16.上橋菜穂子

2014年11月 9日 (日)

鹿の王(上)(下)

著  者:上橋菜穂子
出版社:角川書店
出版日:2014年9月25日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで知られる著者は、作家デビュー25周年を迎え、今年3月には「国際アンデルセン賞 作家賞」を受賞。本書は受賞後の第一作。書下ろし長編。

 主人公はヴァン。年齢は40を過ぎたあたりか。強大な敵を相手に徹底抗戦を挑んだ戦士団「独角」の頭だった男。「独角」が全滅した戦いでだた一人生き残った。そして物語冒頭で起きた、彼が奴隷として働く岩塩鉱の人々を全滅させた疫病禍も生き抜いて逃走する。

 ヴァンと並んでもう一人重要な人物がいる。ホッサルという名の医術士で、物語の初めは若干26歳。医術、土木技術、工芸に優れ、数千年もの長きに亘って栄えた「古オタワル王国」始祖の血をひく。岩塩鉱での疫病の治療法を探る。

 物語は、前半はヴァンとホッサルのそれぞれのその後を描く。ヴァンは自分の居場所を見つけ、平穏に暮らしを始めた。しかし疫病を生き残った彼には、いくつもの追手が迫っていた。ホッサルも複雑な政治に巻き込まれ、やがて二人の運命が交わる。

 登場人物の一人が、問い詰めるヴァンに対して「複雑な事情があるのです」と答える場面があるが、まったくその通りで、この物語は複雑だ。いくつもの勢力が表と裏を使い分けながら駆け引きをして、いくつもの要素が絡み合って、複雑な模様の織物のような物語を織り上げている。

 国家、民族、宗教、生命、医療、倫理、親子、正義...ちょっと思いつくだけでもこうした要素が織り込まれている。だから様々な面があって、「こういう物語です」と言うことが難しい。でも敢えて一面だけ切り出すと、死ぬことだけを望んだ孤独なヴァンが、彼のことを慕い本当に心配する「身内」を得る、そんな物語だ。

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2014年9月28日 (日)

明日は、いずこの空の下

著  者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2014年9月1日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「国際アンデルセン賞」受賞記念出版。

 「物語ること、生きること」に続いて、「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、自分のことを語ったエッセイ集。17歳の時に高校の研修旅行で行った英国から始まって、フィールドワークで出かけた沖縄やオーストラリア、お母さまとの旅行先の国々、色々な空の下の旅の思い出を綴る。「小説現代」に連載された20編と書下ろし1編を収録。

 高校の研修旅行は、大好きだった小説の舞台となった作者が住む家を見られるかも?と思って参加したそうだ。その想いを手紙にして作者に送ったら、まさかの「ぜひいらっしゃい」という返事。ご本人の出来事が物語的だ。

 さらに「車がびゅんびゅん走る道路を颯爽と横切る修道女のおばあさん」とか、「カンガルーの尻尾が大好きなアボリジニの子どもたち」とか、旅先で出会う魅力的人々がたくさん登場する。「物語ること、生きること」で「物語は、私そのものですから」と言っていた著者が綴ると、エッセイも「物語」となる。

 「変化は苦手、お布団にもぐりこんで、好きな本を読んでいられたら幸せ」という著者と、異文化の中に単身で飛び込んでいく姿が、これまではどうにも重ならなかった。でも、本書を読んでそのわけが少し分かった。

 そういったところは、ご本人も認めていらっしゃるのだけれど、お母さまに似たのだろう。周りが「えっ」と思う行動をしてしまう。オーストラリアで突然カンガルーのマネをするお母さまと、ウェールズで騎士の鎧を付けてポーズをとる著者は、やってることがそっくりだ。

 その他にも、作品とのつながりを感じることができる部分も随所にあって、著者の作品のファンならきっとワクワクしながら読めるだろう。

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2013年12月19日 (木)

隣のアボリジニ

著  者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2000年5月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「物語ること、生きること」を読んで著者の半生を垣間見たら、この本も読みたくなった。文化人類学者と作家という2つは、著者の別々の顔ではなく、もっと影響をしあう不可分な関係にあって、著者が研究者として書いた本書を読むことで、小説の作品をより深く味わうことができる気がしたのだ。そして、私の目論見は当たったようだ。

 本書は、1990年からの足掛け9年延べ3年の、著者がオーストラリア西部の町で、小学校の先生として暮らしながら行ったフィールドワークの報告書。ただし報告書と言っても、形式ばったものではなく、作家の著者らしい幾つかの「物語」から構成されている。

 それは例えば、身ひとつで異文化の中に降り立った著者が、戸惑ったり、手痛い拒絶に会ったりしながら進めた調査という「著者自身の物語」。また、街に暮らすアボリジニが自分と自分たちの来し方を語った「街のアボリジニの物語」。

 そこに描かれたアボリジニは、「未開の原住民」でもなく、「大自然と共に生きる野生の知性を持った民」でもない。両極とも言えるこの2つのアボリジニ像は、どちらも「私たちが彼らに見たい」と思っている姿でしかない。

 そもそもアボリジニという呼称も、オーストラリアにいた全く通じない言葉を話す、400以上の集団を一まとめにして「aborigines(原住民)」という英語で呼んだに過ぎないそうだ。つまり「アボリジニ」というくくり自体が、西欧から来た白人が作り上げたものだということだ。

 こんな感じで、研究報告としても興味深いのだけれど、著者のファンであっても誰もが興味を持つ内容でないかもしれない。ただ、小説の作品との関連を考えると面白そうだ。時期的に言えばこのフィールドワークは、初期の「精霊の木」「月の森に、カミよ眠れ」の2作品の後、「守り人」シリーズの執筆中に行われたことになる。

 上から目線で恐縮だけれども、「守り人」シリーズが徐々に、幾つもの国々の思惑が交錯する重層的な物語になったのも、その後の「獣の奏者」の、掟に反しても自分を貫く主人公エリンの姿に、フィールドワークの影響が見える(気がする)。

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2013年12月 5日 (木)

物語ること、生きること

著  者:上橋菜穂子 構成・文:瀧晴巳
出版社:講談社
出版日:2013年10月15日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズなどの著者が、その生い立ちから作家になるまでを語った書。講演で自分のことを話した翌日には決まって熱をだす、恥ずかしくて自分のことを本にすると考えることすら「身震いするほど嫌」という著者が、半生を語って本にする決意をした。「作家になりたい子どもたち」の「どうやったら作家になれますか」、という問いへの答えとするために。

 著者が2歳になるかならないかの頃の、おばあさまにしていただいた昔話の数々が、著者の物語の原体験。そこから語り始めて、小学生のころの夏休みの体験、15歳の時に書いたノート、高校生のころにイギリスの作家を訪ねた話へと続く。さらに、著者のもう一つの顔である文化人類学者としての歩みをへて、デビュー作「精霊の木」の発行に至る。おそらく本書の狙いなのだろう、これが「上橋菜穂子という物語」になっている。

 私のような著者の作品のファンには、小躍りするほど嬉しい1冊だ。「守り人」や「獣の奏者」他の作品の創作に関わる話や、込められた想いが記されている。また、巻末には170余りもの「上橋菜穂子が読んだ本」というブックリストが掲載されている。これがまた心憎い。リストを追うと、同じころに同じ本を読んでいることに気が付いて心が躍ったり、今度はこの本を読んでみようという発見があったり。

 とにかく真面目な方なのだと思う。「守り人」の主人公のバルサを描くのに、ウソにならないために古武術を習ったそうだ。そもそもこの本だって「どうやったら作家になれますか」に、意味ある答えをするためには、自分がたどった道程をすべて伝えなければならない、と思ったからだというのだから。

 そして、きちんと心に残る言葉を残している。著者が新しい一歩を踏み出す時の「靴ふきマットの上でもそもそしているな!うりゃ!」という掛け声や、トールキンの言葉だったか?という「すべての道が閉ざされたときに新しい希望が生まれる」というフレーズが心に残る。私は、著者が話しかける「子どもたち」ではもちろんないけれど、すごく励まされた。

 最後に。記事中に「著者」という言葉を使ってきたが、厳密には上橋菜穂子さんがこの本を書かれたのではない。本書の文は瀧晴巳さんというライターさんが、上橋さんに対する取材を繰り返し行って書き起こしたものだ。作家からこれだけの物語を引き出したのは、瀧さんの功績だと思う。

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2012年3月14日 (水)

炎路を行く者

著  者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2012年2月 初版第1刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 著者の代表作の一つ「守り人」シリーズの外伝。「炎路の旅人」という220ページの中編と、「十五の我には」という50ページ余りの短編が収録されている。

 「炎路の旅人」は、同じ出版社から出ている「「守り人」のすべて」で明らかにされて(「あとがき」によると、もっと前に「精霊の木」の再販時の帯でも予告されているそうだ)、そのレビューで私が「あぁ、それも読みたい」と嘆息した作品。「蒼路の旅人」で、主人公チャグムをさらったタルシュ帝国の密偵、ヒュウゴの少年時代の物語だ。

 ヒュウゴは、故国のヨゴ皇国を滅ぼしたタルシュ帝国の皇子の密偵という役柄。何故に、故国の仇敵の皇子に仕えることになったのか?それがこの物語で明らかにされている。その「種明かし」的な役割は、もちろんこの物語の大きな魅力なのだけれど、私は別のことにも魅かれた。それは、武人の子でありながら市井に生きる、少年ヒュウゴの内に溜めたエネルギーの危うい有りようだ。

 彼は「武人の子」という強い意識を持っていて、その正義感から少年たちの抗争に身を投じることになる。武術の訓練を受けた彼は、街のゴロツキなど相手ではなく、たちまち頭角を現す。しかしそれは、「武人の子」として正義感と同じように持っている、「祖国や民を想う心」にはつながらず、自らの思いと力を完全に持て余してしまう。見ていて本当に痛々しい。さらに「蒼路の旅人」に至っても、その思いと力を果たすには、「未だ路半ば」といったところだ。

 「十五の我には」は、「守り人」シリーズの主人公のバルサの15才の頃の物語。「天と地の守り人」の頃のバルサが回想する形になっている。実は「炎路の旅人」もヒュウゴ自身の回想。2つの物語は良く似た構造になっている。そして構造が似ているだけでなく、「十五の我には」の中で、バルサの養父のジグロが歌う「十五の我には見えざりし...」と始まる詩が、「炎路の旅人」にまで響く。さすがに上橋さん、お見事です。

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2011年8月 3日 (水)

「守り人」のすべて 守り人シリーズ完全ガイド

著  者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:2011年6月 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 本のタイトルがすべてを語っている。本書は「精霊の守り人」から始まる「守り人」シリーズ全11巻(本編10巻+外伝1巻)の世界を余すところなく紹介したガイドブック。

 まず内容をざっと紹介する。「新ヨゴ皇国」「カンバル王国」他の「守り人」の舞台となった5つの国の地理と歴史や神話。生物や食べ物、薬草など150項目余りの用語集。150人余りを収録した人物事典。上橋菜穂子さんの対談と講演録など。
 さらに「上橋菜穂子全著作紹介」として、デビュー作の「精霊の木」以降、「獣の奏者」「弧笛のかなた」など「守り人」以外のファンタジー作品はもちろん、上橋さんの文化人類学者としての著書「隣のアボリジニ」も紹介されている。実に盛りだくさんな内容だ。

 11巻に亘って描かれた「守り人」シリーズは、主人公がバルサとチャグムの2人で、5つの国を舞台とし、本編で7年の月日が経過する。地理的にも時間的にも広大な物語空間を擁する壮大なドラマとなっている。それを考えると、本書のような「ガイドブック」は、意義も必要性も少なからずある。
 最近は人気作家や人気シリーズの「ガイドブック」が少なくないが、率直に言うと、作家やシリーズの人気に乗っかって売ろうとしているだけに思えるものもある。しかし例えそうであっても、ファンにとっては気になって仕方ない。特に「これでしか読めない」特典などあればなおさらだ。

 本書にも「書き下ろし短編」が収録されている。「守り人」の話を全部読みたい、と思っている私は、これを目当てで買ったようなものだ。ごくごく短い物語で、私としてはもう少しでいいから長いものを読みたかった。そうしたら何と、上橋さんと佐藤多佳子さんの対談の中で、「炎路の旅人」という未発表の作品の存在が明かされているではないか。あぁ、それも読みたい。是非とも何らかの形で発表して欲しい。

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2010年11月14日 (日)

獣の奏者 外伝 刹那

著  者:上橋菜穂子
出版社:講談社
出版日:2010年9月3日第1刷 9月3日第2刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 最初の2冊(闘蛇編、王獣編)の後、出ないと思われていた(私は出して欲しいと思っていたけれど)続編(探求編、完結編)が出て、さらに(amazonの商品紹介の言葉を借りると)まさかの外伝が登場。ということで、本書は、壮大なスケールを見せて幕を閉じた、ファンタジーの大河ドラマ「獣の奏者」で、登場人物たちの語られなかった秘話を収めたもの。
 王獣編と探求編の間にあたる時期の、エリンとイアルの恋物語をイアルの語りで書いた中編「刹那」、同じく中編で、カザルムの教導師長エサルが自ら語る十代のころの想いの「秘め事」、そしてエリンとイアルの束の間の安息を描いた掌編「初めての・・・」の3編。

 外伝にしてこの読み応え。他に良い言葉を思い付かなかったので「恋物語」などと書いたが、その言葉から想像される幸せな雰囲気は「刹那」にはない。神王国の機微に触れてしまった二人にとっては、文字通りの意味で「命を賭した恋」。それでも惹かれあってしまう様が悲しい「悲恋」。時に少年のようなナイーブさを見せるイアルをエリンの強い心が支える。しかし、最後の最後にエリンと息子を守るのはイアル。互いに必要としているのだ。
 「悲恋」と言えば、エサルが語る「秘め事」もそうだ。貴族の娘として決められた相手と結婚し、決められたように生きていくことに、どうしようもなく違和感を感じていた十代。学舎で出会ったジョウンとユアンという、2人の気が合う年上の青年との出会い..。

 参った。こんな激しい恋物語を読むことになるとは、本を開いた時には思いもしなかった。著者には失礼な話だけれど、途中で「有川浩さんの作品か?」と錯覚した。著者のあとがきによれば「自分の人生も半ばを過ぎたな、と感じる世代に向けた物語になった」そうだ。平均寿命から考えると、私も少し前に分折り返しを点を回ったことになる。どうりでエサルの昔語りが胸に痛いわけだ。

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2010年8月 6日 (金)

上橋菜穂子さん、村上春樹さん、三浦しをんさん作品情報/「マークスの山」ドラマ化

 私は、Googleアラート+リーダーにキーワードを登録して、本に関するニュースを仕入れています。それで「おっ」と思うニュースが4つ上がってきたので、まとめてご報告です。

 1つ目。上橋菜穂子さんの「獣の奏者」の外伝「獣の奏者 外伝 刹那」が9月4日に出るそうです。こちらも予約受付中です。内容は「王獣編」と「探求編」の間の11年間、エリンとの同棲時代をイアルが語る表題作の「刹那」他の3話を収録。これは期待度が大です。
 「獣の奏者 外伝 刹那」Amazonの商品詳細ページへ

 2つ目。村上春樹さんの新刊「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」が9月29日に出るそうです。Amazon他のネット書店で予約受付中です。内容は「13年間の内外のインタビュー18本を収録。」とのことです。小説じゃないんですね。エッセイとも違う。期待度は中くらいですね。
 「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」Amazonの商品詳細ページへ

 3つ目。高村薫さんの「マークスの山」がドラマ化されて、WOWOWで10月17日から放送されるそうです。合田雄一郎を演じるのは上川隆也さん、加納祐介は石黒賢さん。現在一日に一人ずつ公式サイトでキャストが発表され、8月25日に制作会見を開いてマークスこと水沢裕之役を発表するそうです。...でも、うちはWOWOW入ってないんです(泣)
 WOWOWオンライン「マークスの山」ページへ

 4つ目。三浦しをんさんが、コニカミノルタのHPで連載していたSF小説3部作が完結しました。ウェブサイトで全編が読めます。小説に登場する最新技術の、しをんさん自身によるレポートもあります。プレゼント企画もあるようですので、しをんさんのファンは必見です。
 コニカミノルタ 三浦しをんWeb小説のページへ

 
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2010年4月17日 (土)

狐笛のかなた

著  者:上橋菜穂子
出版社:理論社
出版日:2003年11月 初版
評  価:☆☆☆☆(説明)

 これは傑作だった。「守り人」シリーズ、「獣の奏者」シリーズで、東洋風の独特で圧倒的な世界観を描き切り、アジアン・ハイ・ファンタジーというジャンルをものにした著者の2003年11月の作品。時期的には「神の守り人」の後。「守り人」シリーズですでに人気を博していた著者が、その合間に発表したノン・シリーズ作品ということになる。

 主人公は小夜、里のはずれにある森の端で祖母とともに暮らす少女。物語が始まった時には12歳だった。彼女には「聞き耳」という、他人の「思い」を感じ取る能力がある。
 もう一人の主要な登場人物は野火、正確には人ではなく霊力を持った狐である「霊狐」だ。隣国の「呪者」と呼ばれる霊能力者に使われる「使い魔」で、命令があれば人を殺すこともある。
 ある日、追手の猟犬に追われて逃げる野火を小夜が匿う。普段は立ち入ることのない森の中の屋敷まで逃げ、そこに幽閉されて暮らす同じ年頃の少年の小春丸と出会う。小夜にも小春丸にも本人が知らされていない生い立ちがあり、物語が進むに連れて野火も含めた3人の運命が縒り合されていく。

 物語の背景には、領地や水利をめぐる隣国との諍い、同族間の確執、跡取り問題などがある。さらに、この世とは別の世界の存在など「守り人」と通底するものがあり、主人公の小夜には「獣の奏者」のエリンにつながるものも感じる。
 代表作になった2つのシリーズに挟まれる格好で、比較的目立たない作品だが、短い分完成度が高いように思う。著者の作品のテレビアニメ化が続いているが、映画にするならこの作品が最適だろう。

 本書で、これまでに出版された著者の小説はすべて読んだことになりました。コンプリート達成!
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2010年3月28日 (日)

月の森に、カミよ眠れ

著  者:上橋菜穂子
出版社:偕成社
出版日:1991年12月 初版第1刷
評  価:☆☆☆(説明)

 著者のデビュー作「精霊の木」の2年後に、同じ「偕成社の創作文学」シリーズとして出版された作品。「精霊の木」が、フィールドワークを積んだ文化人類学者の著者らしい作品ながら、地球が破滅してから200年後という未来を描いたSFであり、その後の作品群を知っている身から見ると言わば変化球であるのに対し、本書は真っ直ぐにその後の作品につながる直球という感じだ。

 本書の舞台は場所は九州南部。時代は恐らくは奈良時代で、朝廷の力がこの遥か遠くの山奥にまで及ぶようになってきた頃。主人公はムラ長でもある巫女のカミンマ。それから、山のカミを父に人間の女を母に持つナガタチと、月の森のカミを父に人間の女を母に持つタヤタ。
 ナガタチやタヤタの存在が表すように、この頃の人々はカミ(神)と分かちがたく暮らしていた。カミやその山や森などの聖なる場所を敬い畏れていた。カミは深い恵みを与えてくれる一方で、容赦のない厳しい試練を課し、狩猟採取に頼る人々の暮らしは過酷を極めていた。
 そこに、朝貢のために都へ行き、その壮大さと隆盛を目の当たりにしたカミンマの兄たちが6年ぶりにムラに戻る。彼らがもたらしたことは、水田を造り稲を育てれば、安定した食料が手に入る、米を朝廷に納めれば朝貢に行かなくても良くなる、ということ。しかし、山奥のこのムラでは月の森にある沼地を拓かなくては、水田は造れない。人が触れてはならない「掟」がある沼地を。

 カミを敬い畏れるこれまでの暮らしと、都からもたらされた新しい思想の衝突。たつみや章さんの「月神の統べる森で」のシリーズにおける、縄文と弥生の衝突と似た構図だ。「自然と一体となったこれまでの暮らしを守るべきだ」とはとても言えない。
 「CO2削減のために少しの不便をガマンしよう」なんて、甘っちょろいことではないのだ。「沼地に水田を拓かなければ、ムラが全滅するかもしれない」のだ。しかし、カミンマに伝えられている教えは「「掟」と人の命のどちらかをとらねばならぬときは「掟」を」というものだった。デビュー2作目にして重厚なテーマを正面から扱った作品だった。

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