舟を編む
著 者:三浦しをん
出版社:光文社
出版日:2011年9月20日 初版第1刷発行
評 価:☆☆☆(説明)
前回の「くちびるに歌を」に続いて、本書も今年の本屋大賞ノミネート作品。
駅伝に林業に文楽と、誰もが知っているけれど、多くの人は良く知らない世界を活写してきた著者が、今回描いたのは「辞書」。日本人で一度も辞書のお世話になったことのない人はいないんじゃないかと思う。しかし、辞書がどう作られるのかを、知っている人は少ないだろう。
舞台は、玄武書房という出版社の辞書編集部。「大渡海」という新しい辞書を作ろうとしている。何十万語(「大渡海」は23万語)もについて、正確かつ納得のいく説明と用例を、一つ一つ決めていくのだから、10年なんかではとても無理。しかも「言葉は生き物」だから、日々の生活の中での「用例採集」も欠かせない。辞書を新しく作る、ということは、生活や場合によっては半生を捧げるような一大事業なのだ。
まぁそんな仕事だから「変わり者」にしか務まらないのかもしれない。登場人物の多くが「変わった人」だ。本書は章ごとに主人公が何人か入れ替わる。その主人公の一人の女性が、初対面の「感じのいいひと」と言葉を交わして、「ああ、このひとも変人なんだ。まことに残念だ」と思うところが印象的だった。
取り分け変わっているのが馬締光也、四捨五入すれば30歳だ。古びた木造アパートで書物に埋もれて暮らし、「あがる」と「のぼる」の違いを考えるのに没頭して、目の前で今まで話していた人の存在を忘れてしまう。さらに言えば彼が忘れてしまったのは、なんと彼の意中の人で、彼女には「謹啓」から始まる便箋15枚ものラブレター(本人は「恋文」と呼ぶ)を書いた。
馬締の言葉に対する熱意というか執着は、辞書の編集に向いていて、天職とも言える。しかし、入れ替わりで登場する章ごとの主人公たちが、必ずしも馬締のように辞書の編集に向いているわけではない(少なくとも本人はそう思っている)。しかしその全員が、いや他の登場人物も殆どが、名前が付いていないアルバイトでさえ、与えられた立場と役割を精一杯全うしようとする。その姿が本書に勢いと清々しさを与えている。
ちなみに「舟を編む」というタイトルは辞書の名前の「大渡海」と同様に、「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」「もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために、ひとは辞書という舟に乗る」という思いから来ている。
私もブログの記事を書くときに、必ずと言っていいほど辞書のお世話になっている(紙の辞書ではなくネット辞書だけれど)。思いを的確に表す言葉を探すために。それは見つかったり、結局見つけられなかったりするけれど。
この本は、本よみうり堂「書店員のオススメ読書日記」でも紹介されています。
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