呼ばれ、児童文学ながら日本の古代を描き切った迫力のある物語だった。本書はそれに先立って刊行された「神さま三部作」と呼ばれるシリーズの第1弾。

 主人公は中学1年生のマモル。祖母と二人で暮らしている。マモルの家は先祖代々裏山の稲荷神社の巫女を務める。マモルの母はマモルが小学校の2年生の時に亡くなり、父はマグロ船の船長で年に1度ぐらいしか帰ってこない。

 そのマモルの家に、腰まで届く長髪に着流しという姿の若い下宿人が来た。守山という名のその青年は、実はお稲荷さんの使いギツネ。裏山にある古墳がレジャーランド開発によって破壊されようとしているのを阻止するために、人の姿となってやってきたのだ。

 児童文学だから、子どもたちにも分かるように平易な文章で書かれている。だからと言って、大人が読んで物足りないということはない。「自然は大事だから守りましょう」と、「正しいこと」を一生懸命訴えれば願いが聞き届けられる、なんて薄っぺらい話にはなっていない。

 物語全体を通して受け取るものとは別に、「あぁそうだよな」と心に残るものがあった。一つはそれは「否念」という負の力。疑いや否定の感情や言葉は、氷のナイフのように何かを少し、でも決定的に傷つける。

 もう一つは登場人物の人類を表したこんなセリフ「力をもったはいいが、正しい使い方もしらないのにいい気になって使ってしまって、あと始末ができなくておろおろしてる

 さらにもう一つ。「人間が滅びたとして-たとえばそれが、核戦争みたいな自然も道づれにするようなものても、この草のように、自然はよみがえるんじゃないかな。(中略)しかし、自然が滅びたら、人間はいっしょに滅びるしかない」。「地球を守ろう!」に異論はない。しかし「守ってあげる」なんて思っているとしたら、それは実はとても不遜な考えなのだと気付いた。

 20年前に書かれたこのシリーズを、私たちはもう一度読み返した方がいいのではないか?そんな気がした。実は「神さま三部作」の第2弾「夜の神話」のテーマは「原発事故」なのだ。

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2011年8月17日 (水)

裔を継ぐ者

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:2003年11月30日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「月神の統べる森で」から始まる「月神シリーズ」の外伝。4部作からなる本編は、縄文のムラと弥生のクニの文化の衝突を描き、一度は物語の幕が下りた。多くの犠牲を代償にして、ムラやクニが融和への道を歩み始め、人々は平穏と、木や川動物にカムイという神的な存在を認め敬う清き心と暮らしを取り戻した。本書は、それから約500年の後の物語。

 主人公の名はサザレヒコ。13歳。ムラ長の6人兄弟の末っ子。彼の家は「星の神の息子」であるポイシュマの末裔の一族でもある。ただ、サザレヒコはもっと幼い頃は病弱で、今でも同い年の子どもの中で一番背が低く一番痩せていた。
 サザレヒコは6歳の頃、高熱で臥せっていた夜に、5,6人のカムイたちが自分を見下ろして話している夢を見た。「この子はもうだめだろう」「弱い枝に重い実を生らせてしまったようなものなのだ」。そして白い髪のカムイが言った「その実をわたしが預かったらどうだろう」...

 その頃から重い病気をしなくなったのだが、自分の体が大きくならないのは、あの白い髪のカムイが自分のそうした力を奪ったからだと、サザレヒコはそう思っている。そのために「神もカムイも嫌いだ」とも思っている。
 実は、大人たちだって神やカムイを、本気で尊敬しているわけではなかった。500年という時間は、大事な儀式や営みを形骸化し、人の心に変化を与えずにはいなかったのだ。こうした心の変化を、サザレヒコが一身に体現した形で、物語は彼の成長と「清き心」の回復のための修練の彷徨を描く。

 正直に言って、物語としては一本調子で含みがない。少年が助けを受けながらも困難を克服し、成長と失われたものの回復を成し遂げる。そう言えば大方の予想ができてしまう(だから安心して楽しめる、とも言える)。しかし、本書はこの「月神」シリーズで、とても重要な役割を果たしたと思う。
 その役割とは、現代にまで続く悠久の時間を、このシリーズに与えることだ。物語が500年後にも続いていたとなれば、さらにその500年後にも...と膨らませることができる。弥生時代が3000年前ごろからだとすると、この繰り返しはたったの数回で現代へ到達する。

 この時間性のことは、著者も各作品の「あとがき」で度々触れている。本書の「あとがき」には、「命は、かならず親から子へと受け継がれるのですから(中略)縄文時代に行けたとしたら、そこにはその時代のあなたの先祖かいるわけです」とある。私の場合は、江戸時代の先祖も皆目分からない。縄文時代に先祖がいたことは、想像することさえ容易ではない。けれどもいたことは間違いない。命は連綿と続く。

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2011年8月10日 (水)

月冠の巫王

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:2001年12月17日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「月神の統べる森で」「地の掟 月のまなざし」「天地のはざま」に続く、「月神シリーズ」4部作の4作目。つまり完結編。「天地のはざま」のレビューに「次が最終巻。読むのが楽しみだ。」と書いたものの、ちょうど2年間も間が空いてしまった。

 このシリーズは前作までで、縄文のムラと弥生のクニの文化の衝突、さらに強大なクニの存在とそれによる侵略、という多層的な構造と、抗いようのない文明の進展を提示してきた。そして、縄文のムラの少年で「ほうき星の神の息子」であるポイシュマと、弥生のクニの女王の甥であるワカヒコの翻弄される運命を描いてきた。

 冒頭、強大なクニである「アヤ」の野心が、ポイシュマの縄文のムラに伝えられ、ムラの人々は行動を起こす。前作で、大化けして絶大な力を垣間見せたポイシュマは、その力に戸惑いつつ、「アヤ」に囚われたワカヒコの救出に向かう。ワカヒコは、「アヤ」が自分のクニへ進軍することを知り、脱出とクニへの帰還を目指す。
 ムラの人々とポイシュマとワカヒコ、3者の動きが徐々に収れんする。これまで出会いと別離を繰り返してきたポイシュマとワカヒコの2人の運命が、三たび交わる時に向かって物語は加速する。

 完結編なので、縄文のムラと弥生のクニの文化の衝突などの、これまでに提示されたものへの決着が期待される。シリーズで一貫して描かれてきた「新しい文明への疑問」には、どのような回答が与えられるのかも興味深いところだ。
 この物語は確かに終わった。しかし、物語も気持ちも静まらない。別の物語が繰り返し続き、悠久の時間を経て現代と連続する。読み終わってそんなことを想像した。

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2009年8月19日 (水)

天地のはざま

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:2001年3月26日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「月神の統べる森で」「地の掟 月のまなざし」に続く連作ファンタジーの3冊目。前作で再会を果たした縄文のムラのポイシュマと弥生のクニのワカヒコの少年2人が、さらに過酷な運命に立ち向かう。

 シリーズを通して、縄文と弥生の文化の衝突と、それを通しての現代の社会や文明への疑問を投げかけてきた。自然や動物を神として崇める気持ちを失ったことや、「所有」の概念が生んでしまった身分制度や陰謀などなど。
 そして今回物語の俎上に上がったのは「交渉」。弥生の悪しき習慣を一身に体現するホムタという男がいるのだが、彼が別のムラとの産物の交換の場でこう言う「すこしでも得な交換をするのが、おれたちの役目」このあとホムタは「なんていやしいやつだ」とか言われて足蹴にされてしまう。
 「交渉」が「いやしい」とは..。身分制度や陰謀という言葉に感じる負のイメージは「交渉」にはない。だいいち仕事でも生活でも、誰かに何かを頼んだり頼まれたり、どこを向いても交渉だらけなのだ。(関西人だし。過度な交渉は自粛しているけれど)..でも、本書を読んでいると確かに「いやしい」と思えてしまう。

 話を本書に戻すと、これまでの縄文のムラと弥生のクニに加えて、さらに強大なクニが物語に絡んでくる。そして、ポイシュマが大化けする。物語がスケールアップして、いよいよ佳境にはいる予感を残して終わる。次が最終巻。読むのが楽しみだ。

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2009年8月13日 (木)

地の掟 月のまなざし

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:2000年1月28日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「月神の統べる森で」に続くシリーズ2冊目。前回、縄文のムラと弥生のクニの敵同士として出会い、心のわだかまりがすっかり晴れたとは言えないまでも、「次に会う時は友に」と別れたポイシュマとワカヒコの2人の少年のその後を描く。

 少年たちを待っていたのは、大人の理屈の世界と言える。心根の真っ直ぐな縄文のムラの人々でさえ、災いを背負うと言われる星の息子であるポイシュマをすぐに受け入れることはできない。少年がそこを出て行けば、1人で生きてはいけないだろうことは分かっていてもだ。
 弥生のクニに帰還したワカヒコの運命はさらに厳しいものだった。ムラとは違って身分制度があるクニでは、人々は謀(はかりごと)を覚えてしまった。女王ともいえるヒメカの甥という身分は、ワカヒコの安全を保証するどころか、謀略の対象となる原因となってしまった。

 稲作を覚え、周囲を柵で囲って定住する弥生文化は、その前の狩猟採集生活の縄文文化より優れていると考えられがちだ。技術の観点からは断絶がないかぎり、前の時代の上に積み重ねていける以上、後の時代のものが前の時代のものより優れていると言うこともできる。しかし、社会制度は新しいものが必ず優れているとは言えない。
 「所有」の概念が身分制度を作ったとはよく指摘されるが、身分制度が謀を生み出したとも言えるのではないか、と思う。前作では自然や動物の神性を見ることができるかどうかという違いであったが、本書では悪しき概念(謀、裏切りなど)までが弥生のクニでは生まれている。その差がポイシュマを救いワカヒコには厳しく覆いかかる。
 あえて理屈を付ければこんな感想が言えるが、運命を背負った2人の少年の物語が、起伏にとんだストーリーで進む。それだけを楽しんで読む方が素直な読み方かもしれない。

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2009年7月23日 (木)

月神の統べる森で

著  者:たつみや章
出版社:講談社
出版日:1998年12月11日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本好きのためのSNS「本カフェ」のファンタジーのコミュニティで話題になっていたシリーズの1巻目。実は半年ほど前に小学生だった娘が読んでいたシリーズ。小学校の図書館にあったのだから小学生向きの本なんでしょう。でも、子供向けの本でも大人が読んで面白い場合が2つある。1つは子どもに頃に戻ったように楽しめるもの、もう1つは大人なりの読み方で考えさせられるもの。本書はその両方、どちらかと言えば後者。

 舞台は縄文時代のムラ。弥生文化に接触する時代のことらしい。彼らは、月や太陽を神と崇め、川にも木にも動物にも、家の戸口にまでカムイという神的な存在を感じ、お願いをしたり感謝したりして暮らしている。時にはその姿を目にしたり、その声を聞いたりすることもある。
 そして、彼らが暮らしていた土地に、海を越えて言葉も服装も習慣も違う「ヒメカの民」が移り住む。月と太陽は神として崇めているが、自然には敬意を払わない。山菜を根こそぎ採ってしまうし、魚も動物も一網打尽という具合。やがて衝突が起きる、これが物語の発端。

 その後、それぞれの部族の少年である、ポイシュマとワカヒコを中心にして、物語は展開していく。少年ながら背負ったものがあって泣かせるシーンや、部族同士の抗争にハラハラするところもあって、この辺りが「楽しめる」部分。
 「考えさせられる部分」は..。1つは、川や木や動物に神的なものを感じて見る、ということが、縄文の人々にはできて私たちにはできなくなっているのではないか?ということ。深海の生物の目が退化するように。
 もう1つは文明について。「ヒメカの民」は土地を囲いイネを育てて暮らす。狩りや採集による暮らしと比べれば安定しているし、文明が1段階進んだと言える。そして、その段階を何段も進んだ先にあるのが私たちの社会。本書の限りでは「ヒメカの民」は無礼で知恵の足りない悪役だ。だとすればその先にある私たちは...?

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