2016年9月11日 (日)

切り裂きジャックの告白

著  者:中山七里
出版社:KADOKAWA
出版日:2014年12月25日 初版 2015年4月15日 4版 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 昨年の4月にテレビ朝日系列で放送された同名のテレビ番組の原作。今月の24日にその第2弾「刑事 犬養隼人」が放送されることもあって読んでみた。

 主人公は警視庁捜査一課の刑事の犬養隼人。事件は、深川署の真向かいの公園で起きた殺人事件。若い女性が絞殺の上、内臓を抜き取られて放置されるという異常な事件。現場は凄惨を極めていた。

 この事件は、19世紀の英国で起きた、世界の犯罪史上最も有名といっても過言ではない殺人事件を想起させる。「切り裂きジャック」。その事件でも被害者たちは臓器を持ち去られていた。

 そして今回の事件の犯人から「ジャック」を名乗る犯行声明が、テレビ局に届く。こんな異常な事件をマスコミが放っておくはずがなく、恐らくは犯人の意図である「劇場型犯罪」の様相を呈していく。

 犬養はどうも「男のウソを見抜く」という特殊な能力があるらしい。今回の捜査では、あまり発揮されないようだけれど(女のウソは見抜けない)、これまでの事件では役に立ったのだろう。「捜査一課のエース」ということになっている。

 ストーリーが練られた面白い作品だった。ネタバレになるので、あまり詳しく言わないけれど、マスコミやネットの陰湿な部分や、臓器移植、生命倫理などを取り込んだ、重厚な(悪く言えば重々しい)物語になっている。

 こんな凄惨な事件の物語を、テレビでよくやったなぁ、と思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「切り裂きジャックの告白」 固定URL | 3.ミステリー, 3F.中山七里 | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 7日 (水)

日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか

著  者:矢部宏冶
出版社:集英社インターナショナル
出版日:2016年5月31日 第1刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 タイトルと出版日から、昨年9月に参議院で可決した「安全保障関連法」をテーマとした本だと、想像されるがそうではない。この本が扱うのは、1950年代に遡って、旧日米安保条約の締結に至る日米両国の動きから書き起こした、戦後の「この国のあり方」の根本ともいえる内容だ。

 ただし、それはもちろん先ごろの「安全保障関連法」につながっている。あの時の議論は「集団的自衛権」を巡って錯綜していた。最終盤の参議院の委員会は、「人間かまくら」という異様で醜悪な光景を晒して、怒号の中で幕を閉じた。どうしてあんなことになったのか?

 本書の「まえがき」には、本書に書かれていることを知ると「あのとき起きていた出来事の本質は、あっけないほどかんたんに理解できる」とある。

 ここで重要なのは、太平洋戦争の戦後処理において、アメリカ軍が日本をどうしようと思っていたか?だ。それは、いろいろなことをすっ飛ばして言うと「日本が将来持つことになる軍隊は、アメリカ軍の指揮下に入れる」ということだ。

 これでは完全に従属国扱いで、独立した国家とは見なされていない。だからもちろん日本側は反発したし、旧日米安保条約はそんなことは書き込まれなかった。ただし...。この「ただし」の後と、上で「すっ飛ばした」いろいろなことが、難解な外交文書を多数扱う割には、わかりやすく書かれている。

 「まえがき」にあったことは偽りではなかった。確かにあの混乱ぶりの本質が簡単に理解できる。しかしそれは、私たちにとって、より深い混乱と絶望を招く。それで終わらずに前に進めるように、著者は提言を述べている。その提言を実現するために必要なのは、私たちの「本気度」だと思う。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか」 固定URL | 5.ノンフィクション | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 4日 (日)

黄金の烏

著  者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月10日 第1刷 2016年7月5日 第3刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」「烏は主を選ばない」に続く、八咫烏シリーズの第3弾。本書で物語が大きく動き出した感じだ。これまでの2巻は、それはそれで面白かったが、シリーズが描く物語としては序章、まだ何も始まってなかったことが分かる。

 八咫烏が、私たちと同じ人間の形になって暮らしている、という世界。平安京にも似たその宮廷が舞台。本書の主人公は前作「烏は主を選ばない」と同じで、地方貴族の言えの少年の雪哉。前作での皇太子である若宮の側仕えを終えて帰郷していた。

 事の発端は、雪哉の故郷で起きた事件。人間でいうと「クスリでもやった」ように正気を失った八咫烏が、雪哉の目の前で女性と子どもを襲った。さらにこの事件の調査の途中で「大猿が村人たちを喰らい尽くして、集落をひとつ全滅させる」という凄惨な出来事が起きる。

 物語はこの後、舞台を中央の宮廷に移して、この2つの事件を追う。そこで展開される出来事は、この八咫烏が支配する世界の存在そのものを揺るがす深刻な問題へと行き着く。

 読んでいて「あぁこう来るのか!」と思った。著者がどのように考えておられるかはわからないけれど、小野不由美さんの「十二国記」と重なる世界観を感じる。この世界は、まだまだ広がりがある、まだまだ物語は発展する、そんな予感が充満している。

 にほんブログ村「ファンタジー」ブログコミュニティへ
 (ファンタジー小説についてのブログ記事が集まっています。)
 にほんブログ村「ミステリー」ブログコミュニティへ
 (ミステリー小説についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「黄金の烏」 固定URL | 1.ファンタジー, 3.ミステリー | コメント (0) | トラックバック (1)

2016年9月 1日 (木)

ドキュメント 戦争広告代理店

著  者:高木徹
出版社:講談社
出版日:2002年6月30日 第1刷 7月23日 第2刷 発行
評  価:☆☆☆☆(説明)

 本書の紹介の前に一つ質問。次に書いた「仮定の話」を読んで、どのように感じますか?

 世界のどこかで紛争が起きました。民間の広告代理店(PR企業)が紛争当事国の一方と契約して、メディアを使ったPR戦略によって、もう一方の当事国が極悪人であるかのような印象を作り上げたとします。これによってその国は、国際連合から追放されたあげくに、首都が多国籍軍の空爆を受けて破壊されました。

 お気付きの方もいるだろうけれど、「仮定の話」とした上のことは、実は、本書に書かれた実話だ。1990年代に起きたボスニア・ヘルツェゴビナのユーゴスラビア連邦からの独立の際の紛争時のことだ。本書は、ボスニアと契約を結んだ米国のPR企業ルーダー・フィン社の「活躍」を克明に記している。

 「どのように感じますか?」という冒頭の質問に戻ると、私はひどい話だと感じだ。お金のためなら何でもやっていいのか?そうじゃないだろうと思った。ところが、誰もがそう思うわけではないらしい。

 さきほど、ルーダー・フィン社のことを「米国のPR企業」と紹介したが、日本では「広告代理店」と呼ばれる業種だけれど、両者には違いがある。具体的には、米国では他国の政府も顧客になり得るし、広告宣伝や調査だけでなく、文字通りあらゆる手段を使う。ロビー活動はもちろん、政府高官や官僚などに直接的に働きかけることもある。

 ということで、ルーダー・フィン社がボスニアと契約しても別に特別なことではない(実際、ユーゴスラビア連邦の他の国は他のPR企業を契約していた)。存在が確認されていない「強制収容所」のニュースを広めて、敵対するセルビアを貶めても、それは業務の一環だ。そのために使った写真が、全く無関係な写真だったことが後で分かったとしても、結果オーライだ。

 そしてこれは(米国人全員が共有しているとは言わないけれど)米国的価値観では、是とされているらしい。ルーダー・フィン社のこの一連の活動は、全米PR協会の年間最優秀PR賞の、部門最高位賞を受賞した。「ボスニア・ヘルツェゴビナの危機を救った」という評価だ。

 怖い怖い。これでは力のある米国のPR企業がついた方が「正義」になってしまう。あれから20年あまり、世界で紛争が絶えたことはなく、時折その当事者が「正義」と「悪」に別れたけれど、それがPR企業によってつくられたものではない、とは言い切れない。いやむしろその疑いを持ってしかるべきだろう。怖い怖い。

 実は、もっと怖いことがある。この一連の出来事の発端に、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府が決定した「セルビアとの紛争に世界を巻き込む」という国策があるのだ。つまり「他国を戦争に巻き込もう」と考える国が実際にあって、欧米諸国はまんまとその手に乗ってしまったわけだ。

 昨年に何度も聞いた「他国の戦争に巻き込まれることはあり得ません」なんて言葉が空しく聞こえる。あれが空約束にならないことを祈る。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「ドキュメント 戦争広告代理店」 固定URL | 5.ノンフィクション | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月27日 (土)

「稼げる男」と「稼げない男」の健康マネジメント

著  者:水野雅浩
出版社:明日香出版社
出版日:2016年8月19日 初版発行
評  価:☆☆☆(説明)

 著者の水野雅浩さまから献本いただきました。感謝。

 まずは著者の紹介。著者は、介護サービス事業の全国展開に携わった後、香港で高級日本食レストランの立ち上げに参画。そこで世界のビジネスエリートとの交流を深め、「健康マネジメント」の概念に触れる。アンチエイジングサプリメントの商品開発にも携わり、これらのキャリアを生かして「健康マネジメント」のセミナーや企業への助言などを行っている。

 ビジネスマンとして世界で通用する「稼げる」人材は、「若々しく」て「太らなく」て「疲れない」人で、そのための土台となる「健康」を保つことが「健康マネジメント」の目的。そのためには「食事」「睡眠」「運動」「ストレスケア」の4つの分野の底上げが必要、とのこと。というわけで、この4つに「基本習慣」を加えた5つの章に分けて、「稼げる男」の習慣を、本書では50項目紹介している。

 全部の項目に「稼げる男は○○で、稼げない男は□□」というタイトルがついている。例えば「稼げる男は腹八分目にし、稼げない男は満腹にする」とかだ。その他には「~は階段を使い、~はエレベーターを使う」「~はシーツを替え、~は枕カバーも替えない」「~は自然に触れ、~は人工物に囲まれる」などなど。

 例として挙げたものを見て「当たり前じゃない?」と思った方も多いだろう。そう、全部ではないけれど50項目の大部分は、誰でも知識としては持っている「健康にいいこと」だ。「~はいい油を摂取し、~は悪い油を摂取する」なんて、「いい/悪い」と言ってしまっていて「そりゃそうだろ!」と突っ込みたくなるものもある。

 当たり前であっても、それでも私はこの本を読んでよかったと思う。社会人になって30年になり、仕事で成果を出すには健康であることが必要で、その健康は意識していないと手に入らないことは、実感として分かっていた。分かっているのに、私に足りなかった「具体的な習慣」が、この本にはたくさん書いてあるからだ。それを読んで新しく始めてみたこともある(願わくば、習慣になるまで続きますように)。

 最後にひとつ、心に残った言葉を。「食事は、空腹を満たすためだけではなく、栄養素をとり入れ(るためのもの)」。私が口から入れたものだけで私は作られる。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「「稼げる男」と「稼げない男」の健康マネジメント」 固定URL | 9.その他 | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年8月24日 (水)

烏は主を選ばない

著  者:阿部智里
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月10日 第1刷 2016年7月25日 第11刷
評  価:☆☆☆☆(説明)

 「烏に単は似合わない」の続編。いや「続編」という言い方は正確ではなくて、本書は前作と全く同じ時間に起きた別の出来事を描いた物語。著者はインタビューで、当初は前作と本書がひとつの物語だったことを明かしている。だから「続編」よりは「下巻」、いや「裏編(そんな言葉ないと思うけど)」とか「SideB」とかが適切な表現か。

 改めてシリーズを紹介すると、私たちと同じ人の形になっている八咫烏の世界、平安京に似た宮廷を舞台としたファンタジー・ミステリーだ。前作では、皇太子である若宮の后選びを舞台に、后候補となった4人の姫たちを描いた。

 そして本書の主人公は、若宮の近習となった少年の雪哉。雪哉の目を通して、前作でほとんど何も明かされなかった、若宮に起きた出来事が描かれる。「若宮の后選び」という時間を、后候補の姫たちの側から描いた前作と、若宮の側から描いた本書、2作でひとつの物語、というわけだ。

 とは言うものの、本書では「若宮の后選び」は、ほとんど描かれない。描かれているのは「后選び」どころではない、その身を危うくするような事件だ。若宮は、10年前の政変で兄を追い落として皇太子の座に就いた。その兄の一派が巻き返しを図ってきたのだ。

 面白かった。人気が出るのも頷ける。前作の美しい姫が4人も登場するキラキラした感じから一変、気を抜くと殺されてしまうようなハードボイルドな展開。信頼と裏切り。正義と悪。ジャンプのマンガのようでワクワクさせる。

 「ぼんくら次男」と呼ばれている雪哉と、「うつけ」扱いされている若宮。「解説」にも書いてあったが、物語の主要な登場人物で「ぼんくら」や「うつけ」として現れて、本当にそうだった試しはない。本当の姿が早々にチラっと見えるのも楽しい。

 にほんブログ村「ファンタジー」ブログコミュニティへ
 (ファンタジー小説についてのブログ記事が集まっています。)
 にほんブログ村「ミステリー」ブログコミュニティへ
 (ミステリー小説についてのブログ記事が集まっています。)

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「烏は主を選ばない」 固定URL | 1.ファンタジー, 3.ミステリー | コメント (0) | トラックバック (1)

2016年8月21日 (日)

新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか

著  者:北野武
出版社:幻冬舎
出版日:2015年9月10日 第1刷 2015年9月25日 第3刷 発行
評  価:☆☆☆(説明)

 北野武さんが「道徳」についてツッコミを入れた本。明確には書かれていないけれど「道徳の教科化」という背景がある。2018年に小学校で、翌年には中学校で「特別の教科」としての指導が始まる。

 もうひとつ。著者は何か具体的な道徳の教材を読んで、本書を記している。もしかしたらその教材を読んだことが、本書を書いたきっかけだったかもしれない。その教材は、おそらく文部科学省が制作した「私たちの道徳」だ。

 全部で5章42項の短めの文章が収録されている。第一章のタイトルは「道徳はツッコミ放題」。例えば「なぜ本を読みながら歩いていた二宮金次郎は銅像になって、スマホ片手に歩いている女子高生は目の敵にされるのか」なんていう項目がある。そういう芸風なのか性格なのか、皮肉で斜に構えた文章が続く。

 そんな芸風(性格?)の著者が、一定の評価を受け尊敬もされているのは、映画監督としての実績の他に、辛辣な皮肉の中に一片の真実が光るからだろう。例えば「道徳を教えるのと、良心を育てるのは別のことなのだ」なんて言葉は至言だと思う。「公共心を芽生えさせるなんて目的で、道徳を押しつけてはいけない」は今の社会に必要な警句だろう。

 最後に。サブタイトルの「いいことをすると気持ちがいい」について。著者が読んだ教材に、お年寄りに席を譲る、という場面のイラストに「いいことをすると気持ちがいいよ」と書いてあるそうだ。(「私たちの道徳」の32ページにもそう書いてある)。これを「席を譲るのは、気持ちがいいという対価を受け取るためなのか」と、ひどくご立腹のようだ。

 私としては、著者の言いたいことは分からないでもないけれど、これに拘泥し過ぎだと思う。他の部分でも何度も触れているし、サブタイトルにまでしているし。でも、実際のページを見ると、詩の中の一行に過ぎないし、「気持ちいいからいいことをしよう」と書いてあるわけではない。

 付け加えると、著者自身も「いいことをすると気持ちがいい」ことは自体は否定していない。私も、人に親切にしたり、何かをしてもらった時にお礼を言ったり、困っている人を助けることができたりした時には、「気持ちいい」と感じる。そういうことを子どもたちにも伝えたいと思う。

参考:道徳教育用教材「私たちの道徳」について:文部科学省

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか」 固定URL | 4.エッセイ | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月17日 (水)

海の見える理髪店

著  者:荻原浩
出版社:集英社
出版日:2016年3月30日 第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 先月に発表された2016年上半期の直木賞受賞作品。

 表題作の他、「いつか来た道」「遠くから来た手紙」「空は今日もスカイ」「時のない時計」「成人式」の計6編を収めた短編集。6編に共通しているのは、「家族」を描いていること。それも「欠落」を抱えた家族を描いていること。

 表題作「海の見える理髪店」は、海辺の小さな町にある理髪店が舞台。そこの大きな鏡には背後の海が、鏡一杯に広がって映る。大物俳優や政財界の名士が通いつめたという店。そこにきた若者に、店主が自分の来し方を語る。

 「いつか来た道」は、母娘の話。反発して家を飛び出した娘が16年ぶりに母を訪ねる。弟に「いま会わないと後悔する」と言われて..。「遠くから来た手紙」は、夫婦の話。夫への不満を募らせた主人公が実家に帰って来て暮らす。「空は今日もスカイ」は、小学生の家出。神社で出会った風変わりな少年と海を目指す。

 「時のない時計」は、時計店の主人と、そこに父の形見の時計を修理に持って行った男性との会話。時計屋の主人は家族の思い出と暮らしていた。「成人式」は、娘を亡くした夫婦の話。二人の元に娘の成人式の案内が届く。

 冒頭に書いたように全て家族の物語。そこに大小の欠落がある。二十年以上も前に別れた妻子、理解し合えなかった母娘、引き裂かれた夫婦、愛が必要な子ども、子どもを亡くした親。その欠落は他のものでは埋められない。しかし「こんな風に少しは楽になることもある」。そんな物語だった。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「海の見える理髪店」 固定URL | 2.小説 | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月14日 (日)

オールド・テロリスト

著  者:村上龍
出版社:文藝春秋
出版日:2015年6月30日第1刷発行
評  価:☆☆☆(説明)

 村上龍さんの昨年出版された最新長編。文芸誌の文藝春秋の2011年6月号から2014年9月号まで掲載された同名の作品に、単行本化にあたって加筆したもの。

 主人公はフリーの記者のセキグチ、54歳。「希望の国のエクソダス」に登場した記者の関口と同一人物で、本書の物語は「希望の国の~」から十数年後の出来事とされている。「中学生が集団不登校を起こした事件」として、本書の中で何回か回想される。

 仕事を失い、家族に出て行かれ、荒れた生活をしていたセキグチの元に、元上司から突然に仕事の依頼があった。NHKでのテロの予告があったから、行ってルポを書いて欲しい、という。「そんなバカな話があるか」と思いながらも、セキグチは取材費を欲しさにNHKに出向く。そして予告通りにテロが起きる..。

 「希望の国の~」が中学生による革命の物語であるのに対して、本書が描くのは老人による革命だ。この国の現状を憂い、危機感の醸成のために「日本全体を焼け野原にする」と言う、「怒れる老人たち」による革命。その主体は満州国の生き残りたちらしい。

 読んでいて「面白い」と「もうイヤだ」のせめぎ合いだった。テロの現場やアングラなグループなど、様々な場面の描き方が生々しい。私の心の許容度のギリギリか、時に少し超えてしまう。そこで「もうイヤだ」と感じる。それを苦いもののように飲込んでしまうと「面白い」

 「怒れる老人たち」の着想はとてもいいと思うのだけれど、この描き方では、私はセキグチのようには、老人たちに共感を感じられない。「希望の国の~」は「希望だけがない」というフレーズで有名になったけれど、実は希望を残して終わっている。それに対して本書は、物語の終わりに何か残ったの?と疑問に思ってしまう。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「オールド・テロリスト」 固定URL | 2.小説 | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月10日 (水)

政府は必ず嘘をつく 増補版

著  者:堤未果
出版社:KADOKAWA
出版日:2016年4月10日 初版 6月25日 4版 発行
評  価:☆☆☆☆☆(説明)

 本書は2012年に出版した同名の書籍に、その後の4年間に起きた出来事を踏まえた書下ろしを「袋とじ付録」として加えた増補版。読んでもまったく楽しくならないけれど、これはたくさんの人が知っておくべきだと思ったので☆5つ。

 本書のタイトルの元にもなった、米国の歴史学者ハワード・ジン氏の言葉が本書の主旨を端的に表している。「政府は嘘をつくものです。ですから歴史は、偽りを理解し、政府が言うことを鵜呑みにせず判断するためにあるのです

 著者は新書大賞を受賞した「ルポ貧困大国アメリカ」の他、「沈みゆく大国アメリカ」などで、米国の政治経済社会を精力的に取材している。その米国での取材の最中に何度も言われたことがあるという。それは「アメリカを見ろ、同じ過ちを犯すな」だ。

 例えば、9.11後の捜索やがれき除去の作業現場では、有毒ガスによる健康被害の不安の声が上がったが、「作業現場は安全、ただちに健康に被害はありません」とEPA(環境保護庁)は言い続けたそうだ。その後10年の間に5万人の作業員が呼吸器系のがんなどの健康被害を起こしている。EPAは今も、作業員が発症したがんとの因果関係は否定し続けている。

 例えば、2005年にハリケーンが襲ったニューオーリンズでは、復興事業費の8割以上を政府関係者と関係の深い大企業が受けた。また、復興特区として最低賃金法の撤廃という規制緩和を行って、労働力を安く雇えるようにして、大資本の利益を大幅に拡大させている。

 前者の健康被害の例が、日本の何に対応するかは明らかだから、敢えて言わない。後者の復興事業の例は少し説明した方がいいだろう。

 日本政府は、東日本大震災の被災地を復興特区に認定し、農地や漁業権や住宅などを、外資を含む大資本に開放する規制緩和を行っている。そして東京都が受け入れたがれき処理は、東電が95.5%出資している会社が請負い、被災地の除染を請け負うのは、原子炉建屋の建設実績トップ3の3社だ。

 このように、嘘と隠ぺいの例が多数紹介されている。これ以外にもTPPのISDS条項と医療・保険分野の危険、日本人が信頼を寄せるIAEAやWHOなどの国際機関の実情、アラブの「民主化」の裏に隠された強欲資本主義など、正直言って「知らなきゃよかった」と思ってしまうほど「怖い真実」が並んでいる。

 念のため。「必ず嘘をつく」政府は、安倍政権(だけ)を指しているのではない、そもそも「ただちに健康に被害はありません」は民主党政権の時の話だ。だから、政権交代では解決しない。アメリカが黒幕だという意見も正解ではない。政府に嘘をつかせるのは、もっと得体のしれないもので、敢えて名付けると「グローバル経済」。簡単には対抗できない。でも方法がないわけではない。

 人気ブログランキング「本・読書」ページへ
 にほんブログ村「書評・レビュー」ページへ
 (たくさんの感想や書評のブログ記事が集まっています。)

 
Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップに登録 このエントリーをはてなブックマークに追加 Evernoteにクリップ

「政府は必ず嘘をつく 増補版」 固定URL | 5.ノンフィクション | コメント (0) | トラックバック (0)

«マイクロ・ライブラリー