2017年8月26日 (土)

玉依姫

著  者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2016年7月20日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

  八咫烏シリーズの第5弾。このシリーズは新しい巻が出るたびに、それまでとは趣向の違う物語になっていて、毎回「そう来たか!」と思ったけれど、今回もそうだった。

 このシリーズの舞台は、八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らし、雅やかな感じが平安京を連想させる世界だった。「だった」と過去形なのは、本書は違うからだ。本書の舞台はなんと1995年の日本だ。主人公は東京に住む女子高校生の志帆だ。八咫烏からも平安京からも、ずい分と遠い。

 とは言え、当然ながら、志帆には八咫烏とのつながりがある。志帆の祖母の出身地の山内村には「神様のいる山」がある。その山の神域を挟んで私たちの世界と八咫烏の世界はつながっているらしい。志帆は、その山の神に捧げる「御供」にされてしまったのだ。

 志帆は、いきなり命の危機に瀕するわけだけれど、主人公でもあり、それを切り抜ける。その先に待っていたものは、なんと八咫烏の若宮と大猿、そしてさらに過酷な運命だった。高校生の志帆には過酷すぎるけれど、彼女はその運命に立ち向かう。本人の意思なのか、もっと大きなものの意思が働いたのか、それは分からないけれど。

 もう1回言うけれど、現代の少女の登場に「そう来たか!」という感じ。まぁどこか頭の片隅に予感はあった。もしかしたら、解説かインタビュー記事に書いてあったのかもしれない。そうでなければ「十二国記」からの連想だろう。第3弾の「黄金の烏」のレビュー記事にも書いたけれど、このシリーズには「十二国記」と重なる世界観を感じる。

 「女子高校生」「訳も分からず異世界に連れてこられる」とくれば、十二国記の陽子を思い出す。運命に立ち向かう、というところも同じだ。今後の活躍が期待される。

 念のため。十二国記との類似について書いたけれど、著者のオリジナリティに対して疑問を呈しているのではない。世の中にたくさんの物語があるので、「何かに似ている」ことは、ある意味で不可避なことだ。ただシリーズを通して読むと、著者が描き出そうとしてるものが、オリジナリティの高いものであることを強く予感させる。

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2017年8月23日 (水)

分解するイギリス 民主主義モデルの漂流

著  者:近藤康史
出版社:筑摩書房
出版日:2017年6月23日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 新聞の書評で知って読んでみた。英国の民主主義に起きた問題について知れば、今の日本の「なんだか気持ち悪い」政治状況を理解する助けになるかもしれない、と思ったからだ。

 順を追って説明する。まず、日本は民主主義のあり方の多くを、英国をモデルとして取り入れてきた。小選挙区制に始まり、マニフェストを掲げた政策本位の選挙を志向した。これによって選挙は「人」ではなく「政党」で選ぶようになった。これらは「政権交代」を実現し、首相のリーダーシップを強化した。

 ところが、モデルとなった英国の民主主義が漂流している。昨年の国民投票によるEU離脱派の勝利は、当時のキャメロン首相はじめ、多くの英国民の予想に反した結果だった。それはひとつの決定ではあるのだけれど、その後も、首相選びが二転三転する、EU離脱賛成反対の分断が深まるなど、政治社会の混乱が続いている。

 著者はこの混乱を、「ポピュリズムの台頭」というよくある文脈で捉えず、民主主義の「分解」として捉える。そして、英国の民主主義が安定していた時代から書き起こして、何が要因となってどうように分解していったかを、精緻な文章で描いていく。

 「いや、そこまで英国の政治状況に詳しくなるつもりはないので、もう少しかいつまんで..」と、正直思った。それは「日本の政治状況を理解する助けに」することを目的に読んでいる私の、勝手な要求なのだけれど。逆を言えば、本書は、コンパクトにしっかりと「英国の民主主義」が書かれた教科書のような本だ。

 でも、私の目的にとても役立つことが書いてあった。それは民主主義制度を「多数決型」と「コンセンサス(合意)型」に分類する考え方だ。言うまでもなく英国は「多数決型」。一人でも数が上回った方に決定権がある。それに対して、コンセンサス型は「なるべく多くの人が納得する選択肢」を選ぶ。

 「多数決型」の良いところは、意思決定が明確で早いこと。悪いところは、多くの「民意」がくみ上げられないこと。「民意」が多様化している現在においては、「くみ上げられない民意の方が多数」という状況さえ起きる。

 英国の制度をモデルとした日本でも、いや「二大政党制」になり損なった日本ではなお顕著に「悪いところ」が出ている。「なんだか気持ち悪い」政治状況の正体はこれかもしれない。

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2017年8月19日 (土)

サロメ

著  者:原田マハ
出版社:文藝春秋
出版日:2017年1月15日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 まず、タイトルの「サロメ」について。「サロメ」というのはアイルランド出身の作家オスカー・ワイルドが1891年に書いた、新約聖書の一節を元にした戯曲の名前。まずフランス語で書かれたが、3年後に英訳版が出版される。その挿絵にイングランド出身の画家オーブリー・ビアズリーのペン画が使われている。

 最初に「サロメ」についての説明を書いたのは、本書がこうした史実に基づいたフィクションだからだ。著者の原田マハさんはフリーのキュレーターで、同様の美術作品にまつわる虚実ないまぜになった作品がいくつかある。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」。どちらもとても面白い。

 物語の大半は、オーブリー・ビアズリーの姉、メイベルの目を通して描かれる。オーブリーの絵の才能を誰よりも評価し、献身的に支える姉として。オーブリーがオスカー・ワイルドに出会い、評価される現場にも傍らで立ち会い、オーブリーがオスカー・ワイルドに魅入られていく様も、その目で見て心を痛めた。歓喜の瞬間を経て破滅へと向かう物語だ。

 表紙にオーブリー・ピアズリーその人が描いた「サロメ」の一場面の絵が使われている。オーブリーが描く絵には、物語の中で「微細」「緻密」「圧倒的」「豊穣」「異端」「狂気」などとたくさんの形容詞がついてる。実物を見て、それが意味するところが分かる。そして、物語自体もその絵のように妖しく破滅的な雰囲気が満ちている。

 上に書いた他の2作にも共通する特徴なのだけれど、本書には現代の研究者が登場する。オーブリー・ビアズリーとオスカー・ワイルドを、それぞれ研究する男性と女性。芸術家と研究者のそれぞれの時代の物語が交差する。今回は研究者の時代のパートが控えめだけれど、この構成の工夫は著者の持ち味となっている。

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2017年8月16日 (水)

脳・戦争・ナショナリズム

著  者:中野剛志、中野信子、適菜収
出版社:文藝春秋
出版日:2016年1月20日 第1刷発行
評  価:☆☆(説明)

 著者の中野剛志さんは経産省の官僚。2011年に出版した新書「TPP亡国論」はベストセラーになった。中野信子さんは脳科学者。最近メディアへの登場も多い。近著の「サイコパス (文春新書)」は少し話題になった。適菜収さんはニーチェの研究者、哲学者。現代社会をシニカルに評した著書もいくつかあり、私が適菜さんの名前を知ったのは「日本をダメにしたB層の研究」という著書で。

 本書はこの3人による鼎談を収めたもの。テーマは「ナショナリズム」「国家と体制」「ポピュリズム」「暴力」をそれぞれ章建てて論じ、全体としてはサブタイトルにある「近代的人間観の超克」を論じる。

 10時間の討論をまとめたものなので、よく言えば「幅広いテーマの自由な論評」になっていて、悪く言えば「言いっぱなし」。「○○の主張によれば」といった、過去の様々な研究者による言説や研究などが、数多く披露されるのだけれど、出典も参考資料も明らかにされない。

 議論の中に「なるほど」と思うものはある。例えば「ナショナリズム」の元になる「ネイション」の概念について。地域や郷土などに愛着を覚える「パトリア」と違って、様々な異質なものを内包した共同体が「ネイション」それは近代の産物で人工的なものだ、という。

 (多数の意見を尊重する)民主主義を機能させるためには、「自分たちとは異質な共同体のメンバーも同じ国民だ」という概念が必要で、それがまさに「ネイション」だ。そのの概念がない(あるいは浅い)国で民主主義を導入すると、多数を占めた共同体がその他を虐げてしまう。中東の民主化がそんな状態たという。

 このように「なるほど」と思うものはあるのだけれど、私は本書には嫌悪感を感じる。本の価値を「好き嫌い」だけでは評価できない。でも例えば、「ポピュリズム」の章の副題が「なぜバカがはびこるのか」なのだけれど、本書の中では、いろいろな人を馬鹿にする。その見下した感じが嫌いだ。それから「左翼は○○だから」という言い方が多く見られる。それもイヤだ。

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2017年8月13日 (日)

君たちはどう生きるか

著  者:吉野源三郎
出版社:岩波書店
出版日:1982年11月16日 第1刷 1983年5月10日 第6刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 1937年に出版された本。この度、マンガ版新装版が同時発売されるという記事を見て、手に取ってみた。とは言っても本書のことを知っていたからではなく、梨木香歩さんの「僕は、そして僕たちはどう生きるか」とタイトルが似ているので、関連があるのかな?と思ったからだ。

 その関連は、冒頭の一行で明らかになった。本書の主人公の少年の呼び名が「コペル君」で、それは梨木さんの作品も同じなのだ。たしか「主人公の叔父さんが昔読んだ本の主人公の名前」という設定だった。あの本が本書だったわけだ。

 では本書について。主人公のコペル君は15歳。時代は出版と同時代。日本が戦争を始めたころ。内容は、タイトルの通りで、「君たちは」というのは読者への呼びかけだから、つまり「「私たちは」どう生きるか」を問う。倫理や哲学的なテーマだけれど、それを「コペル君の体験と、それについて叔父さんが記したノート」の形で、身近な問題に引き付けて綴る。

 例えば、ある時コペルくんは友だちに対する重大な裏切りを犯してしまう。それが原因の一つとなって半月も寝込むことになる。その時は叔父さんは、コペル君に何をなすべきかを毅然として伝える。そして人間の悩みや過ちについて説く。

 よい本に出会った。80年前の本にこんなに感銘を受けるとは思わなかった。もちろん現代にそぐわないことは多々あるけれど、書いてあることは今なお大事なことだ。その理由は二つある。一つは、時代を超えた普遍的な価値観というものがあること。もう一つは、「今があのころと似ている」こと。

 本書に「愛国心のない人間は非国民である」という人々が登場する。その人々は、自分たちの唱えていることが正しいと信じ、自分たちの気に喰わない人間は、間違った奴らだと、頭からきめてかかる。

 私が読んだのは岩波文庫(青158-1)。巻末に著者と親交のあった丸山真男さんの寄稿がある。その中で丸山さんは「非国民というコトバが幸いにして戦後において廃語にちかくなった」と書かれている。しかし今、「非国民」という言葉が「売国奴」と姿を変えて跋扈している。

 最後に。タイトルの「生きるか」について。「生きるべきか」の方が収まりがいい気がしたので、どうして「生きるか」なのか勝手に考えてみた。これは「~するべき」という義務付けではなく、「あなたはどうするのか」という意思決定を促す意味があるのではないか?と推察した。

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2017年8月10日 (木)

RDG レッドデータガール 世界遺産の少女

著  者:荻原規子
出版社:角川書店
出版日:2011年5月30日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 「レッドデータガール」シリーズの第4巻。今回は、主人公の鈴原泉水子と彼女を守る相楽深行の二人だけに焦点を当てて物語が進む。

 二人が進学した、東京郊外の鳳城学園では、夏休みが明けて学園祭への準備が本格化する。今年のテーマは「戦国学園祭」。学園の近くに秀吉の小田原攻めの前哨戦で激戦があった山城があったらしい。それで勢い「現地調査」にその山城跡に出かけることに..。

 泉水子は、熊野古道に近い山深い神社で育ち、「姫神憑き」という、その身に神が降りる体質。普通の人には見えないものが見えたりもする。そんな泉水子が「激戦のあった山城跡」になんかに出かけて行って、何も起こらないはずがない。400年以上前とはいえ、たくさんの人が死んだ場所なのだから。

 「何も起こらないはずがない」というわけで、何かは起こったけれど、実はそう大きな事件にはならなかった(少なくとも傍目には)。というか、この巻を通して大きな事件は起こらない。ただ、起きそうな予感だけは強く感じる。シリーズ6巻の折り返しを越えて、大きな山場へ向かっての助走、そんな雰囲気が漂う。

 泉水子と深行の関係がどうも甘酸っぱくなってきた。まぁ十代の少女と少年だからね。どうなるのか、こちらも楽しみと言えば楽しみ。

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2017年8月 6日 (日)

夏への扉

著  者:ロバート・A・ハインライン 訳:福島正実
出版社:早川書房
出版日:2010年1月25日 発行 2016年4月15日 15刷
評  価:☆☆☆(説明)

 SF好きの方から「名作」と時々話を聞いていたので読んでみた。SFマガジンの「オールタイム・ベスト」でも、2006年で第3位、2016年では順位を下げたけれどもそれでも第9位。この物語が1957年の作品であることを考えれば「不朽の」と付けてもいいぐらいだ。

 主人公の名前はダン。ロサンジェルスに住む29歳。時は1970年。彼は技術者で、会社の共同経営者でもあった。彼が発明した掃除ロボット「ハイヤード・ガール(hired girl:「文化女中器」と訳されている)」を製造販売する会社を、友人たちと経営していた。「経営していた」と過去形なのは、その会社を友人ともう一人の共同経営者に謀られて、発明の権利を取り上げられ会社を追い出されたからだ。

 もう一人の共同経営者というのは、実はダンの婚約者で、ダンはその女性への意趣返しのために「冷凍睡眠」に入ることを決める。冷凍睡眠に入れば、何十年も年を取らずにいられる。30年後に睡眠から覚めて、30歳年をとった彼女に会って鼻をあかしてやる。何とも暗い復讐を考え付いたわけだ。

 物語はこの後、思い通りというわけでないのだけれど、30年後の2000年にダンが目覚めて、30年間のギャップに戸惑いながらの暮らしや、当初の目的である復讐について描かれる。

 面白かった。「不朽の名作」なのかどうかは分からないけれど、物語を楽しめた。シンプルだけれど飽きない。ちょっとした伏線もあって楽しめる。

 繰り返しになるけれど、これは1957年の作品。つまり1970年も2000年もどちらも「未来」なのだ。著者が考えた「未来」の1970年には、掃除ロボット(今の「丸い掃除機」より、よっぽど高性能なやつ)や、「冷凍睡眠」の技術が実現している。さらに2000年にはもっとすごいことも。

 こういうことが、著者の意図とは違うかもしれないけれど、「パラレルワールドもの」な感覚を、読者に呼び起こす。あったかもしれない歴史。ちなみにこの世界は「核戦争」を経ている。

 SFファンの支持が高いのは、物語が面白いこと以外に、この「パラレルワールドもの」的な感覚や、この物語に登場する様々な設定が、この後の数多くのSF作品に繰り返し使われているので、SFの「原典」的な意味合いがあるのではないかと思う。どちらも時を経てこその価値だ。

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2017年8月 2日 (水)

ミーナの行進

著  者:小川洋子
出版社:中央公論新社
出版日:2006年4月25日 初版発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「不時着する流星たち」を読んで、もう少し著者の作品を読んでみようと思って、手に取ってみた。2003年の「博士の愛した数式」の3年後、2006年の谷崎潤一郎賞受賞作品。

 主人公は十二歳の少女の朋子。時は1972年。岡山で母子ふたりで暮らしていたが、事情で芦屋の伯母さんの家で暮らすことになった。伯母さんのご主人、つまり伯父さんは「フレッシー」という飲料水の会社の社長。その家は、高台に建てられた二本の塔があるスパニッシュ様式の洋館。朋子は「これが、家ですか?」と声を上げた。

 岡山のふたり暮らしの家とは、何もかもが違う。芦屋の家に住むのは、伯母さん、伯父さん、ドイツ人のおばあさん、お手伝いさん。そして、ひとつ年下の従妹のミーナ。その他にはスイスに留学中の従兄と、通いの庭師さんが、この家の人々として関わってくる。もう一人大事な住人がいた。いや「もう一頭」。それはコビトカバのポチ子。この豪邸には広大な庭があって、そこでカバを飼っているのだ。

 岡山の家とは何もかもが違うとはいえ、朋子の芦屋での暮らしは幸せなものだった。そこに住む人々は皆穏やかでやさしい。伯父さんは人を朗らかにする達人だったし、歳の近いミーナとは分かちがたい仲良しになった。物語は、そうした穏やかな暮らしと、それにさざ波を立てる小さな事件をいくつか描く。

 しみじみと心おだやかに読めた。小川洋子さんは、こういう物語を描く人だったと改めて思った。「博士の愛した数式」「猫を抱いて象と泳ぐ」。どちらも静かな音楽を聴いているような心地よさがあって、しかもまったく退屈しない。朋子は素直でひたむきな少女で、ミーナは本が好きで物語を作る才能がある。どちらも愛おしい。

 実は私は神戸の生まれで、歳はミーナの3つ下。何が言いたいのかと言うと、どちらも「近い」ということ。もちろん私が生まれ育った所と芦屋は、場所柄が全然違う(たぶん朋子の岡山の家の方が近い)。

 でも、芦屋とか西宮とか阪急電車とか阪神電車とか六甲山とか、名前を聞けば思い浮かべることができる。時々差し挟まれる世間の出来事は、私が子どもの頃に起きたことだ。だから、物語をとても身近に感じた。

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2017年7月29日 (土)

虚構新聞 全国版

著  者:虚構新聞社 UK
出版社:ジーウォーク
出版日:2017年5月28日 初版第1刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「フェイク・ニュース」という言葉を、多くの人が口にするようになったのは、昨年の米国大統領選の頃からだろう。トランプ候補がCNNやNew York Timesなど、自分に不利な情報を流すメディアをそう呼んだ。日本でも新聞やテレビなどに対して、そう呼んで非難する人も多い(本当に多いのかは疑問だけれども、ネットでそういう投稿やコメントを見ない日はない)。

 さて本書は、トランプ氏が大統領選の候補になる10年以上前の、2004年から13年間も日々(4月1日を除いて)、ウソの記事を配信し続けた、虚構のネットニュースサイト「虚構新聞」の記事を、253本厳選して収録した本だ。縦書き4段の新聞っぽいレイアウトでご丁寧に紙も新聞紙に似せた用紙を使っている。これがとても読みにくい。

 本書を読むのは、時間のムダ使いと言える。256ページとページ数は多くないのだけれど、新聞だからギッチリ字が詰まっている。新聞だから情報の密度も高い。結果としてけっこうな時間をかけて読むことになる。そして、そうやって得た情報の「全部がウソ」。おそらく何の役にも立たない。

 ただし「時間のムダ」と切って捨てられない何かが本書にはある。これという一つはっきりしたものではない。それは、誤りや逸脱が許されない今の社会の堅苦しさへの反定立かもしれない。または、単なるウソではなく必ず含まれる風刺や皮肉の小気味よさかもしれない。

 あるいは、記事にはそれに対応する事実があって、時代を映していることかもしれない。本書は最初が「2016-2017(年)」で次が「2014-2015]、以降だいたい2年ごとに遡るように編集されているが、読み進めると時代が逆に進んでいることがちゃんとわかる。「ウソ」でも時代性がある。さすが「新聞」だ。

 最後に。私が一番気に入った記事は「「疑似科学信じやすい」9割はO型」」。一番バカバカしくって好きな記事は「東京特許許可局前でバスガス爆発

※記事中に何度か「ウソ」と書きましたが、著者で虚構新聞社社主のUK氏は、「嘘ニュースサイト」と呼ばれることに、長年微妙な違和感を覚えていたそうです。本紙記事は「ウソ」ではなく、それを表す最適な言葉は「もうひとつの真実(オルタナティブ・ファクト)」だそうです。

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2017年7月26日 (水)

隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

著  者:ルトガー・ブレグマン 訳:野中香方子
出版社:文藝春秋
出版日:2017年5月25日 第1刷発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 今年は「AI(人工知能)」についての理解を深めようと思っている。それで、今年の初めに「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」という本を読んだ。その本では、2045年には「全人口の1割分の仕事しかない」社会が予想される。仕事と収入がリンクする今の制度では、9割の人が路頭に迷う。

 この本を読んで、それまでは懐疑的だった「BI(ベーシックインカム)」について「これしかないんじゃないか」と思うようになった。ちなみに「BI」とは「全ての人に生活に必要なお金を支給する制度」だ。

 本書はその「AI」と「BI」を正面から論じ、「BI」こそが「AI」時代の処方箋だと論じる本だ。著者のルトガー・ブレグマンは、オランダの歴史家でジャーナリスト。広告収入に頼らないジャーナリストプラットフォーム「De Correspondent」の創立メンバー。帯には「ピケティにつぐ欧州の新しい知性の誕生」とある。

 第1章で「過去最大の繁栄の中、最大の不幸に悲しむのはなぜか?」と、疑問を提示したのち、第2章で「福祉はいらない、直接お金を与えればいい」と、早くも「BI」の実施に切り込む。その後の章では、「BI」の可能性、批判への反論を、実に丁寧に論じていく。

 例えば「BI」への批判の最たるものに「無条件にお金を配ったりしたら、誰も働かなくなる」というのがある。「誰も」が文字通りではなくても、働かない人が大多数になったら、商品を作ったりサービスを提供したりするする人が足りなくなっては、社会が成り立たない。

 これには胸に落ちる反論がされている。実は「BI」につながる実験的な取り組みは、過去何度が行われていて、そこで結論が出ている。「無条件にお金を与えられても、人は怠惰にならない」。古くは1795年のイギリスで、その後は、1974年のカナダで、2008年のウガンダで、2009年のロンドンで。インドでブラジルでメキシコで南アフリカで...。

 最後に。この反論を無意味にしてしまうのだけれど、実は「無条件にお金を配って、働かない人が大多数になっ」たとしても問題はないのだ。思い出して欲しい。「AI」の発展によって2045年には「全人口の1割分の仕事しかない」。だから、9割の人が働かなくなっても困らない。

 「AI」の社会への影響や「BI」に興味がある方に、本書を強くおススメする。 

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